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14.仕事を辞めた

《納屋14》


 リューズライト家のブルグンド邸に住むことになってしまった。地球の道具と知識をひけらかすのが楽しくてやりすぎたせいだ。少しだけ反省している。今後は犬肉亭に泊まらなくなるから、シーランとシェリルと猫女将に挨拶しないとな。


 その前に決まっている用事から片付けよう。聞いた通りに歩いてエリカ達4人が借りている家に来た。


「男子禁制じゃないのか?」

「気にしないでいいわよ。今ここにいる5人で一番弱いのは、あんただから。もちろん単純な腕力の話よ」


「はい?何をおっしゃいますか。さすがに魔法使いの2人に負ける気はしないぞ」

「あんたを抑え込んだ私が言うんだから間違いないわよ」


 エリカがオレのことを最弱呼ばわりする。からかっている風でもなく、いたって普通に話すので本気でそう思っているのだろう。さすがに、男子としては黙って認めるわけにいかない。


「納得いかん!クロエとマリー、勝負だ!」

 オレは腕相撲を挑んだ。こんなの勝って当たり前、負けたら恥ずかしいだけでオレには何の得もない勝負だが、選択肢は無い。


「エド君も一応男の子だしね。仕方ない、相手してあげるよ」

「エドさん、冒険者は無謀な戦いは挑まないものですよ」

 くっ、クロエまで。手加減しないからな。


 第一試合、マリー対オレ。

 開始の合図と共にグイっと力を入れると真ん中で拮抗した。マリーはこんな物かといった顔をしている。オレにはまったく余裕がないが、顔だけは平然としようと努める。拮抗していたのは数秒だけで、マリーが本気を出したらオレはあっけなく負けた。


「エド君よわーい」


 なぜだ?マリーはどう見ても普通の女の子だ。見た目にも鍛えているエリカやケイトみたいに強いはずはない。


「これは3本勝負だ。まだ決着はついてないぞ」

「あれま、往生際が悪いのね。恥の上塗りよ?」

 別に無策じゃない。次は勝てる自信があるのだ。


 マリー対オレ、二本目

 開始の合図と共にオレは手首を小指の方向にひねって、腕を回して押し倒そうとするのではなく、下に落とす方向に力を入れた。結果はオレの勝ち。

「え、今の何?」

「見たか、これがオレの実力だ。さあ、三本目だ」


 三本目もオレの勝ち。

「別に、男子に負けても悔しくはないけど、なんかインチキくさいわね」

「何を言うか。どう見ても正々堂々、オレの勝ちじゃないか」


 これは初見殺しだ。さっさと終わらせないと見破られる可能性がある。クロエとの勝負は、最初から全力で手首をひねって、二本先取でオレの勝ちだった。クロエの頭上にも?が浮かんでいる。


「エドさん、なんだか納得いかないんですけど。うまく言えないですけど、例えば、取っ組み合いなら負けそうな気がしません」

「君も往生際が悪いね。別にいいだろ、男に負けたって」


 さっさと話題を変えよう。

「オレは女子に呼ばれて用件だけで帰る男じゃないぞ。見よ!冷たくて甘いアイスクリームだ」

「「「「 キャーッ!! 」」」」


 さすが、アイスクリームの威力は絶大だ。皆一瞬でさっきの勝負のことは忘れてしまった。


 本来の目的であるシャンプーとリンスの使い方を教えるのは無難に済ませて、ミッションコンプリートだ。ちなみに、風呂なんて贅沢なものは無い。たらいに水を入れて、火魔法でお湯にするのだ。ついでに石鹸も渡しておいた。こっちは1人に一個ずつだ。


「どれもいい香りですねえ」

「石鹸はともかく、こんな洗髪剤があるなんて知らなかったわ。貴族御用達の店にしか置いてないのかもね」

「この石鹸だって私が知っているのよりずいぶん品質がいいわよ」

「どれも貴重ね。これを使うのは休日だけにしようよ」


「同じものは店じゃ手に入らないぞ。時々持ってくるから出処は秘密で頼む。それじゃ、また5日後にな」


 出ようとするオレの服の裾をマリーが引っ張る。

「ん、何だ?」

「...エド君、またね」


 次はギルドに戻って一時預かっている獲物の引き渡しだ。ついでにフェレーナさんにもシャンプーとリンスを渡しておきたいが、こういう、化粧品に近い代物を何と言って渡せばいいか分からない。ミシャーナ達の髪の艶には気付いているはずだし、あんまり遅くなると機嫌を損ねるかもしれん。う~ん、困った。


 結局、フェレーナさんに会うのは避けて、解体場へ直行して獲物を引き渡した。まあいいか。次にお土産と一緒に渡そう。

 最後は犬肉亭のみんなに挨拶だ。


 猫女将に事情を話した。

「伯爵様の屋敷とはあんた、やっぱり只者(ただもの)じゃなかったね。残念だけど仕方ないさ」

「本当はオレもこっちの方が気楽でいいんだけどな。時々は飯でも食いに来るよ」


 シェリルも残念がってくれて、オレは嬉しいよ。

「エドさん、有望だと思ってたら手が届かないところまで行っちゃうのね」

「届かなくはないさ。今後もオレは冒険者だし、ここにも遊びに来るよ」


 シーランが突拍子もないことを言う。

「エド、メイドに気を付ける」

「なんで?」

「取って食われる」

「?」


 根も葉もない噂でも聞いて信じているのか?やっぱりシーランは年相応のお子様だな。


 3人に5個ずつチョコを渡した。大人相手にどうかとも思ったが、猫女将も普通に喜んでくれた。

「ありがとうよ。本当は私だって強請(ねだ)りたかったんだけど、恥ずかしくて言えなかったのさ」


「それじゃ、また。数日後に顔を出すよ」

 女将にとっては売り上げが減るが、シーランとシェリルにはチョコさえ渡せばオレがどこに泊ろうと大した違いはないだろう。

 全ての用事を片付けた。今回の冒険の旅も終わりが近い。オレは街を出て巨木の森を目指した。


 はい、来ました。オレの後をつけてくる赤い点が3つと青い点が2つ。予想はしていた。スターグと雑魚ABCDだ。襲撃してくるのなら全員返り討ちにする。


 巨木の森が近くなって、道がゆるく右へカーブしているところまで来たら、赤い点が1つ草原に入った。先回りするつもりだな。起伏と背の高い草に隠れるつもりだろうが、オレにはマップ上で見えるから無意味だ。


「うがっ!」

「ぎゃっ!」

 悲鳴が聞こえたので後ろを振り返ると、4人のうち2人が足を押さえてうずくまっていた。あちゃー、間抜けな奴らだ。角ウサギに刺されてる。マップ上では赤だった方の2人だ。オレが憎いばっかりに後方に気が回らなかったんだな。


 無事な2人も怪我した2人を手当てするために止まった。この時間は人目もあるし、今日の襲撃は中止だろうな。


 後ろの4人を引き離したので、草原の中に入った奴を始末することにした。といっても、今回はまだ襲撃されていないので撃退するだけにしておく。


 クマよけスプレーを取り出した。水球を発生させて目の前で静止させる。水球にスプレーを吹き込むとみるみる赤くなっていく。トウガラシ水球弾の出来上がりだ。誘導できる残り時間が短くなったので、マップ上の敵の位置へ手早く水球を向かわせる。そして、命中する直前に狭い範囲で霧化させた。


「げほっ、うぎゃ!」

 敵はずぶ濡れになった上に、高濃度の薄赤い霧を吸い込んで悶え苦しんでいる。何が起きたか理解できないだろう。トウガラシ魔法なんて無いだろうから。


 スターグ達の襲撃は回避した。あとは伯爵が付けたかもしれない護衛だが、後ろにいる人がたまたま同じ方向に歩いているだけなのか判別できない。幸い道は緩くカーブして視線は途切れている。

 ここで電チャリを出して5分ほど先まで進んでから森に入った。護衛がいたとしても、ついて来れまい。またいつものごとく、森の中では扉を目指して必死に漕ぐ。


 ***


 今回も無事に到着。納屋に入って扉を閉めた。異世界と地球では緊張感が段違いだ。ほっとして緊張が解けるが鍵をかけるのは忘れない。納屋で革鎧を脱いで家に入ると今日も猫がいた。


 ふい~~~っ。猫を捕まえてとりあえず寝っ転がる。

 夏の夕暮れ時だ。蝉が鳴いている。


 暑い...。冷蔵庫にスイカが入ってたはずだ。


 部屋の時計を確認すると、予定通り今日は月曜だった。やはり浦島太郎になる心配はなさそうだ。有休を足した3連休が終わった。


 -火曜-


 会社を辞めた。もう無理。オレの気分がもう日本での仕事には適応できなくなっている。上司の話も、同僚の話も、真剣な仕事の話なのに、どうしようもなく、くだらないことに聞こえるのだ。上司の指示にタメ口で返事してしまった。とりえず謝ったが、きっとまたやらかすだろう。異世界の冒険でオレの感覚は大きく変わってしまった。


 日本は安全だが窮屈で自由がない。異世界は危険もあるが自由な上に見返りが大きい。

 決めた。

「すみません。今日で会社を辞めます」


 突然仕事を辞めるのはよろしくないが、オレの代わりなんていくらでもいる。会社も大して困りはしないはずだ。上司の返事も聞かずに私物をまとめて会社を出た。


 やったー!!

 オレは自由の身だ。この日は人生で二番目に嬉しかったと思う。もちろん、一番は異世界への扉が開いた日だ。

 家へ飛んで帰ると次回の異世界旅行の準備を始めた。


 まずチョコレート。

 一口サイズの包装を解くのは面倒くさすぎる。伯爵用にはできるだけ大きい塊を仕入れて重量で売ろう。3個で小銀貨1枚ということになったが、重量あたりの値段が同じなら文句はあるまい。一口サイズはばら撒き用に少しでいい。


 ソフトクリーム。

 ドライアイスを買ってきて段ボール箱に入れておく。持ち帰り用にコーンを6個入りケースに入れてくれる店があるので、そこで4ケース分24個買った。人目が無くなったところでアイテムボックスに収納。


 ポリカーボネート製の盾。

 機動隊とかで使ってる透明なやつだ。これがあれば比較的安全に爆薬を使えるはずだ。


 金貨を1枚売ってみた。思ったより高く、約18万円になった。重量は約30gで、品質はほぼ21K相当だった。やはり古物としての価値は無く、金の重量分の値段だ。


 今後は異世界を中心に生活することになるので、日本での生活費はほぼ不要になる。異世界へ持ち込む道具は買うだろうが、月に1枚金貨を売る程度で十分だろう。貯金もあるし。


 伯爵から借りてきた小型の雷力発生器の性能を調べた。中には小魔石が1個入っている。上には太い電極が2本突き出していて、ここに電線を巻き付ければいい。電圧は8.6Vの直流だった。驚いたことに20(アンペア)流しても電圧が下がらない。30Aになるとさすがに電極が過熱しはじめるが、本体はまだまだ余裕なようだ。


 一番驚いたのはその容量だ。小魔石を1個使い切ってから計算してみると、約3ccの魔石からガソリン660ccに相当するエネルギーが出たことになる。

 雷力発生器のサイズは500cc牛乳パックくらいだ。そのサイズからガソリン660cc相当のエネルギーを出せるとなると、リチウムイオン電池など比較にならない超々大容量だ。しかも、中の構造はけっこうスカスカなので大幅な小型化も難しくないだろう。


 電圧さえ調整できれば、いちいち日本に戻らなくてもスマホやドローンを充電できる。もっと大型の魔石を使うタイプならエアコンだって動かせるだろう。いや、温度を変えるだけなら魔法の方が効率がよさそうだな。


 電圧は中に仕込まれている魔法陣をちょいといじれば変えられるはずだ。そうだ、聞くついでに伯爵にテスターをプレゼントしよう。電気の初歩を理解し始めた伯爵ならきっと大喜びだろう。アナログ式の黒くてごついのを密林通販でポチった。


 もう夕方だ。これまでは、夜は危険かもしれないと思って異世界には入っていなかったが、今日は暗くなるまで居続けて扉の周辺に何が出るか確認してみる。


 しばらく待って真っ暗になった。扉には鍵をかけず、即座に逃げ込めるようにしている。マップ上に赤い点が出ないか警戒しながら耳をすませる。虫や鳥の声は聞こえるが、何も出ない。


 退屈なので少し歩いてみた。照明にはうすい布をかぶせて足元が見える程度に光を抑えている。真っ暗な森の中は怖い。怖すぎて扉からあまり離れられない。一番心配していたのはお化けの類だが、この辺りには出ないと思っていいのかな?今度アンデッドについても聞いてみよう。


 東側に7個の赤い点が現れた。やはり風下から来るか。匂いを嗅ぎつけたのだろう。今すぐ扉に逃げ込みたいが、正体を確かめたいので10mくらいまで接近するのを待った。

 大型の懐中電灯で照らすと、銀狼の集団だった。変な化け物じゃなくて一安心。

 パタン。

 扉に入って鍵をかけた。よし、今日はここまで。


 ***


 火曜の冒険者ギルド。

 ザック達が顔を出すとギルド長の部屋に呼ばれた。

「オレ達が呼ばれるなんていったい何事だ?」

「さっぱりだな」


「君たちにリューズライト伯爵から指名依頼だ」

 その依頼内容は、可能な限りエドウィン・フリントロックと行動を共にして護衛せよというものだった。

「エドと一緒にギルドの通常依頼をこなして無事に戻れば、通常の報酬に加えて護衛の報酬も出る。もちろん、依頼の遂行中に危険があれば護衛任務を優先してもらうことになる」


「こりゃまた都合のいい仕事だ」

「うむ、一石二鳥だな」

「報酬は1日あたり、1人につき大銀貨4枚だ」

「もちろん受けるよな」

 ザックが確認すると残り2人も同意する。

「「もちろんだ」」


「しかし、護衛って、エドはいったい何者なんです?」

「詳しくは知らんが、伯爵の研究にとって重要な知識を持っているらしい。今後は伯爵にとって最重要人物になる。だが、当の本人が護衛を付けられるのを嫌がったので君達に白羽の矢が立ったわけだ」


「そりゃまあ、嫌がるだろうな。冒険者に護衛なんて」


「それに、エドは足が速いようだ。昨日は伯爵が密かに付けた腕利きの護衛があっけなくかれている。君たちは護衛していることをエドに気づかれないように頼むぞ」

「そりゃ問題ありませんよ。エドは魔法使いだ。守られても不自然には思わないでしょう」


《納屋14》

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