第6話 神子
《聖歴827年3月18日 宗教自治区ハーウィン 白亜の塔》
「ゆっくり眠れたようでよかった」
翌日、私室に招かれたロアノスを神子はそう言って出迎えた。
「具合が悪そうだったから心配していた。まだ傷も治りきっていないとか」
「……ええ。ですが」
「何かあったら遠慮なく言ってほしい。確かに公式の訪問ではあるだろうが、ここには私たちしかいない。融通はかなり効く。貴方とならば協議すべき議題もすぐに片付くだろうし日程も元から余裕は持たせてある」
「お心遣い感謝しま……」
「敬語」
「……感謝する」
ロアノスからするとかなり言葉遣いを崩したつもりだったが、神子はそれでもまだ不満げだった。
前にフェルトトゥムナの護衛として訪れた時の神子の印象はこんなに馴れ馴れしいものではなかった。どちらかというと一般的な信者が神子という存在へ抱く印象そのものだったはずだ。
それが実際はどうだ、と心の中でため息をつくと目の前の男に向き直る。
「体調は安定している。問題はない。……傷も」
「アルガデシアの様子は? 私にできることはないだろうか?」
「……アースガルム公やエルゼト公の助力により王都の復興は問題なく進んでいる。議会の強硬派がカナンへ進軍し討つべきだとしているが現在の両騎士団は魔獣への対応と王都の復興で動かすことはできない。策としても早計だ。民の声として受け入れつつ、彼らの声は抑えている」
塔から出ることのできない彼なりに情報を集め心配してくれているのだろう。
イルタレンシア聖教としてはアルガデシア王国に大聖堂があり教皇がいる。今まではそれだけの関わりだった。
しかし全権が教皇に委ねられた今、そのあり様は教会に大きく関わることとなってしまっている。
「神子よ、一つ問いたい」
「何かな教皇?」
ロアノスは決意を秘めた目で神子を正面から見ると口を開く。
「あなたから見てアルガデシア王国はどう見える?」
「……どう?」
「……私はあの国を……誤った方向へ導かないだろうか」
「大丈夫さ」
神子は笑みを浮かべる。
「ロアノス。貴方なら大丈夫さ。民は皆、貴方を信頼しているのだろう? その気持ちに応えその不安を感じているうちは、大丈夫だ」
「……そうかな」
「自信を持ってくれ。何人か為政者とも話をしたことはあるが、貴方は何と言おうか。教皇であるということを除いたとしても一番信頼できる人物だと私は思う。過大評価や世辞ではないからな?」
「なら、いいのだが」
さて、と、ロアノスは切り出す。
「この数か月で溜まった議題を片付けてしまおう」
目の前に置かれたワイングラスを持ち上げると並々と注がれている赤い液体を口に含む。
「……」
既に何杯か飲んでおりそろそろ止めておかないと明日の公務に支障が出てしまう。
そう理解しているのだが止まらない。
窓の外に視線をやると、コトリという軽い音が耳に届く。卓上のグラスを見てみるといつの間にか水の入ったグラスと差し替えられていた。
少し視線を右上にずらすと飲みかけのワイングラスを持ったマリスと目が合う。
「飲みすぎです」
「……すまない。……感謝するマリス」
「これ以上は身体に障りますよ。で、何かあったのですか? ルノスまで部屋の外に出し一人で考え事など珍しい」
「……ただ、神子について考えていただけだ」
フェルトトゥムナが亡くなりロアノスが教皇の座についてから今日まで会談が行われてこなかったためかなりの量の議題が溜まっていた。それに加えアルガデシア王国の体制についての協議もあり、ここ数日は缶詰めになることを覚悟していた。
しかし次々と解決してしまい、一番大きな問題であった王国の管理体制についても基本は大聖堂側のみでの管理。必要な時には白亜の塔からも支援を行うという体制に決定した。もとからあるある王国としての体制を活かしたいというロアノスの意見を神子が受け入れた形だ。
その後、夕食を共にして感じたのは今までの神子という存在への印象と目の前にいる男の印象がかなり違っているということだった。護衛という立場では見えなかったことも見えたからなのか、畏怖すべき存在が一気に身近な、人間味のあるものへと変わっていた。
「私も遠目にでしたが……同席しましたから、姿は見かけています。予想よりかなり若くて驚いているんですよ。あなたと同じ程度でしょうか?」
「……だろうな。二十半ば……か、それ以下か。彼とならいい関係を築いていけそうだ」
「おや、あなたがそうおっしゃるとは珍しい。ああ、だからこそ酒が……。これ以上は言いませんが、どうか前を向いて。この世に似ている人間はいるでしょうが、同じ人間などいません。いいですね?」
「……分かっている」
水を一気に飲みこむとロアノスはブルリと震える。
「寒いですか?」
「……ああ、少し冷えたらしい。上着と白湯をくれないか? ……飲んだら、今日は休むさ」
目を開くとまだ部屋は暗かった。
いつもならどんなに早くても特に用がない限り夜が明ける前に起きることはない。これは教会に入ったころから変わらないことだった。
眠気だけでなく酔いまで完全に醒めている。
(……これは、寝れないか)
そう判断すると身を起こしマリスが置いていってくれた上着を羽織ると、壁に立てかけてあった剣を腰につるす。白亜の塔で襲われるということはないだろうがないと落ち着かない。
そのまま部屋を出ると上にあるバルコニーを目指した。
背後に誰かの気配を感じたがルノスやマリスではない。バルコニーへ通じる扉の前まで来てもその気配はあった。
「……」
振り返らず扉を潜り抜けるとすぐに扉のそばの壁に背をつけて剣の柄に手をかける。
「ま、待ってくださいって! 私です、ごめんなさい、すみません、申し訳ございませんでしたっ!」
月明かりに照らされて見えた男は膝をついて敬礼をしている。
ロアノスは彼に見覚えがあった。紫色の髪のチャラ男。
「……ハイル、だったか」
剣から手をはなすと彼を立たせて後をついてきた訳を聞こうと口を開く。だが、そこで彼が何をしようとしたのか分かり黙り込んでしまった。
考えてみれば当たり前のことなのだ。
寝る前に全ての護衛を部屋から遠ざけていたため今ロアノスを守る人は誰もいない。塔の中とはいえ誰もいないというのは神子側としては承諾できない。
(教皇であるという自覚を持て、か)
いつまでも彼の騎士のままではいけないということだろう。
もっとも彼とロアノスならそのまま模擬戦へと発展しかねないが。そうなれば神子側から文句を言われるだろう。
(……だが、彼はもういない)
「すまない。私が軽率だったな。……同じ立場ならば、私も同じことをしただろう」
「いえ、私が最初に声をかけるべきでした」
「いいさ。だが、すまない。今は1人で大丈夫だ」
申し訳ないと思いながら彼に背を向ける。
よほどのことがない限り襲撃者に後れを取ることはない。そういうことではないというのは分かっている。しかし、ハイルの気配は遠ざかっていった。
小一時間ほどそこで静かに街と海を眺めていると、さすがに夜明け前は冷えるのか上着を着ていても寒さを感じる。
そろそろ戻ろうと扉のほうへ振り返る。
「っ!」
視界にうつった白い影に動きを止めると、後ろへ下がる。
白いフード付きローブを着た子供は驚いたのかしりもちをつき唖然としていた。
「……すまない。大丈夫か?」
そういって手を差し出すが、子供は一向に動かない。仕方なく手を掴み立たせようとする。
「!?」
何もないかのように子供の手をすり抜けた己の右手を見つめる。
幽霊、など生まれてこの方一度も信じたことはない。
(だが、この現象は……しかし……)
呆然とするロアノスの前で子供は立ち上がるとロアノスをまじまじと見つめ塔の最上部を指さす。そしてそのまま姿を消した。
フードの中に見えた瞳はどこかで見たような気がした。
書くの間に合わない……ふえぇぇぇぇ……(´・ω・`)




