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Wild Blend Sharp  作者: 雪海月
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第四話 冷酷なガデス女王

 戦争が始まり、ジェイドはイグニアスと共に戦火を眺めていた。

実質的に戦うのは下っ端である六番隊から十番隊の一般兵。イグニアスはそんな兵から五番隊に入隊するに値する兵を見つけるために参加しているが、五番隊の隊員自体は参加していない。

さらに四番隊から上の隊は誰一人として参加していなかった。

「どうして、戦争は無くならないんでしょうか」

 ジェイドが問う。戦争が始まる前にも同じような問いをしていた。

そして、また同じように無表情でイグニアスは答える。

「王のせいだろ。王が違ったなら戦争は起こされていない」

「王は何を望んでいるんでしょうか」

 その問いにイグニアスは答えなかった。

侵略戦は勝利で終わり、兵たちは安堵の表情を浮かべている。

そんな顔を見ていると、やはり戦争を心から望む者はいないと感じた。

「クレイヴ隊長」

 背後から呼ばれ、イグニアスは振り返る。そこにいたのは青い忍装束を身にまとった国王直属の伝令。

国王のみに仕え、国王の意思だけを伝える存在。

そんな伝令の登場に、イグニアスの表情が強張る。

「俺に伝令か?」

「はい。アヴァリス様がお呼びです。即急に謁見してください」

「……わかった」

「アヴァリス様はジェイド様ともお会いしたいとのこと。以上です」

 一般兵であるはずのジェイドのことも国王と同じように伝令は様付けしている。

何も事情を知らない者であるなら、それは普通ではなかった。

しかし、ジェイドはワイルドブレンド♯に所属しているが、元来はブルーリザード社の御曹司。

そして、権力を持った豪族でもある。伝令の対応は間違ってはいなかった。

伝令がいなくなり、イグニアスは浅くタメ息をつく。

「国王に会える。ジェイド、戦争を起こす理由でも聞いてみればいい」

「怒られませんかね」

「さぁな。聞くだけなら怒らないと思うぜ」

 イグニアスはジェイドを連れ、王室へ向かう。

国王の居城はバラック内にある。しかし、城の周りは高い塀に囲まれ、入口は一つ。

許された者にしか入城は許されない。

通常であるなら、誰でもあろうと厳正な検査の後に入ることができる。

しかし、イグニアスとジェイドの謁見は国王の命令であったために、大した検査はなかった。

「失礼いたします」

 二人は王室に入り、大理石に敷かれた赤い絨毯へ膝をつく。

眼前にいるはガデスで最も権力を持つ国王。失礼があってはいけない。

「顔をあげて」

 声をかけられ、二人は顔をあげる。そこにいたのはいかにも女王として正装をした女性がいた。

女性といっても、まだ幼さを残している。その女王の幼さにジェイドは驚く。

しかし、驚くことはそれだけではなかった。

女王は人前に姿を晒さない。国内偵察時の暗殺を避けるために、顔すらも国民は知らない。

だから、ジェイドも初めて女王の顔を知った。

それなのに女王の顔は知っている。女王は現在のガデスの歴史書の元となったリールと瓜二つ。

リールが最近の王であったのならば、老いていない本人と言っても過言ではない。

しかし、リールは二百年前の女王。人間としてすでに没命している。

だから、同一人物ということはありえない。

 女王は高貴な微笑みを浮かべ、ジェイドに話しかける。

「初めまして。私がガデス女王のアヴァリスよ。よろしくね、ジェイド」

 名前を呼ばれ、親しみを感じる。しかし、同時に言い知れぬ嫌悪感が沸き起こった。

会ってみたかった。でも、会いたくなかったと思わせる女王。

アヴァリスは良君。そう思っていた。それなのに会っただけで分かる。

アヴァリスの纏う雰囲気は異常。許されるならば、すぐに逃げ出したいとも思えた。

しかし、アヴァリス自体は高貴でありながら優しい笑みを浮かべている。

そんな雰囲気を放つ要因などない。

訳の分からない感情にとらわれていると、アヴァリスが笑う。

「貴方までそんな顔をしないで。私は王であり、人間よ。嫌われるのはイヤ」

「僕は……」

「イグニアス、ジェイドに何か吹き込んだ?」

 アヴァリスに問いかけられ、イグニアスの体が強張る。

アヴァリスは広い王室で通る声をしていた。見た目を裏切らない可愛らしい声。

それなのに声色は感情を持たない殺人者のようにおぞましい。

イグニアスが王を苦手とする理由が何となく分かり、ジェイドは弁明するように割り込む。

「僕は何も聞いてません。だから、イグニアス隊長を責めないでください」

「そう。なら、いいわ。イグニアス、また二人っきりで話しましょうね。逃げようなんて考えないで」

「はい……」

 アヴァリスはジェイドに会いたかっただけということで、イグニアスは帰るように言われる。

ジェイドも一緒に帰ろうとするが、アヴァリスによって呼び止められてしまう。

「何でしょうか」

「ジェイド、イグニアスは私の『犬』よ。取らないでね」

 まるで子供が友達に話しかけるように喋り方。しかし、笑みは子供らしいものではなく、狂気さえも感じさせた。

それでもジェイドは怖じ気ることなく首を横に振る。

「取るも何もイグニアス隊長は誰の所有物でもありません」

「さっきも言ったわ。あの子は犬なの。そして私の所有物」

「何故そのように呼ぶんですか?」

 犬とは一般的に下僕のことを指す。イグニアスは若いながらも隊長である。

国王といえど、イグニアスを卑下していいわけがない。

ジェイドの問いにアヴァリスの唇が弧をえがく。

「ジェイドは意外と無知なのね。それともイグニアスが意地でも隠してるのかしら。何故、犬と呼ぶのかはそのうち分かるわよ」

「分かりたくありません。イグニアス隊長は立派な人です」

 一見では大人しそうに見えるジェイドが強く言い返す。

そんなことを全く予想してなかったらしく、アヴァリスは目を丸くした。

しかし、すぐに先ほどまでの笑みに戻る。

「分かりたくなくても、そのうち分かって呼ぶようになるわ。それが運命よ」

「そんな運命、僕が変えてみせます」

「うふふ、楽しみね。本当に変えられるかしら」

 アヴァリスの笑みは残酷さが含んでいた。

耐えきれず、頭を下げて許しを得ないまま王室を出る。

扉の外には青白い顔をしたイグニアスが立っていた。

イグニアスらしからぬ顔色に、ジェイドは心配になる。

「イグニアスさん、大丈夫ですか!」

「あぁ。……女王から何か聞いたか?」

「いいえ。何も」

 話はしたが、実際は何も聞いていないに等しい。

イグニアスの様子からして肯定はしないほうがいいと判断する。

ジェイドの答えに少しだけイグニアスの表情が和らぐ。

「そうか。女王は何も言わなかったのか」

「僕は何を聞いても、イグニアスさんの味方ですよ」

「………」

 イグニアスが目を丸くする。何故、そんな反応をするのか。分からずにジェイドは首を傾げる。

「イグニアスさん?」

「お前、気づいてないのか?」

「何かおかしいことしてます?」

 ジェイドが分かっていないと分かると、イグニアスが笑う。

「俺のこと、さん付けしてる。今まで隊長だったのに」

「あ、すみません。戻します」

「いいんだ。最初に言っただろ。イグニアスでいいって。ため口もいいと」

 照れているようでイグニアスの頬がほのかに赤い。

ジェイドは苦笑し、首を横に振る。

「ため口はできません。誰にもしたことがないんです」

「……分かったよ」

 イグニアスは苦笑し、城から出るために歩きる。ジェイドはその後についていく。

ジェイドが出て行った王室で、アヴァリスは深くタメ息をつく。

「アヴァリス、何をタメ息ついている」

 椅子の後ろから話しかけられ、アヴァリスは苦笑する。

アヴァリスに話しかけた青年の声は、アヴァリス同様に感情が含まれていない。

振り返ることはせず、前を向いたまま頬杖をつく。

「私は一応この国で一番偉いはずなのに、反抗する子が多いからタメ息が出ちゃうの」

「けど、従順なのもつまらないだろう?」

「そうね。ねぇ、あの計画はいつやるの?私にはちゃんと教えて」

 アヴァリスは立ち上がり、背後に立っていた青年に見る。

青年の持つ藍玉の瞳はアヴァリスを睨みつけるように鋭い。

声と同様にその瞳に感情などこもっていない。

しかし、アヴァリスはイグニアスたちに向けたものとは違う嬉しそうな笑みを浮かべる。

「私は貴方のためなら何でもするよ」

「従順はつまらない」

「私は『貴方の知ってるリール』とは違う。アヴァリス・ベナインよ。利害関係で、貴方の協力者。従ってるとは違うわ」

 リールという名前が出た途端、美しい顔立ちをした青年の眉間に深いシワが刻まれる。

明らかに機嫌を損ねていた。しかし、アヴァリスは気にすることなく言葉を続ける。

「貴方が私を裏切らない限り、私も貴方を裏切らない。裏切らないんだったら、貴方が好きなように行動できるように協力してあげる」

「そうだな。時が来るまでお前を利用させてもらう。忘れるな、アヴァリス。お前はオレに利用されているに過ぎないことを」

「えぇ、忘れないわ。私も貴方を利用してる。ねぇ……」

 音にならない声で青年の名前を呼び、青年の頬に手をそえる。

青年の頬はひんやりと冷たく、まるで彫刻のよう。

そもそも青年はこの世の人とは思えないほどに美しかった。

それこそ例えるなら名匠が作った彫刻のようであった。

アヴァリスに触れられ、青年の口角が上がる。

「お前はオレが恐ろしくないのか?」

「恐ろしいわ。だから、協力するんじゃない」

「正直なところはリールと同じだな」

「バカ……」

 アヴァリスは青年から手を離し、椅子に座り直す。

それが合図かのように青年は元からいなかったように姿を消した。

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