こっちの世界
朝も早く、世間と同じくらいに目が覚める。
だらだらしてたここ最近、なかったことだ。
さっそくと思ったが、あちらと時間がシンクロしているのか分からない。
時計か、時計を持っていけば売れるのか?
ただ、精密機械を持ち込むのは気が引ける、世界を乱したりしないだろうか。
結局、昼前まで待って、穴に潜り込む。
空いた時間で、近所の洋菓子屋で買って、ケーキ、チョコ、スフレ、エクレアなどを土産にしてカバンに詰めた。
ルシィが喜んでくれるかと思ったら、少し奮発してしまった。
荷物を先に通そうとすると、穴は閉じたかの様に受け付けない。
自分で抱えていないと通り抜けられず、ぎりぎりのところで穴を抜けた。
三度目の訪問。
見慣れてきた魔法陣の部屋に、見慣れる物が立っている……人の背丈ほどの木の人形、これがポンペイさんかな?
ポンペイさんは、こちらの姿を認めると、そのまま扉から出て行った。
凄い、本当に動くんだ。
ルシィに報せに行ったと思うが、一応ランプも捻っておく。
きちんと目を閉じたが、その光が収まらぬ内に、ルシィが飛び込んできた。
「いらっしゃいませ! お昼は済んでます? 一緒にいかがですか?」
歓迎されてる事が、とても嬉しい。
豆の浮いたスープに、干し肉と昨日のパンと果実のジュースをご馳走になる、これまた素朴だが美味しい。
食後に、用意してきたデザートをとカバンを開けるが、中身がおかしい。
「な、なんだこれ?」
どうしましたと、ルシィもカバンを覗く。
詰めてきた菓子が、全て溶けたような黒い物体になっていた。
「いや、これは、お土産に食べ物を……」
しどろもどろになった説明に、ルシィがあっさりと答えをくれた。
「探索陣で、果実とかを採るとそうなるんです。生ものとか、直ぐ腐ったり痛む物を通すと崩れるらしいですよ」
ならば、生鮮食品の持ち込みは駄目なのか、缶詰や乾物はどうなんだろう。
この世界に通じる穴、ルシィの作った失敗した探索陣は、直径は成年男性が通れるほどで、抱えるか背負うかしないと運べない、ついでに生ものは無理。
人が通れるから、生き物は可能かも知れないが、試すのはちょっと怖い。
こうなると、持ち込める物は限られるのだが、その為にルシィを誘った。
欲しい物を見つけてくれれば、それを運べば良い。
デートではない、あくまで視察だ。
二人揃って通るのは無理なので、先に戻って待つ。
ルシィには、穴を通ることへの、不安はなさそうだった。
この穴を作った本人なわけだし、何か自信や確信があるのかも知れない。
床から浮かび上がるように、ルシィの頭が出てくる。
次に腕、片手に杖を持っていて、大変そうなので手伝う。
手を握って引き上げるが、軽い! これが女の子の軽さか!
掴んだ手も小さくてかわいいが……小さすぎないか?
現れたルシィは、縮んで、いやあきらかに若返っていた。
何年分だろうか、どう見ても小学生くらいにしか見えない。
だぶだぶのローブに、大きな杖がとても可愛い。
いやいや、眺めてる場合ではないと、話しかけようとして気付く。
ルシィが何か言ってるが、まったく分からない。
その為に、翻訳ペンダントは付けたまま戻って来たのに。
穴を指さした小ルシィが勢いよく飛び込んで、慌ててそれを追いかける。
追いかけた先のルシィは、元の大きさに戻っていた。
ペンダントを外してとジェスチャーされたので、外して渡す。
そのペンダントを、小さな魔法陣から繋がる別の魔法陣に置いて、小さい方には、部屋にあった宝玉を一掴み。
それから、ルシィが詠唱を始めた。
この世界に来て、初めて見る、魔法を使う場面だった
宝玉が光り始め、徐々に光が小さくなり、その分だけペンダントが光る。
説明が無くとも分かる、これが彼女の言っていたマナの供給なんだ。
最後に、光がペンダントに飲み込まれてから渡された。
「分かります?」
わかる、今度は言ってる事が分かる。
「びっくりしました、だってマナが凄い勢いで杖から抜けるんですもの!」
いや、それじゃなくて。
「この杖のマナが全部なくなったら、詰め直すだけで幾らになるか!」
やっぱりマナって高いんだ。
「体も縮んでましたし、ちょっと待っててくださいね、準備してきます!」
そう言って、ルシィは部屋から出て行った。
体が縮んだり、大きくなるのは、よくある事なのだろうか。
この世界の魔法については、まだ知らないことだらけだ。
それにあれは、縮むというより、幼くなってたと思うのだが。
ひょっとして俺もと思ったが、この部屋には鏡がない。
他の部屋や、街中でも見てない、これは大きなヒントになるかも。
「お待たせしました!」
ルシィが鞄を抱えて戻って来た。
これは聞かなくても分かる、着替えだろう。
今度は、ペンダントも杖も置いていく。
やっぱり小さくなったルシィを引き上げて、着替えの間は外で待つ。
ここで変な気を起こすと、台無しだ。
ノックの合図で部屋へ戻ると、木綿の生成り色のスカートに、毛質の茶色の上着、紐でなく革のベルトをきちっと締め。
長いウェーブのかかった髪には、簡素な木製の髪留めと、麻で編んだ肩掛け鞄、これぞ天然素材といった可愛い女の子が立っていた。
とりあえず拍手をすると、少し照れくさそうに一回転してくれた。
同じ部屋に二人きりで居ると、まずい気がしたのでさっそく出かけることにする。
準備の良い事に、革製のサンダルまで持ってきていた。
彼女の身に付けてる物は、全て自然素材で恐らくは手作り、むしろこっちの世界で高級品だろう。
ただ、あっちの世界でも安物とは限らないが。
今日が土曜日で良かった。
平日に、異国の小学生っぽい女の子を連れてたら、必ず警察に咎められる。
それも美少女と、冴えないおっさ……お兄さんとか、犯罪臭この上ない。
ジェスチャーでしか意思が通じないが、小ルシィは表情も豊かで助かる。
まずは、電車に乗って繁華街へ行こう。
こっちと合図すると、とことこと付いてくる。
楽しい一日になりそうだ。
5話の4500字を分割しました。
一話2000前後が主流っぽいので。