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遊覧飛行


 戦争の準備には時間がかかる。

 出来れば敵に気付かれずに準備を整えたいが、そうもいかない。

 特にこの世界では、石油と同じくらい重要な戦略物資の位置に、魔法の原動力になるマナがある。


 このマナは剣や鎧だけでなく、荷車や船まで多様に使う。

 お陰で輸送力は並外れてるのだが、大量のマナの購入と備蓄を隠すのは難しい。

 何故ならこれも複数の国にまたがるギルドが管理していて、それぞれの王家や政府とパイプがあるのだから……。

 戦争で商人が儲けるのも、地球と同じだ。


 さて、そんな開戦間際になって、当事国の姫がとんでも無いことを言い出した。

 前線へ督戦に行くと言うのだが、これを王国の重鎮が何とか 翻意してもらおうと、必死で説得している。

 ロンバルド伯爵の視線がこちらに向く、その目は説得に協力してくれと訴えていた。


「えっと、ベアトリーチェ様は、軍事の心得があるんですか?」

 長椅子の隣に座っている王女に語りかけた。


「あるわけないじゃない。けど馬には乗れるわよ」

 王国の真珠と言われる可愛い顔を俺に向けて、何故そんなことを聞くのって顔する。


「なら、守る人が増えるだけ邪魔になるのでは……いや、士気は上がるでしょうが」

 いささか失礼だったが、ロンバルド伯爵は、言い難いことをよくぞ言ってくれたと頷いていた。


 王女の細い眉が急激に角度を増す、『無礼者!』とでも怒られるかと思ったが、そんなことはなかった。

 控えていた侍女達に手を叩いて合図すると、大きな声で命令した。


「あれを持ってきてちょうだい。あと、ついでにサガ様の分も」

 これを見れば納得するわよ、とでも言いたげな顔をしている。

 さり気なくロンバルド伯の方を見たが、分かりませんと首を振っていた。


 しばらくして、侍女たちが大きな箱を数人がかりで持ってくる。

 それと一緒に、騎士のカテリーナも一緒にやってきた。

 カテリーナは渋い顔をしていて、彼女も反対してることがひと目で分かった。


「あらカテリーナ、ちょうど良かった手伝ってちょうだい」

 お目付け役でもある彼女が何か言い出す前にと、王女は両手を広げて立った。

 何処からか衝立が運ばれてきて目隠しにして、どうやら箱の中身は衣装らしく、衝立の中からは金属のこすれる音がする。

 これはあれだな。


「どうですか?」と、鎧と兜を身に着けたベアトリーチェが出てきた。

 下には鎖帷子を着込み、騎乗できるズボンに皮のブーツ、盾はなく代わりに胸甲に大きく剣と蛇の王家の紋章。

 兜は金を混ぜ磨き上げてあり、これでもかと言うほど目立つ。

 これはきっと、パレードで披露すれば沿道の国民が大熱狂するのは間違いない。

 もちろん戦闘用ではなく、兵士を高揚させるには申し分ないとは思うが……。


「あのー、戦場に侍女を連れていって着替えるんですか?」

 素朴な疑問だったのだが、王女は想定してなかったようで、しばし考え込んだあとにようやく答えた。


「服も帷子も脱ぎません、戦場ですから。この胸当ても自分で着れます」

 王女に産まれた彼女にとっては、絞り出すような覚悟だったのかもしれないが、カテリーナは優しく諭す。


「その装いでお見送り下さいませ、兵達も沸き立ちましょう。戦場へは、私が殿下の旗を掲げて参ります」

 だがベアトリーチェは譲らない。

「それでは駄目なのです。此度の騒乱の原因はわたくしですから」

 違います! とカテリーナは否定するが、それを手で押し留めて先を続ける。


「わたくしの王位相続が要因なのは間違いありません。それに、カテリーナも見たでしょう? 募兵所や漕ぎ手や人足の志願所に並ぶ若者の数を。王家の誰かが、いえわたくしが見届けねばなりません。彼らの内の幾人かは二度と帰って来ないのですから……」


 王女の決心は立派な気はするが、王様はどうした。

 影の薄い父王は出馬しないのかね。

 これには、ロンバルド伯爵が答えてくれた。


「陛下は、北方と南方、それに海。三方向からの侵攻も考えられますので、要となる王都から離れることが出来ません」

 まあ確かに、君主と首都さえ残れば何とでもなるけどさあ。


「この話は終わりです。わたくしは議論をする気はありません」

 王女は強引に話を打ち切って、一言付け加えた。

「それ以上反対するなら、このまま北へ行って、サガ様やビンチ様と一緒に戦います。だって五人しか居ないのでしょ?」


 二人とも、納得はしてないがこの場は諦めたようだった。

 一段落ついたところで、リーザが王女の鎧にすり寄る。

 輝く物に惹き寄せられるドラゴンの習性かと思ったが、王女の解釈は違ったようで。


「あらごめんなさい。リーザも入れて六人でしたわね。是非、貴方に乗って飛んでみたかったのですけれど」

 これに笑って応えたリーザを見ると、そうだったのかな。

 だが、それくらいの願いなら叶えましょう。


「リーザ、ちょっと飛んでくれる?」

 快くドラゴンに戻ったリーザに、王女と二人で乗る。

 一気に舞い上がり楽しそうに空を駆け回る背の上で、王女も歓声をあげる。


「すごい! 地面があんなに遠い! 見てください、ほら北はもう雪が!」

 遠くの冬景色も、王女の鎧も、陽の光を受けて眩いばかりだ。

 昇りきったところで急旋回を始め、バランスを崩しそうになったベアトリーチェに手を貸す。

 すると今度は逆方向へ舵を切る、リーザは遊んでるつもりでも、乗ってるこっちは大変なんだけどな。


 しかし……なんだこの状況は?

 揺れるリーザの上ですが、姫様、ちょっと近くないですかね。

 微妙に緊張する俺に畳み掛けるように、肩の横に来た顔をあげて、真っ直ぐ見つめながらベアトリーチェが言った。


「ありがとうございます、サガ様」

 いえ、こんな遊覧飛行で良ければ何時でも。

「ふふ、違いますわ。これまでわたくしの事を、普通に扱ってくれる人なんて居なかったですもの」

 いや、かなり丁重に接してたつもりなんですが……。


「カテリーナでも、わたくしを守るって意識が強くて。ちゃんと対等に接してくれたのは、あなたとルシィだけです」

 そりゃまあ彼女は、元の性格がああですから。

「けど、ルシィに悪いのでここまでにしておきます。リーザもありがとう、もう降りてもらえる?」


 ほんの少しだが、いい雰囲気になりかけた空中散歩は、あっさりと終わった。

 最後にベアトリーチェは、魔法使い用の立派なローブを四着と、作りたての鎧一式を土産にと贈ってくれた。

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