ダイエットや~めた
「で、でも臺さん。臺さんは免許証の写真を見ると、痩せてました。あれももしかしたら妹さんと何か関係があるんですか?」
「うん、関係はあるよ。今日の君を思い出してほしい。君は自分が食べられない分、人に食べさせようとした。絵里華も同じだった。僕や母に食べ物を食べさせようとして、それで満足していた。僕は食べ物を沢山食べ、太っていても別になんら変わらず生活出来るということを見せ付けたかったんだ。そうすることで、ダイエットの暴走を止めることが出来ると思った。君たちの中には病的な体を持った女性が絶対美として君臨している。その幻影を取り除きたかったんだ。だけど、ちょっと太り過ぎちゃって医者に痩せろと言われてるんだけどね」
臺は一旦中休みをし、話を続けた。
「僕は君に近づき、ダイエットの話を振った。そうすることで君と近づけると思ったからだ。絵里華は異常にダイエットについて詳しかった。君も同じだろうと察し、ダイエットということを通じて、君に近づき、何とかしてダイエットを止めさせようと考えたんだ。一緒に物を食べ、考えることで、君の病的な考えを変えられると信じていたんだけど、僕は駄目だね。結局君は倒れてしまった。君の暴走を止めることが出来なかった」
いつも飄々としていた臺が、心の中ではそんなことを考えていたとは夢にも思わなかった。確かに臺の言うとおり、ダイエットに取り憑かれた生活はつまらない。頭の中はダイエットのことばかりで、他の事は入らなくなるし、いつも体重のことを気にして、美味しい物も食べられない。家族と一緒の物を食べることが出来なくなり、一人別メニュー。あっさりとした食事は確かにダイエットには良いかもしれないが、ボリュームがなく、楽しくない。たまにはボリュームがある物や、甘いお菓子が食べたくなるのは当然のことだ。
極端なダイエットを続けていれば、そういった物は食べられなくなるし、ダイエットを止めることさえ出来なくなる。そんな生活が……人生が楽しいわけがない。理沙はグッと唇を噛み締めた。だけど、この体型が維持出来ないとなると、死ぬほど悲しくなる。命をかけてまで維持してきたプロポーション。それは病的なものなのだ。だけど、その病的な幻影が頭の中から離れない。
「理沙ちゃん。いきなり食べなくても良いよ。だけど少しずつ、食べるようにして、体重を正常なものに戻してくれるとありがたい。僕はそう思うよ。別に太ったって良いじゃないか? 死ぬわけじゃないんだ、それよりも美味しい物を食べて、友達と遊び、勉強したり、恋をしたりする。そんな正常な生活を君には送ってもらいたい。太った僕は醜いかもしれないけれど、太ったって、そんなに悪くないよ。僕は君と、あのパウンドケーキを食べたいな」
「そ、そうですね。そうだ、桑の葉ソルト、あれも妹さんが見つけたんですか?」
「そうだよ。絵里華は少しでも気になったものをネットでいつも調査していたからね。君たちはホントそっくりだよ。食べ物に対する執着はね。パウンドケーキを食べていると思い出すんだ。絵里華のことを。絵里華は好きなパウンドケーキを食べられず亡くなった。棺の中にはお菓子やケーキを沢山入れたけど、死んだらそれらが食べられるわけじゃない、だから、僕が代わりに食べるんだ。僕が代わりに食べることで、天国にいる絵里華が喜んでいるような気になるんだよ」
「どうしてそこまで絵里華さんのことを想ってるんですか?」
「……絵里華が過激なダイエットをするきっかけを作ったのは、僕の『少し太った? お菓子ばっかり食べてるからだよ』という台詞からなんだ。たまたま虫の居所が悪かったのかもしれないけど、絵里華は猛烈に激怒した。もう、大喧嘩。翌日からダイエットを始め、月日を重ねるごとにそれはエスカレートしていった。僕は止めることが出来なかった。だから、君のような人を見ると、猛烈に助けたいという気持ちに襲われるんだ。理沙ちゃん。君も絵里華のようになりたいかい? 二〇キロ台になって、生活のほとんどを病院のベッドで過ごすようになってまで、君は絶対美を追い求めたいのかな?」
臺はそう言うと、遠い目をして黙り込んだ。理沙は何も言えない。突然の告白に頭がついていけなかったし、驚きも大きかった。
「臺さんがどうして精神医学の本を読んでいたか分かりました。あたしのような摂食障害について勉強してたんじゃないですか?」
「鋭いね。女の勘って凄いや。少しでも知識を入れておこうと思ってね。色んな症例も出ていて勉強になるんだよ」
室内に沈黙が流れた。
やがて、医師の話を聞き終えた父と母が戻って来る。父も母も臺に何度もお礼を言っていた。臺は照れくさそうに頭を掻き毟っていたが、いつもの飄々とした臺に戻り、病室から消えて行った。理沙は大事をとって、三日ほど入院することになった。点滴で栄養を摂り、三食の食事もしっかり食べる。それが出来れば退院出来るそうだ。病院の生活はつまらない。早く退院したい理沙は我慢して食事を食べ、三日後には無事退院出来ることになった。
家に帰って来て、体重計に乗る。すると、「四十二キロ」と表示された。いつもならパニックになっていたところであったが、その日の理沙はそれほど驚かなかった。仕方ないと思えたのだ。どうしてこんな風に思えたのだろうか? 決まっている。臺の箴言があったからだ。ダイエットにのめり込み、それが病的にまで達してしまうと、青春を謳歌することが出来なくなる。青春のすべてをダイエットに注ぐことは、恐ろしいことだと思えた。
確かに、ダイエットに集中するあまり、友達には連絡していない。食事を一緒にすることが出来ないからどんどん疎遠になっていたのである。久しぶりに誰かに連絡してみようかな? 驚くかな? スイーツの食べ放題とか良ければ行きたいな。美味しいイタリアンも食べたい。学校に戻る時が来たのかもしれない。否、その前にもう少し自分で食べられるようにならなきゃ駄目だ。
少しずつ、物を食べるようにしよう。そうすれば、また昔のように家族で食事が出来るし、友達とも会える。その生活に戻らなきゃ駄目だ。このまま無謀なダイエットをしていても、体が傷つくだけで、何も良いことなんてない。再び倒れれば、今度は長く入院することになるかもしれない。そうしたら、理想の生活からはどんどんかけ離れていってしまう。それだけは避けなくちゃならない。
翌日――。
体重は気になる。だけど理沙は体重計に乗らなかった。流石に壊すということはしなかったが、ベッドの下に隠した。しばらく体重計に乗るのは止めよう。そう考え理沙は、リビングへ向かう。父と母が待っている。
「理沙。大丈夫なの?」
と、母が言う。
理沙は首を上下に動かし、椅子に座る。
「お母さん、あたし、今日はこんにゃくや白滝以外の物を食べる。でも、固形のご飯はちょっと難しいかも……」
「そう。丁度おじや煮たから食べる? 卵が入って美味しいわよ」
「うん。それ頂戴。だけど少な目で」
朝食は子供用の茶碗に一杯、おじやを食べた。その他にはほうれん草の煮浸し、味噌汁である。食べなきゃと焦る気持ちはあるが、やはり食べるという恐怖は大きい。この恐怖を超えていくということがこれからの課題になるだろう。それが出来たら学校へ戻れるかもしれない。
父と母が仕事に出かけ、理沙は一人になる。このまま家にいても良いのだが、じっとしていると、食べ物のことで頭が一杯になり、落ち着かない。仕方なく、図書館に向かうことに決めた。何となく臺に会いたい。
時刻は十時――。
図書館はひっそりとしていて静かだ。図書館前の広場も穏やかな空気が漂っている。休憩所のベンチを見渡すと、そこにふっくらと丸いシルエットがある。言うまでもなく、それは臺である。臺は熊のようにどっしりとベンチに座りながら、何かを食べている。目を細めてよく見ると、パウンドケーキのように見えた。妹の絵里華さんが好きだったパウンドケーキ。
それを食べることで、絵里華さんが浮かばれるような気がすると臺は言っていた。彼もまた、重い十字架を背負っているのだ。
「臺さん。おはようございます」
理沙が元気よく言うと、臺はにこにこと笑いながら、理沙のほうを向いた。
「あ、理沙ちゃん。もう体は大丈夫なの?」
「はい。今日久しぶりにご飯食べたんです。美味しかったなぁ」
「そう、それは良かったね。やっぱり元気が一番だよ」
「臺さんはダイエットしなくて良いんですか? お医者さんに怒られるんでしょ?」
「それを言われるとキツいなぁ。太り過ぎても駄目、痩せ過ぎても駄目、健康って難しいね。ダイエットは大変だよ。なかなか実践できない」
臺の脇にはパウンドケーキが半分ほど残っている。それを見た理沙は、
「臺さん。パウンドケーキ、少し貰っても良いですか?」
臺はにっこりと笑った。ほんの少しだけの親指くらいのサイズ。理沙はそれを一口で食べた。久しぶりのお菓子。とろけるような甘さが口の中一杯に広がった――。
〈了〉




