第6話
「どうしました? 土岐亘」
メイナの声に、強く閉じていた目を開けた。
俺は、廊下をメイナと二人で歩いていた。移動教室からの帰りだ。
「なんか目が変だったんだ」
まばゆい光に包まれた後のように、視界がぼんやりとしていた。
「そういえば私もいつもより目が見えづらいような気がします」
「あら」
前から歩いてきたポニーテールの小さい女の子、もとい女子生徒が、俺たちに駆け寄ってきた。
「結里先輩、こんにちは。久しぶりですね」
「どうしましたか。何か用ですか?」
「ううん。たまたま通りかかっただけよ」
結里は瞬きを繰り返している。
「わたしたち、今日会ったのは一回目よね?」
「そうですよ」
メイナが目をこすりながら答える。
「さっきも会ったような気がするわ」
「デジャブ、って言うんでしたっけ、そういうの」
その時、結里が頭を押さえて顔をしかめた。
「先輩?」
慌てて駆け寄る。
「ワタルくん、ありがとう。大丈夫よ。……ただ、ちょっと気になることがあるの。カノンちゃんのクラスに向かいましょう」
「事件ですか?」
「違う、と思う。今までとは違う感じだから。とにかく行ってみないことには分からないわ」
俺とメイナは、顔を見合わせて頷いた。
「行きましょう」
教室に着くと、ちょうど入口のところで体操服姿の奏音と鉢合わせた。
「あ……」
目が合う。気まずくて目を逸らそうとしたとき、奏音の瞳から急激に光が失われた。
「奏音!」
一歩踏み出そうとしたとき、奏音の口が開いた。
『何これ!』
『カノンちゃん、どうしたの?』
『あ、あれ……』
『三浦奏音はビッチ。誰にでも体を許す女。二股をかけている』
『やめて!』
『誰がこんなこと……』
『もしかして留と喧嘩した?』
『確かに、今朝ちょっと口論になったかも』
『これ書いたの、誰?』
『奏音に恨みがあるやつじゃね?』
『委員長ちゃん、体育さぼったよね』
『違う、私じゃ……ない……』
『あ? なに口ごたえしてんだよ』
「……え?」
声が漏れる。メイナと結里も微動だにしない。
奏音の目に光が戻り、二回瞬きをした。
「あれ? みんな揃って固まってどうしたの?」
「覚えてないのか?」
「……何が?」
奏音の顔から血の気が引く。
「もしかして、あたし何かした?」
「録音ですね」
メイナの声がした。
「直前の言葉を記憶し、再生することができる能力です。恐らく三浦さんの声色の違いから、複数人の会話の再現と思われますが」
「能力?」
「直前?」
二人の声が重なる。メイナは俺と奏音を交互に見た。
「三浦さん。自覚していないだけで、能力はみんな持っているものですよ。私もですし、土岐亘も、覚張さんも持っています。心配することはありません。自覚してしまえば暴発する可能性は低くなりますから」
奏音は分かったような分かっていないような、微妙な顔をして固まっていた。
「詳しくは後で話すから」
俺が声をかけると、その表情のままゆっくり頷いた。
「そして、土岐亘。いいところに気付きましたね」
「わたしも変だと思ったわ。カノンちゃん、嫌がらせを受けた記憶はある?」
「あ、ありません」
「となると」
メイナが教室の中をのぞき込んだ。
「他にも能力を使った人がいるのですね」
「ちなみにさ、どんな能力なんだ?」
俺もメイナの後ろから教室を見回す。留はいないようだ。
「これは推測なのですが、ループだと思われます。時間を巻き戻す能力です」
一人だけ制服を着ている、三つ編みの女の子と目が合った。




