1.どこへもつながらない扉
2022年7月22日 微修正、誤字脱字修正のみ。内容変更なし。
《納屋01》
うちの納屋の奥には扉が付いている。
古い重厚な木の扉だ。
子供のころに一度開けてみたが、変な模様の壁があるだけだった。
壁の向こうは外だが、それは『外』に出られない扉だった。
その日までは。
長らく忘れていたが、思い出したら妙に気になって胸騒ぎがする。
また開けてみることにした。
鍵を差し込んで回した。
んん?
扉の上に文字が出た。
天井にプロジェクターでも付いてるのか?
何も付いてないし。
あれ、首を動かしたのに文字がまだ見える。
首を回しても、視界内での位置が変わらない....。
網膜投影???
ありえない。眼鏡なんてかけてないし、顔を触っても何もついてない。
脳内投影.....
もっとありえないだろ。
目を閉じると、よりはっきりと文字と変な紋章?が見える。オレは一瞬でいろんな可能性を想像して、世界が歪んだような気がした。頭の後ろが冷める。クラっときて、しゃがみこんだ。
数十秒か数分か、考え込んでいた。
脳内投影など2020年の地球にはない。ありえないことが今起きている。ということは、オレがそうだと思っていた現実に大きな食い違いがあったと考えるべきだ。
左腕に銃が仕込まれているってことはなさそうだ。残念。封じた記憶が戻る気配もない。どこかに宇宙船を隠していて、それとオレの脳がリンクしたとかなら最高なのだが。
これが夢じゃないのは確かだ。自分をつねろうなんて思わない。起きているときに自分をつねる人なんて実際にはいないと思う。
ただ文字が見えるだけだが、その文字には退屈な日常が終わることをほぼ確信させるだけの現実感があった。
おー、便利だ。もうスマホのマップいらないぞ。
この脳内投影されている画面は、スタンドアローンではないらしい。「世界の真実」みたいなものとつながっていそうな気がするが、よくわからない。
鍵を回したらこれが出たんだ..
扉に挿しっぱなしのカギを閉まる方向に回してみた。
ロックした感触はあったが何も起きない。
ふむ、やはり開けてみないとな。
カチャリと手ごたえがある。
扉を少し開いた瞬間に脳内投影の表示が増えた。開いた隙間から外の光が入ってくる。
キター--!!!
期待通り、どこか知らない場所だ。
扉の向こうには見たこともない森が広がっていた。
それは樹齢1000年は超えていそうな木ばかりの巨木の森だった。上を見上げると葉の間から日光が漏れている。晴れているようだ。扉から手を放さずに1歩だけ外に出た。
あきらかに空気が違う。
いい空気だ。
微風が気持ちいい。
変な動物や奇妙な植物とか見つからないだろうか。異世界である証拠を探したが、分かりやすいものは見つからなかった。
さっき出てきた『MPゲージ』が増えている。横の数字が今は3で、見ていたら4になった。MPってもちろんマジックポイントだよな?
MPが5になったタイミングで魔法名が4つ出てきた。四属性か、基本だな。回復魔法が無いのがちょっと残念。
ファイヤーボール 5
ストーンバレット 5
ウォーターボール 5
ウインドカッター 5
ゲージが右端で止まると、MPは20だった。
つまり、満タンで4発か。
試し撃ちだ。火事にならないようファイヤー以外で。
ストーンバレットを選択し、ターゲットには20mくらい離れた木の幹を意識した。
うん、何も起きないな。
この状態で『発射』と意識したら口が勝手に動きだした。
うお、強制詠唱かよ。
自動で詠唱できるのは便利だけど不気味だ。何言ってるか分からないし、口が勝手に動く。最後の単語はたぶん『ストーンバレット!』だな。
詠唱は4秒ほどで完了した。
握りこぶし大の石が数個の集団となって標的まで飛んだ。ほぼ直線の気持ちいい低伸弾道だ。大木に命中すると、ダカ、ダカ、ダカッ!という打撃音と共に、木の皮が激しく飛び散る。石は勢いよく跳ね返った。命中個所は直径数十センチの範囲で皮がはげて、白い中身が見えてしまった。
殺傷力は十分だ。板金鎧程度ならボコボコにして骨を砕く程度の威力はあるだろう。
もう異世界確定かな。
いやまて、脳内だけのことかもしれん。
今度は証拠が残るように足元に撃ち込んでみた。
うお、危ねえ。
2個ほどめりこまずにすごい勢いで跳ね返った。
魔法で出た石を手に取ると、確かに石だ。
表面は割と滑らかで、いびつな楕円だ。
これは初魔法の記念に机の上に乗せておこう。
うん、納得した。
オレはいったん納屋へ戻り、扉を閉めた。
冒険の準備だ!
ランプ、ナイフ鞄に詰め込んでっと。
ランプは持ってないけど。
水、食料、ロープ、テント、武器、武器、武器、願わくば兵器も。ナイフやバールのようなものはあるが、もっと強い武器が欲しい。軽トラックでホームセンターへ向かった。
運転しながら必要な物を考える。あれもこれも欲しい。
ピコンとひらめいた。
「アイテムボックス」「ストレージ」「たんす」「収納」「亜空間収納」
やっぱりあった。
右下に「0/30」の表示と、5行6列に区切られた小さい白枠が出た。
説明は不要だ。ゲームで見慣れている。
駐車場に入ってから、試しに10円玉を出し入れしてみたら成功した。思い切って千円札も入れてみたが無事取り出せた。
ふひっ、アイテムボックスありなら重装備でいけるぞ。
一番でかい鉈、重めの木割り斧、先が丸いスコップ。
スコップは帰ってからグラインダーで先を研ぐ。
槍も作りたいな。長物三倍段だ。
クロスボウも欲しいがこの店には売っていない。熊よけスプレーも無い。どっちも強力な武器だ。外すわけにはいかない。帰ってから密林通販でポチろう。
家でアイテムボックスの仕様を確認した。
ひとまとめなら1枠しか消費しなかったので、大きめの旅行カバン2個にいろいろ詰め込んだ。武器だけは即座に使えるよう、1枠ずつ消費で個別に収納する。
MPを見ると、10に減ったまま回復してない。やはり地球側では回復しないか。でも地球へMPを持ち込むのは可能っぽい。こちら側でも魔法が発動するか試してみよう。
家の裏庭の地面に20cm角の太さの木材を置いてウインドカッターを発射。スパンと切れて、ぶわっと土ぼこりが舞い上がった。地面まで深く抉れている。これならオークとかでも一撃かもしれん。
半分になった角材にファイヤーボールを撃ち込んでみた。ボヒュっ!と軽い音をたてて火の玉が飛ぶ。命中と同時に激しい発熱が起きて、それが2秒間くらい続いた。テルミットかよってくらいの激しさだ。あっというまに角材を貫通して地面まで半球状に凹んでしまった。すげーな。これなら鉄板にも穴が開くぞ。
魔法リストは全部グレイアウトした。もうMPは0だしな。満タンでも20しかないから、やっぱり強い武器が必要だ。ここがアメリカじゃないのが悔やまれる。
***
さて、本日2回目、オレの人生でも2回目の異世界。
腰には武器。
背中にはバックパック。
アイテムボックスに全部入れず、わざわざ荷物を背負っている理由は人前で虚空から物を出すわけにはいかないからだ。アイテムボックスを隠すのは異世界訪問の常識。オレは慎重な男なのだ。
軽トラと電チャリも持ってきたが森の中だし、とりあえず歩く。
空気が涼しくて気持ちいい。
異世界側に出て、扉を閉めて鍵を抜いたら扉が見えなくなった。
触ることもできない。
おい、待て!?
どうやって帰るんだよ?
マップ上には『ホームポイント』の表示が出ている。帰る方法はあるはずだ。無いと困る。まだPCの中身消してないのに。
「帰還」「ログアウト」「もう帰る」「ゲートオープン!」
扉が見えるようになった。
アイテムボックスもそうだったが、明確に意思を示せば言葉はわりと何でもいいらしい。それから3回ほど扉を出したり消したりしたら納得した。
よし出発だ。
とりあえずマップ上に見える、町らしい場所を目指す。マップは自動更新でまだ自分の周囲以外は空白だ。道の1本も出ていない。地名だと思われる文字はあちこちに出ている。その中で『○○山』とか『○○川』とかじゃければ、町や村である可能性が高いと思う。
巨木ばかりで、高い位置には高密度の葉が覆い茂っている。地表は暗い。下草は少なく、木の間隔は広く歩きやすい。
ただ、巨木ばかりなのに雑木林であることが強い違和感を作り出している。ねじくれた木までも巨木だ。どの木も樹齢1000年は超えていそうだ。さすが異世界。
攻撃魔法を使えるってことは敵がいるのだろう。ゴブリンとかオークとかスライムとか。魔王はいらない。勇者になりたいとも思わん。
MP20はゲームならレベル1相当だな。
でも1発の威力は、なかなかのものだ。
MPが完全回復したので、ウォーターボールも試してみた。
これも詠唱は4秒ほど。発動すると直径50cmくらいの水球がす~っと飛んで、木の幹でパシャッとはじけ散った。
なんだこりゃ、威力ゼロだぞ。ハズレ魔法か?
生活魔法ってやつかな?
ぶっつけ本番で使わなくてよかった。
進行方向の右奥に何かいる。まだ数十メートルは離れている。マップには気づく前から赤い点が出ていたようだが、風景ばかり見ていて気づくのが遅れた。
進路を左に曲げても真っすぐ向かってくる。ロックオンされているなら迎撃するしかない。
大岩の横に、人が通れる程度の隙間をあけて木が生えている。この隙間から迎え撃とう。もし、魔法を撃ち込んでも止まらなかったら後ろに下がって、敵が隙間に突っ込んだところを斧で一撃する作戦だ。ウインドカッターの威力でも致命傷にならないようなら、隙間に引っかかるくらいデカい敵だろうと想定している。
MPは満タン。右手にハンドアックスを持ち、敵を待ち構える。
人間ではなく、動物らしいことが分かったのと同時にウインドカッターを詠唱開始。その直後に走り出したそいつは、でかい猪だった。背までの高さがオレの身長くらいある。
あんなのに轢かれたら死ぬ。
あと数メートルまで迫ったところで詠唱完了。『ブオンッ』と透明な何かが飛び、大猪の顔に命中した。派手に血しぶきが上がる。これなら片目は潰れただろう。それでも、そいつは止まらない。
オレは後ろに引っ込んでハンドアックスを落とした。代わりに虚空から出した木割り斧を両手で構える。
心臓がバクバクいって手が震えているが、動けてはいる。
大猪はズシンと木を揺らして隙間に引っかり、血をまき散らしながら牙を突き上げる。幸いなことに怒りが有頂天らしく、下がってから回り込むような知恵は働かないようだ。
鼻面が長くて、正面からだと牙越しに脳天まで斧が届かない。牙を避けて鼻面の横に移動した。脳天めがけて、全力で斧を振り下ろす。
ドゴッ!と硬いものに食い込む感触と共に『ブゴーッ!!』と重低音の悲鳴だか、雄叫びだか分からない声が上がる。全身がビクンとなったが、まだ頭を動かして牙を上下させている。
頭骨に突き刺さった斧をゴリっと抜き、同じ場所にもう二回振り下ろした。そいつは痙攣した後、顎を地に付けて動かなくなった。仕留めたようだ。
割れた頭には、右目を通る深い切れ込みが縦に入っている。ウインドカッターの跡だ。脳まで届いているように見える。
それでも突進が止まらなかったもんな。屈強な盾役の冒険者でも止めるのは無理じゃなかろうか。牛や馬なんかよりだいぶ重そうだぞ。
額には小さい角がある。魔物なのか、そういう種類の動物なのか。毛の色は濃い焦げ茶色というか、ほぼ黒だ。
落ち着いたらうまそうな肉に見えてきた。でも自力でこの巨体の血抜きは無理だ。とりあえずアイテムボックスに入れておこう。時間経過しないのは確認済みだ。
この世界の戦闘がHP制じゃないのは良かった。もしゲームみたいにHP制だったら、こんな格上にはまず勝てない。どこに当たったか分からない『クリティカルヒット』は出ても、急所を狙って破壊できるわけじゃないからな。
ここからは警戒しながら、マップの表示も意識に入れて歩き続けた。ちゃんと見ると危険じゃない動物は青い点で表示されている。索敵範囲は100mもないな。森の中ならいいが、見通しのいい平地なら300mは欲しいところだ。まあ、索敵できるだけで十分チートではあるが。
ほどなくして道に出た。扉から30分ちょいか。ここまでのマップ上の移動距離から推測すると、町か村だと思われる場所はまだ遠い。とりあえず道が伸びている方角でよさそうだ。
人間が作った道だといいのだが。
不意に人と遭遇する可能性はあると思うので、車はまだ出さない。
《納屋01》