第4話
次の日。チャイムの音で目覚める。
もうメイナが来たのか、と慌てて着替え、玄関のドアを開いた。
「ごめん。まだ準備できてな……」
予想外の人物が立っていて、俺は途中で言葉を切った。
「奏音、どうして」
奏音は自分の足元を見つめたまま、顔を上げようとしない。
「あのさ、話が」
「ごめん、奏音待った?」
俺の後ろから留の声がした。靴を履きながら奏音に近づいていく。
「待ってないよ。今来たとこ。行こ」
奏音は留に笑顔を向けて、踵を返した。
俺の方は一度も見なかった。
「うん、行こうか」
留が俺の耳元で囁く。
「奏音は亘と話したくないみたいだよ」
含み笑いをする留に、声を潜めて聞き返した。
「昨日奏音と何を話したんだよ」
「どうして亘に言わなきゃいけないの?」
「なっ……」
「じゃあ、そういうことだから」
留は俺に向かって手を挙げた。奏音と留が連れ立って歩き出す。
突如目の前が真っ暗になり、頭の中で声が聞こえた。
『勝った。嬉しい』
やがて二人の姿が見えなくなるまで、俺は玄関先に立ち尽くしていた。
「土岐亘、どうしたんですか」
前から歩いてきたメイナが、俺を見て首を傾げた。
「メイナ……。俺、奏音に嫌われたみたいだ。あと、留にも」
「それは誰から聞いたのですか?」
「留だよ。さっき、奏音が留を迎えに来たんだ。三人で登校することはあっても、二人きりでなんて、一度も無かったのに」
「それは何というか」
メイナは言葉を探すように天を仰いだ。
そして、俺の方に顔を向けたと思うと、人差し指を立てて、言った。
「お気の毒ですね?」
「やめろよ。ますますへこむだろ……」
俺は頭を抱えた。
「隣に私がいるのに、土岐亘は何が不満なのでしょうか」
メイナの呟きは、冗談なのか本気なのか分からない。
俺は聞こえなかったふりをして歩き出した。
「そういえば。さっき、また声が聞こえた」
「何と聞こえたのですか? どういう状況ですか?」
声が分かりやすく大きくなる。
「留から奏音の話を聞こうとして断られたあと、『勝った。嬉しい』って」
メイナは、顎に手を当てて何かを考えている。
「やっぱりそれは、土岐亘に向けられた感情なのではないでしょうか?」
「そんな。留は俺と比べたりしないよ」
「兄弟で好きな人の話とかしたりします?」
「どうしていきなりそんなこと。そういう話はしたことないな。というか、家でも学校でも留とはほとんど話さないし。あいつは、いつでも俺のことを馬鹿にしてくるんだ。だから、そんな俺のことなんて眼中にないだろ」
「……分からないならいいです」
言葉とは裏腹に全く納得していない様子で、メイナは歩みを進める。
「昨日からのそれ、気になるんだよ。何か言いたいことがあるなら言ってくれ」
メイナは俺の顔を見て、三回瞬きした。
そして、はぁっとため息をつくと、言った。
「土岐亘は鈍感ですね」
「は?」
「だから、鈍感ですね、と言ってるんです」
「聞こえなかったわけじゃねえよ。詳しく説明してくれって言ってんの」
メイナは真顔のまま俺を一瞥すると、再び前を向いた。
「まだこれは私の憶測にすぎませんので、断定はできませんが」
メイナはそこで言葉を切ると、深く息を吸い込んだ。
「留さんは、土岐亘に何かしらの嫉妬の感情を抱いている。三浦さんと二人で登校することができた時には『勝った』と思っている。つまり、留さんは、三浦さんに好意を抱いているが、三浦さんは土岐亘にばかり構っている。それが羨ましい。……というのはどうでしょうか。まだ仮説の段階ですが」
俺は開いた口がふさがらなかった。
「留が奏音のことを……? だって十年以上の付き合いだぜ? そんな」
「ただの仮説です。落ち着いてください」
メイナは冷静だ。
「まあ、これだけは確実です。留さんは、自分にないものを持っている土岐亘のことがとても羨ましいんです。それを能力で教えてもらっているということは、留さんの嫉妬というのが、土岐亘の人生に何か関わってくるんでしょうね」
「おいおい。恨みで殺されるとかはないだろうな?」
「どうでしょうね」
「脅さないでくれよ」
「脅しではありませんよ。可能性があるというだけの話です。でもまあ」
メイナが、後ろに回した手を組んで、くるりと振り向いた。
「用心するに越したことはありませんから、私は土岐亘の隣で、観察を続けますよ」
頼もしい顔で俺を見るメイナ。思わず頬が緩みそうになる。
「好きにすれば」
俺はそれを隠すように俯き、わざとそっけなく答えた。




