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人を殺しても無罪なんてあるの?  作者: ゆらゆらゆらり
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鈍器を握る俺

 テレビでは再び討論が始まっている。判決は無罪とでたが、討論は有罪側が優勢のようだ。


「そうよ、絶対におかしいわよ」


 今日、何度も見ている姿。麻衣子はテレビへと言葉をぶつけ続けている。

 無罪側の専門家はどんどん言葉が少なくなってきている。心の中では有罪にするべきだと思っているのかもしれない。でも、立場上そういうわけにはいかないといった感じにも見える。

 そんな劣勢の中で、法律の専門家が言い放った。


『彼のしたことを裁く法律がない以上、彼を罪に問うことはできません。だから、現状の法律では彼は当然無罪なのです』


「法律がないって、なによ!」


 麻衣子は怒鳴り声を画面にぶつけた。

 俺はそんな麻衣子の言葉より気になる言葉があった。


 〝現状〟


 そうなのだ。今は法律がない。でも、今の討論の様子からいっても、すぐに新しい法律ができる可能性は高い。この初めての殺人を契機に、新法案がすぐに作られてもおかしくない。

 今日の判決で、数日中にいくつもの殺人が起こるかもしれない。いくつも起こる殺人のひとつになれば俺だけがつるし上げられることはないだろう。

 勿論、罪に問われることもない。


 やるなら今しかない。


 今、ここで強引に襲うか……いや、騒がれるのはまずいか。でも、防音がしっかりしているマンションだから、声が漏れる心配はない。いやいや、でもやっぱり、下手に反撃でもされたら面倒だ。

 それにできれば、ベランダから投げ落として自殺とういことにでもしたいところだ。

 罪に問われることはないが、一応、世間体は気にはなるし……まぁ、周りがうるさいようなら、引っ越せばいいだけだが。


 今なら俺が犯罪者になることはないのだから。


 まぁーいい。急がなければならないが、今日明日で法律が変わるというわけでもない。夜、寝入った時にでも襲おう。


 あーぁ、そうだ。アレを後でベッドの下に持っていかなくては。


 ――ふんっ。


 思わず鼻から笑い声が漏れそうになった。

 いますぐに、どうこうなる訳でもないのにアレをソファーの下に隠して、判決が出るのを待っていた自分がなんとなく可笑しくなった。


 何を焦っていたんだか。なにごとも冷静にならんと。


 突然、画面に40歳前後の女性芸能人が映しだされた。彼女は立ち上がり、叫んだ。


『人は人よ! 人を殺したなら……』、言葉が詰まり、彼女の目から涙がこぼれ落ちる。かすれ声で尚も叫ぶ――『殺人よ!』


「そうよ!」


 麻衣子の声が続き、沈黙が時を支配した。

 リビング同様、画面の中の人たちも口を閉ざしている。

 テレビの中で沈黙を破ったのは、言葉をつなぐキャスターであり、同時にリビングの沈黙を破ったのはスマホの着信音だった。

 ソファー前のテーブルに置かれた麻衣子のスマホが鳴っている。

 麻衣子はそれを手にすると立ち上がり、窓際へと移動した。そして、電話にでると何度かうなずき、いきなり――「そうよ、最低よ!」


 きっと友達からなのだろう。内容は勿論、裁判のことだろう。

 外を眺めるように、窓際に立って電話をしている。でも、外の景色など全く見えていないだろう。彼女は興奮して、声は大きくなり、片手を振りながら話している。


 判決に興奮した人が、突発的に飛び降りた――こんな感じでどうだろうか?


 俺は視線を画面に向けながらも、チラチラと麻衣子の様子を窺った。手はソファーの下へと伸びている。


 夜まで待つ必要はない。今がチャンスだ。


 何だか絶好のチャンスが訪れている気がしてきた。

 俺は鈍器をしっかりと掴んだ。窓際を気にしながら、そっと持ち上げて麻衣子の視界に入らないソファーの上へと移動させた。


 ずしりと重いこの金属で頭、いや首の後ろ辺りを殴って上手く気を失わせることができれば、後はベランダから突き落して、自殺でかたがつく。

 まぁ、殴り殺しても構わないのだから、躊躇うことなく思いっきり殴るだけだ。大事なのはタイミングだ。電話の相手に悲鳴や余計な物音を聞かれるのはまずいから、勝負は電話を切ったその瞬間だな。


 気持ちを集中させる。

 会話へと耳を傾ける。

 その時をじっと待つ。

 そして、


「じゃー、また電話するねぇ」


 時はきた!


 俺は立ち上がった。右手にはしっかりと握られている物がある。息を殺しながら窓際に立つ割烹着を着た後ろ姿へと近づく。


「じゃあね」


 携帯を握っている麻衣子の手が耳からはなれていく。


 今だ!


 君を愛している。だから、別れても誰にも渡したくないんだ。

 俺は右手を振り上げた。

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