116話~120話まで
------------------------- 第116部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
練習しあい1
【本文】
「本日は他クラスとの合同練習会を行います」
『合同練習会?』
「って何ですか?紫雷さん」
「そのままの意味だ。まぁとりあえず、ついてきなさい」
そう言って紫雷さんは俺たちについてくるように指示を出してから、教室から外へと移動した。
外にはすでに自分たち以外のクラスの人間が集合しており、自分たちもその横に促されるように並んだ。……気持ち悪いくらい不気味な空気だった。理由は、誰も話していないからだ。一応戦闘の仕方を学ぶので、軍隊の知識としてその行動が正しいというのは理解できるが、それでもまだ年が年だし、数人くらいひそひそ話していてもおかしくはないはずだ。それなのに、誰も、一言も話していない。まるで、人形のようにそこに立っている。そんなことさえ思ったほどに不気味だった。
「やぁ、新人諸君。おはよう」
その不気味な静寂をとある声が打ち破った。声のする方を向く。そこには、みたくない面が1人。
「ここにきてもう1ヶ月も過ぎた。そろそろ学園生活にも慣れてきたことだろう。そこで、だ」
そこで学園長のフェルは一呼吸置いた後
「本来4ヶ月後に行われるはずの全学年対抗しあいを1ヶ月半後に行う。理由は何となく、だ。今回は」その練習、いわばそのしあいのルールを理解してもらうために用意したものだ。今日は、その日のためにルールを身に叩きこんでほしい。私からは以上だ」
そう言って、フェルは校舎の方へと姿を消してしまった。…対抗試合?いったい何のことだ?とそのことが一体どんなものなのか、紫雷さんに聞こうと思った時だった。
「……ふざけるな!!こんな話は聞いていないぞ学園長!!」
「紫雷!落ち着いて!」
「落ち着かずにいられるか!!……こんなの…こんなのって……」
その光景に俺は声が出なかった。初めてだった。あの人が怒っているのを見るのは。いつも穏やかな顔をしているあの人が、あんな顔をするなんて思ってもいなかった。そうこうしている間にも、他クラスの生徒は、そんなこと目にも留まらないかのように自身たちの担任のそばへ行くと、今日の授業の軽い説明を受けていた。いや、目に留まらないという言い方はおかしいかもしれない。誰も見ていない。誰も聞いていない。俺ら以外の誰もが、その紫雷さんの叫びをまるでないもののように。
「…ひろ君、今は動こ。私たちだけ行動してない」
葵のその言葉で、確かにそうだと思った俺はとりあえず形だけでも集まろうと思い皆とともに紫雷さんの周囲に集まった。透や千里たちはかなり不安そうな顔をしている。分からなくもない。今おそらくここにいる誰もがそう思っているはずだ。
「紫雷さん…。何か…あったんですか?」
俺は皆が思ってはいるが、声に出せないと思われる思いを口にした。けれど、紫雷さんからの返答はなかった。代わりに口を開いたのは、マーズさんだった。
「洋一、貴方は千里と林太とチームを組んで何組かと戦いなさい。そして、この戦いのルールをきちんと理解しなさい。私たちは少し席を開けるから後は頼んだわよ」
そう言うと、マーズさんは紫雷さんを連れてどこかへ行ってしまっていた。何の言葉もかけてあげられなかった。それが、ものすごく悔しかった。けれど今はこちらに集中しよう。紫雷さんのあの様子だと、本当に何が起こるのかわからないから。
「それじゃぁ、マーズさんの言う通り俺と千里と林太でチーム。あとは残りの葵、春香、透、翔斗…でいいのかな?」
「……なんでマーズさんこういう組み方をしたんだろ?」
「なんかあの人なりに考えがあるんだろ。ま、とりあえずはこれで頑張ろー!」
『おー!!』
そして、俺らは何も知らないまま練習しあいを始めた。
「紫雷。あなたが何を言いたいのかはわかるわ。けれど……」
「けれどじゃないだろう!!」
紫雷の声はいつものような冷静さが欠けていて、その声からは怒りと焦りを感じ取ることができた。
「あの時は僕らがあの時まで逃がすのを先送りにしたから、ほとんどの生徒が死んだ!!生き残った生徒も……ルークも……そうだったじゃないか……!!」
「そうならないために作戦を変えたじゃない」
「それでも、あいつの前ではそれすらも無意味だ!…駒を早く手に入れようとしているんだ。彼という駒を」
「逆に考えれば、今貴族兼魔族連合軍にはそれ相応の動きがあった…」
「……あぁ、おそらく……な」
「…どうするの?」
「………わからない。…けれどもがかなければならない」
「………それもそうね」
「マーズ、そちらは任せた。僕は学園長と”はなしあい”をしてくるよ」
「気をつけなさい。…何があるかわからないのだから。ま、こちらは任せておきなさい」
「あぁ、頼んだ」
そう言って、紫雷は学園長とはなしあうためにその場を後にした。さて、私も急いで戻らなければならない。彼らに、これは”殺し合い”の練習なのだということを。
------------------------- 第117部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
練習しあい2
【本文】
戦いの形式はいたって単純なものだった。同じ人数のチームを他クラスから見つけ戦う。ただそれだけ。基本的なチーム分けの人数は4人らしいのだがマーズさんに指定されたので、俺のチームは俺と千里と林太の3人チームだった。そして、俺たち以外での唯一の3人チームは各クラスで最も優れていると言われているようなメンツだった。
「なぁ洋一。あれにどうやって勝つんだ?」
「そんなこと言ってないで林太!あんたも何か考えなさいよ!あんたは人に頼り過ぎなの!」
それなのにこちらと言ったら、まぁ気楽そうだ。緊張していないのは良いことだが、緊張しなさすぎることは良いことじゃない。この2人はそのことを分かっているのだろうか。というか、なぜこの3人なんだ?いったい何の意図がマーズさんにあるんだ?
「それでは両者前へ」
なぜマーズさんがこのチームにしたのかをずっと考えていると、審判をしている先生から声をかけられた。どうやら俺たちのクラスのチームから始まるようだった。
定位置についてから両者ともに頭を下げると少し距離を置いて、俺は刀を構えた。同様に林太も斧を、千里も杖を構える。
「それでは、初めっ!!」
審判の声と同時にしあいが始まった。そして同時に相手の前衛2人が同時に突っ込んできた。後ろではおそらく魔法使いであろうと思われる人物が魔法陣を展開して何かの呪文の詠唱をし始めた。戦いの流れをまず簡単に持っていかれた、そう思った。だが、こんなことは戦闘においてよくあることだ。例えるなら見える距離にいる敵に攻撃しようとしたら、相手から攻撃してきたようなもんだ。だから、逆に言えば相手の動きがどういうものなのか見るチャンスでもある!!
「林太!千里!相手の攻撃をしっかりと見て避けろ!」
「おう!洋一は?」
「魔法使いを止めに行く!それにこういう陣形にはたいてい型があるから、千里はそれを見極めてくれ!」
「う、うん!」
二人に指示を出し、敵を見据え足に魔力を集中させる。そのまま突っ込めば、まず間違いなく前の二人に止められる。だから、止められないような場所から抜けるか、無理やり押しとおるかでもしないと、魔法を詠唱している奴の所には行けない。なら、こういう時は敵を混乱させるためにも正面から相手を抜いたほうが良い。イメージは刀を抜かずに駆車…これで相手の横を一瞬で通り抜ける!!足にためていた魔力を一気に開放し、個性のギアでこちらに突っ込んできている2人の間へと駆ける。予想外の行動だったのか、相手の足の運びに迷いが見て取れた。そんな隙を見逃すはずもなく、俺は2人の間を通り抜け魔法を詠唱している人に接近する。おそらく、今対峙している人たちの戦法は、前衛を主力のように見せかけ、そちらに力を注いでいるときに固まっている敵を魔法で叩くと言う戦法だろう。それは、集団戦でなら本当に有利で、たとえその手が予知できたとしてもすぐに対応することは出来ないが、こんな障害物もなく姿が丸見えの状態であるのなら、対策はいともたやすくできる。
「まずは、1人!」
魔法を詠唱している人物に勢いのあるまま接近し、そのまま刀を抜刀、斬り伏せた。俺の背後では俺が斬りつけた人物が斬られた腹部辺りから出血しながら地面に倒れた。普通なら、そんなことはないはずなのに。俺は、これですぐに異変に気が付いた。通常、練習試合には最低限命を守るためのルールが存在し、戦う者同士にシールドが与えられる。そして、このシールドの触れた位置に応じて、相手の怪我の状況を予測、戦闘可能か不可かを出してまた試合を再開する、というのが一般的な流れだ。それは、俺たちのいた未来でも、この時代でもルールは変わらないとある人から教えてもらっていた。それなのに、俺が斬った人は目の前で血を流し倒れている。それは間違いなくルールが適用されていないという確たる証拠だった。ということは……林太と千里が危ない!斬りつけた相手がこれ以上出血しないように、クイックヒールをかけながら、すぐに踵を返して、林太と千里のいる場所へ駆ける。しかし、ここからだと少しだけ、本当に少しだけ遠い。おそらく俺が向こうにつくときには、相手の剣は間違いなく振り下ろされている。それを避けるかもしれないが、もし仮にそれで斬られてしまえば、二人の命が危ない。なら、他に方法はないのか?他の方法で林太や千里を助けられないのか?その時、1つだけ方法が浮かんだ。だが……本当にこれだけか?本当に…これしか…………。いや、ここで迷っている暇はない。今は一刻を争うのだ。考えている暇はない。仲間を助けたいのなら……立ちはだかる者、その全てを………殺せ。
------------------------- 第118部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
練習しあい3
【前書き】
練習試合
・シールドを両者に与えて戦う練習をする。シールドの当たった位置や威力を計算して、行動可能か不可か、出血しているかしていないかなどを判断し、戦いの辛さを教え込むというのが本来の目的。そのシステムは昔も変わらないようだ。戦闘前にはルールを決めることができ、その中にシールド解除モードというものがある。またほかにも、縛り要素などがあったりと様々な想定訓練が行えることで軍からは重宝されている。
【本文】
それはきっと誰もが感じたであろう殺意。ひろ君から発せられるそれは、あの時の…四島列島その時の物だった。間違いない。ひろ君はあの二人を殺そうと……いや、半殺しにしようとしている。それはおそらく、練習試合の形式が通常と異なると察したのだろう。私も、魔法使いの子が斬られて血しぶきを上げた時点で、ルールが適用されていないものだと分かった。
「あの馬鹿!!」
そう言って春ちゃんが私の横から飛び出した。おそらく、春ちゃんはこういうことをまだよく知らないのだろう。軍隊に入ってたとはいえ、色々と話を聞いたところ対人戦はしたことがないと言っていたから、おそらくシールド無効のルールがあることを知らないというのがこの行動に出ると思われる一番の理由だ。でも…今から行ったとしても春ちゃん。ひろ君は止められないよ。
剣は己の牙だ。常に鋭くなければならない。だがそれは簡単に公にしていいものではない。本当に大切なものを護るときにこそ……真に輝かなければならない。
駆ける。ただ前へ、友を救うために!
「林太!千里!しゃがめ!!」
そう2人に言い、俺は刀を一度鞘に戻した。全体を攻撃するのなら…まだ成功した見込みはないが、これしかない!刀を鞘ごと腰から引き抜くと林太たちに攻撃しようとしていた2人の腹を回転しながら刀で殴った。そして、その勢いを殺さないまま鞘から刀を引き抜くと、もう一度その二人を斬りつけた。肉が切れる音、同時に血がふきだす音、人が叫び声をあげる。
「そこまで!」
審判をしている先生が、しあい終了の合図を告げる。それと同時に俺の腹部を春香に殴られた。
「あんた何してんの!?」
まぁ普通に見たらそう見えるだろう。対戦は基本シールドが両者ともに張ってあり、それらに攻撃がヒットした場合のダメージを推測で出して戦闘が続行できるか否かを判断することで勝敗を定める。それが、通常のルールだ。だが、これらの設定は個人で調節することができ、今回はおそらくシールドの展開が行われない設定になっていた。ただそれだけ。だが、一歩間違えれば相手を殺しかけない設定だ。だから、普通はこのような設定では行われない。それを恐らくこいつは知らない。昔からそういうのには弱かったしな。勘違いするのも仕方がない。だが今はそれよりも……。
真横でギャーギャー叫ぶ春香に構いながら、俺は林太と千里へ駆け寄った。
「…大丈夫か?」
そう声をかけるが2人はピクリとも動かない。顔は真っ蒼に染まり、血の気が引いているのが見て取れた。
「とりあえず、ここから動こう。春香は千里を頼む。…話はそれから聞くから」
「っ…!わかった……」
俺に言いたいことはたくさんあっただろうが、今の状況を見てそれをすべきでないと判断したのか、春香は千里に肩を貸して訓練用のフィールドの外へ出た。そして俺は、林太に肩を貸して同じようにフィールドの外に出ると、透に林太を任せて1人授業中だというのにもかかわらず学園長室へ向かった。後ろからみんながいろいろと声をかけてきたが、すべて無視した。それどころではないほどに俺の心の中は、誰かに声をかけられでもしたら、おそらく怒鳴ってしまうくらいに怒りで煮えくり返っていた。人は戦いの中で強くなる。だからこそ切磋琢磨しあい、上を目指していく。それが練習試合の本来あるべき姿であるはずなのだ。それなのに、あれではまるで……。
「人殺しの練習をさせているようなものじゃないか!!」
力任せに壁を殴った。何度も何度も何度も。手から血が流れるまで、壁を殴り続けた。悔しかった。人を斬って血が出てきたときに、恐怖という感情が出てこなかったことが慣れているとはいえ、人間に必要であるはずの感情が一片たりとも出てこなかった、そのことが何よりも悔しかった。
「そういう練習をさせるのが、ここの練習試合よ」
突然そう声をかけられた。声のする方を見ると、そこにマーズさんが俺とは目を合わせないように目をそらしながら立っていた。
「ああやって、使える人間と使えない人間を仕分けていくの。まるで………私たちのように。……ごめんなさい。私たちにだけ話が届いていなくて、連絡するのが遅くなってしまった。君には辛い役割を負わせてしまったが、許してほしい」
そう言って、マーズさんは俺に頭を下げた。
「…マーズさんが、そんなことする必要ないじゃないですか。戦力のバランスを考えて、血を見たら動けなくなりそうな人を俺の方に固めて少しでも慣れさせる。そう考えての、あのチーム分けだったんですよね?」
「まぁそうね。そうでもしないと、誰か死んでしまうと思ったから。………嫌なのよ。もう私たちみたいに駒みたいに使われて、捨てられる光景を見るのは……もう、こりごりなの」
最後の方になるたびに、マーズさんの声は小さく、弱弱しくなっていった。おそらくこの人は、そういう環境にいたことがあるんだろう。それか、もしくはこの学校で生き残ったのか。その真相は知らないが、聞かないほうが良いと思った。だって…ここ一カ月の中で見たこともないような悲しい顔をしていたから。そんなマーズさんを見ていると、自分のこみあげていた怒りという感情はおさまってしまった。葵たちの所に一緒に戻りましょうと声をかけてから、俺は目を合わせてはくれないマーズさんとともにみんなのいる場所へと戻った。
皆のいる場所に戻ると、葵がすでに状況を把握してくれていたおかげもあってか統率の取れた動きで見事誰一人傷つけず圧勝していた。さすがは司令塔だ。どうやら普通は人が選ばないような戦法を取ったらしく、その場にいる人のほとんどが目をほとんど丸くしていた。だが、誰の顔からも恐怖という感情は消えてはいなかった。
その日はそこで授業が終わり、俺たちは部屋で待機しておくようにとマーズさんに言われ、そのまま自室でその日を過ごした。途中で先生のような人物が、
「今日は7人死にましたね」
と、胸糞悪い言葉を聞きながら。
------------------------- 第119部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
手作り料理に愛を込めて1
【本文】
それは突然のことだった。
「狐火。この前言った食事処のリナって子を覚えているか?」
「え?ああ、はい。覚えてますよ」
「じゃぁ今日から彼女の手伝いをしに行ってくれ。…気分転換もかねてな」
そう言われて俺は授業から外された。そして今、俺はなぜかエプロンを着て台所の前に立っていた。
「…なして…こげんなった」
いや、別に紫雷さんの心遣いが分からないわけではない。むしろありがたいくらいだった。おそらく、あの時の俺の状況を見たマーズさんが紫雷さんにその時の事を言ったのだろう。…あの人には本当に迷惑をかけてしまっている。いつか恩を返さなくてはいけないと、心の底からそう思う。だが、今は…。
「そ、それでは、し、仕込みを、す、するので!!紫雷さんの代わりにき、きてくれた洋一さん!お、お願いし…ます………」
表情をころころと変えながら、懸命に指示を出そうとしているリナの事をかわいいなぁと思いながらも、あれ、これ仕事押し付けられただけなんじゃねぇか?と思わずにはいられらなかった。そしてそんなことを思いながら、俺はもう1人リナと似たような女の子の事を思い出していた。……生きていて、大きくなったのならきっと、きっと。恥ずかしがり屋さんだった小夜もきっと、この子のようになっていたかもしれない。だが、その姿は写真以外では、もう二度と見ることができない。あの子への唯一の心残りと言えば、遺体を見つけてあげることができなかったことだ。だから、あの子の骨壺には骨は入っていない。
「あ、あの………すみません…。ジャガイモの…皮むきを……きちんと、し、して、くれません、か?」
「あ、あぁ。悪い。すぐにやるよ」
小夜の事へと段々意識が移っていっていた時に、リナからそう声をかけられた。どうやら、仕事をしている最中に手が止まってしまっていたようだ。すぐに手を動かし始める。
「これは、リナが作れる料理の下準備?」
「…はい。…母から、唯一教わったレシピで、肉じゃが?というらしいです。作ってから数日保管が効くし、入れる材料次第で、様々な味を出すことができるし、何より作りやすいですから」
「それ以外は、何も知らないの?」
「…はい。あとは適当な野菜炒めや、酒のおつまみ程度しか、作れないです」
……そんな状況でずっとここを続けていたのか?逆にどうやってずっと成り立ってきたのか聞きたいくらいだ。…だが、この前の紫雷さんの言葉の言い方や、リナが紫雷さんととても仲がいことから、おそらく紫雷さんとマーズさんとでここに通って、何とかしようとしていたのだろう。そして今、ここに来た理由はお手伝い。でもおそらく仕事の押し付け。けれど…あの人なら、紫雷さんならまだほかに意図があるはずだ。自分をこの場所へ行かせた理由が。
「ま、また手が止まってます!これで、何度目ですか!」
「お、おぅ。…すまん」
いかんいかん。このままだと本当にここに来た意味がなくなってしまう。今はお手伝いに集中しよう。
………
……
…
「お疲れ様」
「はい、お疲れ様です!」
気が付いたら日が暮れるまで下準備やら味付けやらをずっとやっていた。そのおかげもあってか、リナの俺に対する口調がかなり柔らかくなった。緊張しないで話してくれることは素直にうれしい。
「これからの予定は?」
「これからは…って、いいんですか?十分お手伝いしていただいたのに…」
「いいのいいの、なんかあったらその時はその時だから」
「なら…お言葉に甘えて…これから紫雷さんたちが来る予定になっているので、前来た皆さんの分の準備を手伝ってくれませんか?」
「お安い御用さ」
そう言った時、リナの店の扉が開いた。
「あ…いらっしゃ…………」
そこまで言ってリナは言葉を詰まらせた。
店の入り口の方を見る。
「………ぁ……」
驚きのあまり俺も言葉が出てこなかった。
なぜなら……
「……飯をよこせ…」
店の入り口には、体中ボロボロのグライが立っていたから。
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【サブタイトル】
黒く染まった天使の羽1
【本文】
「葵君。ちょうどよかった。君に話があるんだ」
練習死合が終わってから数日後。私は紫雷先生に呼び止められた。
「なんでしょう?」
「いや、これから少しの間授業を止めようと思ってね。……先日の件もあるし。そう言うわけで、これから数日間はゆっくりしてほしい。マーズに言えば外出許可も下りるだろうから、どこかに行ってくるといい。この話を後の2人にも伝えておいてくれないか?」
…なるほど。この前の千里ちゃんたちの状態を見て、メンタルケアが必要だとこの人は考えたのだろう。それは正解だと思うし、私もそれに賛成だ。だって、人が斬られるところなんて普通は見ないだろうし、かなりショッキングな出来事だったと思う。私も初めはそうだったから。
「分かりました。そう伝えておきます。先生はどうするんですか?」
「僕は………」
紫雷先生はそこまで口にして言葉を詰まらせた。どうやらあまり触れてほしい話題ではなかったようだった。このままいても紫雷先生を困らせてしまうだけだったので、そこで私は無理矢理話を切り先生と別れた。最後に、まだこのことは話せないが、いつか話そう。と言っていた辺り、どうやらかなり慎重に物事を運んでいるように思われた。少し何をするのか気になったけど、今はそれよりもするべきことがある。
「ただいま」
部屋に戻ると、布団にこもったままの千里ちゃんと、そんな千里ちゃんを心配する春ちゃんがいた。
「あ、お帰り」
「千里ちゃんの様子はどう?」
「…あれから変わってないよ。ご飯も食べてくれないし……話を聞いてもくれないの」
そう話す春ちゃんの手に持ったものを見る。黒く何か明らかにやばいものが混じってます見たいなオーラを発している何かがお皿に盛りつけてあった。いや、食欲がわいていないのはそれが原因なのでは?そう思わずにはいられなかったが、あえて見ないことにした。きっとそれが原因じゃないでしょう。きっと。…一応安否を確認してたほうが良いかな?そう思って千里ちゃんが頭からかぶっている布団を剥いでみた。
…予想はしてたけど当たってほしくなかった結末が、目の前に広がっていた。
「千里ちゃん泡拭いてるんだけど…」
「嘘おぉ!ちぃちゃん!どうしたの!?何があったの!?」
絶対にそれのせいでしょ、とは言いづらかったのでとりあえず急いでマーズ先生の元へ連れて行った。医務室に入ってきた私たちを見て、マーズ先生は顔色を変えたが私が事情を説明すると、大声を出して笑った。
「ダークマター食べさせてwwwww泡拭いたってwwwwそりゃそうなるでしょwww何か大ごとでもあったのかと思ったじゃない。もう、心配して損したわ」
そう言ってマーズ先生は春ちゃんの頭をペシッと叩いて
「心配するのはわかるけど、少しはあなたの料理の腕を自覚しなさい。死人が出るわよ、そのうち」
春ちゃんにはきつい言葉を笑顔でぶつけていた。その言葉が心臓に刺さったのか知らないがそのまま春ちゃんは膝から崩れ落ちた。どうやら、ひろ君から言われるのと他の人から言われるのではダメージが違うらしい。私も何度も言ったんだけどなぁ。そんなことを考えていると、
「そう言えば、あなたたちは聞いたかしら?これから数日休みにするって事」
「あ、はい。私は紫雷先生から聞きました」
「え、そんな話あったの?」
「えぇ、表向きはあなたたちのメンタルケアのための休日。本当は…おっと、これは言っては駄目ね。紫雷に怒られるわ」
今の話し方の感じだと、どうやらマーズ先生もこれからの休みに何かを企んでいるようだった。この人が言わないというのなら、よっぽどのことなのだろう。
「ま、何かしたいことがあったら私に言いなさいな。私の監視付きになるけど外出は出来ると思うから」
そう言いながら、マーズさんはいくつか薬草のようなものを私たちに手渡した。
「…これは?」
「その子の為の胃の消化の促進を助ける薬草よ。他にも吐き気止めやめまいとか貧血にも効くから、そうゆう知識が欲しいのなら、いつでも私の所に来なさい。それじゃあお大事にね」
「ありがとうございます」
そう言って私たち3人は医務室を後にした。部屋に戻ってから千里ちゃんを横に寝かせて、薬草を与えるとすぐに心地よい寝息を立て始めた。本当にあれ、何が入ってたんだろう。興味をひかれるが、正直恐怖心の方が強い。あれに触れてはいけない、口にしてはいけないと直感的に脳が体に指令を出している。…触らぬ神に祟りなしということわざがあるくらいだ。触れないでおこう。
「ねぇ葵ちゃん!明日どこか出かけようよ!」
「そうだね~。どこ行く?」
「……依頼消化?」
「…軍時代がまだ抜けきってないのね、春ちゃん」
「だってー!学校ってできない人にもこれをやれだのあれをやれだの強要するじゃない!適材適所ってもんがあるでしょうに!」
「それは屁理屈だよ春ちゃん」
そんな話をしながら、今日という日が終わった。
そして次の日……………。
「……何見てんだ、てめぇ……」
「な…なんであなたが……ここに…」
依頼を達成するために訪れた人身販売所でグライを発見した。




