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ダイエットや~めた  作者: Futahiro Tada


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1/8

ダイエットや~めた

(やった。とうとう三〇キロ台突入。女優のKさんと並んだ)

 六畳程の自室で、田中理沙は全裸で微笑んだ。彼女は今、体重計の上に乗っている。少しでも正確に、そして少なく測るため、体重計に乗るときは全裸になるのだ。

 部屋の隅には姿見があり、そこにはほとんど骨と皮に成り果てた理沙の姿が映り込んでいる。このような状態になってもまだ、彼女はダイエットを止めようとしない。目標体重を達成する度に、もっと痩せたいという願望が出てきてキリがないのである。

 理沙は体重計から下り、ベッドの上に投げていた服を着る。既製服はどのサイズを着ても大きい。ウエスト部分はゆるゆるだし、どんなパンツを穿いても足が生地の中で泳ぐのである。そんな状態であるにもかかわらず、理沙は未だにダイエットに励む。生理が止まってから既に三ヵ月ほど経っていた。

 時刻は午前九時。普通なら学校にいる時間であるが、理沙は今、学校に行っていない。恐ろしく痩せたため、体力がなくなったということも原因に挙げられるが、ダイエットと食べ物のことばかりが頭を支配し、学校へ行く気がなくなってしまったのである。

 だからこうしていつも家にいる。兄弟のいない理沙は、家では一人だ。両親は共働きで、この時間になると仕事に出かけている。だから悠然と全裸で体重計に乗ることが出来る。

 理沙は自室を出て、リビングへ向かう。朝食を摂るためだ。朝食といっても、普通のご飯を食べるわけではない。冷蔵庫の中にはこんにゃくや白滝、もずく、きゅうり、寒天、ところてん。とにかく低カロリーな物ばかりが入っている。それが朝食なのだ。

 白滝を鍋に入れ、その後こんにゃくを細かく切り入れる。そこにめんつゆを入れ、軽く煮る。その後、もずくを小皿に移し、後はきゅうりに塩をかけて食べる。それが朝食だ。ご飯なんて半年近く口にしていない。脂物はご法度だ。絶対に食べられない。少しでもカロリーの低い物を選んでいくうちに、こんにゃくや寒天といった物しか食べられなくなったのだ。食後にはカロリーゼロのゼリーを食べる。

 朝食が終わると、お皿を洗い、自室に戻る。そしてまた服を脱ぎ、体重計に乗る。当然、食後であるので体重は増えている。体重計の数字は『四〇.〇』を示す。せっかく三〇キロ台に突入したというのに、一気にリバウンドしてしまった。

 吐くか? 理沙はそう考えた。吐けば体重は元に戻る。青い顔をした理沙は体重計の上で小刻みに震えた。理沙は過食してしまったときのみ、吐くことにしている。毎回吐くと、食道が炎症を起こし、喉が痛くなるのだ。おまけに胃酸で歯がボロボロになる。だからなるべく吐くという手段はしたくない。

 けれど、体重が増えてしまったという事実は耐え難い。なんとかしなくちゃならない。そう考えた理沙は運動することに決めた。運動といってもウォーキングである。痩せてしまった理沙は走る体力がない。走っても直ぐに体の節々が痛くなり、まともに走ることが出来ないのだ。だから、運動といえば遠くの市民体育館に行き、プールで泳ぐか、家の近くをウォーキングするか、そのどちらかに限られる。

 理沙はウォーキングをするための準備を始めた。動きやすい服に着替え、運動用のスニーカーを履く。家から図書館までの道が、丁度二キロだから、三往復くらいすれば体重を元に戻せるかもしれない。淡い希望を胸に、理沙は外に出た。

 外は眩しいほど日差しが降り注ぎ、すっきりとしている。季節は一〇月。既に暑い時期は通り越し、日向にいるのが丁度良い季節だ。たっぷりと日差しを受けながら、やや早歩きで道を歩く。

 図書館までの道を歩いていると、同じくらいの年齢の学生に会う。図書館で勉強するのだろう。偉いことだ。だが、理沙が見ているのは、学生たちの体型である。体型を見て、自分の体型と比べる。そして、自分の方が細ければ安心する。否、勝った気になり、心の底から嬉しくなる。ガリガリになっている理沙の体型に並ぶような女子はそう多くない。だから勝負はいつも理沙の勝ちだ。でも稀に凄く痩せた人を見つける。カモシカのような細い足、すらっと細長いシルエット。それを見ると、一気に負けた気がして、自分が嫌になる。もっと痩せなければならないという考えが、沸々とマグマのように湧き出て頭を支配する。

 今日は幸いなことに理沙よりも痩せた女の子はいなかった。自分が一番細い。当たり前、だってこれだけ努力してるんだから。そう思いながら、理沙は図書館の前に辿り着いた。図書館はまだ開館しておらず、数人が図書館の前で列を作っている。ほとんどがお爺さんで、ちらほら若い人もいる。図書館脇にある休憩所にも人がいる。そこで理沙はある人物を発見することになる。

 ある人物とはかなり太った人間だ。理沙は太った人間が好きである。自分とは明らかに体重が違うし、その圧倒的な差が自分のことを安心させるのだ。他人が太っていくのを見るのはたまらなく面白い。

 太った人物は若く、三十歳くらいだろう。背はあまり高くなく一六五センチ程度。理沙とあまり変わらない。まだ若いというのに、平日の朝から図書館前にいるなんてちょっと曰くつきの人間なのかもしれない。太った人物はお菓子をむしゃむしゃと食べている。そのお菓子に理沙の視線は注がれる。

(あれはM製菓が出してる新作のワッフル。あの人もう買ったんだ。美味しいのかなぁ)

 太った人物はワッフルを美味しそうに食べている。その表情は幸せそのもので、理沙はどこか羨ましくなる。

 けれど、お菓子なんて食べていられない。ワッフルなんて一個二〇〇キロカロリーあるし、それだけのカロリーを摂取すればどれだけリバウンドするか分からない。理沙にとってお菓子は爆弾よりも恐ろしい物だった。だけど、年頃の女の子である。甘い物に興味がないわけではない。否、むしろ異常に興味があるといって良い。理沙は食べられない分、食物に対する興味が尋常ではないのだ。

 理沙は頭を振り、図書館から家まで引き返すことにした。秋の日差しの中、理沙は淡々と歩く。

 三度往復し図書館に来たとき、太った人物がまだ図書館脇にベンチに腰を下ろしているのが分かった。既に図書館は開館している。にもかかわらず太った人物は図書館に入ることはせず、ただ漠然と風景を眺めている。何をしているのだろうか? 理沙は怪訝そうな顔をして、太った人物を見つめた。すると、突然太った人物が目を理沙に向けた。二人の目が合う。理沙は歩くことを止め、ぼんやりと太った人物に視線を注ぐ。

 太った人物はニヤリと笑う。何がおかしいのだろう。理沙は少し笑われたことで気分が悪くなった。直ぐに視線を逸らし、家に戻ろうとしていると、どういうわけか、太った人物がドスドスと地響きを鳴らすかのように理沙に向かって歩き始めたではないか。

 理沙はゾッとする。太った人物は理沙のところまで行くと、開口一番、

「君、何してんの?」

 と、声をかけて来た。甲高い声だ。某通販番組の元社長さんを髣髴させる。

 いきなり声をかけられる。これは予想外の出来事だった。だから理沙は酷く萎縮し、何も言えなくなった。理沙が茫然自失と立ち尽くしていると、太った人物はもう一度言った。

「君、何してんの?」

「…………」

 しばしの沈黙があった後、理沙はようやく答える。

「え、ええと、さ、散歩ですけど」

「散歩。そうかぁ。散歩かぁ。僕も散歩すれば痩せるのかなぁ……」

 太った人物はぼそりとそう言った。口元には先ほどまで食べていたワッフルのカスがついている。理沙は何も言わずに太った人物のことを眺める。すると再び、太った人物が声を発した。

「僕ね。医者から痩せないと大変なことになるって脅されてね。何とかしたいと思ってるんだよ。でもどんな本を読んでも大変そうでさぁ。なかなか実践出来ないんだよねぇ」

 聞いてもいないことを喋る。少し頭がおかしいのか? 普通、初対面の人にこんな風に声をかけたりはしないだろう。新手のナンパなのだろうか?

「あ、あなたは一体誰なんですか?」

 と、恐る恐る理沙が尋ねると、ハッと思いついたように太った人物は答えた。

「あ、僕はね、臺信夫うてなのぶお御免ね。いきなり話しかけちゃって」

 臺? それは本名なのだろうか? それにいきなり名乗られても困る。本当にこの人は何なんだろうか? 怪訝そうな面持ちで理沙が考えていると、臺が言った。

「僕ね。君のことを知ってるんだ」

 いよいよ怖くなった理沙は、足早にその場を後にしようとした。この人は色々とおかしい。付き合っていると、とんでもないことになるのではないか?

「ど、どうしてあたしのことを知ってるんですか?」

「君、この図書館でダイエットの本を借りまくってるでしょ? だからだよ」

 確かに理沙はダイエット本を借りまくっている。『えのきダイエット』『りんごダイエット』『炭水化物抜きダイエット』ダイエットと名のつく本は大体読んでいるのだ。だけど、どうしてそれが自分のことを知っていると繋がるのだろうか? 図書館の本は前に誰が借りているかなんて、利用者には分からないはずだ。理沙が考え込んでいると、臺がすかさず言った。

「僕もね。色々ダイエットの本を借りてるんだ。でも痩せなくてね。困ってるんだよ。そこでこの間、新しいダイエット本はないか探していると、書棚の前で君がいることが分かった。何の本を見ているのかな? と思ったら、ダイエットの本だった。君は見たところ凄く痩せている。スタイリッシュだしカッコ良い。つまり、ダイエットに成功したってことだよね? それで、なんとか話しかけようときっかけを待っていたんだけど、なかなかなくて、今日までうじうじとしてたんだ。でも、神様はいるんだね。こうして、今日巡り合わせてくれた。だから僕は君に話しかけたんだよ」

 ペラペラとよく喋る口。

 平然と話しているが、それではストーカーとやることが一緒じゃないか。理沙はどうやってこの場を逃げ出すか考えていた。走って逃げた方が良いのか? 臺はかなり太っている。一〇〇キロは優に超えるだろう。それならば走って逃げるチャンスはあるかもしれない。……否、それは難しいか、酷く痩せ細った理沙の体力は老人並みである。とてもではないが、走って逃げ切れるとは思えない。

 では、大声を出して、助けを呼ぶか? 大声を出すのはかなり恥ずかしいが、絶対に助けに入ってくれる人が現れるだろう。だけど、臺が何をしたというのだ? 彼はただ単に痩せたいという願望があるだけで、決して襲い掛かって来たわけじゃない。訴えられたら負ける。理沙は自分でもよく分からないことを考え、その場に彫刻のように固まった。

 二人の間に沈黙が流れる。暑くもないのに、理沙の額には薄っすらと脂汗が浮かび上がった。汗を掻くなんて久しぶりのことだ。理沙が立ち尽くしていると、臺がにっこりと笑い、声を出した。

「僕は痩せるために色々やってみたんだけど、決して痩せなかった。そこで痩せている人はどうしているのか? という考えに至ったんだよ。その時思いついたのが君の存在だ。痩せている君からアドバイスをもらえれば、きっと痩せられると思ったんだ。ねぇ、お願いだよ。痩せる秘訣を僕に教えてくれないかな」

 そこでようやく理沙は呪縛が解けたかのように口を開いた。

「や、痩せたいんですか?」

「うん。痩せたい。ほら、僕って太っているけど、顔はジャニーズ系でしょ。痩せればアイドルみたいになれると思うんだよね」

 どこをどう見ればそういう結論にいたるのだろうか? 臺という人物は奇態だ。どう好意的に見積もっても、彼はジャニーズ系の顔立ちをしていない。完全に中年に差しかかった、古いタイプのオタクに似ている。秋葉原の電気街が似合いそうな顔立ちだ。アイドルの中でこの人が踊っていたら、かなり浮くだろうと思えた。

「う、運動すれば良いんじゃないんですか?」

 とりあえず理沙はそう言った。あまり長く臺に付き合っていたくなかった。早くこの場から立ち去りたい。そればかりが頭の中をぐるぐると回った。

 しかし、臺はなかなか話を切り上げてはくれない。運動という言葉を聞き、臺はふむふむと首を上下に動かしながら、

「運動ねぇ。僕も昔は足が速かったんだけど、今は全く駄目だろうね。あんまり運動はしたくないんだ。運動しないで手っ取り早く痩せる方法はないの?」

 ダイエットをする人は皆、何かを犠牲にしている。それが理沙の持論だった。甘い物を絶ち、自分の時間を割き、運動をする。徹底的にカロリー計算をして、太らないように努力する。そういった積み重ねが細く可憐な肉体を作り上げているのだ。なのに、臺は楽な方法がないかと言っている。そんなにダイエットは楽なもんじゃない。絶対にこの人はダイエット出来ないな。理沙は上から目線でそう考えた。

「じゃあ、バナナダイエットとかしたらどうですか? 少し前に流行りましたけど、バナナなら安いし、やりやすいんじゃないですか」

 理沙は適当に答えた。バナナダイエットは理沙もしたことがあるが、バナナのカロリーが気になったのであっさりと止めたのである。バナナのカロリーはおよそ一〇〇キロカロリーだ。このカロリーを消費するには約四〇分のウォーキングが必要になる。それにバナナは一本じゃお腹一杯にならないから何本か食べてしまいそうだ。特に過食期にはご法度。一気に一房食べてしまう恐れだってある。

「バナナねぇ」臺が言った。「それは考え付かなかった。確かにバナナなら安いし、手っ取り早く痩せられそうだね。うん、決めた。僕、バナナダイエットするよ。ありがとう、決めたとなったら善は急げだ」

 そう言い、臺は理沙にお礼を良い、ドスドスとその場から消えて行った。本当にバナナダイエットをするのだろうか?

 臺というかなり変な人物に会い、ウォーキングを邪魔された理沙であったが、その日は二時間ほど歩いた。家に帰ったときは昼を迎えており、お腹も空いていた。

理沙は昼ご飯は食べないようにしている。硬水のミネラルウォーターを一杯飲むだけだ。当然お腹は空く。だけど我慢。体型維持のためには仕方のない犠牲なのだ。異常な精神力で食べ物のことを払拭し、ごろりとベッドの上に横になった。

 結局、その日の体重は『三十九.六キロ』だった。

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