百六話 風の指針
2月19日。中呂村の風の民の本部では、幹部会議が始まる少し前にテツは亮二と本部の一室で約束してたあた会談をしていた。
「あの書類にサインしてくれたんだな」
落ち着いた声で懐にある時成と弥生の婚約を認める書類を触った。
「ええ。勿論。初めからその書類にはサインを書くつもりでした。ですが、なぜ俺にその秘密をもっと早く言わなかったんですか。俺もこの立場がなければ本当は暗部になりたかったんですよ」
「約束は死んでも守る。俺たちはそういう集団だったはずだぜ。むしろあいつがお前たちに秘密を言ったことをあいつに感謝した方がいいぞ、亮二」
「俺はそれでも貴方がたの弟分だ。もっと早く言ってくれても良かったはずだ」
信頼されていないとも取れる行動に僅かな疑問を感じながらも熱くなっていた亮二は言いよどむことは出来なかった。
「その情報だけは俺たちは教えれなかったんだ。だからお前にはあの日、未来を魅せたんだろう。これからのこの国の未来を背負う人やその幹部候補生達を」
やっぱりテツも熱くなっているのか自分たちが隠していた真実あっさりと口にしていた。二人は机に向かい合って座っているのだが亮二は険しい顔をして机に置いてあった手に拳を作っていた。
「頭では分かっているんです。その行動も思念も分かっているんですよ。兄さん方はそういう人ですから。でも……それでも……俺にも同じ罪を被せてほしかった。皆さんの背を追いかけた俺にも……」
急に悲しみがこみあげて涙があふれ出てきそうな亮二だがグッと歯を食いしばり涙があふれてくるのを嚙みこらえていた。
「失望したか?」
そんな亮二を見て冷たい声で言い放つテツだが、その言葉を聞いた亮二はすぐさま首を横に振っていた。
「いいえ。兄さん方や姐さん方の性格は知っていますから。それに俺は時成……いいや若様にはもう約束しましたからね。テツさんも俺がどんな人物かは知っているでしょう」
「ああ」
テツは立ち上がる。そして笑いながら仮面をつけた。そして重い足取りでこの部屋を出て幹部会議の部屋に向かった。
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ここは風の民本部の大会議室。そこには様々な役割を与えられている幹部が長机を囲んで口々に会話をしていた。
「お主らも見たのかあの夢を」
「久し振りに五代目様を見た気がしたな」
緊急招集された風の民自治区の幹部全員が本部の会議室に集合して当主の透を待っていながら会話を交わしていた。
「待たせたな」
透がゆっくりと歩いて会議室に入ってくる。その言葉を聞いて座っていた幹部は立ち上がり一斉にを頭を下げた。
「顔を上げてくれ」
そう言って透は顔を上げさせる。そして会議参加者全員が席についた。
「緊急召集に集まってくれてありがとう。さてっとこの緊急招集は暗部がとある事件をおこしたからだ。暗部隊長。18日の夜何をしていた。そしてこの数年間何を隠していた」
透に呼ばれたテツに幹部の視線が集まった。その様な中で透の声は普段よりも一段と低く冷たかった。
「暗部は誘拐された弥生を取り返したことしかしてませんよ。それに隠していたもなにも、俺達、黒の殺し屋は五代目様の遺言に従ったまででございます」
テツは静かに多く語ろうとはせず事実のみをそう伝えた。だが多くの幹部は納得していなかった。それでも透は初めて娘が遺言を残したことを聞いてあの日を思い出し悲しみにあふれていた。
「何故わしに、その遺言を言わなかった。わしの家族は何故わしを残して先に逝くんだ」
悲しみに包まれる透にテツは何も言い返すことが出来なかった。だが、あの日の真実を話さなければならないと改めてそう思い、口を開いた。
「今なら言えることですが実はあの日、五代目が暗殺された場所で五代目が助からないと知った春風太陽は『約束も守れないのに生きる意味なんてない』と言って『五代目と共に死ぬ』と腹に刀を突きさそうとしていました。ですが止めたのは死にかけていた五代目でした」
透は11年前の『雨の十五夜』と呼ばれたあの日、太陽が自分に土下座して謝った時に言っていた「死ねるなら死にたかった」と言う言葉を思いだす。だがその時自分は太陽を強い言葉で攻めた。「どうして守れなかったと」そう言った。透が振り返るのは多くの人々をその態度と姿で魅了した、まさにカリスマと呼ばれる七美の太陽のような笑顔だった。
「五代目を守れなかったのは何も太陽一人の責任ではありませんでした。その場所には黒の殺し屋と言われた俺達も居ました。だから太陽の罪ならそれは俺達全員の罪です。そして五代目の遺言は俺達に向けた最後の約束でした。だから俺達はその約束だけは命懸けで守りました」
仮面で顔は見えないがテツの声は震えており、仮面の下からは涙が流れていた。よく思えば助けれる距離にいて助けれなかった人の悔しさは自分以上にあると思った。だが悲しみにふけっている時間なんなかった。
「約束とは何じゃテツ」
「それは息子の時成が一人前になるまでの間、太陽が捨て子を拾ったことにして太陽の子供にすることで、時成の出生を秘匿になるようにすることです。そしてそんな時成を一人でも生きていけるように様々な事を教えてほしいと言った内容でした」
「命を失うと分かった親として、子供の為に自分が出来る最大限のことを文字通り命懸けで行動したのが五代目です。あの日腹を斬って死んで詫びると言って聞かなかった辻斬りを秘密保持と言う名目で生かしたのも五代目でした。この事は黒の殺し屋とその嫁と子供しか知らなかったことです。謀ったことお許しください」
両手を机につき深々と頭を下げて謝るテツは一瞬で机が涙で濡れた。その様なテツに誰も言葉をかけることができなかった。もし自分の立場ならと考えると五代目を敬愛していた幹部達は誰一人、そのことでテツを責め立てた言葉を口にすることはやはり出来なかった。
だが過ぎた出来事にしては事が大きすぎる。さらに最後の最後で二人が幸せそうに歩きながら会話をする光景は今でも思い出すことが出来た。透は少し上をを向いた。これからどうすれば良いのかを、考えるため少し間を開けた。だが暗部の飯田と交戦したと聞いて真実を知った2月18日からいうことはあまり変わっていなかった。
「七美が何かを隠していることは知っていた。そしてその違和感の塊のからくりに気がついて、この10年わしは後継者について口にしなかった。じゃがわしももういい年じゃ。春風時成のことやそんな彼の功績は知っている。わしの後継は炎狐か時成の二人だけだと今、決めた。ここにいる人達はわしが後継者の次の六代目の選び方の方法もやり方も分かっているじゃろう。この件に関しては暗部及びそれにかかわった人たちは不問にする。今後この一件を表に出したのならわしの娘を侮辱したとして罰をとらせる。いいな」
「はっ」
幹部は全員、透に頭を下げた。これから始まる後継者争いが激化していくことを予想して頭を下げた幹部は自分の居場所を確保するために動き方を考えていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
やっと二章が完結しました。いつも読んでもらっている読者の皆様。本当にお読みいただきありがとうございます。読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
さて次回からは章間の話になります。詳しくは活動報告を更新しますのでそちらをお読みください。本編は百七話は2月23日に更新を再開します。
次回『風の想い人』章間1話は、2月10日に更新する予定です。
次回もよろしくお願いします。




