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風の想い人  作者: 北見海助
章間 七美の軌跡 青年期~『雨の十五夜』
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章間25話 『雨の十五夜』

古代図書館を出るとそこにはありえない光景があった。


「お待ちしておりました。我が主がお迎えです」


帽子をかぶり動きやすそうな紺色の長ズボンを着用し上には白いワイシャツを着てこれまた紺色の服を纏うのは飯田家が管轄する警備隊の服装に違いなかった。それも約40人。暇ななのかと問いたいぐらいに臨戦態勢を取っている警備隊は腰に刀を帯刀し10人は自身の足元に魔法陣を仕込んであった。


「主。誰それ?」


素七美はとぼけた顔をして警備隊を馬鹿にした。この日の七美の服装は何故かフードがついている長いコートを羽織っていた。当然寒いという理由でフードを被っている。理由は帯刀していることをカムフラージュすると言うおしゃれを全く気にしていないような服装だった。しかもその下は暗部の制服である黒ズボンと黒服だった。


「飯田正則様だよ。そのような事も知らないのか、龍我七美」


真剣な目で相手を見据える七美の隣にはまだ何も知らない時成を隣に連れていた。


「子供もいるのか……」


七美に気を取られていた警備隊長は時成がいることを気がついていなかった。これも七美のカムフラージュの一つで余り素顔を見せなければ子連れの客だと勘違いしてくれる。因みに当然古代図書館にも受付と身体検査があるのだが暗部が七美を素通りさせながら記録している。


その僅かな時間稼ぎが差になることになる。


「やろっ!」


警備隊は突如として現れた暗部に対応することになり七美が通り抜ける事を見逃された。それからは飯田家は軍が出張ってきて七美を追いかけ始める。


妖心村の商店街『雲の扉』で七美は息を潜めてやり過ごそうと計画しその場所についたがもう軍の人が追い付いて来ていた。


連れて来ていた暗部は全員投入した。化け物クラスに遭遇しない限り人数不利でも後れは取らないと思うがどうだろうな。次に誰が助けに来てくれるかな。中央支部はもうすぐだけど場所を知られるわけにはいかない


そう思ったが逃げるためには商店街に入るしかもう残っていなかった。商店街に入った瞬間一人の男が飯田軍と七美と時成の間に入った。


「嫌な予感がしていたから来てみたら……俺のことを気にするな行け」


「太陽」


「生きることを考えろよ」


助けに来た仮面を被る太陽は後ろに嫁と息子がいる時点で下がると言う選択肢は頭から消えていた。ただ目の前にいる敵をどうやって倒すかを考えていた。それを見て七美は時成を抱えて走り出した。太陽が見送った後飯田軍は約200人で太陽を攻めたが、狭い商店街では人数差が不利な条件になってしまった。


約15分後、そこには200人の死体が散乱し商店街の天井から道路、壁まで全てが血で真っ赤に染め上げていた。


ー-------------


「もうここまで」


商店街の別ルートで来たと思われる背後で追ってきている飯田軍の人達を見ながら商店街の外に出た七美は飯田軍と向き合った。その目からは、「ただでは、死なない」と言いたげな覚悟を決めた目をしていた。その姿は小さな時成から見ても、とても勇ましくかっこよかった。


「いい。努力をすれば何物にでも成れるからね。成りたい自分になってね」


その言葉は、母親から子供に送る最後の遺言(エール)でもあった。そう言うと七美は、時成を背にして白い鞘の脇差しの柄を握る。


「飯田正則様」


戦闘中にも関わらず悠長にも近くにいた男に男達は、全員頭下げて敬礼する。その姿からはヤクザの大親分にすら見えてくる。飯田正則は昨年父から飯田家当主の座を引き受けていた。


「久しぶりかな記憶使い(メモリー)。いや、初めましてかもな…。そして永遠(とわ)にさようならでもあるのかな」


飯田正則は無表情でそう言った。それは暗殺者に等しい冷徹さからそれは暗殺者から暗殺ターゲットへの敬意の表れかもしれない。


陽炎


七美は白鞘の剣を素早く抜刀すると真っ先に正則に攻撃を仕掛けた。その瞬間、正則の体から赤い血が流れた。


「『辻斬り』か」


そう言って多くの人々が見渡すがそんな人物どこにもいなかった。動揺が広がる飯田軍に構わず七美は斬りつけていく。


「違う奴は『記憶使い(メモリー)』だ」


飯田正則は深い傷を負わないような立ち回りで七美を追い詰めていく。時には自分が連れてきた人の死体を跨ぎながら悲しむ暇もなかった。


七美は油断などしていなかった力量は同程度だが人数差をひっくり返すほどに適した能力を持っていなかった。そして七美の技を見抜いた飯田正則に切りつけられて七美の口からは赤い血が流れ始める。


「な。奴は『辻斬り』でもなんでもない」


初見で七美の陽炎の絡繰りに気がついたのは正則が始めだった。それに気がついても七美は陽炎を辞めなかった。捨て身で勝負しなければ生きて帰れないとそう思った。だが結末は直ぐにやって来た。


正則の能力の白い刀が七美の体を貫いた。その怪我は当然致命傷の傷だった。七美は膝をついてからうつ伏せで倒れた。


貰った


正則はそう思った。だがそれをさせてくれる人間はここに居なかった。


「っち。鬼が出てきた」


舌打ちをする正則の顔が反対方向に向いた。そこには全身返り血を浴びて赤黒い太陽が剣を抜いて正則に斬りかかったがそれを弾いていた。仮面も当然のように赤い血がついて普段の仮面を見るよりも一段と恐ろしかった。


「目的は達成された、もう生きることはないだろう」


返り血を浴びて真っ赤な太陽も怪我を負っている。正則の方が太陽よりも満身創痍だった。


「虹目やれ」


二人の前に黒い魔法陣が展開され、言葉と魔法陣のフェイクが入りそれを警戒する余り太陽は二人を逃がしてしまった。


その後残っていた連中を切り伏せた太陽は七美の元に駆け付けたがもう遅かった。


「お前が死ぬなら、俺も死ぬ」


「それはダメよ。いい……貴方。今貴方に死なれたら、私の可愛い時成は誰が守るの。これから来る戦乱の厳しい世の中に……誰があの子の道しるべを作ってあげるの。貴方のその言葉は嬉しいけど。今はその時ではないでしょう」


うつ伏せに倒れた七美は自力で仰向けに寝るが流血は太陽が服で傷口を抑えても止まらない。それでも七美は話すことを辞めなかった。説得しなければ太陽は殉死すると確信していた。結婚した後に父と太陽が話していたのを聞いていた。二人の間で交わされた言葉の中に『私を必ず守る』とその言葉を聞いていたからだった。


「子供の未来を守りたい、愛していたいというのは親として当然だと思うの。貴方が死ぬとき、一緒に堕ちるのならそれでも構わない。だから……。その時まであの子を……育てて」


愛した人の目を見れば考えていることぐらいすぐに分かる七美は太陽に生きることを強制することにした。全ては愛する息子の為に。その覚悟が伝わったのか太陽はただ黙って七美の話を聞いていた。


「私に関りを持ってくれたすべての人を対象にあの子の記憶を消すわ。戻ってくるのは貴方が死んだとき。それで良い?」


「ああ構わない」


仮面の奥からポロポロと涙が溢れ出したと同じタイミングで空からは雨が落ちてきている。それがやがて激しくなるのが簡単に予感できるくらい空は曇っていた。手が届く範囲で自分の血で魔法陣を地面に起動しながら七美は静かに白い鞘の刀をそばに置いた。


「じゃあ次に貴方に会うときはあの世の入り口で。貴方から成長した時成のことを沢山聞かせてね。二人とも愛しているわ……禁忌死に戻り(デスバック)


そう言った後七美の体は横に力なく倒れて呼吸が止まった。そして太陽の体には赤い魔法陣がくっきりと描かれて体の中に消えていった。


「畜生ー」


儀式が終わった後に駆けつけたテツ、影道、天将、たく、ソーキは俯いた。


「五代目は?」


「未来に賭けて先に逝ってしまったよ」


テツの静かな声が商店街に響いた。太陽は黙ったまま抜け殻みたいに突っ立っていた。


「太陽」


天将はそう呟いて太陽を見た。黙って涙を流す太陽に言うそこから先の言葉が見当たらなかった。ただ五人は商店街に取り残された小さな男の子を目撃する。


「お父さん」


隠れていた時成は、亡くなった母の近くに姿を表した。その姿を見て涙が溢れて来ていた。


太陽の刀には、血がしたたっていて悔しそうにうつ向いていた。その父に向かって時成は、宣言した。


「僕は……強くなって飯田正則あいつを斬って……いつか、世界を変えてやるんだぁー」


ただその言葉が太陽、天将、ソーキ、たく、影道、テツの5人に重くのしかかった。五代目が禁忌を使ってまで守りたかった息子の時成、可哀想などとは思わず、ただこの子なら五代目の跡を継いでいけるような気がするとここに居る全員がそう思った。気がつけば5人は泣いている時成に暗部の最敬礼をしていた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回『風の想い人』章間26話は11月2日の18時に更新する予定です。

本編百五十四話は明日、11月3日に更新する予定です。

次回もよろしくお願いします。

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