2話
あたりは、きゅうきょ、大パニックになりました。泣き出す子供や、ころんでしまうお年寄りなど、にげまどい、あわてふためく人たちのようすを見て、赤ずきんちゃんは、自分でおどろいてしまいました。
まさか、本当にこんなさわぎになってしまうとは。
自分でやったことなのに、どこかげんじつみがなかったようです。赤ずきんちゃんは、あっというまに、ざいあくかんで、むねが一杯になり、にげだしたくなりました。
そのときです。子どもたちのあそんでいた近くのしげみから、おおかみさんが出てきました。
「ちっ、何でこんなに早く見つかったんだ」
おおかみさんは、あっという間にひなんしてしまった村の人々のようすを見て、いさぎよくあきらめ、かえっていきました。
おおかみがかえっていくようすを見て、村の人たちは大よろこびしました。もちろん、おおかみが村へ来ていたのは、たんなるぐうぜんでしょう。
「は……え?」
このこうけいに、いちばんおどろいたのは、赤ずきんちゃんでした。
「ありがとう、お姉ちゃん」
まっさきに、おおかみの近くであそんでいた子供のうちの一人がかけよってきました。
「う……あ……」
赤ずきんちゃんは、ばつがわるいようすでした。だって赤ずきんちゃんは、ただいやがらせをしようとしていただけなのですから。
「ほんとうに、ありがとうございました」
こんどは、その子の親たちが近づいてきました
「いやー、お姉ちゃんはいのちのおんじんだ」
その他の人たちも、どんどんとあつまって来ました。
「あんなにとおくにいた、おおかみに、気が付けたなんて」
「なんて、ゆうきのあるお姉ちゃんだ」
村の人たちが、次々と声をかけてきます。こんなに、こういてきな目をたくさん向けられたのは、赤ずきんちゃんにとって、初めてのけいけんでした。
赤ずきんちゃんは、なんだかはずかしくなり、赤ずきんで顔をかくしてしまいました。
「赤ずきんの姉ちゃん、お礼にうちで食事してってよ」
「いやいや、うちで食べていって下さい」
赤ずきんちゃんは、ほんとうはその場からにげだしたかったのですが、村の人たちに、ごういんにひっぱられ、お礼として、おもてなしをうけることになりました。
その後、村の人たちとにぎやかにしょくたくをかこみました。
「いやー、ほんとうにありがとうございました」
「赤ずきんの姉ちゃんいがい、だれもおおかみに気が付いていなかったんだよ」
そんなことを言われるたびに、赤ずきんちゃんはほんの少し、むねがいたみました。
『ほんとうは、あんたらの困っているかおが見たくてやったのよ』
そんなこと、言えるはずがありません。
うれしさと、はずさしさと、もうしわけなさで、話しかけられるたびに顔がまっかになりました。そして、そのたびに赤ずきんでかおをかくしてしまいました。
そのようすから、しぜんと『赤ずきんちゃん』とよばれるようになりました。
村の人たちとの、しょくたくでのわだいの中心は、ずっと赤ずきんちゃんでした。これも、赤ずきんちゃんにとって初めてのけいけんでした。赤ずきんちゃんは、そのじかんが、楽しくて楽しくて、仕方がありませんでした。
「なによ、いい人たちじゃない」
赤ずきんちゃんは小さな声でつぶやきました。
こんな人たちに、なんてことをしてしまったのだろうか。赤ずきんちゃんは、その日、せけんに『いいほうこう』でえいきょうを与えるよろこびを知りました。
いやがらせをすることなんかより、今のきもちの方がずっとずっと、ここち良いのです。
赤ずきんちゃんは、心の中で村の人たちに、こう言いました。
『たすけさせてくれて、ありがとう』
こんなよろこびを、またかんじてみたい。
赤ずきんちゃんが、こんな気持ちになったのはいつ振りでしょうか。いや、そもそも、そんなことがあったでしょうか。
何をすれば、またこんなあたたかい気持ちが味わえるのか。赤ずきんちゃんは、考えながら、帰りました。
その道の途中、なんとばったり人食いおおかみにそうぐうしてしまいました。
「ん、うおっ」
おおかみさんは、知り合いにそうぐうしただけのような軽いリアクションで、赤ずきんちゃんの目の前にあらわれました。
「ひっ……たすけ……あ……」
赤ずきんちゃんは、きょうふのあまり動けず、大声も上手くだせませんでした。
「あー、だいじょうぶ、おじょうさんは、食べないよ」
そんな赤ずきんちゃんに、おおかみさんはおちついて声をかけました。
「え、え……?」
あかずきんちゃんは、わけがわかりませんでした。おおかみさんにあったら、かならず食べられてしまうものだと思っていたのです。
「さっき村での狩りにしっぱいしてな、かわりに森でいのししを食べたから、はらがいっぱいなんだ」
「不要な狩りはしないのが、にくしょくどうぶつのほこりなのさ」
聞いてもいないのに、おおかみさんが、かっこうつけながら教えてくれました。
なんだよ、人を食わなくてもいいのかよ。赤ずきんちゃんは心の中でつっこみました。
「じゃあな」
去っていこうとするおおかみさんに、赤ずきんちゃんは、思いきって声をかけました。
「ね、ねえ、何で、人を食べるの?」
「いや、そんなに俺、人を食わないぞ」
「……え?」
「そんなに人間ばっかり狩ってても、俺の方がもたないしな」
たしかに、と赤ずきんちゃんは、すんなりなっとくしてしまいました。
「まあでも、食いたいものを狩る、これがきほんだな」
おおかみさんはつづけます。
「『やりたいことをやる』おじょうさんは、そうじゃないのか?」
やりたいこと?
赤ずきんちゃんは、なんのへんとうも出来ずにとまどってしまいました。
やりたいことって何?そんなこと、考えたこともない。
「まあ、おれは、いっぴきおおかみだからな。 自分の生きたいように生きていくさ」
そう言うとおおかみさんは、赤ずきんちゃんの前からすがたを消しました。
赤ずきんちゃんはいつのまにか、おおかみさんへのきょうふはなくなっていました。
そして、しばらくそのばに立ちつくし、おおかみさんの言ったことをあたまの中で考えました。
生きたいように生きる?何それ?
私は、どういうふうに生きたいの?
それは、今まで赤ずきんちゃんの中にはなかった『がいねん』でした。
赤ずきんちゃんは、村でのことを思い返してみました。
「ただいま」
かえってきた、赤ずきんちゃんのそんな一言に、おばあさんは、おおよろこびでした。
ただいま、と言ってくれたからなのか、ちゃんとかいものをしてくれたからなのか、おばあさんはおおげさになんども『ありがとう』をくりかえしました。
「ちょっとまっててね、これで早くごはんを作ってしまうからね」
おばあさんはうれしそうに、じゅんびをはじめました。
「お、おい、ばばあ、ちょっとまて!」
その大声を聞いたおばあさんは、すこしびくつきながら赤ずきんちゃんのほうを見ました。
「な、何か、手伝うこととか、ないのかよ」
赤ずきんちゃんのそんな声に、おばあさんは、おどろきのあまり、あぜんとしてしまいました。
「べ、別に、ないんだったら、いいのよ、ないんだったら」
赤ずきんちゃんは、はずかしくなり、顔をまっかにし、下を向いてしまいました。
「ふ、ふんっ」
赤ずきんちゃんは、かおを赤くしたまま、いすにすわりました。おばあさんは、まだぽかんとしながら、赤ずきんちゃんをみています。
「な、何みてんのよ、ばばあ、ぶっころすわよ」
赤ずきんちゃんの、そのどなり声には、おばあさんは、ちっともおびえませんでした。
次話すぐに掲載します