126話~130話まで
------------------------- 第126部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽7
【本文】
「私ができるだけ前に出て攻撃を防ぎます!攻撃した後に1~2秒ほど硬直するので、そのすきに叩いてコアを見つけて破壊してください!それと、攻撃パターンを覚えるのも忘れずに!!」
結衣さんはそう言って私たちよりも前に出ると、盾のように変形した武器で敵の攻撃を誘ったり、牽制し始めた。彼女は簡単に言ってくれたが、実はグレゴリアスの装甲を破るのは簡単なことじゃない。一度四島で水爆攻撃を試みたことがあったが、無傷だったことを今でも覚えている。つまり、純粋な破壊力だけではまずあの走行を破ることは不可能。だけど、ひろ君は四島の時、それから島から戻ってからもう一度グレゴリアスの装甲を破り、コアの破壊に成功している。一度目は刀、楓。二度目は舞刀、風神。……武器が関係しているってわけでもなさそうだが、どちらともものすごい力を秘めた刀だ。絶対関係していないとも言い難い。……そう言えば、ひろ君が装甲を破壊した時は、確か楓の時は火属性の攻撃、風神の時は風属性だったような気が…。もしかしたら、魔属性を持つ武器の属性に合わせた魔法攻撃を何度か入れることができれば、装甲を破ることができるかもしれない。
「………ちっ。これも、アンナの為だ………」
私が結衣さんが攻撃を引き付けている間に、そう何か装甲を破る手立てを考えていた時だった。近くにいたグライがそうつぶやくと、左手に持っていた銃を自分の頭に当て、そして撃ち抜いた。一瞬何をやっているのかと驚いた。気でも狂ったのか、動転しているのか、と。しかし違った。グライガ頭を撃ち抜いた時から、グライの体を闇のオーラが漂い始めた。そして、それと同時に背中にとても美しい白い、まるで天使の羽のようなものが生えてきた。私はさっきから目の前で起こる不思議な出来事に、先程まで考えていたことなど忘れてただそれを見つめていた。天使の羽のような何かは、彼の背で大きく羽を広げると、彼のまとっていた闇の魔力を吸い上げ、黒く染まった。その光景は、まるで堕天使となる天使をまじかで見ているかのようで、とても不思議な気持ちになった。
「すみません!後ろに行きました!!」
結衣さんのその声で、一気に現実に戻された。グレゴリアスは一直線に私ではなく、グライの方に突っ込んでいった。しかし、彼は迫りくるグレゴリアスに対して何も構えなかった。いや、むしろ力を抜いてすぐに反撃に出ようとしているのか?ただ私が変に手を出せばそれが乱れてしまうであるということだけはわかった。私が距離を置きながら結衣さんの方へ近づくと同時にグレゴリアスが変身?したグライに向かってそのこぶしを振り下ろした。ドガァ!と地面を殴る音があたり一面に響く。だが、そのこぶしが振り下ろされた先にグライの姿はなかった。その体制でグレゴリアスが少しの間動きが止まる。次の瞬間、黒い羽を羽ばたかせたグライが右手に持った大剣をグレゴリアスに叩きつける形で空中から下降してきた。あの一瞬で、その羽を使って空中へ飛び立ち、そのまま攻撃を仕掛けたようだった。そのままグライの動きは止まることなく、すぐさま左手に持った銃で大剣で叩いた個所を的確に何度も撃ちながら敵の背中を蹴り距離を取ると、そのくらい羽を大きく羽ばたかせて、大剣を前に突き出しながら勢いよく突進し見事その装甲をぶち破った。
「…すごい…」
結衣さんがそう言葉を漏らした。いやいや、結衣さん。あなたも相当だろうと私は思った。だって誰もが避けないと死ぬような一撃を入れてくる敵の攻撃を防ぎ、しかも私たちの事を見ながら戦うって相当な戦場をくぐっていても、簡単にできるようなものじゃないし逆を言えば、それをすることができるだけの余裕があるということだ。この人は多分あの銀狼さんを見た感じからだともっとできるはず。逆にこれほどの人が今まで表立って活動していないことに、私は驚いてしまった。ってそんなことよりも、今は敵の動きを覚えることと撃破を優先しないと!そう思い、再びグレゴリアスへ視線を移動した。背後の方から破壊したこともあって、胸部付近にある赤いコアが丸見えになっていた。しかし、敵は危険を感知したのか高速で自身の装甲を回復しだした。あれをやられてしまってはまた仕切り直しだ。そうなる前に、早く叩かないと!すぐに直線で飛ばせる得意の光魔法レイの詠唱を試みたが、装甲の回復の方が早く魔法を使う前にはすぐに回復されてしまった。また振り出し、だが、一つの目的である敵の動きを覚えるということはまだ続行できそうだ。…そう言えば、グライは?さっきグレゴリアスの装甲を破壊した時から、その姿を見ていない。いったいどこに?できるだけ敵から視線を外さないようにしながら、グライの姿を探す。さっきのさっきでいったいどこに…?
「ウル……ガアアァァァァアアアアアアァァァァ!!!!!」
どこからか、痛みで苦しむような声が響く。そしてそれはすぐに私たちの目の前に現れた。体の半身が闇に浸食され羽と体の半分ほどクリスタル化し、目からは血がとめどなくあふれ出し、その目は血で充血しているのか、それともそんな眼の持ち主なのか、鈍く深い黒色に光っていた。あんな色見たことがなかった。だからこそ、その存在に恐怖を抱いた。
「先輩!グライさんが!!」
「はぁ!?1分も持たなかったのか!?……聞いてた話と違うぞ、グライ!」
銀狼は結衣さんにそう答えながら、最後の方の言葉は恨めしそうにそうつぶやいた。向こうは向こうですごかった。マーズ先生も場の空気を読んで攻撃してはいるが、敵のほとんどを彼が倒してしまうので、ほとんど何もしていない状況だった。
「先輩!!もう……力を開放しても…」
「駄目だ!ここで覚醒させないと、スカイピアで絶対に死人が出る!」
「でも!!」
「葵!グライを浄化しろ!!結衣!神器は使わずに、速攻でつぶせ!!」
剣を振り敵を倒しながら、彼は大声でそう指示を出した。あれを…浄化する?無理だ。あの時のジャルさんの時だって、私の浄化魔法はこれっぽっちも役に立たなかった。それなのに、それよりも進行しているあの人の事を治療するなんて絶対に……。
「葵さん、先輩を信じてください。あの人は、人ができないことは絶対に言いませんから」
そう言って私の方を見てほほ笑むと、結衣さんは先程まで盾のように変形していた武器を、切り離すとそれを体の周囲に飛ばした状態で、グレゴリアスの方へと突っ込んでいった。どうして、こんな状況で結衣さんは笑うことができるのだろうか。それだけ彼の事は信頼に値する人間なのだろうか。
「何事も、奥手のままじゃだめだよね…」
よし、と気合を入れなおして私は結晶化しかけているグライの方に近づいていった。私の方を見てすぐに持っていた銃を向けたが、そのトリガーはひかなかった。どうやら、自我はあるようだ。かなり消えかけているけれど。ゆっくりと、ゆっくりと慎重にその保っている自我が崩壊しないように細心の注意を払って近づいていく。そして、手が届く距離まで近づくと一呼吸おいてから私は彼に手を伸ばし浄化を始めた。瞬間、彼にまとわりついていた闇が私の方へ全て流れ込んできた。視界を奪われ、上下が分からなくなり頭に痛みが走り甲高い音がどこかからか脳を直接刺激する。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!」
なにこれ、痛い、苦しい、きつい、辛い、怖い、やだ……やだやだやだ!!やめて!こないで!!
「葵さん!!気をしっかり持って!!」
誰!!誰の声!?わからない!!痛みでもう自分がどうにかなってしまうそうだった。誰でもいい!誰か!誰か!私を……助けて!!!
”なら、もっと自分のことをしっかりと見るがよい”
…だ…れ……
”ふむ…守護者もなかなか考えたのぉ。強制的に我の力を目覚めさせる方向にもっていくとは…。まぁ悪くない。賭けでもそれを成功させるくらいの力がなければ面白くないからのぉ。どれ、ちと…借りるぞ”
その言葉を最後に、私の記憶は完全に途絶えた。
少しだけ不安になる。一応本人からこういう形で目覚めたとは聞いたが、改めて目の前でそんな光景を見せられると、心配で仕方がない。これできちんと女神が反応してくれればいいんだが…。それよりも、目の前の敵だ。どうやって、こいつらが俺たちのいる時代を把握したかだな。何もかもが謎過ぎて、こっちはお手上げなんだ。少しくらいはしっぽだしてほしいが、そんな様子は見せる気配もないしおかげでうちのギルドは半分以上悪夢の中に閉じ込められた。雪乃と雷光さんとルルとカイルに任せてはいるが、向こうに戻ったら全員悪夢にとりつかれた、なんてことも考えられなくもない。だからこそ、ここで失敗されると戻ることができないからそれで終いになってしまう。頼むぞ、葵。まずはお前から覚醒してくれないと、何もかもが始まらなねえんだ。その時だった。闇に飲み込まれていた葵のほうで力強い光があたりを覆った。それのおかげか、目の前のナイトメアの影も一瞬にして姿を消した。刃片手にそちらを見る。それと同時に、闇の中からあふれんばかりの光を放ちながら、葵は先程とは別の姿でそこに姿を現した。
「……やっぱ綺麗だわ、葵」
私は綺麗じゃないと照れながら言ってくるが、そんなわけない。
「いつみても、やっぱなれないなぁ。葵……いや、女神アリビア」
俺がそう言うと、葵はゆっくりと目を開け俺の方を見てから
「”守護者よ、少しばかり無理をさせるのもいいが、女神を少しはいたわらんか”」
彼女らしい言葉を第一声に言い放った。
「あぁ、中身は残念系女神のままなのね。安心した」
「”……貴様、本当に守護者か?もう少し、我をあがめたりとか”」
「ないです。俺が忠誠を誓ったのは、お前じゃないからな」
「”……それは、主自分で言って恥ずかしくないのか?”」
やめて、今言ったこと凄く後悔してるの!!結衣のこっちを見る目がすごいことになってるけど、気にしない。
「ここでのろけるのはやめてもらえませんか?」
「うるせえ!」
「ま、待って!現状が理解できない!!もう少し私にもわかるように説明して!!」
そこで、大きな声でマーズ先生が話を遮った。やべぇ、この人がいるのすっかり忘れてたわ。さてどうしたものかと思うと、結衣がグレゴリアスを倒したのか自身の武器をしまってからマーズ先生に近づいていって
「まぁ……とりあえず…今は一息つきませんか?」
そう提案した。
------------------------- 第127部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽8
【本文】
「状況を整理させてちょうだい。……えっと、つまり君は時をかけることのできるタイムトラベラーで、女神を護るために生まれた守護者でもある…と?」
「まぁ、ざっくり言うとそうなりますね。どうして俺なのかはわからないですけど」
「”主、これは何という飲み物なのだ!?初めてこれほど美味なものをいただいたぞ!!”」
「……ははは…」
というわけで、俺たちは先程の場所から移動しすでに人気のいなくなった裏街道の拠点として移動していた場所へ戻ってきていた。葵は葵で憑依されたままだし、グライはグライで暴走が原因かあれからずっと気を失ったままだった。運ぶのにどれほど苦労したことか。
「一応知識として知りたいのだけれど…守護者とは何?女神の話は伝説に残っているから聞くのだけれど…守護者というのはあまり聞かないから…」
「そうですね…守護者は名前の通りで、女神を護るために生まれてきた存在の事…だと思います。正直俺らもそれについてはわかっていないんです。一部の神器を所持する人間に痣のような形で紋章が出るということ以外は」
「痣?」
「これですね」
そう言って俺は右手にはめていたグローブを外した。いつ見ても不思議なものだ。黒の神器を握った時に突然現れた手の甲にある剣の紋章。女神と契約するたびに、この痣にも変化があったことは俺の中で、少し嫌な思い出として残っている。めっちゃ痛いんだよね、あれ。焼き印押す感じがして。
「…それじゃぁ君も、わかっていないのか」
「そうですね、月の都レディレイクにも行ったんですが、何も有力な情報は得られませんでしたし…」
「待って!今君はどこを訪れたって……」
「”守護者よ。そろそろこの娘、休ませぬと魔力欠乏症を起こすぞ”」
「それなら、貴女も休んだらいいじゃないですか。アリビア様」
「”そうさせてもらおうかの”」
葵に憑依していたアリビアはそう言うと、葵が身にまとっていた神々しさがなくなり、力なく背もたれに寄り掛かった。
「さて、マーズさん。あなたにお願いがあるんだ。今この場であった記憶を葵とグライの2人から引き抜いてくれないか?俺が聞いた話だと、5人いたうちの2人は存在も名前も覚えてなかったんだ」
「ま、待って!まだ君には聞きたいことが………」
マーズ先生が何かを言い終えるまでに、俺は指をパチンと鳴らし転移魔法を3人分一瞬で展開するとそのままこの場所から地上へと無理矢理転移させた。その場に残ったのは、銀狼と結衣だけになった。
「…よかったんですか?色々と未来にも影響が出そうなことをやってますが……」
「たまには強引に行くことも必要さ。それに、ここに長く居られても…俺が本気を出せないからな」
銀狼はそう言いつつ片手剣を鞘から抜きながら、玄関の方にむかって構えた。結衣も俺と同様の気を感じたのか、神器を出しながら俺と同じ方向を見た。
「さて……これだけは絶対処理して将平たちに合流する。行くぞっ!!」
「了解です!!」
空にはすでに星が瞬き始めていた。少しの間地下に潜ってたとはいえ、視界に飛び込んでくるものすべてが新鮮なものに見えた。強制的に転移させられたため、初めはここがどこなのかわからなかったが、よくよく見まわしてみると城外…学園の敷地内にいることが分かった。
「………」
何ともいえない気分だった。目の前で見たものが、本当なのかすら疑いたくなる。だが、それは目の前に存在していた。いるはずのない、同じ人間が。しかし全ての面において比べると天と地ほどの差があった。そんな彼が、なぜこの場にいるのか。なぜ、あのような格好をしているのか。それを聞く前に、私はここに飛ばされてしまった。
「…まぁ、他の情報を得ることができたってのは、それはそれで大きい成果…か」
ありえないほど身近に希望の光がいたことに対する喜びと、彼らのこれからの戦いの日々に不安を覚える。これほどのまだ小さな子供に、そんな酷なことをさせて良いのかと。……しかし、おそらくそれが運命なのだろう。戦いという鎖につながれてしまった彼らを、私たち外部からは簡単に解放してあげることができない。もちろん例外もある。だが、そんなことをしたらこちらの命がいくつあっても足りない。
「…まぁ今は彼に言われた通り、記憶を消しましょうか……って、あら?」
少し考え事をしている間に、気が付けばグライがその場から姿を消していた。パッと辺りを見回してみても、それらしい影は見当たらない。軽く治療は彼がしていたと思うが、それだけであれほど簡単に動けるようになるものなのか?それとも、もうすでに意識を取り戻していて気を見て逃げたか?どちらにしろ、グライの姿はもうそこにはなかった。
------------------------- 第128部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
手作り料理に愛を込めて2
【本文】
相手の事を知っていることもあって、無意識のうちに俺は腰に下げてある刀に手を伸ばしていた。相手が相手だ。警戒していて損はないだろう。そんな俺の様子を見てか、リナは余計グライの事を怖がり台所の方へ逃げてしまった。ここで別にリナとともに台所に戻っても良かったが、経験からか背中を向けることができなかった。ただでさえ、危険人物なのだから……とそう警戒し続ける俺に対してグライがため息を漏らしながら
「……ここは、客に斬撃を叩きこむ店なのか?」
少し切れ気味に吐き捨てるようにその言葉を俺にぶつけた。頭に血が上りそうになったが、ここはリナの店だ。人の大切な場所をなくすようなことはしたくない。あふれだしそうになる感情を抑え、リナの場所へと戻った。
「……何か…問題ごととかは……」
戻った先では、リナがグライの事を見て驚いたのか、少しばかり怖がっていた。…ここで、個人の意見を伝えても事態をややこしくするだけだ。
「……顔つきがもともと怖い人みたいだ。なんでもいいからご飯が食べたいって」
俺がそう言うと、リナはほっと胸をなでおろした。何かそう言うことでのトラウマがあるのだろうか。
「なら…紫雷さんたちように準備していたものがあるので、そちらを運んでくれますか?」
「了解」
リナはそう言ってもうじき来るであろう紫雷さんたちの為に作っていたもののうちの1つを俺に手渡した。それを俺はすぐにグライの方へと持って行った。
「…早いな」
「そりゃどうも」
そう言って、机の上に肉じゃがを置いて俺はすぐにその場から立ち去ろうとした。だがそこを、グライに引き留められた。今更何を話すことがあるのかと思いながら、一応足を止めて振り返った。
「…なんだよ」
「……おまえの所に何人か女の子がいるだろう?そいつらに礼を言っといてくれ」
「……は?」
「…それだけだ」
「おい、それどういうk」
グライが何を言っているのか訳が分からなかったので、そのことについてもっと聞こうと思った時だった。
「狐火!!飯を食いに来たぞ!!」
意気揚々と紫雷さんと目の色が死んでいる透、林太、翔斗が続いておぼつかない足取りで店に入ってきた。
「………」
「………」
「………」
後の3人はふらふらと席の方に近づくと、倒れこむように椅子に座り込み机の上に力なく顔を落とした。
「おぉ!久々の新しい客じゃないか!!君も一緒にどうだい?」
「…いや、別に…」
「いいからいいから!」
そう言って紫雷さんは、グライを無理矢理料理とともに移動させると席について疲れ果てている3人のことを見ながら、グライと話を始めてしまった。…いったいなぜグライが俺にそのようなことを言ってきたのか、その理由を聞くことができるように雰囲気ではなくなってしまった。
「リナ、狐火!早く飯を持ってきてくれ!それと酒も頼む!」
「…紫雷さん。あなた前回のこと覚えてますか?」
「もちろん!」
決め顔で紫雷さんはそう言った。もう何から突っ込んでいいのかわからない。ただこれだけは言えると思う。この人、酒の事になるとそれしか見えなくなる人だと。…それは人としてどうなの?一種のアル中じゃないの?と、そんな俺の事は置いといて、リナが台所の方から滑車のついたテーブルのようなものに料理をのせてこちらに運んできた。
「紫雷さん、前回の事もありますしあまり飲み過ぎはいけないと思いますよ。周りの人の事も考えてくださいね」
「ははっ!わかってるよ!」
そう言いながら紫雷さんはリナの頭を両手でくしゃくしゃと撫でた。やめてくださいよー、とリナは言っていたが、その表情はいつもよりまぶしい笑顔だった。
「ほら、狐火、リナも。君たちもまだ食べていないだろう?一緒に食べようではないか!」
すでに晩飯を食べる前から上機嫌すぎる紫雷さんと場の勢いに飲み込まれるように、俺とリナはそのまま店にいるメンツで晩飯を取ることになった。リナとともに作った肉じゃがは今回色々と工夫をしてみたので、少しだけ自身があった。なぜなら、味付けを少しだけ未来風に寄せたから。四島でのサバイバルじみた生活の事もあって、香辛料については少しだけ知識があった。……その植物を見て、あ、これは辛いやつだ、くらいしか判断できないけど。
「………これは…唐辛子を使ったのか、狐火」
「よくわかりましたね。自分で作る肉じゃがはカレー粉を隠し味に入れているんですけど、さすがにこの時代でそうそうそろうはずもなかったので……せめて少しだけでもピリッとした辛味を入れてみようと思いまして……」
「待ってください!私その話聞いてませんよ!!?」
「だって勝手に入れたから」
「あの私の話を聞いててそんなことしますか!?」
「料理はやっぱいろいろなものをアレンジしていかなきゃね!」
「言い訳が見苦しいです!!」
顔を真っ赤にしながら、俺が勝手に唐辛子を入れたことを怒るリナ。ポカポカとその細い腕で俺を殴るその姿は、とても子供らしくかわいく見えた。その間、グライは無言で飯を井の中に詰め込んでいて、透たちもうめぇ……とか言いながら箸を進めていた。実際少しだけカレー粉を入れるとちょっとしたカレー粉独特の甘みや辛味なんかを引き出せるからいつもと違う味で味わいたいなって人にはお勧めだよ。
「………そう言えば、狐火にも妹がいなかったか?リナと同じくらいの歳じゃないのか?」
リナと俺のやり取りを見ていて、思い出したかのように紫雷さんは俺にそう話しかけた。
「えっ!?妹さんいらっしゃるんですか!?どんな子ですか!?」
その話を聞いて、リナは興味を持ったのか紫雷さんの話にのっかってきた。……おそらく今の発言に悪意はないと思う。言ってないこちらが悪かっただけだから。
「…妹は……小夜は…7歳で亡くなりました」
俺のその言葉を聞いて、紫雷さんが顔色を変える。
「す、すまない!……」
「…いいですよ。俺が紫雷さんに言ってなかったのも悪いですし……」
そしてしばらくの間2人の間に沈黙がうまれた。本当はここで俺の事をもっと知ってもらうために何か話をしようと思っていたのだろう。今回はそれがたまたま裏目に出てしまっただけで。俺がそのことを言っていなかったのも悪いのだけれど。
「…なら、妹さんとの思い出話を聞かせてくれませんか?」
そうして会話が終わるだろうと思っていたところに、リナが違う形で小夜の事について踏み込んできた。
「…駄目、でしょうか…?」
上目遣いに少し不安そうな顔をして、こちらの顔を覗き込むようにそう尋ねてくるそのしぐさは、あの頃の小夜ととても似ていた。だからこそなのだろうか。いつもは話すはずもない小夜の事について自然と口から声が出てしまったのは。
「…………俺と小夜が一緒に過ごすことができたのは……3~4カ月だけなんだ」
------------------------- 第129部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
手作り料理に愛を込めて3
【本文】
……妹との記憶があるのは、3~4カ月ほどだけだ。理由は妹がまだ2歳くらいの頃に俺は1人で四島へ連れていかれたからだ。別に小さかった頃に逢えなかったわけではない。ただ、その時の俺は巫女としての力がすでに発言してしまっていて一族から拷問にも近い修行をやらされていた。だから、生まれたことは知っていたが、ほとんど顔を合わせたことはなかった。だから、四島から帰ってきたときに、ひろ兄!と言いながら抱き着いてきたのは本当に印象に残っている。あれが俺と妹、小夜との初めての出会いだった。それから、力と地位を得たことで一族の態度が一変して、俺に頭をヘコヘコ下げるようになった。ここまで露骨に人の態度が変わることに、大きなショックを覚えた。けれど、そんな悲しい出来事はすべて妹の小夜が吹き飛ばしてくれた。一緒に花冠を作ったり、おままごとをしたり、時には魔法を教えてほしいといわれたので、夜遅くまで一緒に練習した。楽しかった。本当に。そこに、幼馴染の春香がいて、てっちゃんがいて、龍馬がいて、宗次がいて………みんなで笑って、遊んだことを覚えている。そして夏休みも近くなったころに8月になったら一緒に花日をしようね!と言って指切りしたのを最後に、そこから楽しかった生活は終わりを告げてしまった。瀕死状態で楓を運んできた葵との再会。山の展望台に突如として現れた、永遠に咲き続ける桜の木とルルという少女。淳と智人と莉緒との死別。そして…グレゴリアスの襲来。軍にいた俺と葵と春香、それに紫雷さんに雷光さんにルルと、これからどう対処するかについて話し合っていた時だった。一瞬の出来事だった。光のような速度でグレゴリアスから放たれた魔法弾により、家族のいるあたりが吹き飛ばされた。春香が横で力なく崩れたのも覚えている。その時の俺は任務の事なんか忘れてその場に全力で走っていった。大好きな母と妹が無事なことを願って。運がよかったのか母は怪我をしていたものの意識はあり、妹は奇跡的にかすり傷1つついていなかった。そのことに大きな安堵を覚えた時に、絶望は俺の目の前に姿を現した。そして、俺の目の前で大切なものを奪っていった。
「……今でも耳から離れないんだ。小夜の、助けて兄ちゃん!…って声が……」
妹との思い出話を話すはずが、気が付けば自分が体験した辛かったことを話していた。けれどそのことに話を聞いていたリナや紫雷さん、それにグライは文句を言わずに俺の話を聞いてくれていた。あとの3人は疲れていたのか、飯を食べながら机の上で寝てしまっていた。
「その後………戦いには勝ったんだけど、ルルも死んで、紫雷さんも死んだことになって……」
そこまで話してから、俺は口から言葉を出すことができなくなった。腹からこみあげてくるあの時の悲しさ、悔しさが今になってあふれて、あふれて、そんな状態になっている俺を見て、紫雷さんが頭をなでながら抱きしめてくれた。
「…辛かったな。狐火」
それ以上は何も言わずに、ずっと抱きしめてくれた紫雷さんのその好意に感謝しながら、あの時の思いをすべて吐き出した。
……
………………
眼を閉じている瞼の中にまで飛び込んでくる光のあまりのまぶしさに、俺は目を覚ました。あのまま数時間後に泣き疲れてしまったのか、机の上で寝てしまったみたいだった。……昨日の事を思い出すと、少々恥ずかしい気持ちがこみ上げてくる。………それでも、胸は不思議とすっきりしていた。今まで背負っていた何かを下ろしたかのような、そう思えるくらいに心が軽かった。
「おはようございます、洋一さん」
そう言いながら、台所からエプロン姿のリナが朝食を運んでこちらにやってきた。おはようと返事を返してから辺りを見回してふと気が付いたことを口にした。
「紫雷さんたちは?」
「紫雷さんは、3人の生徒さんをマーズさんと一緒に引っ張って帰られました。もう一人のお客様は、気づいたらいなくなっていらっしゃったので、よくわかりません」
そう言いながら手に持っていた器を俺の目の前に、コトリとおいた。おいしそうな匂いがするなと思い、その器を覗き込むと、肉じゃがのはずなのだが見たこともないくらい、鮮やかな赤色の肉じゃがだった。
「………あの…リナさん?」
「それでは、朝食を”美味しく”いただきましょう。残したら許しませんからね」
そう言って、俺ににこりと笑いかけたリナだったが、その時の顔はとても笑っているとは思えないほどに固い顔をしていた。やべーよやべーよ。これあれだろ?俺が勝手に入れた少量の唐辛子を嫌がらせに俺の方に全部ぶち込んだんだろ?
………意外に根に持つタイプかぁ~。
そう思いながら肉じゃがを口に運んだ俺の姿は自由に想像してくれてかまわない。ただ言えることは、二度とあんな辛いものを食うことはないだろうということだけだった。
------------------------- 第130部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
手作り料理に愛を込めて4
【本文】
あの日から、俺は昼食時になると必ずと言っていいほどリナの飯を食べに行った。理由はリナの為もあるが、個人的に小夜と重なる部分がちらほらあって、小夜を見ているような、そんな気分になれるからだった。まぁそれも実際は小さな理由にしかすぎず、本当は……
「洋一さん。新しく教えてもらった料理レシピ、作ってみたんですけど感想をお願いします!」
「はいよ」
リナの店に出す新しい料理の練習、および味見役として半ば強制的に呼び出されているのが現状だった。理由は俺がこの前勝手に唐辛子を少しだけスパイスに使ったからだ。しかもちょっとした味の違いが少し評判を呼んだらしく、昼時になると少しだけ客の顔がちらほらと見えることもあった。そして、リナはこのチャンスを逃すわけにはいかないと言わんばかりに、前回の事を理由にして俺が料理の作り方、ポイントを教えて、リナがそれを作って俺が味見をし俺がOKを出せばそれをお品書きに追加していった。そして今、俺の目の前には5つ目に教えたゴーヤチャンプルが差し出された。ゴーヤチャンプルでもっとも課題となってくるところが苦みをいかにして抑えていくかということである。それはゴーヤを選ぶ時点で結構大きな差が出る。それに、例えいいゴーヤを買っても切り方や、炒めた時間によっても結構味が変わってくるからかなりシビアな料理だ。だからこそここで大事になってくるのが一緒に入れる具材だ。自分はいつもゴーヤとともにゴロゴロした鶏肉にホウレンソウを入れ、醤油とみりんと酒でわざと少しだけゴーヤの苦みが分かるくらいの味付けをして、皿によそってから別のフライパンでスクランブルエッグを作り上からかけていた。
だが、この時代にそんな良いものが揃っているわけもなく、特に肉はこの時代とても高いので俺はベーコンを使ったらどうかとリナにアドバイスをしていた。そのアドバイス通りにリナはベーコンを使ってゴーヤチャンプルを作っていた。
「スクランブルエッグを少し焦がしてしまったのと、ベーコンの大きさがどうしたらいいのかわからなかったので、子供が食べやすいように一口サイズにしてみました。……どうでしょうか」
「まぁまずは、いただきます」
そう言って俺は箸を取り、差し出されたものを口の中へと運んだ。
「……そうだな…。まず、スクランブルエッグが固い。これは火を通し過ぎだな。こればっかりは自分で勘を掴むしかないから練習あるのみだな。一口サイズにしたのは悪くない。注文して出てきたものが食べづらかったら二度と来るかって思うからね。でも、これは人によって好みが分かれてくるから注文時にベーコンの多きさを変えれるようにしたほうが良いかもしれない」
俺がそう言うと、リナは必死になって俺が言ったことをメモ用紙にメモしていった。
「……味の方はどうでしょうか…」
「そっちはあんまり問題ないな。だから今はスクランブルエッグだけ抜きの状態なら出せるものだと思う」
そう言うとリナの顔色がパァっと明るくなった。
「よかったぁ~…味については文句を言われると思ってたんですよ。少し濃ゆすぎないかなって」
「ゴーヤチャンプルは疲労によく効くから、疲れている人やスタミナをつけたい人向けなんだよ。だから少し濃いくらいがちょうどいいんだ」
「へぇ~そうなんですか」
と感心したようにため息を漏らしながら、また一つメモ用紙にメモしていた。
「それでは、今日はスクランブルエッグの上手な作り方を教えてください!!」
そしてまだ俺が食べ終わってもいないのに、目をキラキラさせながらリナは俺を引っ張って台所へ連れて行くとそう言って俺を見上げながら教えてとせがんできた。苦笑いをしながらも俺はリナにスクランブルエッグの美味しい作り方と、俺がいつも火を止めている時間などを教えていった。
……
…………
………………
そしていつものように時間は過ぎていき、日も隠れ始めた。
「今日はこのくらいにしよっか」
「…む~。うまく作れないです」
頬を膨らましながらそう言うリナの目の前には失敗しまくったスクランブルエッグが山のように積まれていた。
「まぁ失敗を繰り返さないと腕は上がらないからな。初めは俺もこうだったし、練習していこう」
「…はい…」
そう言うリナの表情はかなり複雑なものだった。確かに練習しているのに全くできないという状態に人は陥ることがある。それで、自分は何もできないんだと思い込んでしまう人もいる。だけど、それは大きな壁にぶち当たっているだけの事だ。誰にでもそんなことは起こる。それを不安に覚えてしまうのは、きっと誰にだってわかるはず。だから俺はそんなご機嫌斜めなリナの頭をくしゃくしゃと撫でると
「大丈夫、出来るようになるさ」
そう言ってリナの顔を見ながら笑いかけた。
「…それなら、明日も手伝ってください」
「もちろん、時間が空いたらすぐに来るよ」
「絶対ですからね!」
そう強く念を押し、リナは俺に小指を差し出すとそれに絡めるように小指を差し出し指切りげんまんをした。そんな小さなやり取りが、俺の中で小夜との思い出と重なった。その時、店の入り口が蹴とばされたような音がした。驚いてリナと一緒にそちらへ行くと、そこには酒に酔った一人の男がふらふらとおぼつかない足取りでたっていた。だが、俺が一番驚いたのはそのことではなかった。
「…父さん…」
リナがこの人物を自分の父と呼んだことに、俺は驚きが隠せなかった。




