百九十五話 意地のぶつかり合い
ここで誰と戦ったのか」
ソーキと沙羅が死亡したという報告を受けた影道は事件現場の近くで天を仰いだ。
既に遺体は回収したが他に死亡した人もおりそれが発見されて警察が来ていた。他にも野次馬や諜報員の人間もいる。
影道の中では沙羅がいたからこそ少なくとも戦闘をしなければ生きて戻って帰れていたことは分かっている。だがソーキと沙羅は死んだ。だからこそこう呟くのは仕方がなかったのかもしれない。
既に動員できる暗部メンバーは動かしている。明日になれば他のメンバーも合流する。
「水の都、氷、帝国。力のバランス関係が壊れているだけにこの2年が平和だったのは準備期間だったのかもな」
影道の背後には他の暗部メンバーが立っていた。影道の独り言はその人に聞かせていた。
「どうするんだ、隊長」
「準備して、動きましょう。取り敢えず報告待ちになりますよ」
そう言うと二人は夜の闇に消えていった。
―――――――――――――――――――
次の日、勢いだけで中央支部のドアを開けた時成は今まで抑えていた怒りがが沸点に到達する。
「戦争だ真。喧嘩を売られたんだよ俺達はだから次の会議で宣戦布告する」
「ちょっと待てって言っているだろう。俺に策がある」
一歩も引かない真に時成は刀の柄を掴んだ。
「もう策とか言っている場合ではないんだ真。お前だって分かるだろう」
「このままじゃ俺達は戦争で勝っても最悪の場合は滅びるぞ」
そこに事実を突きつける真。当然軍部を動かせば、隙を見ている帝国が侵略してくるのは少し考えれば分かるはずだったし、敵はそれが狙いなのかもしれない。それでも自分が治めている領土で他国の人間が犯人である事件を穏便に済ませることなど出来る訳がなかった。それに穏便に済ます前例を作れば弱みになる
「そんなことはさせない。だから準備しろ」
「いいや少し俺の話を聞いてからにしても遅くはないはずだ」
二人の意見は対立し歩み寄る意思を見せない。ただ言っていることはどちらも間違いではなかった。だからこそどこまで行っても主張は平行線を行く。
「刀を持て真。話あいじゃどこまでいっても平行線だ」
「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」
お互いに立ち上がり二人の殺気と剣を持つ姿に本気度が表れている。それを見た若手の暗部メンバーがパニック状態になった。
「誰でもいい幹部を連れてきてください」
そう呼ばれてやって来たのはテツだった。多くの暗部メンバーがテツを見る中テツは一括する。
「勝手にしなさい。もう今の意思決定は二人にあるからの」
真は刀を握ると抜刀した。相対した時成はまだ刀を抜刀していなかった。刀を真っすぐ正面に構える真はあえて刀が届く面積を広げた。両目で時成を捉えているがその瞬間時成が消えていた。
真は分かっているかのように両手で左に刀を払うと途中で甲高い音と共に刀を弾いた。
時成の奴怒りで我を忘れたのかあるいはな
真は止められた払いを今度は右に振りぬいた。横一文字に斬撃が飛ぶが範囲に時成はいない。だが背後で再び甲高い音が聞こえた。
「全ては風の為。お前が怒る理由も分かる。俺だって師匠を恩師を殺されたのは同じだ」
真はまだ戦闘が始まってから一歩も踏み出していなかった。時成の攻撃を腰と足の回転で捌いていた。
「だが一番悲しいのは紗奈香ではないのか。あいつは両親を殺されたんだ。お前は俺以上に分かるだろう?」
「ああ、勿論」
真が遂に一歩踏み出した。そして時成との刀の間合いが空くが真の斬撃の射程にはまだ入っていた。この場合の斬撃の射程とは高威力で当たる距離のことだ。
刀を手に取る真と時成は同時に刀を振った。それを見ていたテツは冷や汗が流れ始める。
どっちも本気の奴じゃないか
すでに一人で同時の攻撃を捌くのは難しいのではないかとテツは思っている。だからこそ自分が実力を認める人が他にも欲しかった。焦っていることを表情には出さないがテツは周りを見る。天将にたくがいることを確認してから深い息を吐いた。だが本当に驚いたことはここからだった。
「この勝負、私が預かる」
突如黒い魔法陣が展開したと思ったら弥生が二本の刀を両手に持ち二人の攻撃を受け止めていた。それもグリーンアイ状態の時成と斬撃も同時に撃った真の攻撃を完璧にさばいていた。それは同時に二人の勝負が終わることを意味していた。
「やっぱこの二人の特効薬は君たちだよ」
内心焦っており背中は冷や汗が止まらない勝負を見ていたテツはそう言った。だがそれを見ていた人は驚いていた。四人の成長を見ていた人ならだれでも弥生が攻撃を捌いていてもおかしく無いと思うが、知らない人から見れば弥生は二人と同等かそれ以上の実力を持っていることになる。
「二人ともやり過ぎじゃない?他の人の顔を見なさい」
真っ青な人も居れば驚いている人もいる。ただ見ていた幹部達テツを除いてはいつもの事だと見守っていた。それに紗奈香の表情が明るかった。それだけで安堵することは沢山あった。
「驚いている人が半分以上いるんだけど弥生ちゃん」
冷静に周りの人達の表情を見て突っ込みを入れて顔に手を当てて俯く紗奈香だが前日みたいな悲しい顔になっていなかった。
「驚くような事あったっけ」
あれッと思い出そうとするも弥生はまだ気がつかなかった。
「自分がした事思い出して」
あっ……声にならないような声で言う弥生にもう遅いと紗奈香は諦めた。
「『緑の目』の六代目と暗部隊長になった斬撃使いの同時攻撃を完璧に捌く人なんてもう数少なくなってるよ」
「けど……立場や異名がついたり変わったりしても二人は二人だよ。分かっている事を対処できない人なんて暗部には要らないでしょう」
何を馬鹿なことを言っているのだろうと思う弥生だが現実はそうじゃなかった。その言葉を聞いて幹部以外の人の顔が少しだけ引きつったような表情をしていた。その言葉の裏には弥生が努力して一瞬でも二人にも負けないくらいの実力を手に入れていると言う証拠でもあった。
「はっはっは。それが基準になるならこの組織は要らない人間ばかりになりそうだな」
そのテツの言葉を聞いて幹部は笑い始めた。それは険しい表情と重い空気を除けるのに十分だった。
「今回は俺の負けだ。弥生が好きにして構わない」
「俺もだ」
そう言うと二人は剣を納刀した。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回『風の想い人』百九十六話は6月22日(木曜日)に更新する予定です。
次回もよろしくお願いします。




