101~105話まで
------------------------- 第101部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験21 今再び狐に魅入られる
【本文】
試練終了まで残り二日。
「…遅いね。四人とも」
「……何か…あったのかな?」
「大丈夫でしょ。ひろがいるし。どうせ、挑まなくていい敵とかに挑んで強くなろうとかしてるだけよ」
「そうだと…いいんだけどね」
そう言って、私は校門の方を見た。その時、どこかで見たことのある影が飛び込んできた。
「………っくそ!!」
「駄目だ、ひろ!この量は振りきれない!!」
「それでも弓を引け!じゃないと、生き残れる可能性が本当に0になる!」
俺は馬の手綱を強く握り直し、さらに馬を加速させる。けれど、やはり先程のユニコーンのようにはいかない。それに、あまりにも速いスピードを出し過ぎると翔斗が振り落とされるかもしれない。しかし、それで速度を落とせば魔物に囲まれておしまいだ。馬を借りた意味がなくなる。…ユニコーンが戻ってくるまでに、二人とも無傷とはいかないだろう。よくて馬をロスト。悪くて二人とも死ぬ。特に、サーシャと会った時にすぐに出てきたあの蜘蛛たちが厄介だ。それに、みたことない魔物も多い。どんな動きをするかもわからないから、今はただ……ユニコーンが来るまで、こいつが走り続けることができるのか…そして、生き残れるのか。それだけに集中しよう。大丈夫。…俺なら、やれるさ。
「………それで、ひろ君たちを置いてきたの…?」
「おいてきたわけじゃない!行けって言われたんだ!」
「…………っ!それでも……それでも!ほかにも手はあったでしょう!そのユニコーンとかいう精霊に守ってもらいながら四人で来ればよかったじゃない!どうしてそうしなかったの!」
「あんなところで冷静な判断ができるわけないだろ!」
「お、落ち着こうよ。葵ちゃん」
「だって!」
ひろがこんな判断を取るときは、本当に一人でも多く生き残るために取る手段で……あの時も…あの時も似たような判断を取って…それで…。
私は、そこまで過去の事を思い出して、その場から走って立ち去った。
後ろから、春ちゃんや千里ちゃんたちが私の名前を呼んでいる。でも、それも無視した。
一人になりたかった。…いや、違う。何もかも吐き出してしまいたかった。辛いことや、悲しいこと。でも、そんな苦しみは誰からも理解されない。理解できるはずがない。私たちの心に残った深い傷は、そう簡単に癒える者じゃない。
人気のないところまで走ってから私は学校の校舎に背中を預けて、そのまま地面に座り込んだ。
「……お願い………帰ってきて……。もう…待つのは………嫌だよ」
私はあふれ出る涙を止めることができなかった。
明らかに馬の地面を蹴る音がペースダウンしていた。馬も疲労がたまってきている。…そろそろ、こいつはシトセの方に逃がしてあげないとだめだな。
後ろに乗っている翔斗を見る。今もなおせわしく弓を魔力で作りだし、魔物に向かって打ち続けている。だが、翔斗にも疲れの色が見えだしている。それもそうだろう。なれない状況でなれない態勢、ありえない魔力の放出量。それに加えて、今までの体験。ストレスが溜まっていないはずがない。それでいて、こいつはよく起きていることができるなと感心するほどだ。だが、それはこのあまりにもやばい状況が生み出したものだ。これ以上にやばいこと、もしくはこれが片付いたら、糸が切れた人形のように気を失うと思う。現に昔自分がそうだった。
「まだ持つか!翔斗!」
「………」
返事はない。それでも、弦がはじかれる音は止まない。その時だった。プチェンと、今まで聞いたことのない音が背後から聞こえた。
「どうした!」
「………あ……弦……」
そこまで言うと、翔斗は気を失った。急に力を失った翔斗の体は、グラングランと揺れ始め、そのまま地面に向かって落ちてきそうになった。素早く翔斗を受け止める。だが、そんなことをすればどうなるかは、自分でも大体予想がついた。片方に重力が寄り過ぎたせいで、走っていた馬はバランスを崩し、そのまま転んだ。速度は遅くなっていたもののそれでもかなりのスピードが出ていたので俺たち二人はそのまま数メートル地面を転がった。
「……つぅ……。さすがに今のはまずかったか。翔斗、大丈夫か?」
一緒に地面を転がった翔斗に声を開けた。しかし、返事はなかった。暗がりの中何とか顔を確認したが、顔はかなり青ざめていた。どうやら、予想以上に魔力を消費していたらしい。
「…こんな状況で、魔力欠乏症かよ…」
暗がりの中、俺は一人立ち上がり刀を抜き放った。あれだけ馬で走ったというのに、近くからたくさんの足音がこちらに向かってきている。想像したくもない。
ふと頭に丸薬を使うという考えが浮かんだ。あの時、ジャルの兄から奪ったものだ。…いや、あれは駄目だ。あれを服用してしまえば、いつ意識が戻るのかがわからない。実際それで、葵を殺しそうになったのも確かだ。あの時は葵の声に助けられたが……今、そんな声を届けてくれるような人はいない。それに、最悪、翔斗が魔物に襲われていても、気にしなくなってしまうかもしれない。それだけは、出来ない。いや、人として、その選択肢だけは取ってはいけない。そう思った。
だが…ならどうする。今、神器はなぜか使えない状況だ。力が足りないせいなのか、それともほかに要因があるのか、俺にはさっぱりわからん。……楓がいれば、神威を使えるんだが…。それでも残りの回数は二回だ。そう簡単に使っていいものじゃない。左手の甲を見る。かつてそこにあった、九尾のしっぽは、今はもうない。楓を失ってしまったと同時に、煙のように消えてしまった。
「……力は、望んでも手に入らない……か」
…誰から教えられたことだっけ。それに、今、なんで過去の事を思い出して……
”いいですか?もし、本当にですよ?誰も頼るような人がいなくて、それでいて誰かを守らなくてはいけない……そして、勝てそうにない敵と遭遇した時。この言葉を唱えてください。一度しか言わないので…きちんと覚えておいてくださいね?それでは行きますよー…”
「……紅一面に染まるこの地で、悲しみ、苦しみ、痛みから解放され、呪われし紅葉に魅入られよう……?」
いったい誰からの言葉なのか。それすら思い出せないほど記憶の片隅にあった謎の言葉を、俺はつぶやいた。その時、天から、何かが雷鳴のように落ちてきて、地面に突き刺さった。その地面に突き刺さった時の衝撃で砂埃がたち、俺はとっさに刀を持っていない左手で目に砂が入らないようかばった。その時、左手に信じられないものが浮かび上がっていた。
「……なん…で……」
反射的に落ちてきたものに走り出して、それを掴んだ。重量はそれほどなく、とても軽かった。
だが、手に触れてこれが何なのかすぐにわかった。
「楓の……鞘?どうしてここに……」
それは、楓が破壊されたと同時に俺の目の前から消えた品物だった。背中に背負っていたからなくすはずはないとずっと探し回ったが、それでも出てこなかった。それが今、なんでここに…。まさか…さっきの呪文みたいなのは…楓を呼び出す魔法だったのか!?なら、どこかに刀が……。いや、落ちてきたのはこれだけだ。それは自分が一番わかっているだろう。楓は特定の人にしか抜けない。刀に強い意志があり、選ばれた人にしか…。そこまで考えて、俺はふと思った。本当に意志を持っているのは、刀だけなのかと。もしかして……鞘の方にも意識があるのではないのかと。
先程近くから聞こえていたたくさんの足音が、さらに大きくなっている。というよりも、早い。獲物を見つけ、狩りを始める時の動物のような、そんな感じの速さだ。
そして、それが俺に向かって一斉に飛び出してきた。……迷っている暇はない。今俺がなすべきことは、守ることだ。生きることだ。待つ人のもとに帰るために。
「……力を…貸してくれ。楓!!」
祈るような形で左手に持った鞘を天に掲げた。
「…神威!」
七回唱えたことのある、懐かしいその言葉を俺は天に向かって唱えた。
------------------------- 第102部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験22 帰還
【本文】
天にその言葉を唱えたと同時に、自分の体を暖かな炎が包み込んだ。それがまた、この厳しい状態の中だというのに懐かしさというか…そんな言葉では言い表せられないような感情を抱いた。だが、その反面で少し後ろめたさを感じる点もあった。この姿になると、どうしてもそう思わざるを得ない。淳、莉緒、智人、ルル。それ以外の他の守れなかった人たちの事を。守れなかったのは自分のせいではないとは分かっている。だけど、もしあの時あの場にいれば…ああしていれば……。
やめよう。これ以上はこの戦いに不必要な思考だ。切り替えろ。守れなかったものは戻っては来ない。だからこそ、今できる精一杯を。
気が付けば、昔着ていた赤と白の巫女装束のような格好になっていた。あの時から身長が20センチも伸びたのにもかかわらず、なぜこの衣装を身に着けることができるかは少し謎だが、まぁ存分に戦わせてもらおう。
その前に、一つだけ。
俺は急いで荷物の中からユニコーンにもらった笛を取り出すと、気を失っている翔斗の元まで言ってそれを手に握らせた。そしてついでに回復魔法と魔力の回復を促進する薬を飲ませた。こうしておけば多少はましだろう。
「さて…と」
翔斗に背を向けて立ち上がると、目の前にすでに魔物が群がっていて今にもとびかかってきそうだった。
名桐を一度、楓の鞘の中にしまい敵と対峙する。
そして、俺は大地を蹴った。
ユニコーンは急いでもと来た道を戻っていた。これほどのスピードを出したのはスカイピアが乗っ取られる前の時と、最近では精霊王が行方不明になった時くらいだ。だから…正直きつかった。というのも、精霊は魔力を供給してもらえる主がいない。だから基本的にどこか魔力を供給できそうな場所に住み着いたり、精霊の国にこもって生活している。私は前者の方だ。正確に言えば、主を失い最近になるまで実体化することさえもできなかった。だから、せめてまだ実体化できているときに彼らのもとに戻らなくてはならない。彼ら二人を運んでからすでに18時間は経過していた。日はすでに上っていて大体昼頃だろうか。それでも、残りの二人を見つけることができない。それでは困るのだ。非常に困るのだ。あの時の二人組が私に言ったことが実現できなくなってしまう。ベリアの願ったスカイピアの奪還、それと彼女との再会を。だが、いくら探しても彼らを見つけることができなかった。おかしい。ここら一体は木々が多いは多いのだが、上から見れば下にある者は大体把握できる。それなのに見つからない。私は何か違和感を感じ地面に下りて彼らの魔力を捜し始めた。……ここら辺にいることに間違いはないのだ。それなのに見つからない。なぜだろうと少し魔力の方に向かって歩いてみたとたんにあたりの景色が一変した。今まできれいな緑で彩られていた世界が、突然業火に包まれた地獄へと豹変したのだ。いや、違う。この景色が今まで隠されていたのだ。その時、彼らに託した笛の音がかすかに聞こえた。間違いない。これは彼らのうちの片方が起こした現象だ。それも、かなり上位の身を隠すための魔法とはまた違うたぐいの物。行かなければいけない。急いで彼らを迎えに。私は彼らを見つけるために笛の音が聞こえる方へと歩みを進めた。
とある人からこんなことを言われたことがある。
”力が欲しいのならば勇気をもちなさい。勇気が欲しいのならば知恵をもちなさい。知恵が欲しいのならば友をもちなさい。そしてその友を守りたいのであるなら力をもちなさい”
今では誰に言われたのかもわからないその言葉。ただ記憶の片隅に無造作に転がっていたのを今さっき思い出した。…だが、この言葉の通りだ。守りたい何かがなければ、人は強くなることができない。
「……これで………終わり………か…?」
気が付けばあたり一面には魔物の死体と血の海が出来上がっていた。今の所周りを見た感じでは俺以外に動いているものはいない。一応念には念をもってあたりを注意深く確認していると背後の方で何かが動いたような気配を感じた。すぐにそちらの方に刀を向ける。刀を向けた先には、驚いた様子でこちらを見ている翔斗がいた。まぁ無理もない。気を失って目が覚めればこのような悲惨な光景が目の前にあるのだから。あぁ…駄目だ。頭がくらくらする。すごく寝たい。……安全確保のためにも……動いてるものは全て………殺すか。
笛の音に近づけば近づくだけ、だんだんその音が乱れていくのを感じだ。たんに笛を吹くのがへたくそなのか、それとも本当に危険な状態に陥っていて笛を吹くのすらままならないのか。実際、一回目の笛の音と今の笛の音では息遣いが全く違う。しかも、段々と意気が上がってきているようにも感じ取ることができた。これは非常にまずい状態なのかもしれない。急いで彼らを見つけなければ。そう思った時、かなり近くで笛の音が聞こえた。私は一目散にそちらの方に向かって走り出した。
「誰か!助けて!」
聞いたことのある悲鳴が耳に響く。私は出来る限りのスピードを出し、その声のする方にたどり着いた。そして目の前の光景を見て、一瞬だけ体が硬直しそうになった。洋一が翔斗を斬ろうとしていたのだ。
刀を振り上げている洋一に体当たりをかまし、翔斗を後ろにかばうように位置を取った。
「何をしているんですか!気でも狂ったんですか!」
「痛いじゃねぇか!何すんだよ!人がせっかく少しだけ寝てたっていう……の……に」
洋一はそこまで口にして、今の自身の格好に違和感を持った。寝ていたのなら、刀はしまっているはずだ。なのに刀は抜き放ち手に持っている。それに、なぜかユニコーンがこちらに敵意を向けていて、翔斗がひどくおびえている。……この状況を見て、ようやく自分が何をしたのか理解できた。
「…また……意識を……」
とりあえず、刀はしまった方がよさそうだ。俺は刀を鞘に納めて、ユニコーンたちの方に歩み寄った。ユニコーンの方に進んで行こうとしたが、まったく敵意を解こうとはしない。まぁそれもそうだろう。あんなことをしでかせば……。
「……すまん」
とりあえず、頭を下げた。それだけで済まされないのはわかっているが、それでも下げておいた方がいいと思った。それをみて、ようやくユニコーンが俺に対する敵意を少しだけといてくれた。
「何が…あったのですか。あなたのような人が無造作に人を切り殺したりはしないと思うのですが。それにその姿は…」
「………前にもあったんだ。この姿になった時、極限状態まで行くと意識を失った状態でも戦い続けることがあったんだ。…一度それで、葵を殺しかけたこともあった」
「二重人格なのですか?貴方は」
「いや、そんなわけね―じゃん。前検査してもらった時は、何かの後遺症によるものだとしか教えてもらってないから、詳しいことはわからん。…まぁ、もう刀を振り回すことはないから、安心してくれ。無理かもしれないけど…。それよりも、今は早くパチェリシカに向かおう。ここからどのくらいかかる?」
普通にしゃべりだした俺を見て、二人とも驚いたような顔をしていた。まぁ無理もない。葵にも淳にもあの時はそんな顔をされたもんだ。だが、そんなこと気にしていられない。今はただ、夜さんに頼まれた任務を達成するためにも、急いで戻らなければいけない。まぁ、俺の事については走りながら話していけばいいだろう。俺はユニコーンのもとまで行くと、何かを言いたそうなユニコーンの背に急いで乗り、ユニコーンの後ろにいた翔斗に手を伸ばした。
「行こう翔斗。今は少し抵抗があるかもしれないけど……もうさっきみたいなことはないから…だから」
「……大丈夫。君が…そんな人じゃないのは、わかってる。だって君は捕まった僕らを助けに来てくれたんだからね」
そう言って、翔斗は俺の手を取った。
「ユニコーン。頼む!」
「…走りながら、貴方の事は聞かせてもらいますからね!」
そうして俺たちは、パチェリシカめがけて走り出した。
------------------------- 第103部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験23 どん底からのスタート
【本文】
あれから数時間たった。日はすでに沈みかけていて時間的にもかなりきわどい時間だった。
そんな中、俺と翔斗の二人は何とかパチェリシカ付近までたどり着いた。が、ユニコーンがある場所に来ると歩みを止め、俺たちを背中から降ろした。
「…すみません。これ以上は進むわけにはいきません」
「どうしてさ」
「…ここから先は、あまりにも闇の力が強すぎて、闇に体が侵食されてしまいますから」
「そっか、ここまでありがとな」
「ありがとうございました」
ここまでしか進めないのなら仕方がない。もともとこいつは俺たちを運ぶ気なんてなかったのに運んでくれたのだ。むしろ、これ以上は迷惑をかけるわけにはいかなかった。俺と翔斗はそのままユニコーンに背を向け、アラマティウスまで向かおうとした。だがそこで、ユニコーンに呼び止められた。何か忘れものでもしたかと思いユニコーンのほうへ近づくと、ユニコーンが口に何か咥えていてそれを俺の方へと差し出した。俺はその差し出されたものを両手で受け止めた。受け取ったものを見ると、先程の笛とはまた違って、今度の物は銀色のホイッスルだった。
「これは?」
「…そのホイッスルは私を召喚するときに必要な触媒です。もし、本当に私の助けが必要になった時だけ、それを使いなさい。私は必ずあなたの目の前に姿を現すでしょう」
ユニコーンがそこまで言うと、俺たち二人の背中を頭で小突いた。
「さぁ、行きなさい。あなたたちの待つ人の元へ」
「おう!サンキューな!」
「ほ、本当にありがとうございました!」
そうして俺たち二人は、パチェリシカめがけて全力で走りだした。
その後ろ姿をユニコーンは何か懐かしいものを見るように眺めていた。
「…彼女たちみたいです…ね…」
昔見たあの景色と一瞬だけ重なってしまった。…あぁ、ユキ。あなたは今、どこで生きているのでしょうか。
太陽はすでに沈んでいた。今回のパチェリシカの試験は、最終的に日が沈むまでに街の中に入り、日付が変わる前に校内に入り込めばそれで合格となる。だが、いくら待ってもひろ君と翔斗君は姿を現さなかった。私はただ神に願った。そう祈っていると、春ちゃんから肩を叩かれた。
「…葵ちゃん。大丈夫。だってあの時、私たち3人は約束したでしょ?」
「…うん」
「葵ちゃん。大丈夫だって!帰ってきたら、私たちで二人を置いてきた情けない野郎どもをぼこぼこにすればいいだけだから!」
千里ちゃんが私の事を心配しているのか、そう声をかけてくれた。後ろの二人の顔が死にかけたのは触れないとしても、その心遣いが私にはうれしかった。
そう、私たちにはあの約束がある。だから…必ず帰ってきてくれる。
その時、校内にいる入学試験合格者は校舎の外に集合するようにとの連絡が入った。
「おらぁぁぁぁぁ!急げ翔斗!門が閉まる!」
「ちょっ……もう……無理……」
「翔斗ー!!」
パチェリシカ付近までこれたのは良かったものの、もうすでに日が暮れそうになっていたおかげで、パチェリシカに入るための入り口の門がすべて塞がれそうになっていた。なので今門が閉まる前に街の中に入ろうと全力疾走している真っ最中なのだが、翔斗はさっきまでの魔力欠乏症が響いているのか、その場にバタンと倒れてしまった。
「まじで……無理……ひろ……速すぎ……」
地面に倒れてもなお、そうやって文句を言い続けていた。
「いや立てよ、ここまで来て合格しないのはないだろう」
「……おぶってくれ」
「自分の足で走れ」
そう言って無慈悲のも俺は翔斗に魔法による治療と、魔力を回復する薬、それに加えて本当は使ってはいけないのだが、微量の丸薬を水に溶かしてそれを無理矢理飲ませた。
…確か丸薬は、正しい量で使用すれば普通にいい薬だったような気がするから…。まぁ何か起こったらその時はその時で。今はとりあえず後の事は考えないようにしよう。
「…なんかみなぎってきた」
そう言って翔斗は急に立ち上がった。その顔を見ると、明らかに普通の顔ではなかった。しかも声のトーン一定すぎて怖いし。…やっぱ丸薬って適合者以外に使ったら駄目なんだなぁ…。学習した。
「…やっぱ、おぶるわ」
後で千里に何を言われるかわからんし。その考えまで至ってから、翔斗の方を見たがすでにそこに翔斗の姿はなく、一人街の方に向かて奇声を発しながら走って行っていた。それに驚いた門番の慌てようも見える。……あ、これ色々とやばいことになりそう。直感的にそう感じた俺は、ギアを使って急いで翔斗の後を追った。
校舎の外に集められた私たちは、何かの班のようなものに分けられていった。これはクラス分けだろうか?よくわからない。私たちは刀を持ったある人から、お前たち五人はここで待機でいい、といわれてからずっと待機している。他の人たちは、魔法科やらなんやらといろいろと決まってきている。
「さぁ諸君!まずは一言。合格おめでとう!そしてようこそ!このドールナへ!我々は君たちの入学を歓迎しよう!」
気が付いた時には、もう学園長からのスピーチのようなものが始まっていた。不安がどんどん大きくなっていく。ひろ君は?まだ帰ってきてないの?信じたくない。ひろ君が……そんな……。その時だった。
「学園長、ご報告があります」
先程私たちにそこで待てといった刀を持った人が、そのスピーチに横やりを入れた。
「何ですか、紫雷。緊急な連絡でないならば下がりなさい」
「……”残りの二名”が、街の中に入ったとの連絡が入りました」
その瞬間。おそらく誰もが感じたと思う。場の空気が一瞬にして変化した。いや、正確に言えば、学園長の何か触れてはいけないような、そんなものを見てしまったような気がした。
「そう……ですか…。いつ、ここに来ると?」
「…もうじきかと」
その時だった。
「すんません!!まだ、間に合いますか!!」
ひろ君の声が響き渡った。
あちゃー、間に合わなかったかなぁー。なんか人集まってるし、もういろいろと決まっちゃいましたーみたいな?だからもう入れないのよー、とか言われそうで怖い。だけど、日にちが変わるまでに校舎内に入ればおそらく問題はない…はず。いや、頼むからそうであってくれ。じゃないと俺がいろいろと困る。それと、翔斗が重いから早く何とかしてくれ!頼むから、何か言って!
心の底からそう願っていると、学園長がこちらの方へ寄ってきた。
「まだ間に合いますよ、少年」
「そうですか!よかった!あ、ならとりあえず誰かこいつお願いします。多分……ストレスで途中で倒れたので」
「なら、早速医務室へと運ばせよう」
そういって、学園長は指を鳴らすと、どこかからか黒い服を着た何者かが現れ、翔斗を担ぎ上げると治療と大きく書かれたテントの方に走っていった。
「君にも言わなければいけないね。合格おめでとう。そしてようこそ。このドルーナに。地竜との戦いはさぞ辛かったことでしょう」
そう言って、学園長は俺に手を差し出した。その言葉に返答をしようとして、少し先程の言葉に違和感を感じた。いや、違和感しかなかった。
なぜ、あの場所にいなかったこの人が、俺が地龍と戦っていたことを知っている?俺たちの時代なのであれば、小型カメラで観察していた等と言えば何とかなるかもしれない。だがここに来てから、そんな技術みたことがない。俺はその差し出された手を取ることに何かしらの危険性を感じた。
「……何で、あなたは俺が地竜と戦っということを知っているんですか?」
そうだ。おかしい。この人がこのことを知っているはずがないのだ。だから、聞かなければいけない。たとえはぐらかされたとしても、何かの収穫がるはずだ。
だが、俺が予想していた返答とは全く違うものが学園長の口から俺に返ってきた。
「…おや、失礼。これは失言でした」
……失言?なんでだよ。なんでそんな言葉が出るんだよ。おかしいだろ!あまりにもおかしいだろ!!ごまかすのなら、もっといろいろと言い方があるはずだ。それをうっかりで済ませるのか?この人は。そんな無責任なことがあっていいはずが……。そこまで考えてから、俺はふと思った。地竜と戦ったことを知っているのなら、それは俺たちが死の森へ向かったということを知っているということだ。そして、もしかしたら、俺たちにとってはイレギュラーだったことが、この人にとってはそれが仕組んだことかもしれないということ、つまり……死人が出ることが分かっていて、この試験を始めた可能性があることに。ここまで考えてから、俺の体は無意識のうちに刀を抜き放ち、学園長の首に向かって刃を向けていた。その行動のせいで周りにいる人間がざわつき始めた。だが今の俺にとって、そんなことはどうでもよかった。
「……答えろ。これは……この試験は四番馬車の行った先で起こったことは……すべて初めから、あんたの想定内の事か?」
俺のその質問に、奴は先程までとは大違いの表情でこう答えた。
「もちろん」
その瞬間、俺は刀を前に突き出した。だがそれは、奴のシールドによって簡単にふさがれてしまった。
「おやおや、どうやらパニック状態のようですねぇ……紫雷。彼を鎮めてあげなさい」
そう言って奴はそのまま先程いた場所に戻ろうとしていた。すぐに奴の後を追おうとしたとき、刀を持った男に、その行く手を阻まれた。
「っ!どけえええええええ!!!」
俺は勢い任せに、その人に向かって刀を振り下ろした。だが、気が付けば俺の体は宙を舞っていた。
何だ?いったい何が起こった?それに体が………まるでマヒしたかのような……村内餅悪い感触が包み込んだ。その後の事はよく覚えていない。ただ…俺らは……とんでもないところに来てしまったと行うことだけは理解できた。
その日の真夜中。ドールナ、とある一室。
「…どうかな?彼の様子は?」
「あなたが斬りつけたんじゃない。…最低限の治療は施したわよ。すぐに目覚める。それよりも、彼、あの化物に目をつけられてるみたいね。……どうするの?」
「決まっている。……必ずこの学校から安全な場所へと逃がす。それが、今自分にできる精一杯の事だ。それに…」
「それに?」
「彼は…いや、狐火と呼ばれた彼は、私たちにとって英雄だからね。必ずここから逃がしてあげなければいけない。…もう二度と、彼らのように失敗してはいけない。そのために…協力してくれ」
「…元からそのつもりよ。あんまり根を詰め過ぎないようにしなさいね」
「分かっているさ」
…今度こそ、過ちは繰り返さない。必ず救って見せる。彼らを。
これはまだ、彼らにとってまだ絶望の始まりに過ぎなかった。そしてここから、本当の地獄が始まるということを、この世にいる誰も考えていなかった。
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【第7章】
第二回SSGチャンネル!!!
【本文】
リナ:いつもいつもこの作品を読んでくださってありがとうございます!今日からこの作者の遊び&解説会であるSSGチャンネルの司会を務めさせていただきます。リナ・イアンと申します。このお話では第一章のとある場所で出てくるものです。本編では、皆様のメイドを務めさせていただいております!まだ9歳で、至らないことがたくさんありますがよろしくお願いします。さて、前回は捺さんがいろいろと適当にやられたと聞いているので、正直不安しかないんですけれども…。と、まぁ暗い話は置いといて、今日のゲストをお呼びしましょう!どうぞー!
洋一:どうもー、未来視点の洋一でーす。
リナ:今回はギルドSTARSKYGUARDIANのリーダーさんをお呼びしました!リーダーさんよろしくお願いしますね。
洋一:まぁぼちぼちね。
リナ:というわけで早速まいりましょう!まずは質問やコメントの返信からし
洋一:ありません。
リナ:………え?
洋一:質問はあれからまったく来てないから、返事ができない。
リナ:そ、そんなぁ~…。
洋一:まぁ仕方がない。初めはそんなもんさ。作者が面白く書けるようになればいつかきっと感想が付くよ。いつかね。
リナ:そうですね!作者の人生を全てこっちに注ぎ込ませればいいんですもんね!後で言っておきます!
洋一:それじゃぁ次行こう。
リナ:はい!では次は、皆様が分からなさそうなところや、作者の解説などを入れて、この作品を詳しく知ろうというコーナーです。それではまず、こちら!
ペピーとは?精霊とは何ぞや?
洋一:精霊は、この世界にもともと存在している生き物で、凄くわかりやすく分けると二パターンの精霊がいるんだ。一つは元となる道具やら何かについたその人の思いや感情。もう一つは、誰かの召喚獣だったものが契約を破棄されて野良召喚獣となった時に分けられるんだ。…例外はいるけどな。
リナ:あぁ…確かに。
洋一:こんなもんでいいかな?じゃぁ次に行こう。
死の森とは?
洋一:死の森はこれよりも前にある話、かえるべき場所編で紅葉の森と呼ばれた森の成れの果ての姿で、正直本編ではあまり触れられません。分かりやすく説明すると、ドラゴンが産まれたその日、特にこの森に見たことのない魔獣やらドラゴンやらが押し寄せ、きれいだった森を一瞬でそのオーラによって変えてしまった。これが、死の森の始まりと言われています。
シトセ村は?
リナ:そろそろ私にもしゃべらせてください!シトセ村は、かえるべき場所編の物語がすべて終わった後に、彼らが地上に降りて作った村で、ドラゴンを乗りこなすための人間を元々は育成する場所だったらしいです。今では指導者がいないので、同時に行っていたシスターを育成を今はメインとして活動しているらしいです。
紫雷とは?
洋一:これは次の話で明らかになるのでお楽しみに。
リナ:紫雷さん…とてもいい方で、よく私の家の食堂に通ってくださいました。忘れられないお客様です。
洋一:ざっとこんなもんか?
リナ:またもし何かあったら追加でどんどん書いていくので、質問や疑問点など詳しいことが知りたくなったら、ぜひぜひコメントお願いしますね!
洋一:それではこれまで付き合って頂き有難うございました。次回からは学校編ですお楽しみに!
リナ:それではまた―!!
パル:あぁ…リナちゃん。かわいい……かわいいよぉ…。
カイル:………、次は前回のようなことはさせませんよ?
パル:うげっ!カイル!なんでここに!
カイル:前回捺さんから、こっちに苦情が来たんですよ。なんか開発させられそうになったって。
パル:…っち!誰かに漏らしやがったか、あの小娘め。
カイル:姫、頼むからそのおっさん口調はやめてください。王が悲しみます。
パル:いいのー!私は自由人なのー!そう言うしきたりとかには縛られな
カイル:行きますよ!
パル:あぁー。カイルの馬鹿―!アホ―!まじめ―!
カイル:……たっく…この人は。!あれ?なんかここ入ってる感じですか?え!?カメラまわってる!?ちょっと!止めて!止めてえええ!!!!
~EXstory 1 ~
真夜中の誰もが寝静まったと思われた夜。何者かが部屋を出ていく扉の音で私こと友恵は目が覚めた。暗がりの中で、誰が外に出ていったのかを確かめる。目を凝らしてあたりを見回すと、キーの姿が見当たらなかった。トイレにでも行ったのかな?と初めは思いもしたが、あの子はフリーテでは夜中にトイレに行くときは、私を起こしてから言っていたはずだ。何かがおかしいと思った私は、そのまま体を起こし外に出てキーの後を追った。あたりは外からの月の光で多少は明るかったので、キーを見つけて尾行するのは、とてもたやすいことだった。キーをずっと追って行くと、キーはとある部屋の前で立ち止まり、その部屋の扉をノックするとその部屋の中へと入っていった。その部屋まで足音をたてないように忍び寄り、私は扉に耳を当てた。
「…………」
「…………」
「……珍しいね。いつもだったら、健康第一とか言ってもう寝てるのに…キー」
「………夜……姉ちゃん……っ」
「ようやく意識を取り戻すことができるようになったって感じかな?……って、あー涙で顔がぐしゃぐしゃじゃない。ほら、これで拭きな」
「…うん……うん……」
……これはいったい何の会話だろう?私にはまったく理解できない。それよりも…キーはもっと片言でしか話せなかったはずだ。どうしてここまでスムーズに話すことができてるんだろう?そこが、今の私にとっての疑問点だった。
「ほ~ら、泣かないの。かわいい顔が台無しじゃない。……それと、風華」
「は、ここに」
「……貴女も久しぶりね。元気にしてた?」
「…ここに来てからは、元気…と言っていいのかわかりませんが、今は楽しく過ごさせてもらってます」
「…貴女本来の器ではなく、レイディアの中にいるのに?」
「…………私たちは真の神器です。偽物のように、増えることはありません。かといって、どれか一つでもかければ、何もかもを救えなくなってしまいます」
「それもそうね…。さぁ募る話もあるだろうし、今夜は…あの時のように語り合いましょう。…ただし、”そこ”にいる人も招いてね」
団長と言われている人がそう言った瞬間、扉が突然開いた。扉の方に身を任せていたので、私はそのまま室内の方に転がり込んでしまった。
「…盗み聞きは良くないぞ☆……碧の神器風華の……ううん。汐音の…娘さん」
団長と言われたその人は、そう言って私に笑顔で話しかけた。これから私は知ることになる。この世界の真実と、これから私がなさなければならない本当の事を。この時の私は、そんなことなどみじんも考えても感じてもいなかった。
EXstory2に続く
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【第8章】
学校脱出編
【サブタイトル】
君たちの任務は、この学校から無事に生きて脱出することだ
【本文】
重い。お腹辺りが非常に重い。どけようと思って掴んでみると、これがまた柔らかい。なんだ?いったいなんだ?これは?そう思って目を開けて、自分のお腹の上を見た。そこには、ペピーがよだれを俺にデロンデロンとたらしながら、熟睡していた。ひとまず、思いっきりペピーを蹴り上げてから、ふと思った。
ここはどこなのか、と。あれ?そう言えば、俺は今まで何をしていたんだっけ?と先程まで何をやっていたのか、頭をひねった。あれから、ユニコーンに乗ってパチェリシカまでたどり着いて、それで学校に入って……それから…。誰かに斬り伏せられた?のか?正直そこら辺の記憶が曖昧過ぎて、ろくに何も覚えていない。だが、ここはおそらくドルーナの学校のどこかであるのは間違いないだろう。そこまで思考を巡らせていると、どこかの扉が開く音がして誰かがこちらに近づいてきた。
「目が覚めたか?」
その人物は、俺を見て優しい口調でそう言葉をかけた。どこかで聞いたことがあるようなそんな懐かしい声でもあった。
「あの…ここは?」
「医務室さ。ドルーナのな。体は起こせるか?」
そう言って、その人は俺の体をゆっくりと起こしてくれた。その人の手が俺の背中に触れた時、ぞっとした。普通の人と手の感触が違った。なんというか、長年積み上げてきたすべてが、そこに詰まっているとでもいうような、いわば今までの己の全てがそこに現れているようなそんな手だった。
「失礼ですが、貴方のお名前を教えていただきたいのですが」
「…やっぱり、忘れてしまっているか」
「やっぱり?」
「こう呼べばいいかな?狐火」
狐火。その言葉を聞いて、俺は驚きが隠せなかった。なぜなら、その名前は俺が四島列島とグレゴリアス緊急討伐隊の助っ人として参加した時につけられた、コードネームのようなものだったしかも、実際に俺の事をその名前で呼ぶ人間は本当に限られてくる。だが、この時代に俺の事をその名で呼ぶ人間がいるのはおかしい。そう、ありえないことなのだ。……だけど、このしゃべり方。どこかで聞いたことがあるような…?
「…さすがに忘れてしまっているか。…一度だけだが、君とは軍での合同練習会で手合わせいただいたのだが……そうだなぁ…雷光の師匠と言えば、思い出してくれるかい?」
………ん?今この人なんて言った?軍との合同練習会で俺と手合わせをした?それに、雷光さんの師匠…?ここで少し補足説明をしておくと、雷光さんとは俺たちがまだ元の時代にいた時。正確に言えば、グレゴリアス討伐の時から、良き友でありライバルでもある人だ。…よく俺の事を目の敵にして、いつも勝負を挑んできたのだけれども。あれで俺よりもうんと年上だったのだから、接し方に苦労した…。って今はそうじゃない!ありえないんだ。その名前を知っている人がこの時代にいることが。だって、雷光さんは俺たちの時代…2013年にいるはずなんだ。なのに、ここにいる人物がそのことを知っているのはおかしな話なのだ。それに…雷光さんの師匠である紫雷さんは、この時に亡くなったと俺は聞いている。だから、この人が紫雷さんであるはずがないのだ。…だが、もし本当にこの人が…そうだとしたのならば…。
その時、医務室の扉が開き誰かが部屋に入ってきた。こちらが起きていることに気が付いたのか、そのまま足をこちらの方に向け、顔を出した。
「やぁ、起きた?少年?…って紫雷もいたのね」
「マーズ、相変わらずここにいる時はずっとそうだが、僕に対する態度がひどすぎないか?」
「それが、命を救ってもらった恩人に言うセリフではないわよね?」
「それを何年も引きずる君も、僕はどうかと思うけどな」
「ちょ!!ちょっと待って!!」
駄目だ。頭の中がどんどんこんがらがっていく。落ち着け、落ち着くんだ俺。
そして一呼吸おいてから、俺は口を開いた。
「あなたは…本当に、紫雷さん……なんですよね?」
「おやおや?もしかして、僕は未来では死んだとでも言われていたかい?」
本人がそこまで口にしてから、ようやく今目の前にいる人の事を、鮮明に思い出した。
紫雷。本名を縁 紫雷という。俺たちの時代では、大剣豪と言われるような人で、世界中の剣士の中でもその強さは、片手で数えることができるほどの実力者だ。実際にそうだった。俺は数年前、正確に言えば2年前にこの人と手合わせをしてもらい、ぼこぼこに倒された。それはもう、完膚なきまでに。あの戦いの後、数カ月してから俺はこの人の死を告げられた。悲しいというよりも、驚きのほうがあの時は大きかった。戦場で強さは関係ないのだと、あの時そう思った。だが、今。心だと思っていた人物が目の前にいる。それだけでもう、俺の心は踊っていた。
「……ぁ………ぇ…っ…」
色々と、言葉にしたかった。だけど、色々な感情が混ざりに混ざって上手に言葉にすることができなかった。そんな俺を、紫雷さんは俺の頭に手をのせると
「…よく、この試練を乗り越えたな」
ただ一言。その一言を俺にかけてくれた。あの時とおんなじだった。昔と変わらないままの紫雷さんがそこにはいた。俺はそこで、紫雷さんの胸を借りて泣いた。大声で泣いた。再び再会できたという嬉しさや、今まで自分が抱えていた何かを理解してもらえたかのような、そんな気がした。
それから涙が涸れるまで泣いた後、紫雷さんは少しまじめな顔つきでこちらの顔を見た。
「さて、狐火。…いや、洋一君。早速だが、あの時のように君に任務を一つ課そうじゃないか」
「何でもどんとこいです!」
と、昔の少しだけ懐かしいやり取りをかわしてから、それで何ですか?と聞くと、紫雷さんは真剣な顔つきでこう言った。
「これから君たちには、この学校から逃げるための準備をしてもらう」




