五話 『無能力』と呼ばれた人の能力
時成と弥生は、一緒に歩いて中央支部の近くにある自宅に帰っていた。
「ねぇこの嫌な感じ」
弥生は隣にいた時成を見て確信する。
「完全に跡をつけられているな」
そう言って気配を感じた時成は、少し立ち止まり左の手のひらで両目を覆った。
「曲者かっ弥生」
「ターゲットは多分だけど私だと思うわ」
時成は自分の左の手を目から外した。その黒目は、鮮やかな緑へと変色していた。
「ふふっ。久しぶりだね、それ」
「いや、先ずお前と会うのが久しぶりだからな」
時成は思わず突っ込みをいれる。そしてだんだんと二人の周りには少しずつ人が増えてくる。
「これ……全部敵かよ」
時成はこちらに向けられている視線の数と殺気の数を数えている。
「15ってところね」
弥生も同じようなことをして数を数えていた。そして、二人の会話の内容が推測から現実へと変わっていく。
今歩いているのは脇道のない比較的、人気のない道であった。多くの一階建ての家々が建ち並ぶなか、時成と弥生は男女合計15人に囲まれてしまった。
「南雲弥生、お前の身柄を拘束する」
一人の中年男性がそう叫ぶ。そして全員が魔法書を取り出す。
魔法の発動条件は複数存在するが、基本は魔法陣を使うか使わないかの二択になることが多い。
魔法陣を使うと言うのは能力学的には、魔法陣を体の一部や空気に書くことを「起動」させると言い、魔法陣を発動させることを「魔法陣展開」と言う。
魔法陣を使わずに魔法を使う場合は魔法陣を使う時よりも多くの魔力が必要になる。
逆に魔法陣では作るのに時間がかかると言ったデメリットがある。そして多くの魔法使いは、この魔法陣を作ることで多種多様の魔法を扱えるようにしていた。
そして魔法書とはこの魔法陣を起動させるのを助ける道具みたいな物だ。
「ふふっ……嫌だわ」
弥生は不敵に笑った。そして弥生は二つの短刀をリュックから取り出す。
「これは飯田様からの命令ですわよ」
「飯田だと」
時成は魔法使いの女が言うこと耳を疑った。今、確かに「飯田」と言う言葉が聞こえた。時成は頭を押さえる。頭がズキズキしていた。そのようなことは一切知らない、もう一人の女の魔法使いはこう言った。
「飯田正則様ですわよ」
「えっ……」
時成は聞き覚えのある人物の名を聞くことになる。それはかすかに残っていた5歳以前の記憶を取り戻すには十分すぎるワードであった。
「弥生」
隣にいた弥生の前に左手を出す。
「いつの日か言った約束を俺は今、思い出した。『お前を守る』ってやつをな」
時成は登下校をするときは、木で作られた木刀を持ち歩いていた。それは魔力を操ることが出来ない時成の武器でもあった。
「遅すぎじゃない、時成」
弥生は一瞬頬を赤らめたが、それには誰も気がついてはなかった。
時成は上げていた左手を降ろす。そして両手で木刀を握った瞬間前に走り始める。6メートルとあった魔法使い達の間合いは一瞬でつまった。
その光景を見た後ろの魔法使いは、時成に照準を合わせる。だが弥生はもうすでに二本の短刀を抜刀していた。そして弥生は、時成を照準した魔法使いとの間合いを一気につめながら左手の短刀を斜め下に斬り下げる。
「どうしてそこに」
時成も右から斜め下に木刀を振り下ろした。攻撃を当てられた魔法使いは両足で地面に跪きながら気絶していく。
時成と弥生はバックステップをする。魔法使いの人達は、この事態に驚きを隠せてはいなかった。
「あいつらの能力って何だ」
「それよりもあの緑のやつの動きって見えたか」
と口々に話し声が聞こえる。
「貴方って能力が使えたのね」
時成と背中合わせになりながら、弥生は惚ける。
「冗談はやめてくれ。俺だって身体能力の二倍までは普通に扱えるようになったんだからな」
時成は少し笑みをこぼした。
そして時成と弥生は、ヒットアンドアウェイの戦法で最初の二人を含めて合計六人も気絶させていた。
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前回もそうだったが、今回も無理そうだな
近くから見ていた大男は、そう思って時成達の方へ歩き始めながら
「今回は俺が出るとしよう」
と呟いた。
次回『風の想い人』六話は3月19日投稿予定です。
よろしくお願いします。