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人を殺しても無罪なんてあるの?  作者: ゆらゆらゆらり
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世間が注目する裁判がはじまる

「絶対有罪よ! 死刑よ、死刑!」


 テレビ画面に映しだされた顔写真を指差しながら妻の麻衣子が怒鳴った。

 俺は自宅リビングで、彼女と並んでソファーに腰掛けながら、『裁判の行方』という緊急特別番組を見ている。


「それはないよ。口論の末の突発的な殺人だし、死刑はないよ」


 興奮する彼女に対し、俺はコーヒーを片手に冷静に答えた。いや、冷静を装いながら心の中では呟いていた――っていうか無罪だよ。

 なんだか冷たい視線を感じる。


 まずい! 思わず気持ちが顔に出てしまったか。


 窺うように横へと視線を向けた。

 どうやら勘違いだったようだ。麻衣子の視線は画面にくぎ付けになっている。


「温和そうな顔して、3年も寄り添った妻を殴り殺すなんて人間の皮をかぶった鬼よ、悪魔よ!」


 確かに画面に映し出された42歳だという男は温和で優しそうに見える。

 ふっくらした顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。いかにも誠実で人のよさそうな男に見える。


 女性アナウンサーが男の経歴を紹介し始めた。


 男は一流といわれる大学を出て、名の通った企業で経理ひと筋の人生を送ってきたようだ。

 ギャンブルや夜遊びといったものに無駄使いすることなく、稼いだお金は妻だけに使っていたのだろう。

 きっと男は見たままの優しい普通の男なのだ。そして、妻を愛していたのだ。俺と同じように……。


 そう、俺だって普通。31歳の普通の男だ。


『それでは事件について、もう一度振り返ってみましょう』


 ベテランの男性キャスターが重みのある神妙な声で言った。


『それでは、こちらのVTRをご覧ください』


 女性アナウンサーの声で画面が切り替わり、VTRが始まった。

 抑えたトーンで淡々と語る女性のナレーション声が聞えてくる。



 ◇


 喧嘩の始まりは些細なことでした。ちょっとした言い合い、それが始まりだったのです。その中で、森下高男が独り言のような呟いたひと言が悲劇を招いたのです。


『結婚する時は理想の女性だったのに……』


 このような言葉は、何年か暮らしてきた夫婦なら、ポロリとでてくるものです。軽く聞き流すことができる言葉かも知れません。

 しかし、彼女、森下智美にとっては胸に突き刺さる重いひと言だったのです。


『人は共に生活をするようになれば、多少なりとも変わるものでしょ。そうでしょ? 私だって変わる。変わるのよ!』


 向きを変え、彼女は夫に詰め寄りました。


 こんなやりとりも、夫婦喧嘩ならよくあることです。環境が変わり、様々な経験をすれば人は変わります。

 彼女だって環境が変わり、いろいろな経験をしたのであれば、変わって当然なのです。

 でも、森下高男は理想の女性像からはなれていく妻が許せなかったのです。

 そして、強行におよんだのです。


 悲鳴を聞いた隣の主婦の通報によって、すぐに警官が駆け付け、森下高男は逮捕されました。

 警官が駆けつけた時、森下高男は凶器であるブロンズの置物を手にしゃがみこみ、動かなくなった妻を見つめていたそうです。

 この時、彼はどんな気持ちだったのでしょう。人を殺したことをどう思っていたのでしょうか。



 ◇



 VTRが終わり、視線をテレビ画面から横へと移すと、そこには怒りでつり上がった目と噛みしめられた唇があった。

 慌てて画面へと視線を戻す。

 その画面では司会者であるキャスターを真ん中に、左右に別れた専門家たちによる討論が始まっていた。それぞれの立場で、無罪派、有罪派に別れて意見をたたかわせている。

 彼らの後ろにはひな壇があり、そこに座る芸能人からも意見が飛んでいる。


 とその時、アラーム音がキッチンから聞こえてきた。どうやらケーキカステラが焼けたようだ。それは麻衣子の得意料理で、味はまずまずといったところだ。口にはださないが、金を出せばもっと美味いのをいくらでも買えるし、別に手作りじゃなくてもと、最近よく思う。


「本当に最低の男!」


 一瞬自分に向けられた言葉のようでドキッとした。


 麻衣子はその言葉を残し、ソファーから立ち上がり、リビングを後にした。

 ソファーに座っていても、対面カウンターの向こうでオーブンレンジからケーキを取りだしている姿が見える。

 ダイニングテーブルにプレートを置き、椅子の背もたれに掛かっていたダボダボの白い割烹着を着始めた。どうやらケーキのデコレーションを前に、気合いモードに入ったようだ。


 以前、料理をする麻衣子の姿を見て「その格好ダサくないか?」といったことがある。もっとスタイリッシュなエプロンがいくらでも売っているのに、麻衣子は歴史資料館にあるような古くさい割烹着とかいうやつがいいという。

 その理由は、料理を作っています! 

 そんな感じで気合いが入るからだと、よく分からないことをいっていた。


 俺はそんな姿を横目に、ソファーの下に隠してある物にそっと手を伸ばした。下からだすことなく手に取るとズシリと重い。冷たく硬い感触が伝わってくる。


 今、平日の午前中であるのに俺は有給休暇を取ってまでテレビを見ている。いや、俺だけじゃないだろう。俺の他にもそんな人間がいるはずだ。それぞれ思いは違えども、この生放送、いや、裁判に注目している。


 ふと、麻衣子が戻ってきそうな気配がしたので、手にしている物をその場に置いて座り直した。

 麻衣子も判決の行方が気になってしょうがないのだろう。ケーキ作りは中断したようで戻ってきた。

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