六話 飯田の成り上がり副幹部
「羽村さん」
遠くから歩いて来て、今時成の目の前にそう呼ばれた大男が立っていた。
「包囲を解かずに負傷者の手当てを」
羽村は、時成を見下ろした。そこから時成は羽村の背が170センチ後半だと考えた。胸板が厚く腰には細い長剣を携えていた。
「はい」
周りにいた気絶していない魔法使いは、羽村の指示に従い、時成と弥生の包囲を解かずに気絶者の介抱に回る。
「時成。あいつは飯田の新副幹部『成り上がり』の羽村よ」
「弥生。『成り上がり』ってどういった意味なんだ」
時成は羽村の通り名に疑問を感じ、弥生に質問すると同時に、今の状況を確認するために周囲をぼやっと見回す。
辺りには気絶者を介抱しながらでも包囲を解かない飯田の魔法使いや、遠くに感じる人の気配の方に、目線を1秒だけ止めた。
しかしそのようなことには、余り気にせずに羽村の体全体が視界に入る所で見回すのを止めた。
「9年前、首都の魔京にある中学院の卒業生なのよ羽村は」
背中合わせに立っている弥生が小さな声で話始めた。
風魔連合共和国の首都は「魔京」である。その魔京は妖魔100年戦争の一番激しかった戦闘地域だった。だから多くの人々や妖が眠っている場所と推測されている地域でもある。
「そこで、羽村は落第寸前で卒業したのだけど、5年前に飯田の幹部左出田が羽村の能力を買って軍に引き入れたらしいよ」
「なるほどな」
時成も小さく返事をした。それは羽村の情報を二人で共有するのはここまででいいと時成が判断したからだった。
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時間は、時成と弥生が飯田の魔法使いに包囲された時まで遡る。
「報告を受けて来てみれば、見物客が居るみたいだな」
太陽と天将は目の前にいる男女二人に声を掛けた。そして、その声に気がついた二人組は太陽と天将に頭を軽く下げる。
「お久しぶりです。南雲さん」
二人組の女のほうが天将に話かける。肩より少し長い髪を一つにまとめて結い上げている。その髪の色は近くで見ると茶髪が混じった黒色に近い色をしていた。
「沙奈香ちゃん。久しぶりだねぇ」
天将は沙奈香を見る。小柄で可愛いらしい顔立ちをしている。小柄な体格だが内に秘めている魔力の大きさの感じだけは途轍もないものを感じた。だからこそ久しぶりに会った天将は驚きで会話の語尾が少し上がってしまった。
「へぇー。あの『冷眼』が驚くなんてな。長いこと一緒に居たが……良いものが見れたな」
嬉しそうに太陽は目を丸くする。
「おい……からかうな……お前は俺が昔とは、違うことを知っているだろう」
太陽が向いている方は天将だが視線はその先の時成と弥生を見ていた。
「あいつ羽村じゃねぇか」
太陽の視線が気になった天将は振り返って羽村を遠目で見つめていた。
「羽村ですっか……どういった人物なんですか」
沙奈香と一緒に居た男は天将に話かける。
「まさか、こんなに速くここまでで来るとは思わなかったが、真君覚えておいてくれ。羽村は飯田の副幹部になった男だ」
真と呼ばれた人物は東堂真。時成、弥生、沙奈香との同級生で四人は同じクラスである。白髪混じりの髪は癖がなく綺麗で顔と合っていた。そして鼻は高くないが顔のパーツは整っている。
「羽村は飯田正則や幹部の左出田への忠誠心が高い。それに能力が身体強化で足の速さが三倍くらいになる能力だ」
「その能力を使っている時の羽村って目で追うことが出来るのですか。天将さん」
「分からん。実際に見るのはこれが初めてだからな」
天将は首を振ってから時成と弥生の方を見つめた。それにあわせて他の三人も同じ方向を見つめた。
そして四人は物陰に身を隠してこれから起こる出来事の成り行きを見守り始めた。
次回 『風の想い人』七話は3月26日投稿予定です。よろしくお願いします。