明日への光
一人称 麻衣子視点
「さよなら。たっちゃん」
私は達也にそう声を掛けた。
ふと達也が以前呟いた言葉が頭をよぎった。
――この国の法律はおかしいことが多いよ。
「そうよね。私たちの結婚に関してはヒトとして扱っているのに、殺人に関する法律がないなんておかしいのよ」
私はそう呟くと立ち上がった。そして、窓のほうへ足を踏みだした。愛するあの人を追いかけるために。
ヒトになりたかった。それは叶わぬ夢であるなら、普通の夫婦になりたかった。せめて夫にヒトとして認められたかった。
愛するあなたに……。
ふと、足が止まる。
本当に私はあの人を愛していたの?
ヒトとして認められたいと思いながら、やっぱり私はどこかで作られた人間として生きてきたのかもしれない。結婚相手としてのヒトなのだから、相手を愛さなければならないと思っていたのかもしれない。
私はあの人のことを……。
目を閉じる。
どれくらいの間そうしていただろか。
胸の中で何かが転がった。
私は向きを変えて歩きだした。そして、脱衣所に行くと洗濯機に割烹着を投げ入れた。
私も今は〝無罪〟。
リビングに戻ってみると達也は動くことなく横たわっている。お腹から流れだした血がフローリングの床に血溜まりを作っている。
ヒトの血って鮮やかな赤でなく、意外と黒っぽいんだ。
そんなことを思いながら横を通り過ぎた。そして、窓を開けるとバルコニーへと足を踏みだした。
彼お気に入りの広いバルコニーの端までいくと、手すりに腕を乗せた。
強めの風が吹き、空気が澄んでいる。今日は富士山の綺麗な姿がくっきりと見える。時代が移り、人や周りが変わっても富士山は変わることなく堂々とした姿でそこにある。
風が音を立てて耳に飛びこんでくる。髪を撫で、頬をさする。胸に残る霧を吹き飛ばすように心の中も通り過ぎていく。
ぽっかりとあいた胸の中に、明日への光がゆっくりと広がっていく。




