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Wild Blend Sharp  作者: 雪海月
7/9

第七話 無精隊長と人見知りっこ

 ノックの音にジェイドは目を覚ます。時計を見るが、まだ起床の時間にはなってない。

そんな時間に訪ねてくることを疑問に思いつつ、ドアを開ける。

そこに立っていたのは艶やかな黒髪をオールバックにした美しい女性。

年は若いが、大人の女性である。瞳も黒く、一見では人間にも見える。

しかし、頬にはスレイトの隊のフェイスペイントがされていた。

種類はラウディと同じことから、四番隊の副隊長だとわかる。

「こんな時間に何の用ですか?」

「朝食が終わりましたら、そのままお待ちください。私が隊長のところへご案内します」

 それだけ言うと頭を下げ、女性はいなくなってしまう。

女性を見送り、ジェイドは後頭部を掻く。

以前のように日が昇る前ではないが、起床の時間としては早い。

二度寝するには時間がなく、朝食をとるのも早すぎる。

自由時間であるため、バラック内を散歩することにした。

 しばらく歩いていると、突然服を引っ張られる。

何事かと振り返れば、少女が立っていた。ピンク色の髪と瞳をした可愛い女の子。

年はイグニアスの妹・ラウディと離れていないように見える。

女の子はジェイドを見上げ、今にも泣きそうになっていた。

「どうしたの?」

「まよった……」

「何処に行きたい?送るよ」

 幸い、迷っていいように地図を持っていた。

ジェイドの問いに少女は「女子宿舎」と答える。

女子宿舎はグランドを挟んで男子宿舎の向かい側。

食堂からは離れてしまうが、朝とはいえ少女を一人にするのは気が引けた。

「じゃあ一緒に行こうか」

「うん!」

 不安が無くなったのが少女が笑顔となる。その笑顔は可愛らしく、ジェイドもつられて笑顔となった。

バラックは軍であるために男ばかりであり、女の子と会うことは滅多にない。

自然とジェイドは女の子へ話しかける。

「君も軍に所属してるんだよね。何処の隊?」

「……五番隊」

「じゃあ、僕と一緒なんだ。僕が正式に五番隊になったら会えるかもね」

 ジェイドの言葉に少女が困惑の表情を浮かべる。

そして、ジェイドにお礼を言うことなく、逃げるように走っていってしまう。

あまりにも突然で、ジェイドは唖然としてしまった。

追いかける理由もなく、ただ少女を見送る。

 そうしているうちに朝食の時間となり、食堂で食事をとった。

言われた通りに食事が終わった後に待っていると、今朝の女性が現れる。

「食事は終わりましたか?行きますよ」

「はい。あの……副隊長さん?」

 副隊長はさっさと歩き始めようとする。それをジェイドが止めた。

呼びとめられたことに副隊長は怪訝な表情を浮かべている。

「何でしょうか」

「副隊長さんは名前を教えてくれないんですか?」

「必要ありません。特殊暗殺部隊の副隊長。それだけで名乗りとして十分です」

 それだけ言うと再び背を向けて、歩き始めてしまう。

雰囲気からして副隊長は会話を拒絶しているようで、話しかけることもできなかった。

会話がないまま連れて行かれたのは、訓練場。

訓練場は隊ごとにわかれていて、四番隊専用の場所であった。

副隊長は案内が終わると頭を下げていなくなってしまう。

 スレイトはジェイドに手の平サイズの刃物を渡す。

それは俗に言う手裏剣であった。

「特殊暗殺部隊は基本的に銃は使わない。何故か分かるか?」

「音が出て、暗殺とならないからですか?」

「そうだ。そこでこれを使い、敵の喉を斬り裂く。声を出させないためにな。あの的に向かって投げてみろ」

 スレイトに言われて、ジェイドは前方にあった的へ手裏剣を投げる。

投げ方も教わっていなかったというのに、ジェイドの投げた手裏剣は的に当たった。

さすがにど真ん中とはいかなかったが、外れていない。

そのことにスレイトが満足気に笑みを浮かべる。

「なかなか筋がいいな」

「ありがとうございます」

「もっと鍛えれば、私をも越すかもしれないな。四番隊に興味はあるか?」

 イグニアスといる時には見せなかった笑みを見せるスレイト。

そのことに多少戸惑いながら、ジェイドは苦笑する。

「まだ他の隊を見ていないので何とも言えません」

「そうか。四番隊への入隊も視野に入れてくれ」

 発言からスレイトに気に入られていると分かる。それは素直に喜べた。

しかし、簡単には四番隊を選ぶことはできない。

他の隊も見ていないこともあるが、四番隊は特殊暗殺部隊。

つまり、殺しを主体とする部隊。

隊長であるスレイトに気に入られても気軽に入れる隊ではなかった。

 一週間の四番隊・特殊暗殺部隊への仮入隊が終わり、次は三番隊・軍務軍法研究部隊の番となる。

しかし、その前に一旦五番隊へ戻る。

一週間ぶりに再会したイグニアスは、女王と会う前の明るい笑顔を浮かべて迎えてくれた。

「よぉジェイド、スレイトのところはどうだった?」

「いい勉強になりました。スレイト隊長が優しく勉強を教えてくださいました」

「えっ、マジで?スレイトが優しかったのか?」

 ジェイドの言葉が信じられないらしく、イグニアスが眉間にシワを寄せている。

イグニアスが眉間にシワを寄せるのも頷けた。

少なくともイグニアスと共にいるスレイトは言葉が少なく、常に無表情。

そのような人物を優しいと表現することは滅多にない。

「スレイト隊長はいい人でしたよ」

「悪い奴とは思ってない。でも、俺は一度も優しくされたことないぞ」

「そうですか」

 スレイトの普段はイグニアスと共にいる時。ジェイドと共にいるスレイトは何処かがおかしかった。

それを通常だと言い通すつもりはなく、ジェイドは追及しなかった。

 昼食の時間となり以前と同じように、イグニアスと共に食事をとる。

もちろん、そこにはスレイトの姿もあった。

スレイトもジェイドが仮入隊する以前と変わらず、無表情で黙々と食事をしている。

しかし、ふとスレイトが口を開く。

「イグニアス、明日からジェイドは三番隊に仮入隊はずだ。もう隊長殿には会わせたのか?」

「いや、まだ。そのうち会うからいいだろ」

「ウィズダム隊長は自室に篭っての研究を好んでいるはず。一週間のうちに会えると思うのか?」

 スレイトの言葉にイグニアスが納得したようだった。

しばらく黙り込んだ後、深くタメ息をつく。

「ジェイド、三番隊の隊長に会わなくてもいいよな」

「え、会わせてくれないんですか?」

「三番隊の隊長はさっきスレイトが言った通り、自室に篭って研究している。会いに行くのが面倒」

「そんなこと言わずに会えるなら会わせてください」

 イグニアスに面倒だと言わせる隊長。会ってみたいという気持ちに駆られ、ジェイドは渋るイグニアスに頼む。

少し嫌そうな顔をしながらも、イグニアスは会わせることを承諾した。

 食事が終わり、スレイトと別れて三番隊の研究所へと行く。

隊長は自室に篭っているといっても、本来いるべき場所は研究所。

そのいるべき場所にいた時のことも考えて、そして自室にいるということを確認のために研究所を訪ねた。

研究所といっても軍務も行う場所であり、人の出入りが激しく人自体も多い。

そんな中からイグニアスは的確にある女性を呼びとめる。

呼びとめた女性は水色の長い髪をした若い女性。

振り返った顔は少女といえるほどに若い。

イグニアスに向けた表情は不安そうなものであり、身を守るかのように口の前で拳を握っている。

しかし、それはイグニアスが見知らぬ人物であるためにとっている態度ではなさそうであった。

「私に……御用でしょうか……」

「ラーヴァさん、いる?」

「……いません」

 声は小さいが可愛い声をしていた。軍の外であったなら見た目を売りに仕事もできるほどの可愛い見た目でもある。

そんな女性にイグニアスがわざわざ話しかけたことに、ジェイドは不審に思ってしまう。

「イグニアスさん、ナンパはやめてください」

「ナンパじゃねぇよ」

「なら、こんな可愛い人にわざわざ話しかけることないじゃないですか」

「バカ」

 呆れたように言い、イグニアスは女性の頬を指差す。

「よく見ろ。フェイスペイントしてるだろ」

「え?」

 言われて、女性の頬を見る。口の前で拳を握っていたため見えづらかったが、確かにフェイスペイントをしていた。

種類はラウディたち副隊長と同じであり、Ⅲのフェイスペイント。

つまり三番隊の副隊長ということを示している。

「この人は三番隊副隊長、フィーチャ。隊長のことを聞くには一番なんだよ」

「そうですか」

「ごめんなさい……私が副隊長らしくないから……」

 今にも泣きそうな顔で言われ、ジェイドはすぐさま首を横に振る。

「僕がいけないんですよ!フィーチャさんは悪くありません」

「おいおい、俺のことは最初は意地でも隊長って呼んだのに、フィーチャのことはさん付けかよ」

「イグニアスさん!」

 ちゃちゃを入れられ、ジェイドが大声を出す。

そのことにイグニアスは目を丸くした後、不敵に笑う。

「大声出すなよ。フィーチャが驚くだろ」

「すみませんね。でも、イグニアスさんが子供みたいな嫌味を言うからですよ」

「事実だろ。そうそうフィーチャ、ラーヴァさんはいつもみたいに自室にいるよな?」

「はい……ご案内します……」

 そう言うとフィーチャが歩き始める。二人はその後についていく。

連れて行かれたのはイグニアスも住む隊長の宿舎。

エレベータを使い、その三階へ到着する。

そして、チャイムを鳴らすことなく鍵を使い、ドアを開けた。

部屋の中は電気がついておらず、カーテンが閉められていない窓からの光のみ。

作りはイグニアスの部屋と同じであり広く、本棚で壁が見えない。

さらには床に積み上げられた大量の本によって、まともな足の踏み場が無かった。

フィーチャはそんな本を退かし、道を作る。

その先に男がいた。床に直接寝ころび、イビキをかいている。

白衣を着ているが、白衣という名ばかりとで白さを失われていた。

フィーチャはその男に近づき、膝をついて声をかける。

「ラーヴァさん……クレイヴ隊長が来てます……。起きてください……」

「ん~、イグニアスが?」

 体を起こし、イグニアスたちの方へ顔を向ける。

そうすることで男の全容が分かる。色は紺碧の寝ぐせがついた少し長めの髪。

前髪に隠された髪と同色の虚ろな瞳。顎の輪郭が確認できないほどに伸びた髭。

目元には微かに年を感じさせるシワ。

男は欠伸をしながら、ずれてしまっていたメガネを直している。

とてもではないが、隊長には見えない。

「ん?そいつ、誰だ?」

 ジェイドの存在に気付き、男が目を細めた。

男の言葉にイグニアスが苦笑する。

「特別入隊したジェイドですよ。連絡入ってたでしょ」

「知らん……」

「知らんって。フィーチャ、ちゃんと伝えただろ?」

 フィーチャが何も言わずに頷く。そのことに男がめんどくさそうに頭を掻いた。

「今度、三番隊に仮入隊するのか?」

「今度というか明日からですよ。っていうかラーヴァさん、フェイスペイント消しちゃダメです。たださえ隊長に見えないのに」

「わかった、わかった。準備してくるから部屋でも掃除しててくれ」

 男はそういうと洗面所に姿を消す。それを見送り、イグニアスは床に置かれた本を本棚に入れ始める。

ジェイドもそれを手伝う。床に置かれているのはハードカバーだけではなく、雑誌もあった。

雑誌と言われてもゴシップや娯楽なものではなく、軍事産業について特集されたもの。

置かれている本は見る限り、全て軍事に関係したものであった。

 ある程度、本を本棚に入れたところで洗面所から男が出てくる。

その男の姿を見て、ジェイドは目を丸くした。

男に先ほどまでの髭はなく、キレイに剃られている。

それだけではない。ボサボサだった髪は整えられ、虚ろだった瞳はしっかりとしていた。

男は微笑み、ジェイドの握手を求めてくる。

「改めて、俺は軍務軍法研究部隊隊長、ラーヴァ・ウィズダム。そこにいるのは副隊長のフィーチャ。よろしく」

「は、はい」

 片づけたとはいえラーヴァの部屋は乱雑で話には適していないということで、バラック内にある喫茶店へ向かう。

その途中で、仕事があるということでフィーチャは別れた。

喫茶店に入り席に着くと、ラーヴァは懐からタバコを取り出す。

その様子をジェイドが眺めていると、ラーヴァがタバコを差し出してきた。

「ジェイド君も吸うかい?」

「いえ、遠慮します」

「そうかい。吸うけどいいかな?」

 頷くとラーヴァは笑みを浮かべ、「悪いね」と一言。喋り方が明らかに髭が生えていた時と違う。

姿も若々しく見え、さきほどまでの中年と同一人物とは思えない。

そんなことを考えながら見つめていると、ラーヴァが苦笑する。

「俺の顔に何か付いてる?」

「いえ……、あの、本当にさっきの人ですか?」

「うん、そうだよ。髪と瞳の色はもちろんのこと、メガネだって同じだろ」

 そう言われても雰囲気が全く違う。

納得できていないジェイドの様子に、イグニアスが意地の悪い笑みを浮かべた。

そして、予告することなく、ラーヴァの髪をくしゃくしゃと乱す。

そうすることで髪がボサボサとなり、ラーヴァが不機嫌となる。

その様子が髭がないものの整える前と同じであり、同一人物だと納得できた。

ラーヴァはすぐに髪型を直し、イグニアスの頬を引っ張る。

「どういうつもりだ、イグニアス。お前は怒られるのが好きだったか?」

「違いますよ。ジェイドの悩みを消してあげようと思って」

「そうか。なら、許す」

 悪気のないイグニアスに怒っても意味がないと思ったのか、ラーヴァは浅くタメ息をついた。

しかし、ジェイドの方へ向くと笑顔となる。

「ジェイド君は特別入隊だよね?」

「はい、そうです」

「でも入隊筆記試験は受けたんだよな。総合点はいくつだった?」

 入学試験は四教科あり、母語・数学・歴史そして心理。

心理というのは心理状態検査のことであり、勉強してどうにかなるものではない。

一教科百点満点であり、ジェイドの得点は三百八十六点であった。

そして、一般教養である母語と数学は百点である。

そのことを伝えるとラーヴァが笑みを浮かべた。

「すごいじゃないか!是非とも三番隊に入ってくれよ」

「スレイト隊長にも四番隊に誘われました」

「スレイトに?そいつは珍しい」

 今回は顔合わせだけのため、ラーヴァはすぐに席を立つ。

「俺は部屋に戻る。イグニアスも一緒に帰るか?」

「いえ、この後はジェイドと一緒に買い物行きますので」

 買い物の約束などしていない。しかし、イグニアスがラーヴァと一緒に帰るのが嫌で嘘をついたようには見えなかった。そのため、何も言わずに二人の会話を眺める。

「ジェイドは部下に任せる。俺は部屋にいるから、用があったらフィーチャにでも言ってくれ」

「ラーヴァさんも携帯端末持てば楽なのに」

「そんなことしたら、部屋に篭れないだろぉ。だから俺は持たない」

 悪戯っぽく笑い、ラーヴァは店を出て行く。

それを見送り、イグニアスは笑みを浮かべる。

「じゃあ、行くか」

「行くって何処にですか?」

「買い物行くって言ったろ。仮入隊で必要なものを買うんだ」

 そう言うとイグニアスはジェイドをバラック内にある雑貨品が売られている店に連れていく。

商品を見ながら、イグニアスが三番隊のことを説明する。

「ラーヴァさんを見て分かったと思うけど、三番隊は自分の世界に入りこむ奴が多い。だから暇つぶしに……」

 最後まで言わず不敵な笑みを浮かべて、一冊の本を手に取る。そして、本をジェイドに見せた。

それを見せられた途端、ジェイドが紅潮する。

「な、な、何て本を買おうをしてるんですか!!」

 明らかに動揺しているジェイドの様子に、イグニアスが苦笑する。

「何て本て、普通にグラビア本」

「信じられません!」

「おいおい、そこまで嫌がんなくても。男なら一冊ぐらい持ってるだろ」

「!!」

 ジェイドの表情が険しいものとなり、何も言わずに走り出す。

イグニアスが呼びとめても、一切を無視して店を出た。

 自分に入り、ベッドへ寝ころんで額に手を当てる。

初めてイグニアスの気さくさに不快を覚えた。

一人で熱り立っていると、訪問者を告げるノックが鳴る。

居留守しようかと思ったが、イグニアス以外であったら悪いため起き上がりドアを開けた。

訪問者はアンジャストであり、事情を知らずに笑顔でいる。

しかし、ジェイドの様子に困ったように首を傾げた。

「ジェイド、怒ってる?」

「少し。すみません、せっかく来てくださったのに。どうぞ、あがってください」

「お邪魔します」

 アンジャストを招き入れ、ジェイドは茶を淹れた。それを受け取り、アンジャストは優しく微笑む。

「ジェイドが怒るなんて、余程のことがあったんだよね。よかったら、聞かせてくれるかい?」

「………アンジャストさんは女性の裸は好きですか?」

 ジェイドの問いにアンジャストは目を丸くし、困ったように頷く。

「まぁ、それなりには好きだよ」

「男なら、そういう女性が写っている本を持っているのは当たり前ですか?」

「………怒ってるのはそれが理由なのかい?」

 ジェイドは頷き、少しばかり瞳を鋭くさせる。

「イグニアスさんが、男なら一冊ぐらい持ってるなんて言ったんです。でも、僕は持っていません」

「ジェイドは女性には興味ないのかい?」

「………僕はここに来るまで、普通の人のような生活をしていませんでした。興味とか好きとかいう以前に触れたことがありません」

「だから、怒ってるんだね」

 浅くタメ息をつき、アンジャストは自らのアゴに手を当てる。

「五番隊の隊長さんは、ジェイドが軍に入る前の生活のことを知っているのかな」

「たぶん、少しだけなら知っていると思います」

「でも、完璧に知ってるわけでもないだろうし、悪気もなかったと思うよ」

 そう言われても、ジェイドは納得いかない様子であり、表情を曇らせていた。

アンジャストは微笑み、ジェイドの顔を覗きこむ。

「オレの予想だけど、五番隊の隊長さんはジェイドと友達になりたいんだよ。じゃなきゃ、部下にそういう本は勧めないさ」

「そうですかね」

 納得はいかなかったが、アンジャストに話を聞いてもらったことでジェイドの怒りは治まっていた。

その様子にアンジャストは笑みを浮かべる。

「ねぇジェイド、これから遊びに行かない?」

「何処にですか?」

「バラック内のゲーセン。バーチャル射撃が新しく入ったんだ。気になるから行こうよ」

 アンジャストの誘いに、ジェイドが首を傾げる。

「バーチャル射撃ってなんですか?」

「百聞は一見に如かず。ってなわけで行こう!」

 ジェイドはアンジャストと共にバラック内にあるゲームセンターへと入る。

そこは外のゲームセンターの規模と変わらない大きさであった。

しかし、置いてあるものは射撃の訓練になるものなど軍に関係しているもの。完全な娯楽というわけではない。

目的のバーチャル射撃は、専用のメガネをかけるタイプのものであった。

専用のメガネをかけることで、映像が立体的となり、より実践に近づいたといえる。

 アンジャストは薄く笑い、ゲーム用の銃を構える。

「まずは見てて。オレの実力にビックリするから」

 そう言い、スタートボタンを押して、ゲームを開始する。立体的であること以外は、普通の射撃ゲームと変わらず、敵を撃ち殺すことで点数が入る。

ヘッドショットを決めれば高得点が入り、間違えて味方を打てば減点となる。

三番隊は軍務を主におこなっており、実際に戦場へ出ることは少ない。

もちろん、隊の数字も戦力によって付けられているわけではないため、実戦に出ない三番隊が銃を扱えなくてもおかしくない。

ゲームといえども訓練用であり、敵が出ている時間は短く、当てるのは容易ではなかった。

それにも関わらず、アンジャストは外すことはあっても、すぐに軌道修正し敵を倒し、ハイスコアを叩きだした。

ステージが終わり、アンジャストが満面の笑みを浮かべる。

「どう、すごいだろ。普段は戦場に出ない三番隊だからって、なめないでほしい」

「元から、なめていませんよ」

「それもそうだ」

 二人で笑い合う。もう一つの銃をジェイドへ渡し、アンジャストは口角をあげる。

「さぁ、一緒にやろうか。ジェイドの実力を見せてもらうよ」

「お手柔らかにお願いします」

 スタートボタンを押して、二人で銃を構えた。


 時間が許す限りゲームセンターで遊び、夕食をとるために食堂へ向かう。

食堂は広く、使用する時間は決められていないとはいえ、隊員のほとんどが使用しているために混雑している。

そのことにアンジャストは少しばかり、顔をしかめた。

「ここは相変わらず混んでいるね。食も体の資本となるのは分かっていても、この混み具合には食欲が失せる」

「アンジャストさんは、ここで食べていないんですか?」

「そうだよ。キッチン付きの個人オフィスがあるからね」

 その答えにジェイドは言葉を失う。軍に入りたてのジェイドといえど、個人オフィスをもらえる一般隊員がいないことは分かる。

さらにキッチン付きという待遇であるならば、ただの上官というわけでもない。

絶句するジェイドの様子に、アンジャストは寂しそうに眉をさげる。

「余計なことを言っちゃった。気にしないで」

「でも………」

「階級を気にしてほしいのなら、最初から言っているよ。でも、それはイヤなんだ。だから………」

 そこでアンジャストは口をつむぎ、ジェイドの背後へ目を向ける。その視線を追うように、ジェイドは振り返った。

背後に立っていたのはラーヴァであり、ラーヴァは笑みを浮かべている。

「よぉ、ジェイド。それに玄人じゃないか。配膳に並ばないのか?」

 ラーヴァの言葉に、ジェイドは眉間にシワを寄せる。今、一緒にいるのはアンジャストであり、玄人という名前ではない。

そのことを指摘しようとすると、アンジャストの人差し指によって口をふさがれてしまった。

そして、自らの唇の前でも人差し指を立て、軽くウィンクをして合図をする。

そんなことをされれば、喋れるわけがなく、大人しく口をつむいだ。

 アンジャストはラーヴァへ顔を向け、にんまりと、まるで何か企んでいるかのような笑みを浮かべる。

「これはこれは、ラーヴァはん、お久しぶりやね。元気にしておりましたか?」

「もちろんだ。それより、何でジェイドと一緒にいるんだ? まだ三番隊の順番じゃないから、紹介されていないはずだが」

「いやぁ、たまたま知り合ってなぁ。仲良くなったんよ」

 そんな説明に納得していない様子だが、混雑している食堂での会話がイヤなのか、ラーヴァは納得した素振りを見せる。

「そうか。それならいいんだが」

「そこで相談なんやけど、ジェイドが三番隊に来るときは、わいに任せてくれへん?」

「特に問題はない。玄人がいいというなら、助かるぐらいだ。俺もフィーチャも、別に仕事があるからな」

 ラーヴァはジェイドに顔を向け、少しばかり苦々しい表情を浮かべる。

「なぁジェイド、イグニアスと喧嘩でもしたのか?」

「どうしてですか?」

「あいつ、珍しく落ちこんでいたぞ。一緒にいないところをみると、お前と喧嘩したのかと思って」

 そう聞いても、イグニアスのことを許す気にはなれず、言葉を返せない。

そんなジェイドの様子に、まるで子供の喧嘩を見るかのようなタメ息をラーヴァはつく。

「無理に仲直りしろとは言わないが、一ついいことを教えてやる。隊長クラスとなれば、食堂で食事をする必要はない。ルームサービスがあるからな。

俺も含めて、ほとんどの隊長は自室で食事をとる。もちろん、ジェイドが来る前のイグニアスもそうだ」

「それが何ですか………」

 言いかけて、ジェイドはラーヴァの言葉の意図に気付く。隊長は食堂を利用する必要はない。

イグニアスは人懐っこい性格といえども、隊長であることに変わりはない。

そして、ジェイドが来るまで、自室で食事をとっていたとなれば、イグニアスが食堂を利用していた理由が明確となる。

「僕のためですか」

「そうだ。それにあいつは人よりも嗅覚が優れていて、食堂のような色々な匂いがする場所は苦手なんだぞ。何をしたかは知らないが、仲直りをしてもいいと思うぞ」

「そうですね………。僕、謝りに行きます」

「そうと決まれば、連れていってやるよ。隊長宿舎に、一般隊員だけでは入れないからな」

「お願いします」

 ラーヴァを待たせるわけにはいかないため、食事は後回しにして隊長宿舎へと向かう。

宿舎の中に入ればラーヴァが付き添う必要はなく、ジェイドとアンジャストを置いて自身の階層へ行ってしまった。

ジェイドは深呼吸をし、インターホンを鳴らす。中から音が聞こえ、ドアが開けられる。

イグニアスが顔を見せ、ジェイドはすぐに頭を下げた。

「ジェイド?」

「すみませんでした!僕、イグニアスさんが好意でしてくれたことなのに、あんなに怒って……」

「いいんだ。俺が無神経すぎた」

 イグニアスはジェイドが怒った理由を察していたのか、素直に謝罪を受け入れる。

普段通り、気さくにジェイドの肩を叩こうとして、アンジャストの存在に気付いて動きを止める。

「ジェイド……その人は……」

 そう聞かれて、正直に答えようかとアンジャストの顔を見る。

アンジャストは眉をひそめ、首を軽く横に振った。先ほどのラーヴァとの会話から、アンジャストは玄人という名を使っている。

そのことから、イグニアスに教える名前は一つと言えた。

「玄人さんです」

「やっぱりそうか! ジェイドの友達なのか!? それなら、早く教えてくれればいいのに」

「何でイグニアスさんに教える必要があるんですか」

 訳が分からず、アンジャストを見る。

イグニアスが興奮する理由を考えてみても、まったくわからない。イグニアスは興奮したまま、アンジャストの手を握る。

「お会いできて、光栄です! 本物の玄人さんにお会いできるなんて、俺、感激してます!」

「どうして、そんなに喜んでるんですか?」

「なんでって、それは玄人といえばブレイヴの親友だろ。その子孫がいると聞いていたけど、本当に見れるなんて」

 そう言われて、やっとアンジャストの正体を知る。ブレイヴの親友で、キツネの純血の玄人。

純人戦争では、ブレイヴを情報取集で助け、精神的にも支えたという。

リールの日記でも、その姿が描かれており、イグニアスほどのオタクであるならば、アンジャストの姿を見るだけで玄人の子孫だと分かる。

ジェイドのその玄人の挿絵は見たことあり、納得して感嘆の声を出す。

「言われてみれば、似てますね。気付きませんでした」

「気付かなくてよかったのに」

 アンジャストが悲しそうに声を漏らす。

そのことにジェイドは気付いたが、イグニアスは興奮していることで気付かず、そのままの調子でアンジャストへ話しかける。

「玄人さんは、どこの隊に所属しているんですか?」

「一応、三番隊やな。密偵やから、ほとんど三番隊におらんよ。それでも、三番隊副隊長ってことにはなっとる」

「え、三番隊の副隊長はフィーチャじゃないんですか?」

 その疑問に、アンジャストは苦笑しつつ答える。

「わいは女王直属やから、三番隊っていうのはあくまでも形式上。オフィスは三番隊に置かれとるけど、副隊長の職務なんてやっとらんし」

「それで副隊長のフェイスペイントもしていないんですね」

 イグニアスはブレイヴオタクといえる。ブレイヴの親友そっくりの子孫と会えば、興奮するのは当然のこと。

放っておけば、何時間でもアンジャストから色々聞き出そうとするのは予想できた。

昼食もまだとっておらず、いつまでも話しているわけにはいかない。

イグニアスに悪いと思ったが、昼食をとってないことを正直に話して、イグニアスの部屋を後にした。

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