41話~45話まで
------------------------- 第41部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
貴族マーリアの実態
【本文】
門をくぐって屋敷に着くままで、ジャルが自分の家計について簡単に話してくれた。
マーリアは二ケア大陸最大の貴族でもあり、また槍の名手を常に出してきたという貴族にしては、戦争にかかわって名を挙げた一族のようだった。
自分はそこの次男坊で、兄と一緒に切磋琢磨してたらしいが時間がたっても全く成長しなかったので追い出されるような形で軍の下っ端として入れられたようだった。
そこでも、相当馬鹿にされたということも話してくれた。
「……大変だったんだな」
「でも、兄さんがいつもかばってくれてたんです。僕にもいいところがあるから、怒らないでくれって」
「へぇ……いい兄さんじゃん」
「はい、自慢の兄です」
そうこう話しているうちに、入り口まで来ていた。
メイドの人が前に出て、ジャルの足を止めないようにと急いで扉を開ける。
その扉の向こうには、何人もの槍を持った兵と白髪の男性がたっていた。
「……ただいま戻りました、父上」
玄関の扉をくぐるなり、ジャルは父に深くお辞儀をして挨拶をした。
この時まで俺は、ジャルの家ではこのような場所でもこんな礼儀正しくしなければいけないのか~まぁ貴族だからかもしれないけど、と軽い考えをしていた。
次にジャルの父親が言った一言を聞くまでは。
「なぜ死んでこなかった、この出来損ない」
場の空気が一瞬にして凍る。
周りにいる兵士の表情が一変した。
ジャルの父親は兵士から槍を取り上げると、刃のあるほうを向けてジャルに突き出した。
「あんた何やってんだ!!」
その槍をジャルに接触する寸前で、納刀した刀で受け止める。
「ジャルはあんたの息子じゃないのか!」
そう叫ばずにはいられなかった。
ジャルの前に立ち、目の前にいるジャルの父親に怒りの言葉をぶつける。
しかし、それに対する答えはあまりにも冷たいものだった。
「死ねなかった死にぞこないを殺すだけだ。それに……おまえは誰に向かってそんな偉そうな口をきいている」
その言葉と同時に、兵が俺の事を抑え込んできた。
逃れようともがくが、人数の力の差に勝つことができなかった。
その間にも、ジャルの父親は槍を構えなおし今にもジャルの事を突き刺そうとしていた。
「死ね、我が一族の恥さらしめ」
この言葉を聞いて、俺の中で何かがはじけた。
思い出したくもない、懐かしい感情。二年もの間ただこの感情だけで動いていた時の思いがこみ上げてくる。
そして、多分俺はこれ以上に力になる感情を知らない。
”殺意”
「放せえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
感情に従いただ思ったことをはきだす。
それでも兵たちは俺の事を離そうとしない。
だったらやることは一つだ。
片腕を折ればいい。
左腕を折れるように力を入れへし折る。
激痛が体中を駆け巡る、でもそんなこともうどうでもよかった。
あまりのことに、兵の力が少し緩む。
そのすきに抜け出し、ジャルの父親に斬りかかっていた。
バキンと何かが砕ける音が部屋中に響く。
コトンと地面に槍先が落ちる。
ジャルの父親が驚いた顔をしてこちらを見る。
だが、その行動は今の俺にとってはあまりにも遅すぎる動作だった。
ただ抱いた殺意のままに、刀をそいつの頭にたたきつけようとした。
「洋一さん!やめてください!」
ジャルのその言葉で我に返った。
「そんなこと……しないでください」
「なんでだよ!ダチが目の前で、しかも親に殺されそうになってるのに動かないほうがおかしいだろ!ほら、行くぞ!」
刀を腰につけ、動く右腕でジャルを引っ張って玄関から出る。
門のところまで行くまでに後ろからジャルの父親の声が届いた。
”もう二度と戻ってくるな、ゴミ”
そして、俺とジャルは屋敷を出てジャルに案内されながらようやく集合場所の宿に着くことができた。
宿の扉をくぐった時に左腕が折れたままだったので、宿のバーにいる全員の眼をひいてしまった。
あー、腕折ったことすっかり忘れてた……。
この程度だったらヒールで治るか。
右の人差し指と中指を合わせて魔力を込める。
そして、折れた左腕の上をそっと撫でた。
ところどころひどい有様だった左腕はそれで完全に治ってしまった。
さらに周りの目を引く中で、俺を探していたのか葵たちが宿に入ってきた。
そして開口一番に、
「お前は今まで何しとったんだー!!」
「理由は聞いてくれないんですかね!?」
春香に顔面を殴られ、俺はそこでさっきの疲れもあってか気を失った。
------------------------- 第42部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
約束とお願い
【本文】
あたり一面、緋色の炎と血に染まっている。
そこに一人、巫女装束で長髪の少女……いや、少年が立ち尽くしていた。
目の前には、傷つけたくなかった友人が頭から血を流している。
何が起こっているのか、自分が何をしでかしてしまったのか、まったく理解できなかった。
ただ、一つこの事態はすべて自分が招いてしまったことだということ以外は……。
パチッと目を覚まし、体を起こす。
思い出したくもない出来事を夢で見ていた気がする。
体は冷や汗が滝のように流れ出ている。
嫌な汗だ。
「…………」
またこの夢だ。
この時代に来てから、まるで俺に罪の意識でも植え付けようとしているかのように、何度もこの夢を見る。
あの時に初めて暴走して他人を傷つけた、葵を斬ってしまったあの夢を。
その時、扉が開いた音がした。
「………話、聞いたよ」
葵だった。
そのまま、近くの椅子に掛けると本題を切り出してきた。
「また”暴走”しかけたんだね。…あの時、指切りしたのに」
「………」
何も言えなかった。
あの時、多分ジャルに声をかけられていなかったら、間違いなく刀を振り下ろしていたと思うし、そのあとにどうなっていたかわからない。
だから何も言い返せなかった。
「前もそうやって……私たちの大切な友達が……ルルちゃんが死んだよね」
「………ごめん」
「………ごめんじゃ……済まないんだよ……!暴走したあの日の事、覚えてるよね!?どうなった!?たくさんの大人が死んだ!私たちも殺されそうになった!」
「……………ごめん」
「ごめんじゃ……ごめんじゃないよ……。ひろ君まで私の前から消えたら……消えたら私は、どうすればいいのよ……」
久しぶりに、葵が泣いた。
それはきっと前みたいに嬉しいとか楽しいとかそういうんじゃない。
恐怖と悲しみの涙だった。
そうだ、もうあの島での生き残りは、俺と葵しかいない。
家族も誰もいない。
だからだ。
暴走して、俺が目の前から消えてしまうのが怖いんだと、そう思う。
俺もそうだった。
皆とはぐれた時、そんなことを思ったこともあった。
でも、
泣いている、葵の近くに行ってその手を取る。
「…大丈夫、俺はそう簡単に皆のもとを離れる気はないよ」
「………絶対、いなくならない?」
「うん」
「じゃあ、指切り」
そう言って、泣きながら小指を出してくる。
だから俺もそれに応じる
「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたら……絶対に許さない」
「いや待って葵、それは本格的に怖い。ヤンデレっぽくなってる」
「約束、だから……」
そう言って、葵は半分泣きながらではあったが、少しうれしそうに部屋を出ていった。
刹那、もう一度頭に重たい一撃を喰らう
「お前は何女の子泣かせてんのよ!!クズ!」
「あいっかわらず、話聞かねえよな!春香!」
「それにしても……ルルってもしかして、ルル・グレシス?」
春香のグーパンチするのと一緒に入ってきたサーシャがルルについて聞いてきた。ってかお前いつから話聞いてたんだよ…。
「あぁ、そうだ。緑色の髪で武器は刀の風神」
そこまで言うと、サーシャは目を丸くした。
何をそんなに驚いているんだと思っていると、サーシャが質問を飛ばしてきた。
「年齢は?姉妹がいるって言ってた?それとそれと……」
「……全部答えるから、とりあえず落ち着け」
そんなワタワタとするサーシャをとりあえずおちつかせてから、質問に答えていく。
意外と思っていたよりも多くてそんなに有名人だったのかと、正直驚いた。
そのことをサーシャに告げるとこいつ何言ってんだ、みたいな顔で見られた。
「本当に知らないんですか?」
「いや、知らないも何も、そこには触れないようにしてほしいって本人のお願いだったわけだし……」
「本当に知らないんですね……春香もですか?」
「ひろとおんなじだよ。ルルちゃんの事は、私たちもあんまり知らない。多分、葵も宗次もてっちゃんも龍馬もね」
ええぇ~と渋い顔をして、はぁとため息をついた。
どうやら、本当に知らなかったことに呆れたらしい。
いや、知らねえもんは知らないっていうしかないでしょうに……。
「じゃあ、あの人がどれだけすごい人物なのか、私が朝が明けるまでみっちりと教育してあげます!」
「あの、サーシャさん?今真夜中……」
「知るかんなもん」
「口調が突然変わりましたね!!?」
「あ、洋一さん!目が覚めたんですね!よかった……。春香さんのせいではあったけれど、心配したんですよ」
「何ジャル、私に喧嘩売ってる?」
「って、春香さん!?今のは聞かなかったことに!」
「できるかー!!」
そうして、春香がジャルを殴ろうとしたところをすんでのところで止める。
何よ、と目線で訴えられるが、俺の顔を見てジャルから離れた。
「あぁ!やっぱり助けてくれるのは、洋一さんだけです!」
その言葉を聞いて、胸にとげが刺さるような感覚を覚える。
悪いなジャル、お前のその信頼、今から思いっきり裏切るわ。
俺のやろうとしていることを理解してくれた春香には感謝しなければならない。
さすが、幼馴染。あとで何か奢ってやろうと目配せする。
そして、これさえも理解しきったのかコクンとうなずく。
そして、そのままサーシャに無理やり正座させられた。
もう時間がない。
だからジャルの肩を強く逃がさないようにつかむ。
「ひ、洋一さん?」
「あぁ、そうだ。お前を助けるのはきっとこの中で俺だけだ。だからさ……今晩付き合うよな?」
できるだけ、被害者を増やすために。
そして、俺も肩を掴まれる。
さぁ、お勉強の時間だ。
最後まで付き合ってもらうからな?ジャル。
俺のそのたくらみに顔を見て気づいたのか、必死に逃げようともがく。
しかし、その努力もむなしく、サーシャに腕を掴まれる。
「あなたも聞いていきますよね……?」
「ひいいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーー!!!!」
その夜、断末魔に近い叫び声が町中に響き渡った。
そして、その様子を向かいの屋根の上から見る影が二つあった。
友恵とキーだった。
「あいつら、何やってんだか……」
「…春香、少し、楽しそう」
「そうね、キーちゃん。明日文句言いに行きましょう。私も皆と楽しいことしたいって」
「…うん、その時は友恵お姉ちゃんも一緒だよ!」
お姉ちゃん……か。
そう言えば、あの子らは元気にしてるかな……。
「…寒い」
「そうね、私たちも帰りましょうか」
寒くて両手で体を必死に温めようとしているキーをおんぶして、友恵は屋根の上から飛び降りた。
音を立てないように静かに着地をする。
背中に背負った小さな友達は、すぐに寝息を立ててしまっていた。
「……はぁ、今日も放してくれそうにないなぁ」
くすっと笑い友恵は軍の施設のあるところまで歩き出した。
ちなみに、洋一と春香とジャルがこの日の朝に目が死んで発見され、葵を驚かせたのは言うまでもない。
------------------------- 第43部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
お金を持ってないことに、今更ながら気づいたので、狩りに行きましょう
【本文】
「ねぇねぇ、ひろ……何かおごってくれるんでしょ………」
「…………」
サーシャの長い長いお勉強という名の拷問を終えた俺らは、口しか動かすことができなかった。
頭は全然回っていなかった。
そんな中で春香は数時間も前の約束?を覚えていやがった。
いや、それよりもこいつ……本当に理解してやがったよ……。
すげぇと心の中で思いながら、仕方ねぇとセニーの入っている袋を探す。
そして気づいた。
「俺、そういや一円。あ、ここじゃセニーか。一セニーも持ってねぇ」
「…………はぁ!!?」
俺のその言葉で春香が飛び起きた。
そして、どこからそんな力があふれてくるのかといわんばかりの力で俺を引きずってそのままとある場所へ移動した。
と、言うわけで、都市フリーテの軍施設。
「今から金稼ぎに行くよ!」
「サーシャちゃんがお金全部持ってたんだね。てっきり私たちの分はひろ君が払ってるものだと思ってた」
何でそこに、自分で支払うという選択肢がないんですかね、あなたたちは!
内心葵と春香に文句を言いつつ周りを見渡す。
まだ朝早いからか、人の姿があまり見られなかった。
そこに、寝不足の残り二名が到着する。
「よう!昨晩はよく眠れたか!」
「ええ!最悪の悪夢でしたよ!!洋一さんのせいでね!」
「う~眠い~」
『そりゃそうでしょうね!』
眠いと意識がもうろうとしながら言っているサーシャにねれねかった三人で文句をぶつける。
しかし、そんなこと聞こえていないかのようにサーシャはジャルの方によろよろと寄っていくと、突然背中に抱き着いた。
「サ、サーシャさん!?」
「……ベット……ZZZZZZZZZZZ」
そしてそのまま、一人だけ気持ちよさそうにジャルの背中で寝てしまった。
そして、この場にいる一同全員がこう思った。
何、この状況と。
というか、それで一番困惑しているのはジャルだった。
もうどうしていいのかわからず、めちゃくちゃあたふたしてる。
いやまぁ、寝ぼけてるとはいえ、こんなことされたらまぁ……そうなるわなぁ。
「あら、どこかいくの?」
「…春香!おはよう!」
「キーちゃん!?どうしたの?こんな朝早くから」
「…うん!春香と一緒に!散歩したい!」
「それと、子守だ。それにしても……」
友恵がジャルとサーシャのほうを見る。
「珍しいな、なんだ、その、付き合ってるのか?」
「つつつつ付き合って!!??ちっ違いますよ!!」
友恵のその言葉に、なぜか動揺するジャル。
その顔は、少し赤らんでいた。
「…………こいつらほっといて、俺らだけで金稼ぎ行かね?」
「そのほうが…いいかな?」
「賛成」
「ちょっと!皆さん!」
「幸せにな……ジャル……」
そう言って、ジャルとサーシャをおいて代わりに友恵とキーちゃんと一緒に、街の入り口のほうへ行こうとする。
「ちょっと!ま、待ってくださいよ~!!」
そのあとを、サーシャを起こさないようにとジャルがついてくる。
「よし、目覚ますために走るか!」
「いいね!よし、葵ちゃんもほら!」
「え、えええええええええ!!!!」
「キーちゃん、背中のって。走るよ!」
「…うん!」
「あなたたち本当に容赦ないですね!!」
朝一番、太陽の光がこの広い街道に差し込む。
その光のレールの上を、馬鹿みたいに笑いながら走る。
こんな日が、少しでも長く続いてくれる世の中になってくれればいいのにと、そんなことを考えながら、ジャルとサーシャを二人きりにするために走った。
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【サブタイトル】
ブル狩り
【本文】
門を抜け、少し来た道を戻り、名もなき森の中。
「そっち行ったよ!」
「ひろ君!ラストお願い!」
「了解!」
そんな森の中を駆け回る三人の影と、
「ブモオオオオオオオ!!」
討伐対象の魔物、ボア。
彼らは今、ある目的のために朝早くからこんなことを始めた。
そう、お金を得るためである。
そんなことをしていると、気が付けば日は真上近くまで登っていた。
そんな中のラスト一体のボアが、生き物としての本能なのかこちらに向かって、頭から突っ込んでくる。
そして、それに応じるように俺も走り出す。
やはり魔物でもそう思うのだろうか。
生き残りたいと。
そして俺は、最後のボアの首を、すれ違いざまに斬りおとした。
「やっっっっっと、終わっっったああぁぁぁ~~~!!!」
そう言って、初めに地面に転がったのは言い出しっぺの春香だった。
そしてそれに続くような形で、俺も葵も地面に転がった。
体から流れ出る汗に、心地よい風があたり、ほてった体をひんやりと冷やす。
あぁ、ようやく終わったのだとそこでまた実感した。
はぁ、と大きなため息をついた。
正直もう二度とやりたくねぇ。足腰がパンパンだ。
しかしまさか、春香が持ってきた依頼がボア百体討伐だとは思ってもみなかった。
「…お疲れ!」
そうして疲れ切って三人地面に寝転がっていると、キーちゃんが俺たちに一杯の水を持ってきてくれた。
ここ数時間何も口に含んでいなかったので、とてもありがたかった。
俺が水を受け取ったのを確認すると、葵と春香の方にも同じように水を持って行っていた。
その受け取った水を、からっからに乾いたのどにグイッと押し込んだ。
内側からさらに、涼しくなっていくのを感じた。
「っかぁ~、水うめぇ~!」
「やっぱり、動いた後に飲む水は美味しいよね~」
「ってか、どっかの誰かさんは水魔法を使えたと思うんですけど。ねぇ?ひろ。あんた、キーちゃんの持ってきた水じゃなくて、自分の魔力で作りだした水飲みなさいよ」
「さっきまでバリバリ動いて、さらに寝不足の人間にそんな無茶を言うんじゃねぇ」
その時、どこからか何かを焼いたようなそんなにおいが漂ってきた。
そして、それと同時にジャルの声が響いた。
「昼、準備できました~!」
「わかった、すぐ行く!」
そう言って、体に鞭を打ちきしむ体を無理矢理起こした。
そうして、ジャルの所に行こうとすると服の裾をむんずと掴まれた。
「なんだ……春香。俺は疲れてるんだ、早く向こうに行って本格的に休みたいんだよ」
「それは、私も同じ!」
「……じゃぁ、これはなんだ」
「疲れた!おぶって!」
「ふざけんな!もう体が悲鳴上げてるんだよ!寝たいんだよ!わかる!?」
「それはそっちの都合でしょ!私だって、疲れてるし、寝たいの!」
「二人とも……、おいてくよ」
「…おいてくよ!」
俺と春香がそんなくだらない言い争いをしている中で、葵はキーちゃんを連れて、そのままキャンプ場へと向かった。
そこでは、ジャルとサーシャそれに友恵が御飯の準備をしていた。
「洋一さんと春香さんは?」
「喧嘩してる」
「元気なものですね……」
「本当に、そんな元気があるなら戻ってくればいいのに」
葵とサーシャとジャルがそんなことを話していると、
「…ごはん!友恵!はやく!」
「わかったから!少し待ってよ……」
お玉を手に、鍋料理を作っている友恵をキーちゃんが急かす。
それを聞いて焦るように、急いで鍋を引っ掻き回す友恵。
出会った当時は、あんなにも人を寄せ付けなかったのに、ここ数日で人柄が変わってしまった。
きっと明るいキーちゃんのおかげなのだろう、いや、そうとしか思えない。
「ジャ-ンケーンポーン!」
「くそがあああああ!!」
「やった!おぶって!」
向こうは向こうでどうやら丸く?おさまったようだった。
全員がようやくキャンプ場にそろったと同時に、昼食の数々が並べられた。
具材は、この森でとれる木の実やキノコに魚。
どれも取れたてだ。
だが、そんなことはどうだっていい。
いや、めっちゃ美味しいんですけどね!
なぜこんなことを考えてるのかというと、実は狩り担当と採取担当に分けて作業していたからだ。
つまりはというと……、ジャルとサーシャは何か進展あったかなって!
ジャルの方を見る。特に変わった様子もなく行儀よく食べている。
やっぱり、貴族だからそういうところもってそうじゃない!
サーシャのほうを見る。こちらも特に一段と何か変わった様子はない。
………マジで進展なかったんですか…?と頭を抱えていると、
「どうしたんですか?洋一さん」
「いや、…なんでも……」
俺の様子を見て何か違和感を持ったのかそう言葉を投げかけてきた。
なんでそういう配慮は出来るのに、意外なところで鈍感なんですかねこいつは!
そう心の中で叫び続けるしかなかった。
それから少しの間、休息をとり日も傾いてきたのでそろそろ帰ろうかという話が出た時だった。
「…連れの魔物がいない!?」
「…うん」
キーちゃんの連絡用の小鳥型魔物が遊ばせていたら、そのままどこかに行ってしまったようだった。
「呼べないの?」
「…もう、やってる……」
手を握ってずっと何かを願うようなポーズをとった。
それから少し待っていると、ぱっとキーちゃんの顔が上がった。
「…来た!」
それと同時に、森の中から一匹の小鳥がものすごい速度で飛び出してきた。
そして、それを追うかのように……
「ブヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ビックブルが姿を現した。
「ビックブル!?あの時倒したはずじゃ」
「来るよ!みんな!」
全員が武器を抜き放つ。
それと同時に、ビックブルの赤い眼光がこちらを睨んだ。
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【サブタイトル】
異端者に呼ばれて
【本文】
あらわれたその巨体は、その赤い眼光で自分たちを睨んだかと思うと大地を蹴ってこちらにかけて来た。
あの時と同じように。
それらを急いで回避する。
その場所に置いていた、キャンプ道具がその巨体に踏みつぶされた。
「あー!私のキャンプセットがー!!」
それで真っ先に発狂したのはサーシャだった。
いやしかし、それよりもだ。
あの時といろいろと違うのだ。
体の大きさは巨体ではあるものの、あの時のような見上げるほどの大きさはないこと。
目の色もあんな色ではなかったはずだ。
じゃあこいつは…あの時とは別種のビックブルなのか…?
そんなことを考えている間にも、ビックブルは見た目に反した動きですでにこちらに向き直ってまた突進してきた。
とりあえず、やらなきゃ始まらない。
ブルの基本の狩り方は、すれ違いと同時に相手を斬りつける。
それをしようと、ビックブルのそばまで走り寄る。
が、何か嫌な予感がし斬りつける寸前で真横に飛ぶ。
その瞬間、ビックブルが急ブレーキをかけた。
そのブレーキで地面が風船のように膨らみ破裂。
土を大量にばらまかれた。
視界が完全に奪われ、さらに土が邪魔で思ったように動くことができない。
そして身動きができないこの瞬間を待っていたかのように、俺をめがけビックブルが突進してきた。
避けれるわけもなく、その重たい一撃を喰らった……はずだった。
重たい一撃を喰らう代わりに、大きな風を感じた。
眼を開ける。
そこは、溢れんばかりのマグマが噴出し、視界を遮るほどの霧が海を覆い、落雷が流星のように落ち、大地が生きているかのようにうごめいていた。
先程までの光景とはかけ離れた場所だった。
「なんだ……ここ……」
言葉を失うかのようなその光景に、見とれていると、後ろから何かの気配を感じた。
振り返ると、そこにはさっき俺に突進してきたビックブルがいた。
「何なんだよ…おまえは…」
そして、その台詞にこたえるかのように、ビックブルは大声で吠えた。
次の瞬間、現れたのは………
土や岩などでできた、生き物だった。
「ひろ君!大丈夫?」
葵の声が急に耳に届く。
どうやら、気を失っていたようだった。
地面に大の字になって、寝っ転がっていた。
「急に倒れるからびっくりしたよ~」
「……急に?」
「うん、キーちゃんの魔物も戻ってきたから今から戻ろうって話してたら、急に倒れるんだもん。びっくりしたよ」
「いや、お前何言って……」
体を起こし、周りを見渡す。
そこには、何もない普通の光景が広がっていた。
まるで、先程までの事がなかったかのように。
「ひろ~早く帰るよ~。報酬がもらえなくなっちゃうし~」
「今日はもう眠いですZZZZZZ」
「ちょっと!サーシャさん!また僕の背中で寝ないでくださいよ!」
「…帰ろっ!友恵姉ちゃん!」
「そうね、女の子よりも体力なくて倒れるような奴はおいてみんなで帰りましょう」
そう言って、全員が笑いながら話していた。
……夢だったのか?
だが、今の光景を見る限りは、そうと考えることしかできなかった。
「ほらっ!行こう!」
葵に手をさし伸ばされ、その手を掴んで立ち上がる。
とりあえす、さっきの事は忘れよう。
きっと、サーシャが夜中にあんなことをして寝かせてくれなかったから、疲れていていつのまにか寝てしまってそういう変な夢を見たんだ。
きっとそうなんだろうと思いながら、葵と一緒にみんなの所に行こうとしたときに、背後から視線を感じたような気がした。
立ち止まり、なんとなく振り向く。
先程までいた、森の中。そこに……
雷を体にまとったかのような魔物がこちらの事を見ていた。
驚いて、瞬きをした次の瞬間にはその魔物は姿を消していた。
「ひろ君?どうかしたの?」
「いや……なんでもない。行こうぜ」
「……疲れてるなら、言わないとダメだよ?」
「わーってるって。ほら、皆待ってるし、行こうぜ」
「うん!」
そう言って、疲れ切った体で皆の所へ足を進めた。
そして、俺らは無事に賞金三万セニーを稼ぐことができた。
「これ私のだから!ひろには上げないもん!」
「てめぇ!ふざけんな!三割はよこせ!」
「やーなこったー!」
ちなみにそのあと、すべてを春香に持っていかれました。