第9話
俺たちは学食にたどり着いた。結里が注文してくると言うので、今はメイナと二人で向き合って席に座っている。
みんな思い思いに談笑しており、俺たちに注目している人はいない。
幸い、今日のことは他のクラスや他の学年には漏れていないようだ。
「ここでなら落ち着いて喋れそうだね」
俺は肩から力を抜いた。今の今まで気付かなかったが、結構気を張っていたみたいだ。
「ワタルくん、メイナちゃん。お待たせ」
トレーにハンバーグ定食を乗せた結里がやってきた。
「意外と食べるんですね……」
茶碗から溢れんばかりに盛られているご飯を見て、俺は言った。
「う、うるさいわね。女の子がいっぱい食べちゃいけないって言うの?」
なぜか赤い顔で結里が俯いた。
「とりあえず、座ってください」
いつの間にか弁当を広げたメイナが、唐揚げをほおばりながら言った。
「誰にも注目されていないようですし、これからのことを話し合いましょう」
「その前に一ついいか?」
メイナの隣に腰を下ろした結里を見ながら、今浮かんだ疑問を口にする。
「弁当は自分で作ったのか? そもそもメイナは一人暮らしなのか?」
「一つじゃなくて二つになっていますが。まあいいでしょう」
質問の意図が分からないようで、結里が俺とメイナの顔を交互に見ている。
「私が作っています。一人暮らしですね。能力には制限がありますので家には帰れません」
「のう、りょく?」
結里が口をはさんだ。
「はいそうです。どれくらい時間を移動するかに応じて、制限が付くのです。一往復はできますが、もう一度能力を使うには待たなければならないのです。私は三十年後から来たので、三十日ほどです」
「ちょっと待って。聞きたいのはそうじゃなくて、いや、そうなんだけど、あの……」
結里が狼狽している。
無理もない。俺もメイナが何を言っているのか分からない。
「なあ、その能力とか、未来から来たとかって本当なのか?」
「何を言っているのですか。土岐亘には昨日説明したじゃないですか」
「そうなんだけどさ、昨日はいきなりすぎて飲み込んでしまったけど。一晩寝たらおかしいんじゃないかと思うようになって……」
「本当です。信じてもらうことは難しいかもしれません。ですが、あなたたちが自分たちの能力に自覚的になれば、おのずと真実は見えてくるでしょう」
メイナが結里を見た。結里はパチパチと目をしばたいた。
「覚張さん、今まで『事件の匂い』が分かったのはどんな時ですか」
「どんな時、ですか。わたしにもよく分からないけれど、唐突に頭の中で場所が見えるの。それで実際に行ってみたら、喧嘩をしていたり、万引きの場面を見たり。そんな感じかしら。今朝も廊下にワタルくんとカノンちゃんが倒れていたわ」
「あなたのそれは能力です」
メイナは結里を真っ直ぐに見据えている。
「そんな、能力だなんて。あるわけないわ。ただの勘よ」
結里が目を逸らした。
言いたいことは俺にも分かる。能力を持っている人なんて見たことがないからだ。
「ではその『勘』が外れていたことはありますか」
「それは……」
沈黙。どうやら外れたことはないらしい。
「おそらく、第六感と言うべき能力です。事件を察知できる力です。自覚できたのであれば、事件が起こる前に現場に駆けつけることも可能でしょう。もっとも訓練すればの話ですが」
「そして土岐亘。あなたもです。何か能力を持っているはずです」
「俺は」
メイナの視線をかわす。
「能力なんて持ってるはずないよ」
「そんなわけありません!」
メイナが声を張った。
「では、先ほどの行動は何だったのですか。自分の欲望のままに行動したのですか? そうなのであれば、私はあなたを軽蔑します」
「あの。口を挟んで申し訳ないのだけれど、一体どんな事件が起きたのかしら?」
結里がおずおずと手を挙げながら言った。
「簡単に説明しますと、土岐亘が三浦さんのスカートをめくりました」
ぎょっとした顔で結里が俺を見る。
「もしかして今朝も、カノンちゃんにセクハラを?」
「セクハラって! 今朝は断じて違います。さっきは……でもまあそうだよな。疑われても仕方ないけど、うーん。何て言ったらいいのか」
「だからそれが能力と関係があると言っているのですよ」
「メイナは俺を信じてくれるのか?」
「今している話は、信じるとか信じないとかの話ではありません。今後の話です。能力がどんなものか分かれば、対策も出来ます。分からなければ、土岐亘の暴走は止まらないままです」
「暴走、ね。そうかもな」
自嘲の笑みが漏れる。
「事件が起こる前に、何か変わったことはありませんでしたか?」
懸命に、今朝とさっきの出来事を思い出す。
「カメラアングル。ブラックアウト。そして、声が、聞こえた」
「詳しく教えてください」
俺は顎に手を当てて、首をひねった。
「突然、視界が切り替わったり、目の前が真っ暗になった後に、頭の中で声が聞こえたんだ。今朝は『どうしてあいつばかり。ずるい。許さない』で、さっきは『どうして。めちゃくちゃになってしまえ』って」
「今まで他の風景が見えたり、他の声が聞こえたりしたことはありますか?」
「あるよ。気のせいだと思ってたけど。それに」
俺は、いつの間にか溜まっていた唾を飲み込んだ。
「留が近くにいる時だけなんだ」
「留くんってさっきの……?」
結里に向かってゆっくり頷く。
「はい。俺の双子の弟です」
「テレパシーですね」
メイナが思案顔で答えた。




