4話
「あら、赤ずきんちゃんじゃないの」
村につくなり、いきなり女性に声をかけられました。
「赤ずきんのお姉ちゃん、こんにちは」
こんどは、その女性の子供らしき子が声をかけてきます。
「こ、こ、こん……こんにち……」
あるいているだけで、声をかけられるなんて、初めてのことでしたので、赤ずきんちゃんは、とまどってしまい、じょうずに返事ができませんでした。
「ねー、お姉ちゃん、あそぼうよー」
「こら、お姉ちゃんはいそがしいのよ、やめなさい」
この人はいそがしい。そう言われて、赤ずきんちゃんは、少しどうようしました。
『いそがしい』ということばが、いやみにかんじてしまった自分は少しゆがんでいるのではないか、と思ってしまいました。
「うちのみせだって、いそがしいのよ。ほら、あんたも手伝うのよ、きなさい」
「えー」
「しかなたいじゃない、こないだ一人やめてしまったんだから。ねこの手でもガキの手でも借りたい、じょうきょうなのよ」
そういうと、女性は明るく、わははっと笑いました。
「あー、早くあたらしい人、入ってくれないかねぇ」
そう言いながら、かるくえしゃくをしながら、去って行こうとする女性に、赤ずきんちゃんは、ありったけのゆうきをふりしぼって、声をかけました。
「あ、あのっ」
女性はおどろいて、赤ずきんちゃんの方をふりかえります。
「そ、それって、そのしごとって……その……わ、私にも……できますか?」
赤ずきんちゃんは、がけから身を投げたような、しんきょうでした。
「ん、何だ、赤ずきんちゃんがうちでしごとをするってかい?」
女性が、赤ずきんちゃんをじろじろ見てきます。
やだ、やっぱりへんに思われた。やっぱり、私なんかじゃだめだったのかな。でも、だったら、どうしたらいいのかな
赤ずきんちゃんは、まだ返事をもらう前でしたが、自信のなさから、きえいりそうになっていました。
「だって、お金をかせがないと、私……いえが……食べるものがないんだもの……」
気が付くと、赤ずきんちゃんは、ふたたびなみだを流していました。
「私が……私がやらないと……おうちが……もう……」
そのようすを見て、女性はけっしんをしました。
「うちの仕事は、らくじゃあないからね、かくごしなよ。ほら、ついといで」
女性は赤ずきんちゃんをうながしました
「わーい、お姉ちゃん、いっしょに行こう」
わははっ、と明るく笑いかけてくれる女性のすがたと、明るく手をひっぱてくれる子供のぬくもりが、あたたかくて。うれしくて。ここちよくて。
赤ずきんちゃんは、あふれでて止まらない涙をかくすため、赤ずきんで顔をかくしながら、歩いていきました。
そのみせは、いんしょくてんでした。
「おーい、早くちゅうもんたのむー」
「おあいそ、してくれー」
赤ずきんちゃんたちがついたときには、おみせの中は、てんてこまいになっていました。そのようすを見て、赤ずきんちゃんは、びっくりしてしまいました
ここで、私がはたらけるだろうか。
そんな不安でいっぱいになっていると、女性が店のおくから、ふくろをもってきて、赤ずきんちゃんに手わたしました。
「え、何これ、……お金?」
「うちは、げっきゅうせいだからね、本当ははたらいた後に、きゅうりょうをわたすんだけど、今回はとくべつさ」
「や……こんなにたくさん……え……?」
「前金ってやつさ、きゅうりょうの一部を先にわたしているだけよ」
え、うそ。なにこれ、こんなにもらっていいの?
「あんたは、うちの子供のおんじんだからね。じじょうは知らないけど、こういうときは、おたがいさまってやつさ」
「あ、ありがとう、ありがとうございます」
ありがとう。
赤ずきんちゃんが、だれかにそんなことばを言ったのは、なんねんぶりでしょうか。
「今日はそれで、おいしいものでも家に買ってかえりなよ」
「ありがとう、ありがとう」
ありがとう。
もうそのことばしか、出てきませんでした。
「はっはっ、明日から、そのぶんこき使ってやるから、かくごをしなよ」
女性は、とびっきりの笑顔で赤ずきんちゃんを見送りました
赤ずきんちゃんは、涙が見えないよう、赤ずきんで顔をかくすことでせいいっぱいでした。
なんてたくましくて、笑顔のすてきな女性だろう。
赤ずきんちゃんは、そんなことを考え、おおかみさんの言っていたことを思い返していました。
『じぶんの生きたい生き方』なんて、分からないけど、できるなら、私もあんなふうに生きてみたい。
「ただいま」
赤ずきんちゃんは、いきようようと、きたくしました
「おかえり、ぶじだったかい?」
「うっさいばばぁ、あんたは自分のからだをしんぱいしてなさいよ」
「そ、そうだよね、ごめんね、ごめんね」
赤ずきんちゃんはたくさんの荷物を、おばあさんの前に置きました
「しょくりょうをたくさん買ってきたわ。これで、えいようをつければいいわ」
「ねえ、もしかして、あのとけいを売ったお金をぜんぶ使ってしまったのかい?」
じまん気な赤ずきんちゃんに、おばあさんは、しんぱいそうに言いました。
「ううん、あのとけいは、売ってこなかったわ」
赤ずきんちゃんは、おばあさんに時計を手わたしました。
「まったく、だいじな時計なんでしょう、ちゃんとだいじにもってなさいよね」
「え、え?」
「明日から、はたらくことにしたの、これは前金でかったのよ」
「……は?」
赤ずきんちゃんは、『前金』という覚えたてのことばを、使いたくてしかたがなかったらしく、どうだ、という顔でおばあさんを見ました。
しかしおばあさんは、わけがわからず、こんらんした様子でした。
「え……はたらく……この子が……え?」
おばあさんは、そんなことを、小声でつぶやいています。
「明日から、その『前金』をくれたところではたらくから、家のことはできなくなるわ」
そんなおばあさんの様子はまったく気にせず、赤ずきんちゃんは続けます。
「だから……その……今日のうちに……さっさと体をなおしなさいよ、ばばあ」
赤ずきんちゃんは、赤ずきんでかおをかくしながら言いました。
おばあさんも、なぜかまた布団で顔をかくしてしまいました。
「ごはんが出来たら起こすから、それまでねてなさいよね」
とりあえず赤ずきんちゃんは、買ってきたしょくりょうで、自分なりにごはんを作りはじめました。
「おいしそうだねえ、いただきます」
おばあさんは、うれしそうに赤ずきんちゃんの作ったご飯を食べていますが、赤ずきんちゃんはどこかふきげんです。
「おいしいわぁ、ほんとうにおいしい」
おばあさんがそんなことを言うたびに、赤ずきんちゃんの心にやさしさがしみわたります。
これがおいしい? そんなわけないじゃない。
赤ずきんちゃんは、ちょっと良いしょくざいを使いましたが、ちょうりほうほうが、めちゃくちゃだったので、あまりおいしくなく、たからの持ちぐされ料理となってしまったのです。
くそっ、みてなさいよ。私は、明日からいんしょくてんで、はらたくのよ。いつか、えんぎじゃなく、本当においしいって言わせてやるんだから。
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