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ダイエットや~めた  作者: Futahiro Tada


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7/8

ダイエットや~めた

図書館は既に開館しており、休憩所のベンチにはタバコを吸っている老人や、本を読んでいる若い人がいた。図書館前の広場では若いお母さんが小さな子供たちを遊ばせている。理沙は臺が来ていないか探す。すると、直ぐに臺は見つかった。臺は広場に設置されたベンチに座り、遠くを眺めている。理沙は臺に近づき、

「おはようございます」

 と、声をかけた。

 その声に臺は直ぐに気がつく。にっこりと微笑み、

「あぁ理沙ちゃんか。おはよ~。あれ、袋に一杯何かを持ってるけどどうしたの?」

「これですか。臺さんに食べてもらおうと思って買って来たんです」

「僕に買ってきてくれたの?」

「はい。パウンドケーキもあるんで食べてください」

 そう言い、理沙は細い腕で大量にお菓子が詰め込まれたビニル袋を掲げる。その姿に臺の目がみるみる大きくなる。

「こりゃ大量だね。僕一人じゃ食べきれないよ。一緒に食べる?」

 まさか。こんなに高カロリーなお菓子を食べられるわけがない。理沙は首を左右に振り、

「あたしは食べません」

「どうして? こんなに美味しそうなのに」

「だって、食べちゃったら太るじゃないですか」

「僕も太るのは困るなぁ」

「大丈夫ですよ。ほら、ケーキ美味しそうですよ。食べてください」

 理沙は袋からパウンドケーキを取り出し、それを臺に見せた。臺は目を輝かせながら、ケーキを手に取り、それを一口食べた。

「やっぱりケーキは美味しいなぁ。理沙ちゃん、ホントに食べないの?」

「はい。あたしはいらないんです。これ以上太ったら困るし」

「大分痩せているけど、大丈夫。顔色も悪いよ」

「大丈夫です……」

 そうは言ったものの、大丈夫ではなかった。体は重く脂汗が出るし、はぁはぁと息切れもする。座っているだけだというのに酷く疲れるのだ。

 臺がパウンドケーキを食べているのを見ていると、視界がだんだん霞んできた。どうしたんだろう。体が言うことをきかない。手が上がらなくなり、ベンチに根を張ったように動けなくなる。

「理沙ちゃん?」

 臺の声が聞えるが、理沙は反応出来ない。足が自分の足ではないみたいだ。軟体動物になってしまったかのように、理沙はベンチに倒れた。もう、自分ではどうすることも出来なかった。

 気を失う前、「絵里華!」という声が聞えたような気がした――。

 次に目が覚めたとき、理沙は病院のベッドの上にいた。起き上がろうとしても体は重いし、意識もはっきりしない。腕には点滴が刺さっている。横には母と父の姿があった。

 母は理沙の手を握り締めている。温かい感触が伝わって来る。理沙が目を覚ましたことに、母は気づいたようだった。

「理沙!」

 その声に理沙は反応しようとするが、なかなか思うように体が動かない。

「お、お母さん?」

「そうよ、お母さんよ。全く本当に心配かけて……」

「あ、あたしどうしたの? 確か図書館に行ったことは覚えてるんだけど」

「何も覚えてないのね。あなた図書館で倒れたのよ」

「倒れた?」

 少しずつ、記憶がパズルのピースを埋めるように鮮明になる。そう、臺にパウンドケーキを食べさせたんだ。そこまでは覚えている。だけど、その先の記憶がなかった。

「臺さんは?」理沙はぼんやりと言った。すると、母がその質問に答えた。

「救急車を呼んでくれた人ね。あの人なら、部屋の外にいるわよ。ちゃんとお礼を言わなくちゃ駄目よ。彼が迅速に対応してくれたから、あなたは今こうして病院にいるんだから」

「臺さんに会わせて……」

 擦れた声でなんとか言った。

 母は目頭をハンカチで拭った後、病室の外にいる臺を呼びに行った。トビラが開かれ、太ったシルエットが視界に映る。心配そうで、真剣な顔をした臺が病室に入って来る。

「大丈夫かい?」

 臺は病室に入って来るなり、そう言った。

 理沙は首を上下に振り、その言葉に答えた。

「なんとか大丈夫です。心配かけてすいません」

「なら、良かったよ。本当に良かった」

 理沙が気づいたということを聞いた医師がやって来る。理沙のことを軽く問診をして、その後、父と母が別室に呼ばれた。恐らく、理沙の症状について話すのだろう。あっという間に、理沙と臺は二人きりになる。

「理沙ちゃん」最初に口を開いたのは臺だった。「ご飯食べようよ。……でも、今の君には無理か」

 そこで、理沙は倒れる直前のことを思い出した。確か、臺は最後「絵里華!」と叫んだのだ。

「臺さん。絵里華って誰ですか?」

 その言葉に、臺は石像のように固まった。そして意を決し言う。

「君はどうして僕が働きもせず、図書館に通ってるか分かる?」

 そんなことを急に言われても分かるはずがない。理沙は首を傾げた。

「そうだよね。分かるわけないよね。僕はね、色々あって今休職中なんだよ。その原因が絵里華という人間なんだ」

 そう言うと、臺はため息をつき、ベッドの脇にある簡易性のパイプ椅子に座り、言葉を続けた。

「絵里華は僕の妹だよ。君が倒れたとき、妹の姿と君が重なったんだ」

「妹……。臺さん、妹がいたんですね。なんだか意外です」

「ああ。丁度、理沙ちゃんと同じくらいだよ。高校生だった」

「そうなんですか……今は元気なんですか?」

 理沙がそう問うと、臺はスッと遠い目をする。その瞳はとても悲しそうで、理沙はその質問をしたことを後悔した。

「絵里華はね。もういないんだ。この世にはいない。天国に行っちゃったから」

「て、天国」

 理沙は搾り出すようにそう言うと、それきり黙り込んだ。天国に行く。つまり亡くなったということだ。その原因は何か? 臺は確か、自分と妹が重なったと言っていた。絵里華も過酷なダイエットをしていたということになる。

 しばし沈黙状態が流れると、臺が声を出した。

「絵里華はね。君とそっくりだよ。ダイエットをしていて、ほとんど物を食べられない。食べるものは、こんにゃくや白滝といった低カロリーの物ばかり。そのくせ、買い物時間はやたらと長くて、頭の中は食べ物のことでいっぱい。そして自分が食べられない分、僕に良く食べろと言ったよ。コンビニで買ったパウンドケーキを覚えてるかい?」

 パウンドケーキ。当然覚えている。忘れるわけがない。

「お、覚えてます。サツマイモ味のやつですよね」

「そう。あれはね、絵里華が大好きなケーキで、ダイエットをする前に良く買っていた物なんだ」

「そ、そうなんですか。確かに美味しそうなケーキでした」

「ダイエットを始めた絵里華は、徐々に物が食べられなくなった。体重ばかり気にして、体が骨と皮になってもダイエットを止めなかった。勿論、医者に行こうと何度も言った。けれど、絵里華は自分が病気だとは認めなかったんだ。亡くなったとき、絵里華の体重は三〇キロなかった。身長が一六〇センチ以上あるのにだよ。たった三〇キロないんだ。ふらふらになって、頭は食べ物のことばかりなのに、それでもダイエットを止めなかったんだ。理沙ちゃん。君も同じだよ。ケーキやお菓子をどっさり買って、図書館に現れたとき、君の顔色は物凄く悪かった。にもかかわらず、君は大丈夫だと言い張った。だけど、結果的には倒れてしまった。君の体は限界を超えてるんだ。これ以上、ダイエットをすることが、良いことだと思ってるのかい?」

 理沙は何も言えなかった。ダイエットをすることは理沙にとってとても大事なことだ。絶対に太りたくないし、痩せて綺麗なままでいたい。その歪んだ願望は並大抵のことでは消えてくれない。倒れ、傷ついてもダイエットを止めることが出来ないかもしれない。それに、理沙が行っているダイエットは際限がない。いつまで経っても、お菓子やケーキを食べることは出来ない。否、むしろどんどん食べられる物が削られていくデスマッチなのだ。そんなことをしていれば、倒れるのは決まっている。

「絵里華の青春は、ダイエットに染まってしまった。過酷なダイエットをすることによって、学校にも行けなくなり、友達を失った。それに、ダイエットのことばかりで、運動する以外はほとんど家から出なかった。通常、十七歳くらいの時期は学校へ行き、友達と遊び、恋をしたり、勉強をしたりする大切な時期だ。絵里華はダイエットをするあまり、その大切な時期を失ってしまった。理沙ちゃん。君も毎日図書館と家を往復し、残りはダイエットをするだけの生活だろう。僕は、貴重な青春時代を、ダイエットなどというつまらないもので消費してほしくない。このままダイエットを続ければよくないことばかりだ。基礎代謝はどんどん下がり、体は脂肪を溜め易くなる。それに栄養失調が続くから骨粗鬆症にもなりやすくなるし、異常な低血糖が続けば、急性心不全を起こして亡くなる場合だってあるんだ。生理が止まり、子供を生むことだって出来なくなるかもしれない。君はそれで良いのかい? そしてまだ過酷なダイエットを続けるつもりかい?」

 臺は一気に喋った。いつもの人を食ったような口調が消え、真剣そのものである。絵里華という大切な妹を失い、臺は傷ついている。そして、絵里華と同じような道を進み始めている理沙をなんとかして止めようとしているのだろう。理沙にはその気持ちが痛いほど分かった。同時にダイエットをやり続けることが、どんなに危険なことなのかも。

「今の君には……」臺は言葉を続けた。「何を言っても聞いてくれないかもしれない。それにあれだけ過酷なダイエットをしていたんだから、急に物を食べろと言っても無理かもしれない。だけど、少しずつで良いから、物を食べてほしい。君の身長から言えば、本来は五〇キロくらいあってもおかしくはないんだ。否、むしろそれが正常なんだよ」

 五〇キロ。目が飛び出そうになる体重だ。理沙はシーツをグッと握り締めながら、

「でも、女優のKさんや、アイドルのMちゃんなんかはあたしよりも身長が高いのに、体重は少ないんですよ」

「ああいう人種は特殊なんだよ。きっとお医者さんがついているだろうし、嘘をついているかもしれない。多少偽ったとしても良い世界で暮らしているからね。だから、どこまで本当なのかは分からない。そんな偽りの情報に振り回されることはないよ。僕は君に、今を楽しんでもらいたい。学校へ行き、友達や彼氏なんかと青春を謳歌してもらいたいんだ。君を見ていると、絵里華を見ているようで心が辛くなる。だから僕は図書館で君を見て、君の暴走を止めたいと思い、声をかけたんだよ」

 急に声をかけて来たのにはそういう背景があったのか。理沙は妙に納得し、臺に目を向けた。

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