百二十一話 歴史が変わる瞬間
遅くなり申し訳ございません。
連続更新後半2日目です。よろしくお願いします。
「何故だ。何故俺の部下が倒れる」
突然、今の状況に陥った正則は困惑していた。だが時成は当たり前だと言わんばかりに右の口角を上げて悪い笑みを浮かべていた。
「相手が悪かったんだろうなー非常にな」
棒読みをする時成は自分の能力を操ることに集中し始める。その様子を見た正則の背筋に鋭い悪寒が走った。
よく分からないが放置しては駄目だ
そう思った正則は目を細めて時成の心臓に向かって突きを放つ。時成に当たった瞬間、時成はユラユラと揺れているように見えた。そしてだんだん消えていった。
結論を言うと正則が突きを放った時には時成が立っていた場所に時成は居なかった。そして自分の体に痛みが走る。着ていた鉄のチェストプレートは粉砕していて、服の隙間から破片が落ちていく。そして血が流れ始めた。
斬られたことに動揺する正則はまだ自分の能力が使えることに気がつかなかった。
「何故……お前が……その技が使える。グリーンアイ」
「死ぬほど努力した。たったそれだけだ」
斬った正則を真っ直ぐ見ながらそう言った。そう言って、時成は陽炎の練習の時を思い出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
天将から太陽の過去を聞いた次の日。中央支部の道場で。
「良い時成。五代目が最初に使った技の一つに黒の殺し屋の皆が使う切り札に『陽炎』って言うのがあるの」
中央支部の道場で弥生は時成に教えていた。
「簡単に言うと敵、味方から、自分の認識をずらす技法。それが陽炎なの」
一通り弥生から説明を聞いた時成は疑問が浮かんだので質問してみる。
「何で弥生が知ってるんだ。俺、親父から教えてもらってないのだけど」
「だって陽炎ってこの技は五代目の技で特徴しか伝承されてないもん。お父さん曰く、この技だけは盗んで会得しろだとか」
「やっぱりか」
覚悟していたことだが言われると自分に陽炎を使いこなせるか心配になってしまった。
「この技を完璧にマスターしたほうが強くなるには手っ取り早いだろうって。こっちもお父さんが言ってた」
「なら俺にはあるんだろう適正ってやつが」
弥生にそう言われて少し心配していたことが吹っ飛んだ。
「だったら良いね」
弥生は笑ってそう返事した。ここから時成は地獄の猛特訓が始まるとは思っていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
正則は刀を握る。そこであることに気がついた。
能力が使えるじゃねぇーか。それにしてもグリーンアイがあの陽炎を使えるとは思わなかった
正則は少し息を吐きニヤッと口角をあげる。刀を自分の体の真っ正面に構えて思案する。
陽炎って技は絶対に人の特徴が出る技。あいつにも必ず表れているはず
黒の殺し屋の面々と多く殺し合いをした正則は人より陽炎の攻略方法を少しだけ知っていた。それが時成の陽炎の攻略の鍵となる。
正則は冷静になり時成を観察し始めた。
初見殺しも良いとこだよな。だが緑の線が出来ているんだよ。確実に
時成は止まっている正則に斬りかかろうとして方向を変える。だが立ち止まってしまった。ミドリの線が消える。赤い血が時成の背中から流れ出す。
「俺は本家の陽炎もあの日斬ったんだ。それに辻斬りの陽炎も斬っている。貴様にとっては嫌な記憶のはずだ。よく覚えているだろう。だから息子のお前の陽炎も俺は斬れるんだよ」
能力の白い刀で完璧に時成の背中をとった正則は時成の背中を斬っていた。よろめく時成。顔も眉を寄せて険しくなり、息づかいも荒くなる。回復していたとしても禁忌を使って無理やり動かしている自分の体の限界なんて、もうすでに越えていた。
霊刀風宗を体育館の地面に突き刺し、体を固定する。満身創痍の中で時成は口元は笑っていた。背後から見ている幼馴染み三人も今の状況が不味いことも分かっていた。けど動けるのは能力相性が悪すぎる真だけ。だから三人にはどうすることも出来なかった。
「終わりだよ。禁忌は一度使ったら、死ぬかオーバーヒートになる。今のお前の笑顔は醜いだけだな」
「笑わない人間に未来なんかない」
ボソッと呟く時成の声は、正則には聞こえて無かった。
正則は最速で時成に向かって突きを放つ。だが今さっきまで立っていた場所には当然時成は居ない。うっすらと緑の線が出来る体育館。その先に時成は居る。正則は自分の能力で時成を襲う。
ここで倒れるな。足を動かせ
時成は正則の攻撃を避ける最中に二本の刀を納刀する。白い刀が目の前に迫ってくる。
「くっ……」
背中の斬られた痛みで思わず声が漏れてしまう。それでも白い鞘を左手に持ちその刀の柄を右手で持つ。
ダーンと言う音と共に白い刀が振り下ろされる。時成は残った妖力を使う為に集中する。そして一気に正則との間合いを詰めるべく、音より少し前に能力を使用して走りだす。止まっている時と瞬間の速さの差が大きいことが時成の『陽炎』の特徴だった。
そして鞘引きをして刀を抜刀する。攻撃の速さこそが恐怖の象徴とまで呼ばれた『辻斬り』の最大の持味であり武器でもあった。
抜刀 辻斬り
時成は心の中でそう叫んだ。だが時成の攻撃は正則の刀で止められる。刀と刀がぶつかり合い甲高い音が体育館中に木霊する。その音と同時に時成が握っていた刀が空を舞う。黒い刀身が太陽の光の反射でキラキラと輝いた。沙羅の結界の中で見ていた人達の殆どはその綺麗な刀を目で追った。
正則も少しだけその刀を追っ手しまった。一瞬だけ目線を時成から刀に移した隙を時成は見逃さなかった。今度は右手で黒い鞘を握りその刀の柄を左手で持った。間髪いれずに抜刀する。
時成を見失った正則は背後の死角から時成の鋭い攻撃がくる。
正則は予期してなかった攻撃に吹き飛ばされて後頭部を壁にぶつけて気絶する。
二段抜刀。最初の一撃がカムフラージュで次の攻撃で決める。たった三週間の付け焼き刃がここで刺さった。
空を舞った刀は軌跡を描き体育館の床に突き刺さり、飯田正則は時成によって吹き飛ばされた。見ていた誰もがこの状況を理解できずに言葉を失っていた。しかし透やたく、ソーキなどの暗部に所属している人や五代目を信じていた人達の目からは涙が溢れていた。それを見てここにいた全ての人はこの戦いの勝者が分かってしまった。
「俺の勝ちだ」
白い刀身を空に掲げて、時成の声が体育館に木霊する。服は真っ赤に染まり、まだ多くの血が流れている。貧血で今にも倒れそうでふらふらする時成がそう叫んだ。それを聞いた瞬間、ここに居る暗部メンバーは全員、仮面は被ったままだが仮面を持つように手を動かして胸に手を当てて頭を下げた。
3月1日午後13時12分。この瞬間、見ノ木村の体育館の中で歴史が変わった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回『風の想い人』百二十二話話は5月5日に更新する予定です。
次回もよろしくお願いします。




