56話~60話まで
------------------------- 第56部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
人ならざる者
【本文】
あれは…何?
思わず声を出してしまいそうになった。
それを自分の両手で抑え何とかこらえる。
あんな人間みたことがなかった。
いや、そもそもあの状況で立っている人間というものを初めて見た。
でも……あれは本当に人間なの?
サーシャにはその一つの疑問が浮かんだ。
なんせ、みた感じ焼けただれた皮膚の色が焼けているとはいえ……緑色に変色するのはおかしい。
表現するなら何がいいかな……人間の皮をかぶった悪魔が、人の皮をはいだみたいな…はいだ…みたいな…。
人の皮をはぐ魔物……。
まって、確かこんな魔物がブラックリストに載ってたような!!
そう気づいた時にはもう遅かった。
目の前に何かの足がある。
それを回避できるはずもなく、顔面に大きな一撃を喰らった。
そのまま後方へと飛ばされ、せりあがった岩に激突する。
そこにその魔物が追撃をさらに仕掛けてきて腹を殴られた。
口から相当量の血をはきだした。
ここはいったん……ひかないと……私が……狩られる。
しかし、殴られた箇所が痛くてとても立ち上がることなどできなかった。
だめだ、もうおしまいだとそう思った。
その時だった。
「サーシャさんに手を出すなああああああああああ!!!!!」
ジャル君が私のもとに駆け付けた。
でも駄目だ。ジャル君じゃこの敵には勝てない。
そのことを伝えようとして、彼の顔を見る。
その時見た彼の両目は、きれいな鮮血のように両目とも赤く輝いていた。
「煌めけ炎槍!!グングニル!!」
ほぼゼロ距離で、その敵に向かって先ほど言っていた切り札であろう技を繰り出した。
それは、敵を捕らえると岩を突き破りそのまま後方へと吹き飛んでいった。
「だ、大丈夫ですか!?」
ジャル君が駆けよってくる。
足はガクブルと震え、先ほどまでらんらんと輝いていたその目は輝きを失っていた。
無意識でなのだろうか?…だとしてもこの年で両眼に覚醒してるなんて……。
君に足りないのは実戦経験と勇気だけじゃない。
「……大丈夫に……見えますか?」
そう言うと、ジャル君はブンブンブンと頭を横に振った。
「……そう思うなら……私の鞄から……回復用のクオーツを……」
その時、近くの岩が粉々に砕け散った。
そこからは、岩の囲いの外側にいた三人が駆けこんできた。
「なに!?あの化物!?」
「知らないよ!それより二人とも無事!?」
「この状況で僕らが無事だったとでも!?それよりも洋一さんは?」
「あいつならあそこ」
春香が先ほど砕け散った岩の方を指さす。
そこでは、洋一が黒の神器で両足の膝を地面につけて攻撃を食い止めていた。
その攻撃をはじき返すと、洋一はその化物の腰についている謎の袋めがけて神器を突き出した。
それを取られないようにと魔物がひらりとかわす。
「葵!」
洋一がそう叫んだと同時に、葵が片手を前に出して何かの魔法を唱えた。
すると、洋一は葵のすぐそばに転移した。
転移するや否や、洋一はサーシャの容態を見て、適当な回復呪文を唱えた。
すると先程まで大怪我を負っていたサーシャの体から、傷がすっかり消え去った。
「…また、助けられましたね」
「気にすんな、それより……あいつは」
「人間の成れの果て……鬼ね。しかもかなりの上位個体。でも、まだ人が鬼になる方法なんて見つかってないはず何に……どうして」
サーシャがそこまで言うと、洋一は声を上げた。
「やっぱりか……ってことは……”あれ”を服用したか」
あれ?服用?
「何ですか。まるで鬼になる方法でも知っているかのようなそんな言い方ですが」
「それはあとで教える。でもとりあえずは……四人とも構えろ、回復は俺が常にしてやるからさ……。さぁ…来るぞ!」
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
その魔物は、天に向かって吠えるとジャルの先程投げた槍を持って襲い掛かってきた。
------------------------- 第57部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
禁忌を犯した者
【本文】
襲い掛かってきた鬼は、まず真っ先にジャルの方へと向かった。
空中にとび、その持っていた槍に氷をまとわせると、ジャルめがけて放り投げた。
それを、ジャルは横に飛んで回避する。
相手が動作を終えたそのすきを逃さないように、俺が水の塊、スプラッシュ。葵が風の塊、ウィンドを放つ。
その攻撃を軽やかな身のこなしでかわすと、地面に着くと同時に魔法陣を展開し、俺たちの頭上に避けきれないほど数多くの氷塊を生み出した。
それが降ってくるかと思いきや、サーシャが空中に一斉にいくつものクオーツを投げ、その全てを砕いた。
その瞬間、爆発の轟音とともに、あたりが一瞬だけ明るくなった。
爆発を終えた後、あたり一面を見渡すと、地面のところどころに大きな氷塊が落ちていた。
あんなものあたったら、ひとたまりもない。
「鬼なのに……魔法が使えるんですね。初めて知りました」
「大丈夫だ。俺も今初めて知った」
「……あなた本当に鬼のこと知ってるんですか!?」
「俺が知ってるのは鬼を生み出す方法だけだ!それ以外は知らん!」
サーシャの方へと向き直り、胸を張って言う。
「そんな事胸張って言わないでください!!」
と、半ギレの返事をいただいたところで鬼が俺らに向かって走り出した。
手には、自分の魔法を使ったのか氷の槍のようなものを持っていた。
あんなきれいに槍の形を作ることなんて普通の人では無理だ。
例え素質があっても、相当量の練習量を重ねなければ。
それが、鬼になってもできるということは……ジャルの兄はそれだけ努力家だったということだ。
そしておそらく、ジャルの言った通りに優しい人物だったのだろう。
俺らの世界で魔法は、人の心を現すものだとされている。
善に近づけば近づくほど輝きを増し、悪に近づけば近づくほど闇に染まっていく。
そして、鬼の持つその槍はとてもきれいな輝きを放っていた。
なら……あんたはどうして条件を満たさないと服用できない”丸薬”を飲んだんだ?
俺にはそれが不思議でならなかった。
そんなことを思っている間にも、鬼はどんどん近づいてくる。
春香が自分たちの方に来ないように、地面から岩をせりあがらせる。
だがせりあがった途端その岩は、ボロボロと崩れだした。
春香も魔力の限界が近い。
元々あいつはそこまで魔法が得意じゃない。むしろよくここまで持った方だ。
さて……もう十分に休憩したろう?俺の足。
ぐっと力を込めてみると、足に魔力が流れていくのを感じた。
いける!
個性のギアを使い、俺は近づいてくる鬼に神器で斬りかかった。
ガキン!と何かがぶつかり合う音と同時に、それによって生まれた衝撃波があたりを吹き飛ばした。
氷の槍と黒の神器が激しくぶつかり合い、嫌な音を響かせる。
氷だからこの武器で切断できると思ったが……、どうやら本当にすごい努力家だったみただ。
ぶつかって切ろうとしたところだけ、氷を補充してきやがる。
あまりの技術に、思わずほれ込んでしまった。
「ひろ君!追撃行くよ!」
葵が俺に向かってそう叫んだ。
了解だ!と返そうと思った時、俺の頭の中に過去に起きた追撃で嫌なことTOP3の事が浮かんだ。
そうだ。葵が指示を出すとき、基本は攻撃しないから………。
じゃぁこの時来るといえば…。後ろをちらっと振り返る。
俺のすぐそばで、春香が神器を使い何かの技を放とうとしていた。
明らかに俺を巻き込みそうな勢いである。
「ちょっと!ま」
しかし、この状況下だ。みんな必死なのだ。
だから、俺の声が特に消耗している春香に届くはずもなく……。
「気功拳!!」
春香の体に一瞬だけまとったその気を、腕に集め放つその技を鬼と俺に向けてぶちかました。
もちろんそんなの喰らえばけがをせずにすむはずがない。
俺は、そのまま鬼と一緒に後方にあったジャルの家の屋敷まで吹き飛んでいった。
背中から壁にぶつかるのは、鬼がクッションになったことでそれだけは避けられた。
それでも、その攻撃を受けた場所。特に背中には、激痛が走っていた。
「春香!てめぇ、何てことしやがるんだ!」
「はぁ…はぁ……、こっちだって…必死なのよ!!文句言うな!!」
それはわかるけど、俺を殴る必要はなくないか?
だが、こんなことでのんびりしているわけにもいかない。
痛む背中をさすりつつも、立ち上がり鬼の方に神器を構える。
鬼は意外と大きなダメージを喰らったのか、立ち上がる様子が見られなかった。
この勝負もらったか、と思った時鬼が何かを発した。
それは、とても小さな小さな声だった。
そしてそのあと……鬼は発狂した。
------------------------- 第58部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
心を吞まれた者
【本文】
今あの鬼……なんて……。
その時、地面に倒れていた鬼が発狂した。
思わず耳をおさえる。鼓膜が破れそうなほどに痛かった。
このままだとどうにかなってしまいそうだったので、一度春香のいるところまで戻った。
そこで春香と合流すると、魔力が切れかかって限界の近い春香に少しだけ魔力を分けてあげた。
それで少しだけ春香の顔色がよくなった。
そこに、葵、サーシャ ジャルが駆けよってきた。
「ひろ君!もう動いて大丈夫なの?」
「ある程度なら、大丈夫だ。それよりも春香に魔力分けてやってくれよ。多分俺が分けた分だけじゃ足りてないから」
「それよりも…急に発狂しましたね」
「それもそうですけど…僕は、兄さんが鬼になったことが……信じられないです」
ジャルのその発言に全員が顔を伏せた。
確かに自分の身内が鬼になるなんて、普通なら考えもしない、というか考えたくない。
ジャルにかけてやる言葉も見つけられないまま、しばらくの間沈黙が続いた。
だがこんなことしている暇はないのだ。
事はもう起こってしまった。それにさっきの発狂で完全に自我を失ったのか、先程までの機敏な動きが突然歩き方を知らない何かに変わっていた。
今なら、ここまで来るのにそれなりの時間がかかるはずだ。
鬼の事を話すなら今しかない。
「なぁ、丸薬って知ってるか?」
「「「丸薬?」」」
俺のその問いに、春香、サーシャ、ジャルが聞き返してきた。
「丸薬は、簡単に言うと自分の力を何倍にもするもので服用するにはある条件がいるんだ」
「その条件は何ですか?」
条件とは何なのか、疑問に思ったのかサーシャが訪ねてきた。
「最低でも五百度の熱風に十五秒間耐えきれる耐性を持つことだ。俺でもそれができるようになるまで半年かかった」
五百度という言葉に三人は驚いた顔をしたが、それと同時に春香が「あんたその丸薬飲めるの!?」という鋭い突っ込みが来た。
「まぁ…あの島で俺らが勝つにはそうするしかなかったからな」
そこで葵に肩をたたかれる。
葵を見ると、首を横に振っていた。
どうやらこのことはあまり口外したくないらしい。
「要するに…僕の兄さんはその力が必要だったから……それを使ったということでしょうか」
「だろうな」
さっき小さな声で……ジャル、ごめん。って言っていたぐらいだしな。
鬼の話をし終えたところで、鬼の方を見る。
距離は先程より近くなっていたが、こちらに来るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
さてと……この距離あれば十分に鬼を倒すための準備ができる。
だが、春香のアースクエイクが使えない今、壁を作り上げてそこから奇襲をしかけて倒すということができない。
”こんな時に魔力切れを起こすなんて……みんなに迷惑かけないように……あの時みたいなことがないように強くなろうって決めたのに……”
と脳内に直接誰かさんの言葉が響いた。
その考えに思わず笑いだしそうになる。
見栄っ張りで強がりで、それでいて本当に言いたいことを内に秘めている俺の幼馴染はあの時はぐれた時からまったく変わっていない。
多分本人は、念話でこのことが聞こえているということを忘れているのだろう。
だがこのまま放っておくと、戦闘に影響が出てきそうだった。
”そこまで自分を責めなくても大丈夫だよ春ちゃん。きっとひろ君が何とかしてくれるから”
ここでもう一つ、葵の声が脳内に響く。
春香に向けられた優しいメッセージだった。
誰もができそうなことで、簡単にはできないことを葵はいつもやってのける。
その葵の不思議な力に感心しつつも俺は後半の言葉の意味を考えていた。
俺が何とかするってどういうことだよ。
「ひろ君。今何かいい作戦ある?私思いつかなくって」
………。おいちょっと待てよ葵。
まさか、俺がこの場を指揮しろっていうのか!?
この状況でそんな無茶ぶり普通する!?しないよ!普通の子ならしないよ!
”やれ”
そんなことを思っていると、脳内にそんな言葉が響く。
怖いよ葵さん、黒い部分が丸見えになっちゃってるよー。
春香の方からは期待のまなざし、葵の方からは笑顔で強制させられる。
誰か助けてこの状況。
そうだこんな時のサーシャだ。なんかこうぱっと言い道具出してくれないかな。
「サーシャ、なんか今使えそうな道具とかってある?」
頼む!なんかよさげな道具出てきてくれ!
しかし俺の思いは届かなかった。
「黒煙幕のクオーツしかないですよ………」
そのあとも何かぶつぶつ言っていたが、俺らには聞き取れなかった。
サーシャも駄目となると……あとは頼れそうなのが一人しかいないわけだが…。
ジャルの方を見る。今も少しショックを受けているようだった。
だがそんなこと気にしている場合ではない。
「ジャル……おまえに聞くのもどうかとは思うが……なんかあるか?」
正直、あまり期待はしていなかった。
今から、家族を殺すための作戦を提案してくれというのだから。
その時、今まで下を向いていたジャルの顔が上がった。
「僕の……ガイアで燃やすのはどうでしょうか?あれなら……この憎たらしい家も、父も兄さんも弔うことができますから……」
あまりにも予想外の返答が飛んできた。
そのことに目を見開くほど驚いてしまった。
「……おまえは…それでいいのか?」
俺はジャルの導き出したその答えに対して思わず聞き返してしまった。
だが、ジャルの答えが揺らぐことはなかった。
「はい。……もう、絶対にこの意見を曲げたりはしません。なので皆さん、どうかこの僕に力を貸してください!」
ジャルは頭を深く下げた。
それは、ジャルの覚悟を現しているようだった。
そして、ジャルが提案したことだ。やるしかない。
勝つためにも、貴族連合を倒すためにも。
そして、ジャルの兄がどうして丸薬に手を出したのか知るためにも。
「よし、ならその作戦でいこう。だけど……本当にいいんだな?ジャル」
ジャルは頭を上げると大きくうなずいた。
------------------------- 第59部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
さよなら、兄さん
【本文】
この作戦を思いついたのはジャル本人だったので、俺らはジャルの言う通りに行動を開始した。
それは作戦と呼んでいいのかわからないほど、とてもお粗末なものではあったけれども。
実に簡単なことだった。鬼である兄を、家の近くにおびき寄せてほしい。あとは自分でやる。とのことだった。
あの時のジャルは何かを決したかのような目つきだった。
その思いに応えるべく、俺らはそれぞれの行動をとった。
基本的には、俺が鬼の注意をひく役割。他は後の三人で魔法やらクオーツやらを使って道から外れないようにする役割だった。
俺その指示された通りにある程度の距離を保ちながら、敵の顔面めがけてスプラッシュを放ち続けていた。
人格を失ってしまった鬼は、それが癪に障るのかずっとそれが飛んでくる方、俺の方にゆっくりと歩み寄ってきていた。
そしてこの作業が、いくらか続いた時だった。
自分の背中が壁に当たった。
終わりの合図だった。
皆の方を見ると、もうジャルの近くに集まっているようだった。
ジャル本人は、槍を杖のように使い魔法を詠唱している最中だった。
俺は限界まで鬼を自分の近くまで寄せると、鬼の背後にまわりこみ腰の袋を回収しつつ、壁に向かって蹴とばした。
そしてすぐさま個性のギアで加速し、皆の所まで戻った。
「さぁジャル。準備はできたぞ」
「……わかっています」
ジャルのその声はとても震えていた。
多分自分でもそうなってしまうと思う。家族を殺さなければいけなくなってしまえば。
だが、そんな家族俺にはもう一人もいない。……いや、もうこのことを考えるのはよそう。
今はジャルが決めたことをただ見守るだけだ。
その時、ジャルが槍を高くつき上げた。
どうやらいつでも撃てる準備が整ったらしい。
「兄さん、こんな形でお別れになってしまうとは思ってもいませんでした。ですが僕は兄さんがこうなったのは、何か理由があると思うんです。だから、サーシャさんと一緒に旅をしながらその原因を突き止めようと思います。………だから……だから………」
心の底からの悲しみを現した声が、俺らの心に重く響く。
そして、
「……今までありがとう、兄さん」
ジャルは突き上げた槍を振り下ろした。
その瞬間、今までジャルの家だったもの、兄だったものすべてを大きな火球が飲み込んだ。
そしてそれらを一瞬で溶かしつくした。
「………戻るか、軍の基地に」
「…そう…だね。一応…貴族連合の一角をつぶすという目的は達成したわけだし……」
「春ちゃん、今その言い方は……」
「…そうだよね。…ごめん」
そうして俺らは、どうしようもないこの気持ちを抱えたまま軍の基地へと戻ることにしたのだった。
そして、軍の基地に戻った俺らの視界に飛び込んできたものは血痕だった。
あたり一面何者かが争った形跡があり、丁寧に並べられていたテーブルや椅子が今や見る影もなかった。
「何…これ……」
春香がその言葉を発したと同時に奥の方の部屋へと駆けだした。
そこで俺は思い出した。
そうだ。確かこのギルドを出る時には友恵とキーちゃんしかいなかったはず。
ということは、まさか!
俺らはすぐに春香の後を追った。
春香の入った部屋は、そこだけ扉が開けられていたのですぐにわかった。
その部屋に入った瞬間、異様な光景がそこには広がっていた。
何が異様なのかというと、なんとその部屋は……。
あたり一面がすべて血でおおわれていたからだった。
------------------------- 第60部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
困惑
【本文】
洋一たちが出ていったすぐの事だった。
あいつがここに姿を現したのは。
この時私は、まだこいつの事を全く知らなかった。
なぜこいつが遊撃士なんかをやっているのか。その理由さえ分かっていれば、和解できたはずだった。
だけどその時の私は、生きることに、キーちゃんを守る事で必死だった。
私たちが一時的にダックを組んで狩りに行ったとき、グライが使っていた武器は大剣だけだった。
片手でそれを振り回していたもんだから、あの時の私はとんだ馬鹿力の持ち主で無口、という印象しか残っていなかった。
それがなんだ。突然来て急に死んでくれと言われ、今や危うく殺されそうになっている。
今の私は、そこら辺にあったテーブルを蹴り倒して、それを盾にして身の安全を確保していた。
落ち着け私……裏切りならもう何度もされているし、すべて返り討ちにしている。
いつもだったら、私の個性サイレントで音を消して、相手に忍び寄って背後から無防備な頭や首、心臓を一刺しするところだ。
だが今は、状況が違う。
護らなくてはいけない人がいる。彼らから任された小さな命がある。
そうだ。私も護り抜かなければならない。
私たち三人を助けてくれたカズ兄のように。
だったら行動しなければならない。どのみちここで動かなかったら、今度はあの大剣の餌食になってしまう。
私は、漆黒の風を強く握りしめた。
私は、机をグライのいる方へ向かって大きく蹴り上げた。
こうすれば、上半身を隠しながら相手の視界を奪えると思ったからだ。
そして、私の予想した通りグライは、テーブルが突然目の前に飛ばされてから少し動きが硬直した。
その間に私は、攻撃をするのではなく、キーちゃんのいる部屋に駆け込んで、わざと大きな音を出して扉を閉めた。
その瞬間、背後からキーちゃんが泣きながら抱き着いてきた。
無理もない。私が部屋を出て行ってから突然大きな音が響き渡ったのだ。
逆に大きな声で鳴かないでいてくれたことに私は感謝した。
だが、この場所でキーちゃんをなだめるわけにはいかない。
私は、両手に持っていた短刀へ形状変化していた漆黒の風を、ケープにすると自分の体と一緒にキーちゃんの体を包み込んだ。
私は、キーちゃんを抱きかかえるとある一冊の本を取り出した。
昔、師匠たちと死に別れる時にもらった魔導書、禁術の本とそう師匠が呼んでいたものだった。
まさか、異空間の開放ではなく、こちらを使うことになるとは思ってもいなかった。
だが、今の現状私はあいつに奇襲でもしない限りは勝てる気がしない。
これしか方法がなかった。
「風よ、私の言葉に耳を傾けるのならば聞いてほしい。今、生き残るための力が欲しい」
そこまで言うと、魔導書に描かれていた手書きの魔法陣が色鮮やかに光りだした。
そして、私を中心に小さな魔方陣が形成され、一瞬だけ強風が部屋を包み込んだ。
そして、その強風が止んだ。
まだ詠唱の言葉は残っていた。正確に言えば、まだ五行ある詠唱のうち、一行も読み終わってはいなかった。
失敗かと思われたその時、扉が開いた。
グライがこちらの見たこともない武器をそこでかまえていた。
そして、私たちが視界に入った途端「見つけた」と一言つぶやいて、部屋の中に一歩踏み入れた。
その時だった。
私の下に展開された小さな魔方陣が砕け散った。
そして、それと同時に何かがグライを襲った。
私とキーちゃんはその衝撃で後方に吹き飛ばされた。
背中に壁をぶつけ、肺の中の空気が押し出されたような気がした。
何が起こったのかさっぱりわからなかった私は、さっきグライがいた場所に目を向ける。
その目に映ったものを私は一度疑った。
なぜならそこには、先程まで人の形をしていたはずのグライが今は肉の塊が転がっていたからだった。
言葉が出てこなかった。
だが、その肉の塊をよくみるとそれらは、なぜか意識を持った生き物のようにうごめき人の形を形成していった。
この場所にこのままとどまるのは危険だ。
そう直感で判断した私は、先程グライが開けた扉かをくぐって街に出た。
とりあえず安全な場所まで行かなければならない。
そして、出来るのであればあいつらと合流したい。
心の奥底からそう願った。
「…私のせいだ…私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ」
「キーちゃん!?」
その時、抱きかかえていたキーちゃんが気でも狂ったかのように突然意味不明なことを言いながら泣き叫び始めた。
「どうしたの!?キーちゃん!?」
「…私が……私があんなもの作るからごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
この子はいったい何を言っているの。
もう、私には訳が分からなかった。
だが、心の底から安心できる場所など、もうこの街にはなかった。
あたりを見渡すと、人の死体。そして、それの中身を引きずり出している魔物であふれかえっていた。
そして、キーのその叫び声であたりにいた魔物全てが反応して、こちらに近づいてきた。
「…なんのなのよっ……どいつもこいつも……」
私は歯を食いしばってありもしない何かに向かって文句をはきだすと、二本の短刀を握り、キーを背負うとその魔物の群れに突っ込んだ。