71話~75話まで
------------------------- 第71部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
もう一人の私
【本文】
「大丈夫か!」
ドラゴンにのる女性は、その金に輝くその髪を片手で抑えながらこちらにそう問いかけた。
「ああ!大丈夫だ!それよりもあんたは?」
「…ただの通りすがりさ」
そう言って、女性はクラーケンの注意をひいて船から離れてくれようとした。
だが、どんなに注意をひいても、クラーケンが船から離れようとはしなかった。
この船にある何かを、取り返しに来たかのようにも思えた。
その間もしきりに触手は男どもを掴んでは、海にさらっていく。
このままだと、船のかじを切るおっさんまでもが狙われてしまいそうだ。
いったいどうすればいいのかわからなくなった時、風華がようやく俺に話しかけてきた。
「…何をこの程度の召喚獣にてこずっているのですか?さっさと倒してください」
「その魔物を倒す方法を……、ちょっと待て、今なんて言った!?」
「?召喚獣をさっさと倒してください?の部分ですか?…あぁ、なるほど。これが試練だと分からなかったんですね。なら、その対象者が外に出てきちんと戦い、力を証明するまでこいつは攻撃をやめませんよ」
「じゃぁその対象者は誰なんだ!?早くしないとさらわれた人たちが死んじまう!」
「それを私の口から言うことはできません。ただ…あなたも私たちの試練で体験したと思いますが…試練を行うものは対象者以外を決して殺しません。それに考えれば誰が対象者なのか普通わかりますよね?それでは、頑張ってください」
「ちょっと待て!?お前は手伝わないのかよ!?」
しかし風華から返事は返ってこなかった。
「くそっ!少しは手伝えよ!!こんちくしょう!!」
しかしこんなところでぼやいたところで始まらない。
風華の言う通りなのならば、この船に残っている船員の中に確実に試練の対象者がいるはずだ。
しかし、船上に残っているのはもう俺たちぐらいで、舵をとっているおっさんも今は友恵に守られている。
どうやら、船の上に対象者はいないようだった。
そこで、俺の頭に嫌な考えが一つ浮かんだ。だが、その考えはすぐに頭から消し去った。
ありえないと思ったからだ。室内に非難した三人のうちの誰かが対象者であるということを。
かといってこのままじゃ、本当に船が沈む。
ああ!ここが海じゃなくて陸だったらなぁ!そう強く思った。
その時、あの女性のドラゴンが目に入った。
海が誰かを呼んでいる。
キーは室内に避難してから、何かが頭の中に語りかけてきていた。
どこかで聞いたことがあるような…ないような、そんな声だ。
だけど、呼んでいるのは私じゃない。
なぜだろうと、キーは頭をひねりながら今ある知識で必死に考えた。
その時、
”声をよく聴いて。私はこいつの名前を言えるはず”
頭の中で声がした。あの時と全く同じ声だ。
…声?…名前?私はそんなの知らないよ。
私はその声と会話するように、頭の中で私が言いたいことを思った。
すると、
”いいえ、私は知っている”
そう返事が来た。
…なんで?…なんでそう言えるの?
私の頭の中は不思議で埋め尽くされる。頭の中のほとんどがハテナだらけだ。
そんな中、頭の中で響く声はこう答えた。
”それは…私が本物の私だからよ”
その言葉を聞いた途端、私は深い闇へと落ちていくような感覚に陥った。
そして…誰かと入れ替わったような気がした。
「通りすがりの女の人!頼みたいことがある!」
俺は飛んでいるドラゴンの背にのる女性に向かって、大声で叫んだ。
何度か叫んでみるが、全く気付く気配がない。
…仕方がない、イチかバチか飛んでみるか。
足に魔力を集中させ、個性のギアの魔法陣を足元に展開する。そして、飛んでいるドラゴンが通るかもしれない場所に向かって思いっきり地面をけった。
青々と広がる海の上を体が舞う。
だが、俺の予想した場所をドラゴンは通らなかった。
あ、これあかんやつや。海に体強く打ち付けて死ぬとかいうくだらないやつや。
やばいやばいと、空中でじたばたともがくがもちろんつかむものなどない。
そうしている間にも、水面は刻一刻と近づいてくる。
シールドでも張って何とか防げないだろうかと、馬鹿なことを考え出した時だった。
体が宙にふわっと浮く感じがした。
「…何馬鹿なことやってるんだ。少年」
「…すまん、助かった」
ドラゴンに乗っている女性が、何とか俺を掴んでくれたようだった。
女性に引っ張り上げてもらい、ドラゴンの背中に乗る。
「それで、しきりと私に何か叫んでいたようだが何の用だ?それと…私の名前はユキだ。そっちの方がいいやすいだろう。お前は何という名だ?」
「洋一だ」
「洋一…か、ならばひろとでも呼ぶとしよう。それでひろ、いったい私に何の用だ?」
「いや…ドラゴンの背に乗せてもらってそこで戦いたいな~…って思って」
「…それだけか?」
「うん、それだけ」
「……それくらいの事で、私を呼ぶなっ!」
そう怒鳴られ、ユキから重たい蹴りをもらい船の上に戻された。
「…馬鹿なことやってるからじゃん」
春香からそう言われ、言い返す言葉もなく、結局はここを守りながら戦うしかないのかとあきらめかけた時だった。
葵やパティが避難している部屋の扉が開き、そこから三枚の札のような何かを手にした、目が白く光るキーが出てきた。
------------------------- 第72部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
本当の私
【本文】
開いた扉からゆっくりと出てきたのは、謎のお札を三枚持った目が白く光るキーだった。
「キー…?」
いや、違う。先ほどまでのキーがまとっていた魔力と全くの別物の魔力を身にまとっている。
こいつは…一体…誰だ?
それよりも、中には葵が二人を外に出さないようにしていたはずだ。
俺はそちらの方が、気が気でなかった。
そんな中で、口を開いたのは春香だった。
「あなた…誰」
その問いに、キーらしき人物はこう名乗った。
「私の名前は、キー·ジュオン」
「ぜっっったいに違う!あなたはキーちゃんじゃない!!」
「それは…呪いのせいで……」
そんな緊迫とした会話をしている時に、タイミング悪くキーに向かってクラーケンの触手が襲いかかった。
しかし、キーはそれが近づいてきたのにも驚かず、三枚持っているうちの一枚を地面に置いた。
「第三術式、シールド、展開」
その言葉が発せられるとともに、地面に置いた札が光だし、キーを中心とした魔方陣を展開。
そして、キーを覆うようにシールドが展開された。
そのシールドにクラーケンの触手が衝突する。
だが、シールドが破られるような気配は全くなかった。
続いてキーは、もう一枚の札を地面に置いた。
「第八術式、……名前は…えっと……と、とりあえず、展開」
その瞬間、シールドに触れていたクラーケンの触手が突然消えだした。
いや、そうじゃない。さっきの…術…式?、で消滅させたのか!?
本当にこの子は一体何なんだ?
「あなたにはこれです」
そう言って、キーは俺に向かって最後の札を投げた。
その札は光ながら俺に近づき、そして俺の体にチョンと当たった。
「第一術式、テレポート、展開」
「は!?おい!ちょっとま」
その言葉を俺が言い終わる前に、俺はキーのテレポートでどこかに飛ばされた。
「……さて、邪魔者も居なくなりましたし……春香さん。あなたにお願いがあります」
「協力するとでも思う?それよりも、ひろをどこにやったの!」
「それは、すぐ近くですし戦闘から離脱させた訳じゃないので安心してください。あえて言うなら…空ですかね?」
「……空ぁ!?」
「それよりも、協力してください。…この状況を切り抜ける為の切り札があるんです。それまで…私を守ってください」
気が付けば、体全体を殴るような強風が俺の体を襲った。
それも、そのはず。ここはドラゴンの背中の上なのだから。
…ん?ドラゴンの背中の上…?
「貴様!どっからここにやって来た!?」
「待って!俺もよくわかってないから!頼むから俺の方にその弓を向けんな!」
「しかも…大変な時に来て…貴様死神か!」
「そんなんじゃないから!それより、大変な時って何が!?」
「見れば…分かる!それに丁度いい。立て!ひろ!私はマザーの方で手が一杯なんだ。だから…後ろを頼む」
「…後ろ?」
一体何があるんだよと思い振り替えると、そこには数えられないくらいのクラーケンの触手が、このマザーと呼ばれるドラゴンを捕まえようとしていた。しかも、めっちゃ伸びてるし…気持ち悪!
だがそんなこと考えている間に、一本の触手がマザーにとどきそうになっていた。
それをすぐに、刀で斬りつけ切断する。
「いい腕してるじゃん!」
「そりゃどうも!」
だが、会話をするのが精一杯になるくらい無数の触手が襲ってきたのでそこからは、厳しい防戦が続いた。
ドラゴンが空を飛び回っている。だがそんなもの視界には入らなかった。
切り札があるから守ってほしいといわれ、信頼はしていないがこの状況を切り抜けられるのならとうなずいた。
すると、キーは自分の親指に今あるすべての魔力を注ぎ込むと、その指で地面に魔法陣を描き出した。
まるで、いつもそうやっていたかのように手慣れた様子で。
そんなキーに向かって容赦なく触手は襲い掛かる。
それを思いっきり殴りつける。怯みはしたが、どうやらすぐに態勢を立て直してまた襲ってきそうだった。
私じゃこいつを怯ませることしかできない。かといって、地属性の魔法がここで使えるわけじゃない。
私にできることと言ったら…注意をひくことくらいしかない。
ならやってやろうじゃないの。これでも私は副団長にまでなった人間だ。こんなところで死んでいては、フリーテで別れた彼らに言い訳できない。
「やってやろうじゃない!!さぁ!来なさい!…私が相手よ!」
気合を入れ、神器を装着した時だった。
後ろから、いろんな属性の魔法が飛んできた。
「…春ちゃんだけに、戦わせるわけにはいかないからね」
「そうなのじゃ!これでもわしはこいつらの船長じゃ!……いつまでもあの時のように、守られてばかりではいけないのじゃ!」
「葵ちゃん!それと、あんたは出てきていいの?パティ?」
「問題ないのじゃ!これでもちゃんと戦えるようにはしてるのじゃ!」
そう言って、パティは右手を前に突き出した。
するとそこから、金色のハンマーのようなものが出てきた。
「神器…?」
そうとしか見えなかった。
だが、パティはその返答に首を振った。
「…これはわしの父上が……最後にくれた…遺品じゃ。そんなものが神器なわけないじゃろう?」
少し寂しそうな顔をして、パティはそう答えた。
なるほど、だからこの子は船長じゃなくて…お嬢って言われてたのか。納得した。
「…死ぬかもしれないよ?」
「今死ぬよりかは…ましじゃろう?」
「そうだね。よし、私たちが囮になるから葵ちゃん、援護よろしくね!」
「任せて!」
「…じゃぁ、行くよ!パティ!」
「望むところじゃ!」
------------------------- 第73部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
空と海の防衛戦
【本文】
空中戦なんて初めてだ。まだ、高いところから落ちながらの戦闘なら、いくらかやったことがある。
だが、幻と言われているドラゴンの背中に乗って戦うなんてこと一回も経験したことがなかった。
それもそのはず、2013年の現代ではすでにドラゴンは滅んでいるのだから。
正確に言えば、1525年の出来事の世界崩壊で滅んだらしい。俺の記憶が正しければ、教科書にはそう書いてあったはずだ。
まぁ、そんなこと今はどうでもいい。手を動かしているほうがまだましだ。
そんなことを思いながら、迫り続ける無数の触手を斬り続ける。だが、斬っても斬っても状況は変わらないどころか、触手が増えるという最悪の展開に進んでいる。
しかも、おかしいことにこの触手ずっとついてくる。
普通なら、人の腕にも長さがあるように限界がある。
なのに、この触手はまるで伸び続けているかのように、ドラゴンの後を追ってきた。
流石に数も増えてずっと追いかけてくるので、俺の体にも限界が来ていた。
「ユキ!俺にはもう無理だ!…数が多すぎる!」
「それくらい何とかしろ!」
「それができれば、助けなんて求めないと思うんですけど!」
そんなことを言いながら、迫りくる無数の触手に水魔法のスプラッシュを当てる。
攻撃魔法は、そんなに得意な方ではないから当たっても相手を怯ませることしかできなかった。
くそっ!本当にヤバイ。すぐ目の前まで死が迫ってきているのを肌で感じる。
どうにかして、これに掴まれないようにあがかなければいけない。
そんな時だった。
「…ひろ。少しだけ…この子の指揮を頼む」
先程までドラゴンの指揮の指揮をとっていたユキが、俺に手綱をよこすと俺と立ち位置を交代した。
「俺どうやって指揮取ればいいのかわかんねえぞ!」
「それは、大丈夫だ。マザーが勝手に動いてくれる。ただ、手綱だけ握っていてくれればいい」
そう言うと、ユキは持っている金の弓を構えた。
矢もないのにどうやって弓を射るんだと思ったが、矢をひく動作をするとともに、魔力で作られた一本の光の弓矢が形成された。
そしてそれを空中に向けて放った。
「裁きを受けよ!ディバインレイ!」
その言葉をユキが言ったとたん、魔力で形成された矢がはじけ飛び、空中に巨大な魔法陣を作り出した。
そしてその魔法陣から、大量の矢が触手に向かって高速で落ち触手がそれに触れると、触手が消し飛んだ。
今の魔法は葵が使える光魔法…と同じものか?
「こんなところか。ほら、場所変わって」
そう言ってユキは弓をしまうと、俺と場所を入れ替わった。
「意外と何とかなるもんだろう?」
ユキにそう問われ、あんなものを見せられた俺は苦笑してそう答えることしかできなかった。
その時、船の方から霧のようなものが出て来たかと思うと、ある程度離れた場所にいる俺たちもそれに巻き込まれた。
「せりゃぁー!」
力強い声で触手に向かってハンマーを振り下ろすパティ。
意外なことにこれがよく効いている。なぜなのかはよくわからないけれど。
「春ちゃん!三本来たよ!」
「わかった!」
葵からそう指摘され、パティの方を向いていた私は、改めて襲い来る触手に集中する。
キーが守ってほしいといわれてからすでに十分経つ。魔法陣を書くくらいならこれほどの時間はかからない。
キーの言う切り札というのは、相当の物なのかもしれない。
とりあえず、目の前に来た三本の触手を破砕拳でまとめて吹き飛ばす。
私の技は、クラーケンにとって有効な技ではないのでダメージが本当に入らない。
「葵ちゃん!今だよ!」
「任せて!」
葵ちゃんに合図を出して、私は後ろに引く。
その後、すぐに葵ちゃんが私の吹き飛ばした三本の触手に向かって光魔法を放つ。
三本中二本に命中し、当たった触手はある部分まで消滅した。
その攻撃が効いたのか、クラーケンがまた奇声を上げた。
「もう!きりがない!」
「だけど、手を止めたらだめだよ!」
そう言いながら、葵ちゃんは今度はパティを援護していた。
本当に葵ちゃんは、凄い。私なんかとは大違い。
…ひろと、生き残ってきただけの力を持っている。
…駄目だ私。こんなこと考えちゃいけない。夜さんにも言われたじゃんか。
周りを気にしていては、本当に自分が身に着けたい力を身に着けることができないって。
一度自分の顔を叩いて、今一度自分の役割について考える。
自分の役割は、誰かの盾になることだ。
誰かを守ることこそが、今私に求められている力だ。
「離すのじゃ!このっ!このっ!」
その時、パティの足が触手に捕まり宙に吊り下げられた。
そしてそのまま触手は、パティを海へと引きずり込もうとした。
気が付けば私は、吠えながらパティに向かって走り出していた。
そして、その思いに呼応するように胸につけている幻霊石と神器が光りだした。
その拳を、パティを掴んでいる触手に全身全霊を注ぎ込みぶつけた。
拳を思いっきりぶつけたその場所から、触手は光の散りとなって吹き飛んだ。
そして、その後落ちてきたパティを受け止めた。
「た…助かったのじゃ…」
「どういたしまして」
受け止めた後、幻霊石と神器から発せられていた光は、花がしぼむように消えてしまった。
今のは…いったい…何?
「…できた」
その時、キーの魔法陣が完成した。
それと同時に、力尽きるようにキーはその中心で倒れこんだ。
その瞬間、魔法陣が光りだし、一面を濃霧で覆いつくした。
一歩先すら見えないその濃霧の中、キーが呼び出したと思われる何かが空を泳いでいた。
こんな前が見えない状態では、ユキもドラゴンを動かせないようでただじっとその場にとどまっていた。
その時、何かが俺たちの前を横切った。
そいつを俺は、どこかで見たことがあるような気がした。
そうだ…あれは…変な場所に行った時だ。
そう思った瞬間、俺の付近の霧が突然吹き飛んだ。
そして、そいつは俺たちの前に姿を現した。
------------------------- 第74部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
想いは届かず、契約は途切れる
【本文】
でかすぎる。それがそいつの第一印象だった。
あまりにもでかすぎるその白い巨体。
驚きのあまり、声が出なかった。
だが、そんなことが起こってもユキは体の動きを止めなかった。
ドラゴンをいきなり旋回させ、移動中に光の矢を何本もそいつに向けて放つ。
突然そんな動きをされたので、俺はドラゴンから振り落とされ、運よく船の上に落ちた。
戦闘のダメージよりも、落下ダメージの方ばかりもらっているので、衝撃吸収の魔法が使えるようになりたい。
体を打ち付けた場所にクイックヒールをかけながら、そう思った。
「…なんでまた落ちてきてんの」
「だ、大丈夫?ひろ君」
「…まぁ…一応。それよりも、あのでっかいのはなんだ?敵か?」
「いや、違う…と思う。…多分…キーちゃんの」
春香がそこまで言いかけた時、船に向かって何かが落ちてきた。
このままの場所にいると、巻き込まれそうだったので友恵のいる場所まで避難した。
直後、甲板にドラゴンとユキが落ちてきた。
急いで、落ちてきた雪に駆け寄り生存を確認する。
呼吸は乱れておらず、どうやら気を失ったという感じだった。
「…全く。仮にも神に近いこの我に手を出すとは……己らで呼び出しておきながら一体何なんだ。なぁ…元主よ」
空から声が響いた。
「我は長い間そなたの帰りを待った。だが、そなたは帰るのが遅すぎた。遅すぎたのだ。我々はもうつながってなどおらぬ。……だが、呼び出された以上、主の願いを叶えないわけにはいかぬ」
空から聞こえたその声は主と哉ばれる誰かにその言葉を残した。
次の瞬間、真横でクラーケンの弱弱しい鳴き声が聞こえた。
そしてそれと同時に、視界を奪っていた霧が突然晴れた。
そうして俺たちの目に映ったのは、白く輝く肌を持った鯨だった。
そいつはゆっくりと船に近づいてくると、口を大きく開け、中にあったものを全て甲板に吐き出した。
それは、海にさらわれた野郎どもだった。
「…そなたの最後の願いは叶えたぞ、我が主よ」
目の前の鯨がそう言った時、春香に抱きかかえられて気を失っていたキーが目を覚ました。
そして、目の前の鯨を見るなり、怖がってぴょんと立ち上がると、近くにいた友恵の後ろに隠れてしまった。
その反応を見て、鯨は少しがっかりしたようなため息を吐いた。
そして、さらばだ、と一言のこしそのまま海の中へと消えていった。
気が付けば目の前には目標とする街が見えていた。
……何とか全員、死なずに生き残ることができた。
------------------------- 第75部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
騒がしい団長さん
【本文】
船が街に着くと帰りを待っていたかのように、一人の女性がこちらに走ってきて春香を抱きしめた。
「もーーーー!!心配したんだからー春香!」
「す、すみません…団長…」
その人の事を春香は団長と呼んだ。…ん?団長?
「…もしかして…この人って…」
「あ、ひろたちにはこの人の事紹介してなかったね。この人が私の所属する場所の団長で、私にいろいろな技を教えてくれた師匠でもある方だよ」
「もう~春香~照れるわよ~そんな紹介~」
「………」
あまりにもその強烈だったその光景に俺たちは開いた口が閉まらなくなった。
そんなこんなで、春香が団長というその人といろいろとその場で話した後、基地においでと言われたのでお言葉に甘えさせてもらい、ついていくことになった。
まぁ怪我人の方が多かったので、どちらかといえばそちらの方がありがたかった。
とりあえず、怪我した野郎どもを基地の中に入れて、回復をしようとしたが、団長といわれる人から回復は後にしてまずは休みなさいと言われた。
確かに今日はもうくたくただった。
その言葉に従い俺たち全員は仮眠室で休憩することになった。
そこで俺は、力尽きるようにベットに寝ころび、そのまま深い闇へと落ちていくように寝た。
「…久しぶりね。風華」
「……お久しぶりです。夜。しかしあなたは、どうやってこの世界に…」
「私たちはこの世界に入るとき、何かを失うか手に入れるかしなければならなかった。キーは新しい自分を作り出されたみたいね」
「…それで…あなたは…」
「…私はね…自分の命を代償に、この世界に入ってきてるの……つまりは…もう、死んでるの」
突然響いたその言葉で、俺は眠りから目覚めた。
「…夢?」
いや、夢にしてはあまりにもリアルすぎる光景だった。
まるで、霊体にでもなってその話を聞いているような、そんな感じだった。
寝る前に近くに置いた、水連と風華を確認する。
その二本とも、俺が寝る前に置いていた場所にあった。
そりゃそうだよな。こいつらは俺が呼び出さないと、普通は実体化しないんだし…ありえないか。
そうだそうだ。きっと疲れてるせいで変な夢でも見たんだろう。
寝ていたベットから立ち上がり、背伸びをした。
体に少しけだるさを感じた。
どうやらかなり長い時間寝てしまったようだった。
寝すぎて疲れるなんて久しぶりだな。そんなことを思いながら周りを見渡すと、近くで寝ていたはずの葵たちがいなかった。
どうやら俺だけが寝すぎてしまったらしい。
休憩所を出て、おぼろげな記憶を頼りに道を進んで行くと、何とか広い場所に出ることができた。
そこに全員集まっていた。
「おっ?寝坊助の馬鹿がようやく来た」
「ひろ!おぬしは子供か!わしのほうが年下なのに早起きじゃったぞ!」
「…寝すぎ!だめ!早く!起きる!」
「そこまでさんざん言いますかね……」
起きて早々、パティやキーに散々と言われ、春香には昔のように寝坊助馬鹿と言われ、葵はユキと何かを話していて、友恵は遠くの方で壁に寄り掛かって何かを考えこんでいた。
なんかこうやってみると、いろんな人間がまた集まったなと思った。
しかしそんな考えも、パティやキーの説教のようなお騒ぎに付き合ったせいで、全部吹き飛んでしまった。
それらが終わり、ようやく解放されたかと思うと、騒ぎ足りないのかパティがまだ話しかけてきた。
「なんだなんだ…まだ騒ぎ足り何のか?」
「いや…主と最後に話をしたかったのじゃ。だからこうして、主が起きるまで待ってたんじゃが…こうして時間を無駄に使ってしまったから、もう話す時間がないのじゃ」
「……そういう言い方をするってことは…もう船出するのか?」
俺がそう尋ねると、パティはうなずいた。
「そっか…。ここまで運んでくれてありがとな。パティ」
「礼を言うのはこちらじゃ。仲間を皆助けてもらったのじゃしな」
…助けたのは俺じゃないような気がするけど…。
それにしてもそうだったな。こいつらはこっちのほうに用事があるから、船を出したんだもんな。
「次会ったら、もっとうまいもの食わしてやるよ」
「ほんとか!?…なら、次会った時に期待しとくのじゃ!…じゃぁ…またなのじゃ!」
そう言って、パティは野郎どもを引き連れて基地を後にした。
「なら私もこれでお暇させてもらおう。時間を空けすぎてしまっているからな、急いで報告に行かねばならない。それでは」
そう言って続いてユキも出ていった。
残ったのは、俺ら五人と団長と呼ばれている人だけだった。
…あれ、そういえば…ここについてから、俺たち以外の人間を誰一人見ていないような気がするんだが…。
「はいはいー。みんなー。ちょ~と、こっちに集まってね~」
そんなことを思った時、団長と呼ばれている人から俺たちは呼び出された。
何の話をされるんだいったい…。
そう思いながら、俺たちは呼ばれるまま団長の後を追った。
少し時間が過ぎ、空中都市、スカイピア
「…遅いっ!何をしていた貴様は」
そう言って王は私に手に持っていたグラスを投げつけた。
中に入っている酒が、私の衣服や鎧にかかる。
だが、そんなことをされても、この偽りの王の前では耐えなければならなかった。
全ては…妹のために。
「貴様の妹を、私のコマにしてもいいんだぞ!」
「………申し訳ございません……王よ」
下唇をかみしめながら、その言葉を言うのが精いっぱいだった。
誰でもいい。どうか私たちを……この空を救ってくれ。
救いも何もない空に向かって、ただ叶わない願いを願った。




