百十九話 時成から弥生へ
連続更新前半3話目です。よろしくお願いします。
飯田正則を吹き飛ばした時成は弥生の近くまで歩いてきてしゃがんだ。
「止め、刺さないの?」
「俺の復讐より人命の方が優先だしな」
弥生は自分の方に人差し指を指した。
知っているんだ。この技のリスクまで
それを聞いて弥生は安心した。ちゃんと自分のことを分かってくれている時成がいつもより頼もしく、愛おしく見えていた。
「はぁー……。ちゃんと騙して、当たり前のように禁忌を使ってるし。やり過ぎだぜ、まじで」
時成は、技の反動で動けなくなって座っている弥生を持ち上げてお姫様抱っこする。
「ちょっ、急に抱えないでほしいんだけど」
文句を言う弥生を時成は無視をして天将達がいる場所へと歩いていく。でも、弥生は心の中ではとても嬉しかった。そして時成は覚悟を決め話し始めた。そして、ずっと言いたかった言葉を口にしようとする。
「この1年、一緒に居て思ったよ。当たり前が当たり前じゃないことに。近くいてほしい人ほど離れて行く。だから……」
時成は黙ってしまった。今ここでこの言葉を口にして良いのか直前で再び考えてしまった。
俺はこの言葉を、弥生に使う資格は本当にあるんだろうか
「……」
弥生はただ黙って、時成の方を見ていた。その時成は、まだ思案していた。
失ってからでは遅いんだ。それを俺は知っているはずなのに何度も後悔した。だから……もう二度と後悔しないために
「ずっと好きだった」
弥生の顔をしっかりと見て、少し恥ずかしそうにその言葉を口にする。時成の顔は、さっきまで流していた時成の血液よりも赤いと弥生は感じた。あの日時成に助けられた日からずっと心のどこかでこの言葉を時成に言ってもらう日を期待していた。だけど自分の弱さに時成の隣に立つ資格なんて無いと思う日もあった。弥生は今、多くの感情が混ざっていた。
「遅い。遅すぎるよ……バカ。私、ずうっとずっとその言葉を待ってたんだから」
だから弥生は涙目になりながら嬉しそうにそう言った。そして軽く時成の胸を叩いてから手を背中に回した。
「ごめん」
自分が言った言葉の重みを知った時成は再び弥生を守ると言う覚悟を決めて歩き始める。もうすぐ沙羅の結界の中には入れる位まで近付いていた。
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「何がどうなったんだ」
状況がいまいち理解出来ない先崎議員は、そんな事を口にする。だが今回ばかりは予想出来る人間は少なかった。
先崎議員。親風派の議員の一人で風魔連合共和国の議会に出ている人物であり、年は今年で42歳になる背が170センチ付近の強面タイプのおじさんだ。
当然、たくとソーキは目を丸くして、天将は頭を抱えている。天将は弥生が飯田正則の近くに行った時にはこうなるだろうと気がついていた。そして真と紗奈香の二人は、分かっていたからこそ特に目立った反応はなかった。
「殺気の密度。濃さで弥生の本気が分かるんじゃ。だから飯田正則は殺そうとしたんじゃ」
先崎議員の隣に立っていたのは龍我透。透の姿を再確認した天将は深々と頭を下げた。
「すみません。俺には弥生を止めることが出来ませんでした」
「止めるなんて誰も無理じゃ。だって似とるんじゃもん。あの二人は若い時の千愛音と太陽に、信念の強さで動くこととかな」
「はい」
透はにっこり笑顔になった。そして、歩いてこちらに来ている時成と弥生を一瞬見てから再び天将に話かけた。
「似ているからこそ、連想してしまう。お前にとってあの二人は、掛け替えのない人物だからのう。……そんなお主には止めれないのも知っていたじゃから気にしなくても良い」
天将はうつ向いてしまった。そして仮面の目の隙間からは涙が流れていた。透はそんな天将を見ながら目を瞑り手で涙を拭きながら話を続ける。
「お主ら覚悟を決めろ。ここからが反撃の時間じゃ」
その言葉を聞いて笑う、黒の殺し屋。びっくりして戸惑う卒業式参加者や保護者。大急ぎで正則に駆け寄る先生方。この時になってやっと三陣営に分かれたような気がした。
「透さん。南雲弥生は、何者なのですか?」
先崎議員は透に多くの人が疑問にしていた質問をする。何故、心臓を貫かれたはずの時成が生きていたのか。不思議に感じたことは、多くあった。
「禁忌最上位回復魔法。かつて世代最強回復能力者が使用していた技の一つじゃ。知っているだろう」
もう一度復習だが禁忌最上位回復魔法は、死んだはずの人を死んでから数十秒間だけなら復活出来ると言う技。当然リスクも大きく使用時の妖力負担はその人が今、持っている全てであり、長い時間、激しい運動は出来なくなる。
「で……でも、殺されましたよね。長澤千愛音さん」
納得出来ない先崎議員はもう一度と透に質問する。
「南雲弥生は、何者なのですか?」
透は悪い顔をしてその質問に答えた。
「弥生は冷眼の娘じゃよ。な、天将」
あなたも人が悪い
苦笑する天将は訳が分かっていない先崎議員にこう言った。
「俺の娘であり千愛の娘だ。もう分かるよな」
「えっ」
ようやく意味が分かった先崎議員は、その言葉が凄いことに気がついた。それでも先ほどの光景を見ればその言葉を納得するしかなかった。
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「してやられたよ。お二人さん」
たくが悔しそうに言う。でも天将は分かっていた。その能力の代償に。
「弥生。体、大丈夫か」
「うん」
時成に抱えられた弥生は頷いた。自分の体よりも今の状況の方が嬉しかった。だが現在置かれている状況はそんなに甘くはなかった。
「報告します。西より都市国家アクアストームの軍勢が約1000人、北より帝国ダークブラッドの軍勢がそれぞれ約200人が迫って来ております」
唐突に表れた良正が透に報告する。その事を聞いた天将は笑って即答した。
「君が来たということは他の方々が押され始める状況になってきているということだろ?なら俺が行きます。長老様。手出しは無用でお願いします」
「ああ、頼むよ」
笑って透に言う天将の目だけは、覚悟を決めているように透は見えてしまった。
「天将、好きにしなさい。ただし死ぬことは許さない」
天将は長老に頭を下げて一礼する。
「行く前に一つだけお前に確認する」
二本の刀の柄を握り歩いて帰ってきていた時成のほうに向く。弥生は地面に降ろしてもらっていて時成は真っ直ぐ天将の方に向いた。
「あの時の約束は守るんだろ」
「愚問ですよ、それ」
分かっていることを再度聞いた天将は、その時成の覚悟には自分は敵わないと思ってしまった。だからこそ信頼し、娘を任せれると思っていた。
そうこれからも。風の民も弥生もお前なら大丈夫
「仮面の誓いに従います」
天将は右の手を握り心臓に手を当てる。それは肝心な場面で覚悟を決めるそれは暗部の敬礼でもあった。
そう言って一人で体育館を去っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回『風の想い人』百二十話は5月3日に更新する予定です。
次回もよろしくお願いします。




