121話~125話まで
------------------------- 第121部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽2
【本文】
次の日千里ちゃんとマーズ先生を混ぜた私たちは、春ちゃんのギルドにある依頼をしに行こう!という発案の元、とあるギルドに来ていた。そこは、春ちゃんがいたような軍の活気はなく、人はあまりおらずがらんとしており、寂れたようなそんな雰囲気を放っていた。そして、依頼が貼ってあると思われるボードに乱雑にたくさんの依頼が貼られてあった。
「ギルドって機能してないんですか?」
率直な疑問をマーズ先生にぶつけると、辺りを気にしながら声を落として私の質問に答えてくれた。
「今、この街は貴族連合の支配にあるわ。だから、それに反発するギルドは10年前の戦争でこの街が掌握されてから、この街から撤退するしかなくなってしまったの。ひそかに活動を続けているものもいるみたいだから、こうして祈るような思いでみんなここに依頼を貼っていくのよ」
「…なるほど」
「さてと…それじゃぁガールズがどれくらいできるのか、今一度確認したいから……これをしてもらおうかな?」
マーズさんはそう言いながらボードに近づくと、一枚の紙を引きはがして私に手渡した。紙はかなりしわくちゃでどうやら長い間貼り続けられたもののようだった。そして、3人でそれを覗き込むように見ると、そこにはこう書いてあった。
「……人身販売所の特定、救出…ですか」
「かなり物騒なものを持ってきたわねー。先生、これ私たちに手に負えるものなの?」
「これくらい超えてもらわないと困るのよ。…これから先、私たちから離れてしまった時にね」
そう言ったマーズさんの声は、どこか寂し気で何かしらの影を感じさせた。けれど、そうなったのがなぜなのかは私にはわからなかった。
「とりあえず、聞き込みだね!葵ちゃん春香ちゃんいこっ!」
「ちぃちゃん!?まだ受けるって言ってな……ってもう居ないし…」
「…いこっか、春ちゃん」
そうして、達成できるかわからない依頼に無鉄砲にも飛び出してしまった千里を追って私たちを外に出た。そしてさっそく聞き込みを開始した。人身販売について、どこで行われていたかどんな人物が行っていたのか、学校の書庫にも言ってそれがどのような場所で行われやすいかなどの傾向を捜したりもした。そしてそのヒントは意外とあっさりと見つかった。
それは、昼食をある店でとっている最中だった。たまたま私たちのいた飲食店にサーシャちゃんが入ってきた。その時はかなり人が多かったのでサーシャちゃんを私たちの席に呼んで一緒に食べることになった。
「皆さん今何をなされているんですか?」
「えっとねーこれなんだけどねー」
昼食をとりながら、朝マーズさんから受け取った紙をサーシャちゃんに手渡した。それに一通り目を通して私にその紙を返すと、
「……一応場所は知っています」
想像もしていなかった答えが返ってきた。
「ですが、個人的には教えたくありません。どうしてもというのであれば、1000セニーで手を打ちます」
「っていうか、サーシャちゃん情報の売買もやってたの!?」
むしろ私は、そっちの方が驚きだった。
「えぇ、私たちのギルドはブラックな商売以外はほとんど行っていますよ。…あまり口外できないものもありますが」
「その1つが情報の販売?」
「まぁそんなとこです。…普通ならこういうのはかなり危険な情報なので、取扱い注意なんですが、依頼ということなので割引させていただきます。どうしますか?」
「しっれと買わせようとしてるわね」
春ちゃんがそう言うと、
「仕方ないじゃないですか!!洋一に色々と借り作り過ぎたせいで、無償で提供したものや、あの黄色いひよこみたいなのに商品食われたりとかして、ここ最近ずっと赤字なんですよ!?それに、何度もナタリーさんに頼るのはよくないですし……今年で17歳ですし……そろそろ自立したいなぁって……」
…………ん?今なんか変なことが聞こえたような気がしたんだけど、気のせいだよね?サーシャちゃんが今自分の歳を17って言ったような気がしたけど、まさか私たちよりも小さいこの体型でまさかそんなわけがあるはずが……。
「あ、やっぱあの時の月兎が言っていた年齢合ってたんだ」
「やっぱってどういうこと春ちゃん!?」
「魔女の森にいる時にそう言う話を聞いたの。葵ちゃん知らなかったの?」
「初耳だよ!?ほら見て!千里ちゃん口が閉じなくなってるよ!!」
「パクパクパクパク………」
「脳の理解速度に視覚情報が追いついていないようだが……しかし、まさか未成年だったとはね…私よりもいける口だったから、22くらいだろうと勝手な予想をしてたよ」
「って私の歳はどうだっていいんです!それより、どうしますか!?買うんですか!?買わないんですか!?」
そう言うサーシャちゃんの顔はなぜかまっかっかだった。自分の年齢の事をそんなに言われるのが恥ずかしかったのか、どうなのかは正直わからなかったけれど、これだけはわかった。
商売って大変なんだなぁって。
しかも話を聞いた感じだと、かなり無理をした割引をしていると思われる。……それだけ、そのナタリーという人に頼りたくないのだろうか?もしくは、頼りたくないような理由があるのか。私がそんなことを考えても、仕方のないことなのだけれど。
「サーシャちゃん、たしか1000セニーだよね?」
「え?あ、はい、そうですよ」
「はい、じゃぁこれ」
そう言って私は、懐から1000セニーをサーシャちゃんに手渡した。
「………本当に……買ってくれた……?…じゃぁ彼らは……本当に……」
「…サーシャちゃん?」
「はっはい!何でしょう!?」
「これで一応…情報を売ってくれることに…なるんだよね?」
「もちろんです!ですが……裏街道の方になるんですが………」
……………
…………
……
そうして私たち4人はパチェリシカのとある街角に来ていた。そこは人通りも少なく、怪しい恰好をした人物が数人いるだけだった。
「……こんなところに本当にあるんですかね?」
「彼女の情報を信じるしかないんじゃないかしら。裏街道が”地下”にあるなんて私も初めて知ったけどね」
「ま、信じるしかないでしょ。それしか情報ないし」
「確か、あの人たちの誰かに”星と空をつなぐ”って言えばいいんだったよね?」
「それであってるよ千里ちゃん。……けど……」
「どったの?葵ちゃん?」
「いや……」
…昔、どこかで似たような言葉を誰かから聞いたような?…気のせいかな?
「まぁ行こうじゃないか、ガールズ。早くいかないと日が暮れるぞこれは」
マーズさんがそう急かされて、私たちは怪しい人物に合言葉を告げて地下へと続く扉をくぐった。
「……葵さんたち行きましたよ、先輩。これからどうするんですか?」
「尾行は俺と顔があまり割れていない結衣とで行こうと思う」
「ま、女神と守護者のペアが普通ですもんね。それじゃぁ、私と将平先輩でナイトメアの情報を集めとけばいいんですね?」
「ああ、頼む」
「じゃぁ代わりに先輩の手料理ふるまってくださいね。……皆に」
「……そうだな」
「それじゃぁ、また後で」
そう言って私は先輩との通話を切った。
「七海、僕らも動こう。特に君は日が昇っているときの方が動きやすいだろう」
「そうですね、私のサンラビットは太陽が出てないと本来の力を発揮できませんからね」
「なら早く動こう。皆の為にね」
「はい!」
今私たちにできることを、精いっぱいやろう。それが、捺の為にもなるのだから。そうして私たちは、葵さんたちの入っていった場所から離れた。
------------------------- 第122部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽3
【本文】
「……わぁ……」
「…こんなものが地下に……」
「すごーい!!」
「これが裏街道…ね。なるほど。確かに”裏”ね。何もかもが」
私たちがそこに着いた時、それぞれが違う言葉を漏らしたがそれでもある程度思ったことは同じだったと思う。信じられない。私以外もそう思っていると思う。だって、鏡合わせのように地下にもパチェリシカそのものがあったから。いや、正確に言うと、中心にある学校のところ以外はほぼ街と変わらない。学校のあるところは、太い円柱がありどうやらこれが地下を支えている柱となっているらしかった。
「さて、それじゃぁ聞き込みからしてみましょうか。…って言っても、まともな人たちがいるかは私にはわからないけどね」
マーズ先生はそう言ってあとは君たちに任せるわと言った。まぁ一応私たちを試すようなものなのだし、それはそれでいいんだけど……とっかかりがないとなぁ。さすがに私でも何かしらの情報がないと何も動けない。
「サーシャさん来てくれればよかったんだけどな…」
「仕方ないよ。本人が行かないって言ってたんだし」
「それはそうだけど…」
「それに見てみなよ、ちぃちゃんの姿を。行かないって言ってたサーシャさんよりはいい働き絶対すると思うよ」
春ちゃんは私にそう言って、千里ちゃんの方を指さした。いつの間にか私たちのいた場所からは移動して、すれ違う人々に言葉をかけていた。ああゆう行動力、私も欲しい。でも……さすがにあの行動はこういう知らない場所では危険だ。特にそれは、四島でよく味わっている。私がそう思った時だった。千里ちゃんの周りを突然何人かの人が囲いだした。顔を出しているものもいればフードで顔を隠しているものもいた。
「何してるの君?」
「ここがどういう場所か知っていて来てるのかな?」
「………」
「こりゃぁまた、いい餌が来たじゃねぇか」
おそらくこの場所を主として生活している連中だろう。いかにもガラの悪そうなことを言っている。だが、ここは裏だ。表のように内心びくびくしているような連中とは限らない。おそらくそれを本心で言っているような奴もいるはずだ。さすがにこのままだと千里ちゃんが危ない。
「待ちなさい、葵」
すぐに動こうとしたその時、マーズ先生にそれを遮られた。
「な、なんでですか!このままだと…!」
しかし、私がこんなにも慌てているのにマーズ先生は余裕があるのか笑みさえこぼしていた。何か秘策でもあるのか?でも、この人は私たちに任せるといったのだ。本当の緊急事態が来なければ手は貸してくれそうにない。ということは、この人はこれをチャンスだと思っているのか?いったいなぜ?
「さぁ……あの時は見れなかったけど、見せてくれないかしら?あなたの戦い方を」
マーズ先生が千里ちゃんを囲んでいる人たちにまるで話しかけるようにその言葉を投げた。
「………はぁ」
どこからかため息が漏れた。しかも”声のトーンが高い!”明らかに女性だ。しかもかなり幼い私たちのような子供が出す声だ。でもどこから!?そんな人物は一人も…。いや、いる。明らかにあの集団の中で千里ちゃんを囲うのには身長が小さいフードをかぶっている人物がいる。まさか…あの子が…?そう私が目星をつけた時、動きがあった。そのフードをかぶった人物が千里ちゃんの手を掴み集団の中から引きだしたのだ。一瞬の事に、囲んでいた男どもが一瞬目を丸くする。
「…大丈夫ですか?ここは治安が悪いので、女性は一人にならないほうが良いですよ」
千里ちゃんに優しく声をかけるその人物は、自分の方が小さいのにもかかわらず、千里ちゃんを慰めるような言葉を投げかけていた。
「おいてめぇ、何独り占めしてんだ……よっ!!!」
その時、一人の男がフードで顔を覆っている人物に気が付き拳をその人物に振りかぶった。
「……デバイス、起動。モード、拡散」
次の瞬間、その人物の背後から六角形状の何かが3つ出現した。そして、そこから魔法弾のようなものが拡散していくように放たれ始めた。しかもそれがかなり早く、さらには威力も高いらしく殴ろうとしていた男をいともたやすく吹き飛ばした。それに誰もが言葉を奪われた。
「…これ以上彼女に危害を加えなければ、私は何もしません。早く立ち去ってください」
「だ、誰がそんな良い餌を置いて」
「……消えてくれませんか?」
その人物に反抗した人物に向かって頬をかするくらいのすれっすれの所を空中に浮いている何かで魔法弾を撃つと、男どもは恐れをなしたようにその場から立ち去っていった。
「……まさか、気づかれるとは思っていませんでした。もう少し陰から見守っていたかったんですが、ばれてしまったのなら仕方がないですね」
そう言ってその人物は被っていたフードを取った。そこからはあの強さとは反するようなかわいらしい女の子の顔がそこにはあった。
「あの山道で合って以来かしら?結衣?」
マーズ先生はそう言いながらその女の子に近づいていった。どうやら先生はこの子と面識があるようだった。
「あの時は急にいなくなっちゃったからびっくりしたのよ。それとも……そう指示されたのかしら?」
その言葉に結衣と呼ばれた彼女は一瞬言葉を詰まらせた。だがすぐに、
「まぁそれよりも、本当に大丈夫ですか?その、千里さん?でしたっけ?」
話題を変えた。どうやら、触れてほしくない話題のようだ。少し気になったが確かに彼女の言う通りだった。突然男どもに囲われてしまった千里ちゃんを今は心配すべきだ。早めに彼女が助け出してくれたから、怪我をしているとかはなさそうだが…。そう心配していた私の気持ちはすぐに裏切られた。なぜなら…
「え?あの人たちって私たちに情報を教えてくれようとしてたんじゃないの?」
あぁ、うん。今の発言で千里ちゃんの印象が変わった。この子……
「……ド天然…」
「……まさか、そんな人種が存在するなんて…」
「ここまで鈍いのはさすがの私も予想外だぞ…」
それぞれがそれぞれの感想を述べた。
------------------------- 第123部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽4
【本文】
「まず初めにご挨拶から、私の名前は西谷結衣と言います。よろしくお願いしますね」
そう言って結衣さんはぺこりと頭を下げた。その動作一つ一つが私たち女子から見てもとてもかわいかった。けど、どうしてこんなかわいい子がこんなところに…?それになんか変なことを言っていたような気がしたんだけど…。
「…皆さんはこんなところにどうして来たんですか?ごらんのとおり、女の子は顔を隠しておかないととても危険な場所ですし、第一合言葉を言わないと入ってこれないような場所ですよ?私、気になります」
そう言って結衣さんは私たちになぜここに来たのかを訪ねた。…そんなこと言ったら私たちもなぜあなたのような人がこんな場所にいるのか聞きたいくらいだ。けれど今はそれに答えるよりも先にやるべきことがある。
「結衣さん、この辺で人に見られないような場所ってある?」
「人に見られないようなところ…ですか。…絶対とは限りませんが、そう言うところは知っています」
「じゃぁそこに案内してくれませんか?…さすがにこの場にとどまって話すというのもあれですし…」
「そうですね、それじゃぁついてきてください」
そう言って結衣さんに先導される形で、私たちはさらに裏街道の奥深くへと潜っていた。30分くらいだろうか。様々な道を行ったり来たりしては、階段を下りたり登ったりを繰り返し、そしてようやくある一軒の家のような場所にたどり着いた。
「ここです。少しだけ外で待っていてもらえませんか?部屋が散らかっているので…」
「私たちの事なんか気にしなくていいよー」
千里ちゃんが結衣さんにポヤポヤとそう返事をすると、結衣さんは急いで部屋の中へと入っていった。そして聞こえる壮絶な音。どれだけ片づけをしていなかったのかって思うようなそんな音だった。あんなにかわいい子でも苦手なことってあるんだなー。
「やっぱり人ってどうにかして平等になるようにできてるよね」
「葵ちゃん、急にどうした」
「いや、誰にでも苦手ってあるんだなって」
「そりぁそうでしょ。私たちにだって苦手なことはあるでしょう?」
春ちゃんがそう言うと、千里ちゃんの顔から血の気が引いた。
「あ、あれは……苦手ってレベルじゃないと思うよ…?」
その一言で、マーズ先生がお腹を抱えて笑っていた。確かに言われてみればあれは苦手というレベルではないと思う。もはや才能だ。食料を謎の物体に変えるという一種の才能だと思う。…欲しくはないけれど。
「マーズさん!?そこまで笑いますか!?」
「いやぁ…、だめだ。思い出しただけで笑いが……プププ」
マーズ先生にとってあの出来事はかなりツボだったらしく、春ちゃんの顔を見ては再びふきだしていた。そして最後にむせたので私がマーズ先生の背中をさすってあげた。この人は、初めはクールな人かと思っていたが、とってもおちゃめな人だ。きっと騒がしいのが好きなんだと思う。まぁそれで、こうやって喘息みたいにむせてしまっては、騒がない方がいいのではないですか?と言ったほうが良いのかもしれない。でも、こんな場所にいても笑うことができるこの人の事が、私は羨ましいと思った。あの時の私は、楽しいことがあっても一度も笑えることができなかったから。
「すみません!お待たせしました!」
落ち着かない足取りで結衣さんが家から出てきた。どうやら片付けが終わったらしい。
「そ、それではどうぞ」
そうして私たちはその家にお邪魔させてもらった。家の中は灯りはあるものの、とても暗かった。
「まぁとりあえず座ってください。今面白いものをお出ししますから」
そう言って結衣さんは私たちを部屋の中心にある椅子に座らせると、そのまま台所らしき場所に行き、お茶のような何かをもってこちらに戻ってきた。
「ここにきて疲れましたよね。とりあえずこれでも飲んで落ち着きましょう。お話はそれからでもいいですか?」
そう言いながら結衣さんはカップに何かを注いでいった。そこからとても品の良い香りが脳を刺激した。
「……これは…アールグレイ…かしら?」
「はい、よくお分かりになりましたね。そちらの方はよく紅茶を飲まれるんですか?」
「医務室って暇だからなんとなく飲み始めたのだけれど、特にアールグレイは印象に残る香りだから…。でもこれってかなりお高いはずよ?確か10杯分で10000セニー位するはずだけど」
い、一万!?私は結衣さんから受け取って口の手前まで運んだカップを一度テーブルの上に置いた。…これ一杯で1000セニー…。安めの装備なら買えるだろうし、そこそこいい補助アイテムやいい薬草や薬が買える金額だ。ちなみに私たちの時代の円とこの時代のセニーをイコールで表すとするのなら1セニー=約10円。つまりこの時代でこの紅茶は一杯約一万円程する高級な紅茶。…こんなものをいただいてもいいの!?
「あ、味は薄目にしているのでストレートでも飲めると思います。一応牛乳とレモンを持ってきますね」
そう言って結衣さんはまた台所へと姿を消した。
「……これ、怪しいものとか入ってないですよね?」
「こんないい紅茶を使って相手をだまそうとする相手なんて相当な奴よ。…私は彼女がどこかから逃げ出してきたお嬢様とかじゃなければいいなって思うけど」
「あぁ……」
確かに、こんな高級な紅茶を出されたら少しはそちらの方面を気にしてしまう。けど、逆にそんな人物だったら男数人を相手に、あれほどまでに強く出れるだろうか。でも、あんな見たこともない武器を使われてはやっぱりそういう方面を少し気にしてしまう自分もいるわけで…。
「決して貴族だったり、貴族連合の味方ではないので安心していいですよ。よいしょっと」
いつの間にか戻ってきていた結衣さんが机の上に牛乳と薄切りにされたレモンを置いて空いている椅子に座った。そして、そのまま自分用に紅茶を注いでから楽しみながらそれを口にしていた。
「さて、それでは皆さん。なんでここに来たのかを聞かせてもらえませんか?」
私たちは結衣にここに来た経緯と目的を話した。結衣は紅茶を飲みながら、その話を聞いていた。
「…人身販売所、ですか。……それならいくつか心当たりがありますよ」
結衣の発言に私たち3人は身を乗り出した。
「その場所を知ってるんですか!?」
「私らそこに用があるの!!」
「連れてって!!」
「ちょ…皆さん、私も目星がついてるだけでそこが正解なのかはわからないんですよ?」
「それでも、今からまた情報を探すよりはポイントポイントを回った方が絶対に効率は良いよね?」
「それは…そうかもしれませんが…私が言うのもなんですが、まだ出会って数時間しかたっていないような人物の事をあなた方は信じるんですか?」
「それならあんないい紅茶だす必要はないよね」
「…それもそうですけど……」
そう言いながら結衣さんは困ったような顔をしてマーズ先生の方を見た。
「私たちに絡んだのが運の尽きさ、私は今回は見張りとしてついてきてるだけだから、私からは何も言わないよ?」
「せめて制止しようとしてくださいよ!?」
その後は結局結衣さんは私たちの強引な説得により、しぶしぶ案内をしてくれることになった。ここからでは見えないが今までかなり時間を食ってしまったので早くしないと日が暮れてしまうかもしれない。そう思った私は、生きたくなさそうにのんびりと先を行く結衣ちゃんの背中を押しながら先へ進むのだった。そんな私たちをマーズ先生は、苦笑いしながらもずっと見守ってくれていた。そして………。
「ここが最後の一か所だね」
なんだかんだで目星をつけていた場所を回り、私たちはその中でも回っていない最後のポイントに来ていた。ここまで当たったところはすべて無人だった。だが、あちらこちらに人一人が入れるか入れないかくらいの檻がところどころに朽ちていた。おそらくかなり前まではその場所で人身販売が行われていたのだろうと思われるものばかりで、実際はずれというはずれを引くことはなく、むしろそこで得たヒントなんかも沢山あった。
「…おそらくこの角を曲がってすぐのところが、そうだと思うんですが……」
「なら、私が先陣きって出て、ある程度拡散してから葵ちゃんとちぃちゃんの魔法で蹴散らしてここの人たちを救出すればいいのかな?」
「春ちゃん、そんな誰でも思いつくようなことやっちゃいけないよ。こういう時はね……」
そうして私は結衣さんを交えた四人に私の考えた作戦を伝えた。
「お!それいいかもね!」
「わ、私の役目が一番怖いんだけど…」
「…いいんですか?これだと千里さんをかなり危険な目に合わせてしまうかもしれませんが…」
「この作戦だとどうしても一人囮が必要になるからね。千里ちゃんお願いね!」
私がそう言うと、少し涙目になりながらもうなづいてくれた。よし、下準備は整った。
「まぁ、この場所があたりでもはずれでもそこはどうでもいいから、無事に四人とも戻ってきなさいよ」
最後に先生が私たちにそう言葉をかけてくれた。どうやら見張りとか言いながら実はかなり心配しているらしい。なら、なおさらマーズ先生を心配させないためにもここは完全に乗り越えなくてはならない。
「よし!それじゃぁ行くよ!!」
私の掛け声で皆が同時に動き始めた。
同時に動き出した生徒たちの事を心配しながらも、マーズは別の事に気を取られていた。一つは結衣の事について。彼女はあまりにも知り過ぎていた。この公には発表されるはずもないこの場所の事を。だからこそただものではないとマーズは考えていた。そして……。
「いつまで君はそこにいるつもりなのかな?」
背後から本当に最新の気を配ってでもいない限り見つけられないような魔力を発する何者かが私たちの後をついてきていた。あまりにも静かすぎてマーズは逆にその何者かに恐怖すら覚えた。
「私の生徒に手を出しはしないんでしょうね?……手を出そうものなら」
「そんなことはしない。だって俺らは、彼らを正しい方へと導くために、そして自分たちに必要な情報を集めるためにここに…この時代に来たのだから」
何者かがそう言って物陰から姿を現した。その姿に私は驚きを隠すことができなかった。
「あ、やっべ。髪の色変えてなかった」
そう言って彼は指を鳴らすと、元の髪の色から透き通るような銀色へと髪の色を変えた。
「……き……君は…」
「ま、そんなことはどうでもいいんだ。それよりもいいのか?中、”かなりやばそうだぜ?”」
彼がその言葉を私に言ったのと同時に、彼女たちが突撃していった空間で複数の悲鳴が起こった。
------------------------- 第124部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽5
【本文】
この作戦で最も重要なポジションは千里ちゃんだ。なぜなら、その場所に迷い込んだ少女という役を演じ私たちの事を感づかれないように行動しないといけないから。この役を正直千里ちゃんにやらせるのは一番不安だけど、あの性格からだと多分、素で怖がってくれるはずなのでどうにかそれを利用できればいいなと思う。そうしているうちに千里ちゃんが私の指示通りに動いた。誰もいないのであれば戻ってきてとも言ってきているので、まずはここで人がいるかの確認を…
「あ、あの!」
千里ちゃんが誰かに話しかけた。あたりだ。すぐさま私たちは動き始めた。地下にあるというだけあって建物がかなり密集しているので、春ちゃんが得意の地属性の魔法で簡易的な足場を作り私と結衣さんは建物の上に登った。上から現在の状況を確認する。人数は9人、性別は全員男。武器は常に所持…か。それと同時に捕まっている人たちも確認する。そのほとんどの人が檻の中で横になっていて、屍のようだった。ただ、その中で1人だけ鋭い眼光を持っている人物を見つけた。ただ、私はその姿をどこかで見たことがあるような気がした。
「葵さん、春香さんに現状の報告を。それに早くしないと、千里さんがかなり危険です」
結衣さんからそう言われて千里ちゃんの方も確認すると、すでに3人の男に囲まれていてかなりやばい雰囲気だった。これは早く突っぱしたほうが……いや
「もう少し、様子を見よう。早とちりして突撃しても良いことはないし、千里ちゃんの役割は注意を引くことだからせめてあと2人くらいは捕まえていてほしい。そっちの方が動きやすいし…」
「……葵さん、だからそれを早く春香さんにってあー」
横にいる結衣さんから気の抜けたような声が漏れる。嫌な予感がして先程まで春ちゃんがいたところを見ると、すでに底に春ちゃんの姿はなかった。
「破砕拳!!」
千里ちゃんに群がっていた男どもを吹き飛ばしていた。
「もう我慢できない!葵ちゃん攻めるよ!!」
「いや待って!?私言ったよね!?千里ちゃんに引き付けてから一気に叩くって言ったよね!?」
下の方にいる春ちゃんに大きな声で呼びかける。
「私は見守るより護ることのほうが好きだから!」
そう言って私に向かって笑いながら、春ちゃんは男どもを着散らしていた。けれど、この状況が決して優勢であるわけがない。残りの3人がすでに視界から消えてしまっている。ならまずは、あそこにいる5人を抑え込むことが先だ。
「結衣さん!」
「はい!準備は出来てます!」
私たちは互いの返事を確認すると、私の作戦通りに拘束魔法であるバインドの詠唱を始める。これは魔法の鎖を出して相手の動きを封じる技だが、基本一回の詠唱では鎖が1本しか出ない。だから普通は何度も何度も重ね掛けして魔法を繰り出すのだが、ひろ君はこれをなぜか一度にまとめてやることができる。私にはまったくできない芸当なので、かなりすごいと思うけど。そう考えている間に、5人を拘束するくらいの鎖が完成する。私たちはそれを春ちゃんと交戦中の男どもに当たるように魔法を飛ばした。春ちゃんが上手に立ち回ってくれたおかげで、この5人を捕まえるのに時間はかからなかった。
「怖かったよぉー!!」
私たちと出会った時の意地の強さはどこへ行ったのか、千里ちゃんは男どもをバインドで拘束い終わった後に、春ちゃんに泣きついていた。そんな千里ちゃんに春ちゃんが背中をさすりながら大丈夫、大丈夫、とささやきながら背中をさすっていた。ふと、昔の事を思い出した。春ちゃんとひろ君の家族が殺されたときにも、そう言えばひろ君が春ちゃんにああしていたなってことを。
「葵さん。売られていた人々の解放と、男どもを拘束して牢にぶち込んでおく作業完了しました!」
そんな昔の事を考えていたところに、結衣さんがかってでてくれた売られていた人たちの解放と男どもの拘束が終わった報告を受けた。
「それにしても、その武器とても便利ですね。なんていう名前なんですか?」
私は結衣さんの周りに飛んでいる浮遊する六角形の何かを指さしながらそう尋ねた。
「それは、ちょっと言えないですねー。まぁでもこれは、魔法具としても役に立ちますし、うまく使えばスピーカーとかの役割を担ったりもできるんです」
結衣さんからの話を聞いてる感じだと、本当に便利な道具であるということはわかった。でも、この時代でこんな高度な武器を作れる人たちがいるのだろうか?私にはそれが不思議でならなかった。でも確か…私たちをフリーテで襲ったグライが使っていた武器は、あれは確かに片手銃だった。そう考えると、意外とこういう武器がこの時代にあるのは珍しいことだが、ありえないことではないのかもしれない。
「そうそう、それで葵さん。あなたと話したいって方が捕まっていた人の中にいたんですけど、話されますか?」
「え?どなたがですか?」
そう言って結衣さんが指をさしたほうを見ると、そこには信じられない人が立っていた。
「…ど、どうしてあなたが……ここに……」
「…聞きたいのはこっちだ、ちっこいの。なんでここにお前らがいる」
私たちの目の前には、フリーテでジャルさんを殺したグライが私たちを見下すようにそこに立っていた。ただ、きっとそれが相手が武器を持っていればまだ恐怖を感じたのかもしれないのだけれど、よくよく見れば丸腰だった。
「……私たちの事より、とりあえずはあなたの今の格好をどうにかしてほしいですね」
「……さっきまで奴隷だったんだよ……」
「あなたがですか?」
私たちをいとも簡単に倒したこの人がたやすく捉まるなんて想像できなかった。が、実際丸腰なところを見ると、どうやら本当に捕まっていたようだ。しかし、彼は私の質問に答えることはなかった。その後奴隷だった人たちの荷物が集めておいてある場所にグライは1人で行くとあの時と同じ大剣と片手銃を手に取った。
「……ごめんな、アンナ。少しの間離れちまって」
グライはそう言いながら、大事そうに片手銃を握りしめていた。その行動に何の意味があったのか、私に鼻にも理解できなかった。ただ、それをとても大切にしているということだけは理解できた。そしてようやく一息つけるかと思った時だった。何か嫌な気配を感じた。とっさにその気配から逃げるように飛んだがそれに引きずり込まれそうになった。そこを近くにいた結衣さんがあの不思議な武器で男どもを捕まえた時のように魔法の網を展開すると、それで私を捕まえてくれた。
「葵さん!今助けます!っ!!!?」
そう言った彼女の顔色が悪くなった。まるで嫌なものでも見たかのような、そんな顔だった。
「デバイス!フル稼働!!」
結衣さんはそう叫ぶと右腕を前から後ろへと振りかぶった。それと同時に私も勢いよく引っ張られて、引きつけられていた何かからと網から解放される。
「下がってください!こいつは…危険すぎます!!」
そう言う結衣さんの見ている方を見ると、私は、いやおそらくここにいる誰もがそれが何なのかを理解した。
「グ……グレゴリアス…」
そこには私たちの家族を殺し甚大な被害を出した最恐ともいわれる魔物、グレゴリアスの姿があった。
------------------------- 第125部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽6
【本文】
その存在に、誰もが恐怖を覚えた。……グレゴリアス。それはこの時代において、10年前の世界戦争を思い出させる存在だった。檻から出したばかりの奴隷だった人たちがあまりの恐怖に叫びだした。そして……次の瞬間にはその叫んだ者の頭はそこになかった。
「……っ!」
まずい!あっちには千里ちゃんや春ちゃんがいる。早く……早く動かないと!けれど、体は正直だ。震えが……止まらない。怖い。こわいこわいこわいこわいこわいこわい。……怖いよ……ひろ君。私に、あれに立ち向かう勇気は……。
「はあああぁぁ!!」
そんな私と対照的に、春ちゃんはそれに立ち向かっていた。その手には、黄金に輝く神器が身につけられていた。…それなのに……春ちゃんの拳はグレゴリアスの固い皮膚によって受け止められていた。
「……ぁ………」
嫌なビジョンが頭をよぎる。それなのに私の体は動かない。どうして!?…どうして動いてくれないの!!?もう失うのは嫌なのに!……それなのに……!!その時だった。
「……女神としての権限を使用します!!守護者を春香さんの前に強制転移!!」
結衣さんがそう叫んだ。それと同時に、春ちゃんに向かってグレゴリアスの強烈な一撃が振り下ろされた。
甲高い金属音があたり一面に響いた。そして目の前の光景に誰もが目を見開いた。
「……結衣、確かにやばい魔力の波は感じてたけど…ナニコレ」
「先輩!今はそんなこと言ってる場合ではないですから!!」
「へいへい」
「……あの攻撃を……受け止めた…!?」
信じがたいものだった。グレゴリアスの攻撃を人が受け止めるということが。だがそれは、私たちの目の前で実際に起こった現象だった。その人物は、少し薄暗いこの場所でもわかるくらいきれいな長い銀髪が輝いていた。
「ちょっと待っててねー、すぐにどかすから」
その銀髪少年はそう言うと、自身の膝を深く曲げてからそれを押し返すと、その手にある片手剣で力強く踏み込んで一太刀を振り下ろしあの大きな巨体を押し返した。
「あ、グライ。後処理よろしく」
「は!?ざっけんなっ!!つーか、お前は誰だよ!?」
そしてその押し返した先にはほぼ丸腰のグライがいた。それを見てその人は一人だけ笑っていた。まるでとても楽しい時間を過ごしている無邪気な子供のように。
「みんな!大丈夫!?」
春ちゃんや千里ちゃんがこの場所に突撃した時に使った入り口から、マーズ先生が入ってきた。どうやら叫び声を聞いて駆けつけてくれたみたいだった。
「…あんな魔物が…、どうやら急いできて正解だったみたいね」
そう言いながら、マーズ先生はどこから取り出したのか巻物のようなものを自身の体に巻き付かるかのように広げると、何かの魔法を詠唱しだした。そして、その魔法が発動したのと同時に私たち4人はマーズ先生のすぐそばへと移動していた。
「……結衣さん。まさか……貴女が女神だとは思わなかったわ」
「………」
集められてすぐに、マーズさんは結衣さんにそう告げていた。それに結衣さんは何も返事をしなかった。そんなことよりも今の状況に混乱していた私たちはそれが何の話なのか全く理解できなかった。だが、これだけは理解できた。結衣さんは、かなり特別な人間であるということが。
「さて、奴隷は引っ張ってきたぜ。マーズ先生。これはあんたらの仕事だから、こっちは任せる」
そう言いながら先程グレゴリアスの攻撃を受け止めていた少年が戻ってきた。そしてようやく彼が誰なのか思い出した。
「あの時の…!」
「あの時?…あぁそっか、時間軸からしてここで会うのは2回目だもんな。あの時は失礼した。時間がなかったもんで」
「葵、彼を知っているの?」
「いや…名前は教えてもらってないですが、魔女の森で一度だけ」
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
そう言うと銀髪少年は私たちに向き直ると
「俺は銀狼。まぁよろしく」
そう自己紹介をした。
「まぁそれよりもだ、春香と千里はすぐにこいつら連れて脱出しろ。一応見張りをつけるから、襲われることはないと思う」
「そんなことの為に、調査打ち切らせて強制転移させたんですか!?」
聞いたことのある声が銀狼の背後から聞こえた。見るとそこには、あの時鳥龍種の魔物を見事に倒した少女とみたことのない少年がいつの間にか姿を現した。
「ほんじゃ!よろしく」
「これ終わった後で飯作れクズリーダー」
「アイドルがそんなこと言っちゃいけません。…将平、そっちは後よろしく」
「人使いが荒いんですから……でも、無理はしないでくださいね」
「おう」
「それでは春香さん千里さん、それに奴隷だった方々も。出口まで誘導しますので、離れないでくださいね」
将平と呼ばれた少年はそうして春ちゃんや千里ちゃんを連れて、素早くその場を後にした。
「…なぜ彼女らだけを上に…」
マーズ先生が銀狼にそう尋ねた。
「なぜかって?それは、”そんな歴史は存在しないからさ”ここにいたのは5人だけだと話は聞いていたからね」
ますますわけのわからない回答だった。
「さて、そろそろグライが負けてこっちに来るだろうし準備しとけよ、葵」
えっ……なんでこの人、私の名前を…?
「お前には、これからあれの全ての動きのパターンを叩きこんでもらう。ちなみにできなければ、こうなるぞ」
そう言ったのと同時に私たちの目の前に、べちょりと音を立てながら肉塊が落ちてきた。
「いやー派手にやられたなぁー」
そんなことを言いながら、銀狼はその肉塊に回復魔法をかけていた。そしてすぐにそれは人の形を取り戻した。
「てめぇ!あんな魔物を他人に押し付けんじゃねぇ!死ぬじゃねえか!」
人の形を取り戻したそれは、魔物を押し付けた銀狼に対して銃と大剣を突きつけながらそう怒鳴っていた。いや、あんなことされたら誰でも怒鳴りたくはなると思う。ただでさえ格上の相手なのに……。
「なら本気を出せばいいだろう?君が本気で、彼女を助け出したいのなら……ね?」
その脅しにも似たようなグライの行動に銀狼は眉一つ動かさずに、むしろ余裕を見せた。お前らとはレベルが違うのだと見せつけるかのように。だが、グライの反応は私がその言葉に感じたものとは全く違った反応を見せた。
「…それは…どういうことだ!アンナはあの時俺の腕の中で死んだ!」
「そう、確かに死んだね。”それは直接見たから知っている”。だが君はその後を見ていないだろう?」
「いい加減に…!!」
「その真実を知るために、あんたは今まで召喚士を殺してきたんだろう?」
その時、黒い大きな影がまっすぐ銀狼に突っ込んできた。
「邪魔」
彼はそんなことを言いながら片手剣を振り下ろすと、その時に発生した風圧だけでグレゴリアスの足を止めて見せた。さっきからこの人が見せる圧倒的な強さに、私は本当に驚きを隠せなかった。戦車や爆弾を使っても止まらないような魔物を、今こうしてたった一人の人間と獲物だけでそれを圧倒しているのだ。驚かずにはいられない。
「まぁ話は後にしよう。結衣、グライと葵の事を護りながら戦えるか?」
「普通女の子を後方にしませんか!?それと、私あの人たちには勝らないかもしれませんが一応女神なんですよ!?」
「……ここに前々から録画していたウフフな写真があります。ばらまかれたくなかったら、大人しく言うことを聞いてくれ」
「人の上に立つような人間がやるようなことじゃないですよ!?それ!!」
「ま、そんなわけであんたら二人は結衣がサポートしてくれるから協力して倒してくれ。あぁマーズ先生は俺とこっちな」
銀狼は横で文句を言い続けている結衣さんを無視しながら、春ちゃんたちが出ていった場所を指さした。そこには、実体のない影のような何かがゆらりと揺れていて、霊体を実体化させたような存在だった。それを見て結衣さんの顔はさらに強張った。
「あれって…まさか!?」
「…時代を超えて追ってくるとは思わなかったけどな……。こっちはそっちよりもやばいから、戦いながら下手にこっちに近づくなよ。それじゃぁ先生、よろしく!!」
そう言いながら、銀狼はその影に突っ込んでいった。明らかにグレゴリアスの方が強そうなのに、あっちの影の方がやばいって……いったいどういうことだろう?
「葵さん!グライさん!敵が来ます!」
結衣さんの言葉で銀狼の方に傾いていた意識が、グレゴリアスの方へと傾く。先ほどその風圧で足を止めていたが今再びそれは動き出しそうだった。
「デバイス、モード、シールド&直射!」
結衣さんがそう言うと、彼女の周りに浮かんでいた彼女の武器が一つにまとまり、人間の半身を覆うくらいの大きさになった。
「指揮は私が行います。適切でないと判断した場合は無視してかまいません。ただ、死なないように気を付けてください!」
「指図すんなガキ。俺は俺のやりたいようにやる。それが俺の流儀だ」
「そんなこと言いながらも、戦闘には参加してくれるんですね」
「黙れ」
その後に、グライが何かを言ったような気がしたがあまりにも声が小さすぎて聞き取ることができなかった。だが今はそれを聞きなおす暇などない。今この状況を恐れるな。前を向け私!敵は私の故郷四島を死の島にし、私の大切な人たちを殺した魔物だ。この一体を見逃せば、私と同じような不幸を味わう人が出てくるかもしれない。それだけは、必ず避けなければならない。なんとしてでも。
「…さぁ葵さん。行きますよ」
「…はい、いつでも!!」




