第三話 ガデスの戦神
食事をしていると、目の前に十代半ばといった女の子が現れる。茶色のショートヘアに、瞳の色は混ざりけのない黒。
髪と瞳の色は人間と判別しそうなものだが、基本的に軍へ人間は入れない。
とても可愛らしい見た目に反して瞳は鋭く、ジェイドを睨みつけている。
その女の子の頬にはイグニアスと同じⅤのフェイスペイントが描かれていた。
フェイスペイントをしているのは隊長または副隊長と決まっている。
「お前がジェイドだな」
「あ、はい。僕に用ですか?」
慣れというのはたまに憎いと思う時がある。
ジェイドは相手が年下と分かっていても敬語を使ってしまう。
しかし、敬語を使っていて、今回は正解であったと思い知らされる。
女の子は目の前に紙を突き出してきた。
それはイグニアスからの命令書であった。
「私はラウディ・クレイヴ。五番隊副隊長だ。兄様の代わりにお前の面倒を見ることになった」
口調も高圧的で、見た目と全く合っていない。
その命令書を偽物だとは思わないが、イグニアスから聞いておらずジェイドは困惑する。
「どういうことですか。何で急に」
「口答えは許さん。これは命令だ」
あまりにも一方的な命令に納得いかず、言い返そうと立ち上がる。
しかし、言葉を発する前にラウディが銃口をジェイドへ向けた。
最初は銃など手に持っていなかった。それなのにいつの間にか銃を構えている。
ラウディは眉間にシワを寄せていて、何か言うならば撃ちかねない雰囲気を持っていた。
「すみません。銃を下ろしてください」
「何故?これがそんなに怖いか?」
「当たり前です。怖くない人がいるわけがない」
言い返すとラウディは銃を下ろし、先ほどよりも鋭くジェイドを睨みつける。
「私の部下に弱い奴はいらん。帰れ」
「ちょっと待ってください、ラウディ副隊長」
突然帰れと言われても帰れるわけがない。
さらに言い返そうと思った時、ラウディが躊躇うことなく机へと発砲する。
そして、間髪いれずに再びジェイドへと銃口を向ける。
「口答えは許さんと言ったはずだ。それに馴れ馴れしい。私のことはクレイヴ副隊長と呼べ。名前で呼ぶな。私は兄様と違うんだ」
逆らわない方がいい。そう思い、敬礼して返事をする。
ジェイドの行動に満足したのか、ラウディは銃を下ろして背を向けて歩き出す。
しかし、すぐに立ち止り、顔だけ振り向き、笑みを浮かべる。
「訓練は一時間後に開始する。遅れずに射撃場に来い。分かったな?」
「はい!!」
それだけ言うと、ラウディはジェイドの前からいなくなった。
緊張が解け、椅子に座りこむ。先ほどの様子を見ていた五番隊の隊員が寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
「えぇ。あの人は何ですか?急に発砲するなんて……」
「名乗ってただろ。ラウディ・クレイヴ。イグニアス隊長の妹さんで正真正銘の副隊長だよ」
イグニアスの妹と聞き、ジェイドは目を丸くする。
言われてみれば確かにクレイヴと名乗り、イグニアスのことを『兄様』と呼んでいた。
だが、兄妹とは思えないほどに性格が違う。
しかし、思い返せば素のイグニアスと髪と瞳の色が一緒、顔立ちもよく似ていた。
兄妹ということを認めざるおえない。
「似てませんね……」
「まぁな。副隊長と違ってイグニアス隊長は短気じゃないし、優しいし。あ、これ内緒な。知られたら撃たれる」
「発砲もいつもなんですか」
「あぁ。短気で幼く見えるけど、あれでもすごい人なんだぜ。ガデスの戦鬼って呼ばれてる」
隊員の様子からラウディは嫌われていないことが分かった。
隊員はジェイドの肩に手を起き、苦笑する。
「悪い人でもないから頑張れよ。逆らったり、怒らせたり、気に入らないことをしなければ撃たれないから」
「はい……」
「なぁ、せっかくだから知りたいこと聞いてくれよ。お前って、隊長と個別の訓練だから同じ隊なのに関わりないだろ。仲間なんだから仲良くしようぜ」
隊員の言葉に一瞬甘えようかと考える。しかし、入隊一日目に好意的に近寄ってきた仲間に騙されて酷い目にあった。断わろうと思ったが、その前に肩を組まれる。
「おいおい遠慮するなんて言うなよ。オレはジェイドと仲良くなりたいんだ」
「そうですか」
イグニアスの部下だから人懐っこいのか、それとも以前と同じく騙されているのか。
それが全くわからず、ジェイドは困惑した。
そんなことを全く気にせず、隊員の男はジェイドと体を密着させる。
「オレの部屋に来ないか?二人っきりで話したい」
「僕、一時間後に訓練なんですけど」
「じゃあ夜にどうだ?」
誘われれば誘われるほどに怪しく思えてしまう。困って返事を躊躇っていると、仲間の表情が強張る。
何事かと仲間の視線の先を見る。そこにいたのはスレイトであった。
スレイトは黙って仲間を睨みつけている。
「スレイトさん……」
「お、お前って四番隊の隊長と話せるのか?」
「え……まぁ……」
イグニアスの関係で話せないことはない。ジェイドが頷くと隊員はすぐに離れる。
「わりぃ、オレ、用事思い出した」
「そうですか」
隊員が逃げるようにいなくなる。それを見送り、スレイトの元へ行く。
「スレイト隊長、一人で食堂にいるの珍しいですね」
「入隊してから三日の奴の言葉とは思えないな」
「すみません……」
謝るとスレイトはタメ息をつき、隊員がいなくなった方向を見る。
「お前、あのことを懲りていないのか?」
「懲りてます」
「ならば何故、明らかに怪しい輩を警戒しない」
スレイトの言葉にジェイドは反省しつつも反論する。
「だって、あの人は僕と同じ五番隊ですよ」
「その同じ五番隊だった者に襲われただろ。どうやって追い払うつもりだったんだ?」
「もしかして、僕のことを気にしてくれているんですか?」
そう問うとスレイトが再びタメ息をつく。
「イグニアスが気にしている。だから、あいつがいない今、放っておくのはしのびない」
「そうですか」
「しかし、私もお前に興味がある。どうだ、今日の夜に私の部屋に来ないか」
「………」
スレイトの言葉にジェイドは反応に困ってしまう。今のスレイトの言葉は怪しく思える。
だが、スレイトはイグニアスの友人であり、四番隊の隊長。
信じるに値する存在。だから、誘いを断れない。
かといって、先ほど警戒しろと言われたばかり。簡単に頷くこともできない。
悩んでいるとスレイトが鼻で笑う。
「冗談だ。お前は簡単に騙されるな」
「すみません」
「その素直さは命取りになる。警戒ぐらいは覚えるんだな」
それだけ言うとスレイトはあいさつもせずに行ってしまう。
助けてもらったお礼も言っていないことに気付き、スレイトを追いかけようか考える。
「あ!」
時間は刻々と進んでいて、指定の時間が迫っていた。
ジェイドは食堂を出て、その足で射撃場へ向かう。
ラウディはすでに射撃場にいて、ジェイドが現れた途端、足元へ発砲する。
当たってはいないが、ジェイドは驚きのあまりに転んでしまった。
地面に膝をつき、ラウディを見上げる。
「何でいきなり撃つんですか!?」
「遅い。下っ端のくせに上官を待たせるなどいい度胸だ。次に遅れたら、当てるからな」
「はい!」
返事をするとすぐに地面に置かれた銃を渡される。
その銃はラウディが持っているものとは違い、遠距離射撃用の銃であった。
「兄様から、お前にそれを使えるように仕込めと言われた。だから覚えろ」
「理由を教えてください」
「お前は理由がないと納得できないのか」
ラウディの機嫌を損ねる事柄だったのか、銃口を向けられる。
銃口を向けられて動けないでいると、ラウディが深くタメ息をつく。
「そんな風に理由を求めていたら、生きていかれない。そして私たちは理由も聞かされないまま、命令で人を殺さなければいけない時もある」
「………」
「兄様はお前が喜んで人を殺すような人物ではないと言っていた。だから人を殺す感覚のない銃を覚えさせてくれと」
一瞬だけラウディの瞳に淋しさとも悲しみともとれる感情が浮かぶ。
しかし、そんな感情は一瞬しかなく、すぐに鋭い瞳へと戻る。
「兄様はお前に期待している。だから、期待を裏切るようなマネをしたら、私が殺してやる」
「遠慮したいですね」
「期待を裏切らぬように死ぬ気でやるんだな」
ラウディはそういうと意地の悪い笑みを浮かべた。
射撃訓練を始めてから数日が経つ。数日とはいえ、別の訓練をせずに射撃だけをしていたため、ど真ん中とはいかずとも的には当たるようになっていた。
多少とはいえど、ラウディも上手くなるほどに優しくなっている。
「ジェイド、今日の訓練は終わりだ。帰ってもいい。明日の訓練の時間については後々伝える」
「はい」
午前だけで訓練が終わったのは初めてであった。
射撃場を出ると、他の隊員が訓練する声が聞こえてくる。
その声に気を取られていると、誰かとぶつかってしまう。反射的に頭を下げた。
「す、すみません!」
「気をつけろ。……あぁ、ジェイドじゃないか」
聞き覚えのある声にジェイドは顔をあげる。そこにいたのはイグニアスであった。
「イグニアス隊長、今まで何処に!?突然、副隊長に任せるなんて酷いじゃないですか!」
「悪かった。俺も突然だったんだ。射撃のことは前から決まっていたが、俺も一緒に見るつもりだったんだぜ」
「何かあったんですか?」
ジェイドの問いにイグニアスの表情から笑みが消える。
「戦争を始めるために呼び出された。ジェイド、お前も参加するんだ」
「はい……」
「心配するな。お前は戦力にならないということで、俺の傍にいればいい」
隊長であるイグニアスが先陣をきることはない。だから、イグニアスの傍にいれば危険はない。
戦争ではたくさんの命が奪われる。それなのにガデスは戦争を起こす。
ガデスの戦力は他国を圧倒しているため、ガデスの被害は少なかった。
戦争のことはすぐにバラック内全体に広がり、準備が始まる。
隊員たちは手慣れた様子で実戦用の銃や弾薬を用意していた。
その手慣れた様子もジェイドの思う『普通』ではない。
「何故、戦争を起こすんでしょうか」
「領土を広げるためだろ」
ジェイドの言葉にイグニアスが無表情で答えた。
そんなイグニアスに対し、ジェイドは感情を露わにする。
「十分に広いじゃないですか!こんな戦争、意味ないです!」
イグニアスに訴えたところで戦争が始まらないわけではない。
そう分かっていても、ジェイドは言わずにはいられなかった。
ジェイドの訴えにイグニアスの瞳が少しだけ鋭くなる。
「お前、自分が誰の息子か忘れてるだろ」
「………」
「お前の父親の会社は、ガデスの武器を全て賄っている大会社。ガデスが戦争を起こすことで利益を得る。お前は今まで裕福な生活をしていたんだろ。それはガデスが戦争を起こしていたおかげ」
イグニアスの言葉はジェイドを責めているようにしか聞こえない。
しかし、ジェイドを嫌って出てくる言葉とも違う。
イグニアスは戦争を嫌っている。それが伝わってくる表情をしていた。
そう思ってもイグニアスという人物がまだ信用できる人とは断言できない。
「僕に構うのはブルーリザード社に印象良く見られるためですか」
「違う。少なくとも俺はな。というかそう言われると軽く傷つく」
「すみません」
即答するように謝れば、イグニアスは苦々しく笑う。
「お前、女顔で敬語なのに言うことは言うよな」
「女顔は余計です。好きでこんな顔してるんじゃないんです」
「学校とかじゃモテただろ」
何気ない言葉。しかし、一瞬にしてジェイドの瞳が珍しく鋭くなる。
「学校は行ったことないです」
「何でだ?」
「それは俺が『選ばれた後継ぎ』だからです」
そう言うジェイドの瞳は鋭いながらも、悲しみが含まれていた。