第3話
「こんなにいるとは思わなかった」
留が誰ともなしに呟いた。
奏音が、立ったまま留を抱きしめた。
「よかった、生きててくれて。何もなくてよかった」
奏音の豊満な胸に、留の頭が埋もれている。苦しそうに手足をバタバタさせているが、羨ましい限りである。
そんな二人の横で、メイナは自分の胸をじっと見下ろしている。
結里とりんは、顔を見合わせて苦笑していた。
「そろそろいいですか」
メイナがこほんと咳払いをすると、奏音がようやく留から離れた。
留は予想通り、真っ赤な顔である。奏音が慌てて弁解する。
「トドメくんに何もなくてよかったーって安心したら、ぎゅってしたくなっちゃった。苦しかったよね? ごめん」
「いや、別に」
留が、両腕を足の間に置いて俯いた。
「これで分かったでしょう? 貴方は間違っています。貴方には心配してくれる友達と兄がいます。つまり、貴方は愛されているのですよ。そもそも『何をしたって愛されない人間』と言っていましたが、誰かに確認したことはあるのですか? それに、土岐亘が努力していないというのは、本当にそう思っているのですか? だとしたらバカです。別に、貴方が世の中に不満を持っていて、一人で命を終わらせようとしているのであれば、私にそれを止める権利はありませんが、誰かを巻き込んで死のうと思うのなら、それは迷惑でしかありません。」
メイナが畳み掛けるように話す。留は黙ったままだ。じっと床を見つめているため、表情も分からない。
「留くん。私も同じクラス委員長として心配してたよ。最近元気なさそうだなって。でも、声をかけられなくてごめんね」
「あたしも、せっかく相談してくれたのに、力になれなくてごめん」
「最近わたしたちとワタルくんで集まることが多かったから、寂しい思いさせてたかもしれないわね。でも、なにも留くんに意地悪しようと思ってたわけじゃないのよ」
控えめに鼻をすする音が聞こえてくる。だんだんそれが大きくなり、観念した留が顔を上げた。
「ありがとう」
涙でぐちゃぐちゃになっていた。
あまりにも素直で不気味なほどだったが、それは口に出さないでおいた。
「みなさんは私と、そして留さんのために、能力を使うことになっていただけなのです」
「能力?」
留が目を細めた。
「ええ。留さん、貴方も持っているはずです。三浦さんから聞きました。時が止まることがあるのでしょう? 一人ひとり能力を持っているのです。何のために生きるのかということがそれに関わっています」
「はあ」
留は気の抜けた返事をしている。
「それで。二学期になってあんたたちが急に仲良くなったのと、どう関係あるわけ?」
調子を取り戻した留を見て、俺はほっと胸をなでおろした。
素直な留は、可愛くはあったが、やはり少し落ち着かなかった。
問いに答えようとメイナが口を開いた時、階下から母さんの声が聞こえてきた。
「亘、留、いるの? 遅刻よ! 急ぎなさい!」
「やべっ」
時計を見ると、ぎりぎりの時間だった。
「思ったよりは時間が経ってないようだけど……」
結里がちらりと留を見るが、留はそれには気付いていない。
「急ぐぞ!」
鞄を掴み、いの一番に飛び出していった。
ふふ、と笑い声が漏れる。
女子たちの視線が俺に集まった。一様に、変なものを見たという顔をしている。
「俺たちも行こうか」
取り繕うように言うと、全員が頷いた。
俺は留の後を追って走り出す。体は驚くほど軽かった。




