第2話
「あら、亘。おはよう」
ドアが閉まる音に反応して、母さんが振り向いた。
「おはようございます」
メイナは、昨日自己紹介した時と同じ表情だ。
そこから感情や考えは読み取れない。
「お、おはよう」
「今ね、メイナちゃんに、亘のどこがいいのって聞こうとしてたところなのよ」
母さんが、口元に手を当ててウフフと笑った。
「余計なこと言わなくていいから! ほら行くぞ」
俺はメイナと目を合わせないようにして、早足で横を通り過ぎた。
「はい、お弁当忘れないでね。あ、髪の毛跳ねてるわよ」
返事はせずに、弁当をひったくり、後ろ髪を撫でつけながら歩く。
少し小さめの影がついてきているのを視界の隅で確認する。
悟られない程度に歩みを緩めていくと、メイナが横に並んだ。
俺はトーストを口に突っ込むことで、話し出す意志がないことを示す。
「今日は聞かないんですね」
「……何を?」
トーストを一口かじりながら答える。
「理由ですよ。てっきり『何で家まで来てるんだよぉ』と言うのかと」
少しアゴを突き出し、声を低めに出している。
口の中の物を、ろくに咀嚼もせずに飲み込んだ。
「もしかしてそれ俺?」
「もちろんです」
「馬鹿にしてんの?」
「はい。“今日は”察しがいいですね」
嬉しそうだ。腹立つ。
「どうせ聞いたって『土岐亘の観察のためです』って返ってくるだろうが」
負けじと、真顔でアクセントもつけずに喋ってやった。
「わあ、すごいです。本当に冴えてますね、今日は!」
最後の「は」を強調して、メイナはにっこり、いや、にんまりと笑ってみせた。
目は見開いたままで、口角だけが上がっている。
不気味だ。普段笑い慣れていない人の笑顔だ。
「無表情クールキャラなんだから笑うなよ。気持ち悪い」
「キャラ、って何ですか」
メイナが瞬時に真顔になる。
「土岐亘は、人の一面だけを見てすべてを悟ったように思うタイプの人間なのですね。だいたい、昨日小一時間ほど話したというだけで私の性格を分かったつもりになっているのはおこがましいです。そうやって『キャラ』の枠に当てはめるから、画一的な人間が増えていくんですよ」
「分かった、分かったから。落ち着けって。ごめん、俺が悪かったよ。本当に」
メイナの話は長くなりそうだったので、急いで遮った。
朝から面倒な話は聞きたくない。
「形だけ謝ったって感じですが。まあいいです」
メイナは不満そうにそう言うと、前を見据えて歩みを速めた。
「……私はあんな喋り方をしているのでしょうか」
視線も頭も動かさず、ほとんど独り言のように呟く。
聞こえなかったふりをして、歩幅を広げてメイナを追いかけた。
学校に着くまで、二人の間に会話はなかった。
つかず離れずの距離を保ちながら、黙々と歩き続けた。




