86話~90話まで
------------------------- 第86部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験6
【本文】
「ではまず、僕の事を信頼してもらうためにもまずは話せることだけ話しておきましょうか」
先程まで魔物がくつろいでいた場所にルーは腰を下ろすと、魔法で火をつけ俺たちを呼ぶと話をし始めた。
「ではまずは始めに謝罪を…先程はすみません。地竜から逃げているあなたを弓で狙っていたのは僕です」
「…それは、マジの話?」
「…マジ?それは…どういう意味で?」
「本当なのかって事」
「あぁ…はい、本当です。僕はかなり夜目が効きますし」
さらっとルーは言っているが、多分相当凄いことだと思う。ここに来るまでに大体一キロ近くは走った。ルーがこの付近にいたと仮定すると、約一キロ離れた中、このくらい森の中人一人を的確に弓で射抜いたことになる。昔ライフルを使っていた奴がいたが、そいつが魔力で押し出してもせいぜい三百メートルが限界だった。だとすると、目の前に座っているルーはかなりの手練れ、いやそれ以上だと思う。
それに、さっき一瞬で終わった戦闘から見るに、近距離戦も得意なようだ。
これは…何か疑わしいことをしたら、首が飛ぶな。発言には気を付けておくか。
「まぁ…射抜かれた奴はもう死んじまってるし…それに、別にあの死んだ野郎が知り合いというわけでもない。ぶっちゃけ、俺が生きてるから謝る必要なんてないよ。ここは戦場だ。魔物の巣窟だ。何が起こってもおかしくはない」
「意外ですね。普通の人なら怒ったりするのに…その発言は、本当の戦場に出たことがある人しか言わないと思います」
「まぁ、昔ちょっとな。っと、このままだと脱線しちまう。とりあえずルーの事を話してくれ」
「そうですね。では話していきましょう。今この世界では、人間と魔物の争いが絶えなく続いています。その中でも特に大きな集団が四つ存在します。一つは我々ギルド連合。もともとは政府連合だったんですが、政府の軍がほとんど全滅してしまったので、今はギルドだけで仕切っている現状です。次に貴族連合。人でありながら、魔物と契約し人類を滅ぼそうとしている集団です。もちろんそうでない魔物や貴族もいますが。三つめは闇ギルド。人を殺害することだけを生きがいとする集団です。最近は鳴りを潜めていますがどう動くのかわからないので警戒対象です。最後に魔物の長が率いる魔族連合。世界の全てを闇に陥れることを目的として行動している集団です。洋一さんの近くにいた人は貴族連合に属している人間だったので、危険因子と判断し殺しました」
「俺を狙ったのは、貴族連合か、他のグループの者かもしれないという疑いがあったからか」
「そうです。本当にすみませんでした」
ルーはそう言って頭を掻きながら俺に頭を下げた。
「まぁ、その話はもう終わったことだしいいんだけど…、なんでここにルーはいるんだ?普段は人は寄り付かないってひよこが」
そこまで言って顔面を思いっきり羽でぶたれた。
「ひよこじゃなくて!ペピーだッピ!覚えろッピ!」
「てめー今すぐに焼き鳥にしてやろうか?」
話を途中で遮ったペピーに軽く殺意を向けながら刀をに手を近づけると、驚いたのかルーの後ろに逃げるように隠れた。
話の腰を折るなよ、と言いたいところだったが、今ルーがペピーを抱っこしてなでなでしているので、まぁ、目を瞑ろうと思う。
それにしても、この子の性別全く分かんねぇ。
「この子かわいいですね」
「…そうか?というかそれよりも、なぜここにルーが来たのか知りたいんだ」
俺がそういうと、先程言いかけたのはそれについてですかーというと、ペピーをいまだなでなでしながら俺の質問に答えた。
「ドルーナの入学試験の妨害と未来因子の抹殺、それに、ある魔物の討伐できました。まぁ、他にも色々とあるんですが…」
と、ルーが言いかけたところで、ルーの後ろから真っ黒な狼のような魔物が現れた。敵襲かと思い、刀に手を伸ばしたが、ルーが俺にストップをかけた。よく見てみると、その狼の口には筒のような何かが加えられていた。
「いつもご苦労様です。ヘルガー」
ルーはそういうと、ヘルガーと呼んだその狼の頭を撫で、咥えていた筒を受け取った。
「それはなんだ?」
「これは、他の方と協力して誰を助けるのかそのリストを作っているものです」
そう言って、ルーは筒のふたを開けて中身を確認した。
「どうやら…あまり時間がないようですね。洋一さん、ペピー。僕と一緒に来てください。こらから、魔物に捕らわれている人を助けに行きます」
「魔物に捕らわれている!?」
ということは、もしかしたらそこに…透たちがいる可能性があるかもしれない。
「あぁ、もちろん一緒に行くさ!」
仲間を助けるためにな!
ルーは自分でつけた火を消すと、ペピーをヘルガーの背中に乗せ、俺についてきてくださいと言うと、風のように森の中に走っていった。
俺はそれに後れを取らないようにギアを使いながらルーを追った。
夜はまだまだ終わりそうになかった。
------------------------- 第87部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験7
【本文】
ルーの後を追って行くこと数十分、ようやくルーが足を止めた。
流石にこんだけ長い間個性を使い続けたことがなかったので、足がパンパンだった。
それなのに、俺よりも年下であろうと思われるルーはケロッとしていた。
「どんだけ…鍛えてんだよ……」
「あはは、特に何もしてないですよ。それよりも…ここら辺にカイルさんがいるはずなんですが…っといました」
ルーはそう言うと、俺に手招きをして、一人先に行ってしまった。
元気すぎる。俺もそこそこ体力はある方だと思っていたが、あの子に比べるとまだまだ何もかも足りない。上には上がいるといったものだが、こういうことを言うのかな?
そんなことを思いながらも、パンパンに張った足を動かし、ルーが行った方へと向かった。
そこには、ルーとヘルガー、それに見知らぬ人がたっていた。
その人は俺の存在に気が付くと、手に持っていた武器を一度構えた、がルーが何かその人に耳元でささやいた後、構えを解いてこちらに来るようにと手招きをした。
かなり近い距離だが、察するところあまり音を立てて良い状況ではないようだ。
呼ばれるままにその人に近づくと、その人が男であることが分かった。
お互い小さな声であいさつを済ませる。
「初めまして、アラマティウスの兵士のカイルといいます。よろしくです」
「俺は洋一って言います。それで今何を?」
俺がそういうと、カイルはある方向へと指をさした。
そちらを見ると、ここよりも明るい光がさしていた。どうやらっ誰かがいるらしい。
ここから覗けますよ、とルーが近くに来て教えてくれたので、そちらから様子をうかがう。
そこには、沢山の死体と捕らわれている人々、その中に透たちがいた。
この状況下で生き残っていることを喜んでいいのかは分からなかったが、生きている姿を見ることができたのは個人的にとても嬉しかった。
その後ルーから肩を叩かれて、声が出してもばれない距離まで一度距離を取った。
「それではカイルさん、洋一さん、今からあなた方には作戦に加わってもらうのですが、その前に一つだけ言っておくことがあります」
「いまさら何を言うのですか?ルーさん。僕は僕の目的のために、やるべきことをやるだけですよ」
「それはわかっています。ただこれだけは言っておかないといけないと思って…」
ルーは一度口を閉じ、少ししてからまた口を開いた。
「今回の目的は、あくまでも地竜討伐と貴族連合の抹殺であって救出ではありません。それに彼らの中には貴族連合が多い」
「つまり何が言いたいんだ?救出には手を貸さないといいたいのか?」
俺がそういうと、ルーは首を横に振った。
「そういうわけではありません。ただ…あなた方が助けたいと思う人以外は……殺させてもらう、そう言いたかっただけです。その条件を呑んでいただかなければ、僕は協力してあげれません」
「…見捨てろって言うのか。友や仲間、大切な人以外を」
カイルのその言葉に、ルーは下を向いて黙り込んでしまった。
その姿を見る限り、本心で言っているわけではないのはわかった。
立場上の問題、というやつだろう。そういうノルマなのかもしれない。
俺もその案は首を縦に振れない、と思ったが、よく今の状況を考えてみた。
ペピーから聞いた話だと、ここは死の森と言われていて、生存して人が出てくることはまずない。
もしここで沢山の人を助けたところで、そいつら全員とともに生きてこの森を出ることはできるのか?
…その可能性は限りなくゼロに近い。やってみようとも思わない。なぜなら、他人の命を守るために、自分が死ぬかもしれないからだ。
…ルーの意見に賛成するしかない。それが、ベストだ。
「俺はその意見に乗らせてもらおうと思う」
「洋一!?なぜ!?」
カイルは少し大きな声を出し、俺の方を掴み方を揺さぶった。
気持ちはわからなくもない。俺もそんなことやりたくない。
ただ、状況が状況だ。そうするしかない。
「考えてみろ。今ここで全員助けたとして、何人がここを無事に出ることができる?」
「それは……」
「そういうことだ」
「でも、何か他に方法があるかもしれないじゃないか!」
「では、カイルさん。今あなたはその作戦か何かを思いつきますか?」
ルーのその言葉に、カイルはそれは…と言って言葉を詰まらせた。
彼自身もわかっていたのだろう。助けることはもともとできないと。
「……わかった」
悔しそうな声で、カイルはルーの作戦を飲み込んだ。
「では、お互いに確認は取れましたし、すぐにでも作戦を実行します。ヘルガー!」
ルーはヘルガーと呼ばれている獣にそう呼びかけると、さっと近くに寄ってきた。
「お願いできますか?」
ルーのその一言に、バウ!と一声吠えると、その体が光りだし、やがてヘルガーは黒い弓へと姿を変えた。
あまりにも衝撃的な出来事すぎて、俺は開いた口がふさがらなかった。
「…驚いてないで行きますよ。僕が先に先行します。助けなければいけない人を助け出したら合図をください。その時点で任務を遂行します。では……はじめましょうか」
------------------------- 第88部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験8
【本文】
ルーの始めましょうかの一言で、俺は刀を、カイルは自分の獲物を構えた。暗かったので今まで見えなかったのだが、カイルの武器はどうやら槍のようだ。
ルーは俺たちが準備ができたのを確認すると、透たちが捕まっていて、魔物にあふれる場所へと歩いて進んで行った。あまりにも意外過ぎる行動に、俺たち二人は戸惑い慌て、急いで後に続き、攻撃と救出を開始しようとした。だが、それをルーは制するように左手を俺たちの方にかざし、少し待っていてください。心配しなくても、すぐに終わりますからというと、その広場に足を踏み入れた。ルーはすぐに発見され、すぐそばにいたリザードマンに剣を振り下ろされる。その瞬間だった。ルーの姿が俺たちの視界から一瞬消えた。いや、正確に言えば魔物の背後に移動したのだ。だが、それを俺たちは目で追うことができなかった。ヘルガーが弓に変身した武器を構え、ゼロ距離で頭に向かって弓を放つ。その放たれた弓の威力の大きさのあまり、リザードマンの首がその場ではじけ飛んだ。その場にいた生物の全てが視線をそれぞれ向いていた方向から視点をルーへと変えていく。
「二人とも!今です!」
その一声と同時に、俺たちは檻に向かって走り出し、他の魔物は一斉にルーを襲い始めた。個性のギアを使って一番乗りで檻にたどり着くと、状相破斬で檻をぶち壊し中に入って大声で叫んだ。
「透!林太!翔斗!無事か!?」
俺に続きカイルも檻の中に入ってきて自分の探している人の名を呼んだ。
「姫!ご無事ですか!」
すると、俺たちのその声に反応した影が四つあった。そのうちの一人が俺のいるところまできた。
「洋一!無事だったんだな!」
「お前こそ!透!さぁ残りの二人もつれて、この森を出るぞ!」
「二人ともこっちで気を失ってる!」
こっちだと言いながら、透は林太と翔斗のいるところへと向かったので、俺もその後を追った。
二人のもとに着くと、檻に寄っかかって、気を失っていた。体のところどころに魔物から攻撃された跡がいくつか見られる。すぐに簡単な治癒を済ませ、林太を背中にしょって透にも翔斗を背負って早くこの檻を出ようと急かした。カイルはもうとっくに助けたかった人物を助けたのか、もうすでに檻の外に出ていた。俺も早くしないと、ルーに迷惑をかけてしまう。透が翔斗を背負うのを確認すると、自分で作った檻の入り口まで走った。四人とも無事に檻を脱出する。
「ルー!終わったぞ!」
遠くで何十体もの魔物を相手にしているルーに呼びかける。
すると、今まで近距離でずっと魔物の頭を射抜いていたルーが何かを中心に差しそれを軸にして、あたりの魔物を乱れ撃ちして、ほとんどの魔物を片付けた。そして、手には先程までの弓とは違い、人一人分くらいの大きな弓を檻に向かって構えていた。矢の先端にルーの赤い炎がゆっくりと集まっていく。そして、その炎の輝きが一番強くなった時、ルーはその手から矢を離した。その瞬間、その矢の炎から無数の狼の化身のようなものが出現し、矢の進行方向にあるものすべてを焼き払った。
------------------------- 第89部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験9
【本文】
遠くから爆炎の音が響き渡った。もう戦闘を開始したんだ、と私は思った。
まだもう少し、ゆっくりとしていたかった。戦場に出ている間は、この気持ちを忘れてしまうから。
「何たそがれてるのかな~ユーリュ~」
「そうですよ~。まるで遠くにいる愛する人を思う人みたいになってますよ~」
「うるさいですよ。ナタリーさん、ウィッカ。最近は本当に忙しかったんですから…」
「…お墓を作るのに?」
ナタリーさんからその言葉を言われ、私は言葉を詰まらせる。
実際にそうだった。私はここ数日ずっと、あの人のお墓を作っていた。ずっとともに旅をしてくれると誓った、あの人のお墓を。
「…別に、……いいじゃないですか」
長い無言が続いた後、私はその言葉を喉から発するのが精いっぱいだった。
「まぁ、悪いとは言ってないんだけどね~」
「ただ、ナタリーさんはユーリュさんに戦場と日常に区切りを持てって言いたいんですよ」
「……わかってる…もう行くんでしょ」
「わかってるんならよろし~。さぁ行きましょうか、”サーシャちゃん”」
私はうなずくと、ナタリーの背中を追ってその場から移動した。サーシャが立ち去ったその場所にはゲッカビジンの花が、月明りに照らされて転がっていた。
ルーの放った矢は飛んでいったその場所全てを一瞬にして焼き払った。その矢の飛んでいた方に生きているものの気配は全く感じることができなかった。
先程の一撃で、ルーはすべてを消し去ったのだ。魔物も、人も。
その光景に、透は目の前の現実が信じられないとでもいうように、翔斗を背負ったままその場に立ち尽くしてしまった。
「ミッション、一つ目は終了ですね。……さぁ、皆さん。一度我々ギルド連合の陣に移動します。ここにいると、何が起きるかわかりませんしね」
「そうですね。洋一、ルーについて行きましょう。それならきっと、ここを無事に出ることができると思います」
「そうだな…」
というよりも、ルーについていく以外正直な話生き残る確率はほぼゼロに等しい。うまくいけば、この森も脱出することができるかもしれない。
カイルの提案に俺は少し考えた後うなずくと、ルーの後をついていくことにした。
「透、行くぞ」
「……うん…」
透は今だ目の前で起こったことが信じられないのか、心ここにあらずって感じだった。
きっと、初めてなんだろう。人や魔物の本当の殺意に襲われるのは。
でもそれは、誰もが通る道だ。…そしてきっと、こんなところを試験会場に選ぶくらいだ。これからこれ以上の事があっても、おかしくはない。だから、慣れなければいけない。この、非日常に。
俺は透の肩をポンと叩いて、行こうと促した。
それから一時間、透はそれから歩いている間、一言も言葉を発しなかった。
「少し、休憩しましょうか。皆さん」
前を歩くルーが、後ろを見ながら俺たちにそう言った。
確かに疲れてはいる、が別に休憩したいって程ではない。ただ透の顔を見ると、さすがに人を背負って一時間も山を歩いたので疲れていると顔に出ていた。
「そうだな、少し休むか。…俺も首が痛いし」
「僕の事を忘れてあんな危険な場所に置いていこうとした罰だッピ!」
「だからって、首に乗んなくそひよこ」
「くそって言ったッピか!?今僕の事くそって言ったッピか!?」
「お二人とも休憩なんですから少しは休んでください」
ルーから最もな指摘を受け、俺はため息をつきながらその場に林太を地面に一度寝かせ、自分も腰を下ろした。
その間もペピーは、このっこのっと俺の髪を引っ張っていた。やめろ、禿げる。
そんなことを思いながら、ペピーをむんずと掴むと、ルーの方に投げた。
正直こいつと居ると、色々と疲れる。分かってほしい。俺と居る時は常に頭の上に乗られ、何かあれば髪を引っ張る。そしてたまに抜ける。俺が一言口を出す。髪を引っ張られるのループだ。
何か俺の髪に恨みでもあるんですかねぇ、こいつは。
そんなことを思いながら、ペピーの方を見ると、弓から獣へと戻ったヘルガーに乗って遊んでいた。
…なんだろう、凄く文句を言いたいのだけど、言いづらいこの状況。
とにかく、先程の嫌な空気よりはましだ。…生きていると感じることができる。
そう言えば、カイルが助けた人の事を姫とか呼んでたな。少し聞いてみようかな。
「なぁカイル。お前の助けた姫って人はいったいどういう人なんだ?」
俺はそう言いながら、カイルのほうを向いた。
「あぁ…それは…すみません。名前を言うわけにはいきません。命を狙われてしまいますから」
「それもそうだな~。悪いな、変なこと聞いて」
「いえいえ、別に洋一が悪いわけではないので。…それにしてもルーさん、あとどのくらいで皆さんと合流できそうですか?」
「そうですね…人を背負っていくのなら、後大体三十分はかかるかと思います。皆さんが起きてくれれば、十分もしないうちにつくんですけど……」
そこまで言って、ルーは突然弓を持って立ち上がった。
それに俺たち二人もつられて立ち上がる。
ルーがあたりを警戒するように、ところどころに気を張り詰める。
そして、何かを見つけたのか弓を引くとその何かに向けて矢を放った。それと同時に、ルーの顔が一気に青ざめた。
「皆さん逃げますよ!ヘルガー!!」
その声から伝わる緊張感で何をルーが見たのか大体わかった俺は、急いで林太の元に戻り林太を担いで、逃げる準備をした。
「透!逃げるぞ!」
疲れ切っている透に呼びかける。しかし、疲れ切っていたせいもあってか、思うように体が動かせていない。
このままだと間違いなくその何かの餌食になる。だからと言って、助けたこいつらをここに置いておくわけにはいかない。
俺はその場に林太を寝かせると、逃げようとするルーたちとは反対方向を向いた。
「何してるんですか!あれは僕たちじゃ対処できないです!」
ルーの緊迫した声が聞こえる。あの強いルーがこれほど警戒している相手だ。それほどの相手なのだろう。
だけど、それが逃げて良い理由にはならない。
地面がドシンドシンと揺れて何かが近づいてくるのを感じる。そして、ついにそいつは俺たちの目の前に姿を現した。
黒々とした鎧のような鱗を持ち、何もかもかみ砕いてしまう強力な顎。それに、発達した大きな手。
見ただけで、あの時の恐怖を思い出した。
「……グレゴリアス…!!」
「くっ!カイルさん!戦闘準備です!」
「なぜここにこいつが!?」
俺たちの目の前に姿を現したグレゴリアスは、俺たち三人を視界に入れると点に高く吠え、そのままその大きく発達した拳を振り下ろしてきた。
その力が大きすぎるせいで地面が真っ二つに裂ける。
あんなものを一回でも喰らえば、死は免れないだろう。
その時、神器が強い光を放った。…どうやら、私たちで戦えと言っているようだった。
「…やってやろうじゃねぇかよ………あの時の…リベンジだ」
そうして俺は、風華と水連を引き抜いた。
------------------------- 第90部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
入学試験10
【本文】
近くで何かが力強く吠えている。それも忘れるはずもない声。十年前、私以外の何もかもを消し去った最も恐れるべき相手。でも、何でこんなところに…。
そう思った時だった。
「サーシャさん!姫の反応が、声の主の近くです!しかも、カイルが何かと交戦中っぽいです!」
「嘘でしょ!?」
「サーシャ!ウィッカ!他の連中も行くよ!」
ナタリーさんのその力強い声に私たちは引っ張られるように、私たちは声の元へと向かった。
神器を引き抜いたと同時に、自然と眼の力を開放したのが分かった。だが、凄く違和感がある。いつもは右目の方からしか感じない力が、なぜか両目から感じるのだ。しかも、属性がどちらとも違う。
これはいったい…
「洋一さん!避けて!」
ルーが俺に向かってそう叫んだ。
前ではグレゴリアスがその大きな拳を握りしめ、俺を叩き潰そうとしていた。
こんな危機的な状況なのに、なぜだろう。ちっとも恐怖を感じない。それに、この攻撃を止められそうな気もする。俺は左手に持つ水連を前に出した。
「シールド、展開」
俺のその一言で、水連から水のベールのようなものが出てきて、俺の体を完全に包み込んだ。
そのベールは綺麗な光を放つ水のようなもので作られていて、一瞬綺麗だ、と思ってしまった。
その時、ふんわりと何かの軽い衝撃を受けた気がした。どうやらグレゴリアスの攻撃が、この水のベールに当たったらしい。まるで、小さな子供からボールを当てられたようなそんな感覚。…これが、グレゴリアスの攻撃…?
「…弱すぎる!」
水連を一度後ろに引き、スラッシュをうつような感覚で、振りかぶる。
すると、その水のベールがその俺の行動に呼応するように剣先に集まり、グレゴリアスに向かって斬撃が放たれた。近距離でぶつけたせいか、グレゴリアスがその衝撃で後方に吹っ飛んでいった。
「…一気に仕留め……」
ギアを使って一気に距離を詰め、コアを破壊しようと思った時、視界がゆがみだした。
あれ……なんで前が……急に……。それになんかすごく…眠い…。
体が全くいうことを聞かない。そのまま俺は数歩前にふらつきながら歩いた後、前に倒れた。そしてそれを、誰かに受け止められた。
「洋一!しっかりしろ!よう……!……か……ろ!」
あぁ…誰か…呼んでる?でも……ごめん……少しだけ……寝かせてくれ。
そして俺はそのまま目を閉じた。
「洋一!洋一!」
「カイルさん!早く洋一さんを担いできてください!急いで逃げま」
ルーがカイルにそう言った時だった。洋一が吹き飛ばしたグレゴリアスが、胸のコアを表にさらけ出しながらも突っ込んできた。急いで弓を射ようとする、が距離、敵の速さ。絶対に間に合わない!
それでも、ルーは弓を放った。わずかな可能性に賭けて。しかしそれもあっけなく、コアとは少しずれた場所に矢が命中してしまい、その硬すぎる鱗のような皮膚にはじかれてしまった。
その時だった。ルーの視界に何か石のようなものが飛んできた。
「伏せて!」
女性の声が聞こえ、ルーはその指示通りに体を伏せると、目の前に飛んでいった石が光を放ち、大きな爆発を引き起こした。
「大丈夫?」
ポンポンと肩を叩かれてルーは振り返った。そこには自分と同じ年頃の少女がいた。
「あなたは……?」
「まぁそれは後にして~、あなたが……第五番隊の裏切りの弓隊隊長…だよね?ルタ・ローミー」
「……その名を…どこで……まさか!あなたが」
「はい、話は後で聞いてあげるから~まずは…お休み♪」
腹に一発強力な一撃を加えられ、ルーはそのまま意識を失った。
「さてと…ナタリーさーん、サーシャさーん。無事に一人保護しました~」
その少女、ウィッカは爆発が起きたほうに向かってルーの首根っこを掴みながら手をぶんぶんと振った。
「たっく…あの子は……あの子こそ、戦場と日常の区別をつけてもらいたいわね」
「まぁあきらめな。それにしてもカイルは何やってんだかね…気を失ってるじゃない」
「それは…サーシャ、お前のクオーツにびっくりして、気を失ったんだろう」
それと…なんでひろがここに?確かパチェリシカに向かったと聞いていたんだけど…。
「まぁ…今は…目の前の化物に集中しましょうか。コアは見えてるんだしね…」
サーシャはその場から上に向かってジャンプすると、両手に装備したペンデュラーを爆発で怯んでいるグレゴリアスに向かって投げつけ、体に巻き付けた。
「さぁてと………勝負は一瞬で決めるのが、家のギルドの戦い方だから……ね!」
サーシャはそグレゴリアスに巻き付けたペンデュラーを思いっきり引っ張った。それと同時にペンデュラーの先端についていたクオーツが、グレゴリアスのコア付近で一斉に起爆した。
大きな爆発音とともに、何かが砕けるような音とグレゴリアスの大きな咆哮があたり一帯に響き割ったったのと同時に、そこから強い気配を感じなくなった。
「…姫救出作戦…完了?でいいよね?ナタリーさん」
「そうね…ま、いいんじゃない?お疲れ様、サーシャちゃん。それで…この子たちどうしよっか?」
「運ぶに決まってるじゃないですか。さぁ、早く陣地まで戻りますよ」
私がそう言うと、ナタリーさんとウィッカはアイアイサーと言いながら、ギルドのほかの皆を動かして洋一たちを担いでもらい、そのまま私たちは来た道を戻った。




