第5話
奏音に避けられるようになって数日経った。
移動教室からの帰りに、メイナと一緒に廊下を歩いていると、
「あら」
前から歩いてきたポニーテールの小さい女の子、もとい女子生徒が、俺たちに駆け寄ってきた。
「結里先輩、こんにちは。久しぶりですね」
「どうしましたか。何か用ですか?」
「ううん。たまたま通りかかっただけよ」
その瞬間、結里の顔色が変わった。
「先輩……?」
「カノンちゃんのクラス」
結里は険しい顔をしている。
「え?」
「事件ですか?」
メイナの声に結里が頷いた。
「行くわよ」
俺たちは奏音のクラスに急行した。
「何これ!」
三人が教室に到着したのは、入り口に立ち尽くした、体操服姿の奏音が叫び声をあげた時だった。
「カノンちゃん、どうしたの?」
結里が問いかけると、奏音が青ざめた顔でこちらを見た。
「あ、あれ……」
指差す方向を見る。黒板に何か書いてある。
「三浦奏音はビッチ。誰にでも体を許す女。二股をかけている」
メイナが淡々と読み上げる。
「やめて!」
奏音は耳をふさいだ。
「誰がこんなこと……」
結里は険しい表情で、黒板を睨みつけている。
俺は、はっとして奏音に尋ねた。
「もしかして留と喧嘩した?」
奏音がはじかれたように顔を上げ、震える声で答えた。
「確かに、今朝ちょっと口論になったかも」
「内容は?」
「あんなことするなんて亘は酷いやつだ、ってしつこく言うから、思い出したくないからやめてって。あと、わっくんのこと、人でなしみたいに言うから、事情があるって言ってたし、冷静になってきたし、わっくんの話も聞いてみようって言い返したの。……でもなんで分かったの?」
「勘?」
何か言いたげな奏音から目を逸らし、留の席を確認した。
そこには誰も座っていない。一体どこに行ったのだろう。
無言で考え込んでいると、教室の中から女の子の声が聞こえた。
「これ書いたの、誰?」
「奏音に恨みがあるやつじゃね?」
髪の毛を頭の上に盛り、つけまつげがまばたきの度にバサバサいっている、ギャルたちだった。
「えー。でもうちら体育だったじゃん。帰ってきたら書いてあったわけだから、うちのクラスの人は無理だよね」
わざとらしく教室を見回す。
「あっ、一人いたじゃん」
ギャルの隣の席にいた、制服姿の三つ編みの女子が怯えた顔をしている。
「委員長ちゃん、体育さぼったよね」
「それは……体調不良で……」
「美人の奏音に嫉妬してこんなことしたんじゃないの?」
「うわー、卑怯」
「違う、私じゃ……ない……」
「あ? なに口ごたえしてんだよ」
ギャルが三つ編みの女の子に掴みかかろうとし、涙目の彼女が目をぎゅっとつぶった時、俺の視界は真っ白になり、何も見えなくなった。




