第5話
「ごめんなさい、わたし教室に戻るわね」
結里が向きを変えて、階段に向かっていった。
「待ってください! 今のどういうことですか?」
俺が叫ぶと、首だけをこちらに向けて言った。
「そのうち分かるわよ。また事件が起こるところで、お会いしましょう」
結里は一段目に躓き、つんのめっていたが、手すりを掴むことでどうにか持ちこたえたようだった。そのまま階段を駆け上がっていった。
「嵐みたいな人だったねえ」
奏音が苦笑いをしている。
「そうだね」
俺は廊下の時計を仰いだ。
「……授業始まっちゃったね」
「そうだねえ。でもどうせガイダンスでしょ? まずは保健室に行かないと」
奏音は頑なだ。それはそうか。
片手がふさがった状態じゃ、何にも集中できないだろうし。
「分かった。じゃあ行こうか」
保健室に向かって、誰もいない廊下を歩きながら考えた。
俺はクラスメイトにどう思われているのだろう。
朝はメイナと一緒に登校して、奏音と二人で教室を飛び出してしまった。
今までだって奏音と学校で話をしたことはあるけれど、こんなにあからさまに二人きりになってしまったことはない。
さっきまで普通に話していたのに、「奏音と二人きりなのだ」と意識した途端に何も喋れなくなってしまう。
「わっくんどうしたの? 何か悩み事?」
「いや、大したことじゃないよ」
「もしかして」
奏音の眉が下がる。
「あたしと話すの、いや、とか?」
「そういうんじゃないって。むしろ逆っていうか」
音を立てて保健室の扉を開けるとそこには先生がいて、俺は正直ほっとした。
「あら、どうしたの?」
「転びました」
「本当だ、擦りむいてるわね。で、そっちの女の子は?」
「あの、ボタンが取れちゃって。裁縫道具ありますか?」
「あー。ちょっと待ってて。そこのベッド使っていいから。カーテン閉めてね」
奏音がベッドに腰掛け、カーテンを閉めたのを見届けた先生が、俺にだけ聞こえる声で言った。
「新学期が始まったばかりだというのに、二人で何してたのかしらね」
驚いて先生の顔を見ると、ウインクして唇の前に人差し指を立てている。
「誤解です! ただ廊下で立ち話してただけです」
奏音に聞こえないギリギリの声で語気を荒げた。
「ふうん。立ち話、ねえ」
先生は全く信用していない様子で俺の全身を見た。
そして、机から裁縫セットを取り出すと、奏音の方へ向かって行った。
「これ使って。終わったら机の上に置いておいてちょうだい」
「分かりました。ありがとうございます」
カーテン越しにやりとりを終えると、先生はこちらを指差しながら歩いてきた。
「そして、きみ」
「あ、二年の土岐です」
「土岐くん。これから怪我したところを消毒して、絆創膏を貼ります。治療が終わったらすぐにここを立ち去ってください」
「え? あ、はい、まあ。そうするつもりですけど」
「で、女の子の、えっと」
「三浦です」
「三浦さんはちょっと残ってちょうだいね」
「……分かりました」
「合意の上だったかってことを聞かないとね」
奏音は意味が分からなかったからか、沈黙を貫いていた。
「先生! だからそういうことじゃないって言ったじゃないですか」
「一応ね、一応」
先生は俺の腕を掴むと、消毒液を垂らした。
「痛っ」
「はいはい、ちょっと染みるわよね、我慢よー」
余計な液をふき取ると、大きめの絆創膏を貼り、その上からぺしんと強めの力で叩かれた。
「痛いって」
「はい終了。じゃあ、土岐くんは授業に戻りなさいね」
背中を両手で押されて、強制的に保健室を出される。
振り向くと、奏音がいるベッドのカーテンが風に揺れていた。




