5.神託と転生
「大司教様! 神託が告げられました!!」
その日、ガルバルディ神殿はこれまでないほどに騒々しく、歓喜に沸いていた。
神託。 それはシトレン聖教が道標としてきた、神のお告げである。
このガルバルディ神殿は、シトレン聖教会の聖殿。 つまり、神の御神託を受けて、人々にそれを伝え導く役割を担っている。
そして、とあるシトレン聖教会の神父は大慌てで、この神殿の最高権力者である大司教、マーティナ・ガレイドルフに駆け寄った。
「マーティナ様! 神託です。 ご確認を」
80半ばに迫ろうかという、年季の入った老父は穏やかな顔で応えた。
「ついに神託が降りたのですね。 やはり、神は我らをお導きになさるのです」
マーティナ大司教は、重い腰を持ち上げて、神殿の最奥、神託の間へ足を運んだ。
この空間の中央には、神託が記される神託の石版が悠々と佇んでいる。
大司教と、神父は石版の御前で唯一神シトレンに祈り捧げ身を清める。
祈祷を済ませると、ついに神託を拝謁する。
『シトレン神より神託……
この地に勇者降臨の兆しあり……
勇者の降臨は1週間の後に3人……
魔の勢力に災厄の出現の兆しあり……
勇者を育て、災厄の存在に対策すべし……』
大司教は数分間じっくりと石版を眺めると、ガルバルディ神殿に仕える神父達そして司祭たちに至急、伝達を発した。
「神託が降りました。 勇者誕生に備えて準備を始めてください」
そしてこの日より1週間後、神託通り、その地に3人の赤子が生まれたのだ。
そして1年後、もう1人の赤子が生まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
妹の誕生日の日、遊園地の帰り際に妙な光に飲み込まれた。
それからシトレンと名乗る女神に「異世界に転生して魔王を打ち滅ぼせ」と言われ、異世界、ガリアスに転生する。
転生してから直ぐに神殿と呼ばれる場所に連れていかれた。
そこには、恐らく、陽介と彩乃と思わしき赤子が2人いたのだ。
そこで名前と血液を登録した、と聞いている。
実際のところ、生まれてすぐなもんで五感はあまり働かなかったのだろうが、記憶がかなり曖昧だ。
当時はガリアスの言語も理解が出来ず、勇者として転生した割にはかなりスタンダードな幼少期をおくったと言える。
俺の異世界での新たな名前は、アレク・ド・フォルドスキ。
ストルクル大陸の最南端に位置する、アルガ王国。
その都市ダルバルの領地を収める伯爵貴族、フォルドスキ家の長男として俺は生まれた。
先ほどはスタンダードな幼少期をおくったと言ったが、正直言って、なかなかのおぼっちゃま生活を堪能していた。
ダルバルは商工業も盛んな都市で、そこの領主であるフォルドスキ家にはかなりの資産があった。
それに加え、勇者としての好待遇もあり、国や教会からの援助金も支給があったため、何不自由無く順風満帆に育ってきた。
同じくダルバルに転生した、陽介と彩乃も大商人の息子や、子爵家令嬢として生まれている。
彼らの家も同じく援助金と元々の資産から、とても裕福な家となっていたのだ。
とって計らったように美羽も、俺が生まれた翌年にフォルドスキ家の長女として生まれた。
美羽のガリアスでの名前は、アリサ・ド・フォルドスキ。
愛称はアリサ。
陽介は、レオバルド・アダマス。
アダマス商会会長の長男だ。
愛称はレオ。
彩乃は、レノア・ヴェスペリア。
王家にも縁のあるヴェスペリア子爵家の令嬢である。
愛称はレノア。
と、こんな感じで、4人は再集結したわけなのだ。
容姿の方は、髪色と目の色が少し変わったくらいだろうか。
俺と美羽はそのままだったが、陽介は金髪碧眼、彩乃は赤髪赤眼になっていた。
ただ、1番大きく変わったところを挙げるとするならば、陽介が眼鏡をしていないことくらいのものだ。
いや、結構違うんだよこれが。
なんかチャラい。
幼少時代は、言語の習得から、この世界の常識やマナーをたっぷりと叩き込まれながらも、4人で仲良く過ごしていた。
美羽改めアリサは、こちらでも俺にべったりの可愛い妹のままだ。
良かったぁーー!
「本当にお兄ちゃんなんだよね?」
「ああ、当たり前だ。 約束したからな」
と、こんな感じの暖かい再会のほっこりエピソードがあったのだが、これは後々語ることにしよう。
レオとレノアも相変わらずで、幼馴染として仲睦まじくしていた。
そして、転生を果たしてから、はや10年が過ぎ、俺達はステータスプレートを受け取るため、個人情報を登録した、ガルバルディ神殿へ来ていた。
10歳にならなければ、ステータスプレートは受け取れないので、今日はアリサは家でお留守番だ。
ステータスプレートとは、神から与えられた様々な能力の値をひとまとめに確認することが出来るものだ。
簡単に言えば、身分証明証にどことなく近いと言えばイメージしやすいだろうか。
「なんのスキル貰った?」なんて話も出たのだが、お互いにそれは秘密にすることにした。
なんでも10歳にならないとステータスが貰えず、スキルを使用することも出来ないと聞いていたためだ。
俺達は貰ったスキルと願ったことを、あとのお楽しみにと隠していたのだ。
アルガ王国で最も古く、最も規模の大きなガルバルディ神殿は、白を基調とした石造りの建造物だ。
パルテノン神殿を連想させるよう建物は、まさにシトレンを奉っていることだけはある純白だった。
俺達は神殿の中央広間、『授与の間』に案内された。
「よくぞ、いらっしゃいました」
温厚そうな渋い声が、広間の奥から聞こえてきて、そこを見やると、齢80くらいの老父が杖をつきながらゆっくりと歩み寄ってきた。
「私はマーティナ・ガレイドルフ。 この神殿の大司教を務めております。 この度は勇者様方のステータス授与の日だと聞きましたので、私自ら出向かせていただきました」
そして大司教が眼前に立つと、俺達は一斉に跪き、胸に手を当てる。
アルガ王国では、教皇、大司教は国王よりもの崇高な存在として崇められているため、こうすることがマナー、だそうだ。
「おお、これは大司教様。 御身自ら私たちのために出向いて下さるとは、光栄の至にございます」
堂々と、マナー通りの決まり文句を言い放って見せたのは、レオだ。
すっげー。 さすが秀才の陽介だ。
こんな所までしっかりしているなんて、順応力高すぎかよ。
俺はただひたすら感心しながら、跪く。
そんなレオの礼儀正しい態度を見た大司教は、満足そうに吐息を漏らすと。
「面を上げてくだされ」
その合図で、俺達は同時に顔を上げ、体勢を元に戻した。
大司教は「ふむ」と一息ついて頷くと、神父を呼び寄せて、何かを持ってこさせた。
大きな玉だろうか?
大司教はエメラルドグリーンに透き通った水晶玉を、同時に持ってこさせた台座に飾るように置く。
「それでは、これより、ステータスプレート授与の儀を執り行います。 勇者様は1人ずつこの水晶に手を触れて下さいませ」
誰から行く?と目で相談し合って、レオが小さく頷いた。
「僕が最初に行くよ」
度胸まであるとは、やはり完璧超人は異世界でも完璧超人のようだ。
チャラくなっても、陽介は陽介のままだったと改めて実感したところで、気づけばレオは既に水晶の袂まで来ていた。