第4話
「わっくん大丈夫?」
耳元で声が聞こえる。
俺はうつ伏せのまま、ゆっくりと目を開けた。
背中に奏音の重さを感じる。
転ぶ前にとっさに出した腕はズキズキと痛むが、それ以外はおそらく無事だ。
「大丈夫。そっちは?」
左側に顔を向けると、奏音の心配そうな顔が見えた。
「わっくんのおかげで無傷だよ。それよりも」
奏音が俺から降りて、腕を掴んだ。
「血出てるじゃん、保健室行かなきゃ」
持ち上げられた瞬間、ゆるく握られた俺の手の平から、何か小さな物がこぼれ落ちた。
無言でそれを拾う奏音。
「これって……」
「何?」
俺は体を起こして、奏音の手元を見ようとした。
仰向けになり、起き上がった瞬間に見えたのは、レモン色。と、それを隠す奏音の手。
「ボタン、なんでわっくんが持ってるの?」
胸元を隠していない方の手で、奏音がブラウスのボタンを見せてくる。
なぜか転んだ拍子に奏音の第二ボタンが取れて、それを俺が握りしめていた。
状況を理解するまで、ずいぶん時間がかかった。
そして、その沈黙は悪い方に解釈されてしまった。
「答えられないってことは、わっくんがやったの?」
「待てよ。俺が今の一瞬でそんなことできると思うか?」
「じゃあ、勝手にボタンが取れたって言うの? ぐらぐらもしてなかったのに? 転んだだけで?」
三角につりあがった目が、涙で潤んでいた。
その胸だったらありえる、とは言えない。そして再びレモン色の下着を思い出してしまう。
俺はぶんぶんと頭を振った。
「取った覚えもないし、拾った記憶もない。だいたい、そんな頑丈に縫い付けてあったんだったら、取られたときに気付くだろ」
「まあ、それもそうか……。あ、でも、ボタンはどうしてわっくんが? たまたま入った、とか言うんじゃないよね?」
「分かんねえ。けど俺じゃない」
ばつが悪くなって、目を逸らした。
「あは、そうだよね。ごめん、疑って」
奏音が申し訳なさそうに言った。俺は口を開いたが、何を言えばいいか分からなくて、再び口をつぐんだ。
「わっくんが拾ってくれたボタンもつけなきゃだし、とりあえず保健室行こう」
笑顔を向けてくれる奏音に感謝して、俺は立ち上がって大きくうなずいた。
「あら、解決したみたいね」
聞き覚えのない声がして、俺はあたりを見渡す。奏音も同じようにしていたが、声の出どころが分からなかったようで、二人で顔を見合わせた。
「ここよ、ここ!」
視線を徐々に落としていくと、すぐそばに、制服を着て両手を腰に当てたポニーテールの少女が立っていた。
なぜか埃まみれで、髪の毛もボサボサだ。
「えーっと。一年生?」
「失礼ねっ! わたしは三年生の覚張結里。何か起こるような気がして駆けつけてみたんだけど、そしたら何かにぶつかって。気がついたら全て終わったあとだったみたいね」
「うわあ! かわいい!」
奏音が彼女に駆け寄って、両手で頭を撫でまわしはじめた。
「ちょっと、やめなさいよ。これでもあなたたちよりお姉さんよ! そして、ブラ見えてる」
キャッと悲鳴を上げて、奏音が腕を胸の前でクロスさせた。
「あなたたち、わたしが名乗ったんだから自己紹介なさい」
「あ、すみません。俺、土岐亘です。二年っす。で、こっちが幼馴染の」
「三浦奏音です。そういえば『何か起こるような気がした』ってどういうこと?」
奏音がおずおずと問いかける。
結里がふふん、と胸を張った。
「わたし、分かるの。事件の匂いが、ね」
始業を告げるチャイムが、廊下に鳴り響いた。




