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第5話 伝承と物語

《聖歴827年3月17日 宗教自治区ハーウィン 白亜の塔》

 翌日、ロアノスとルノスは教会と似た、しかし全く異なる場所にいた。白い内装や装飾は同じだが、あちらはアルガデシア王都の中でも比較的大きな敷地の中に高くても二百メートル程度で造られているのに対し、こちらは一つの塔であり高さはゆうに五百メートルを超える。

 白亜の塔と呼ばれる神子の住まう塔。あまりの高さから神に一番近づける場所と言われている。

 実際、白亜の塔では宗教的に重要な儀式が行われるなど『世界中』に散らばる教会や神殿、聖地の中でアルガデシア王国の大聖堂と並び、重要視されている。

 そして、アルガデシア王国の全権が教会に移譲されるまで唯一の完全なる宗教自治区でもあった。

 白亜の塔の周りには同じく白で統一された街が広がっており、魔法を扱った独自の高度な文明が発達している。国ではそれぞれ国内での伝統などが重要視されているため新たな技術の浸透は遅い。扱えたとしてもそれは教会の施設や人間のみということが多い。だが、ここでは条件全てが整っている。故に、世界一進んでいる場所ともいえるのだ。

 そして、それには街の周りが海に囲まれており人の往来も限られているという条件も影響しているのだろう。

 曰く、世界から隔離された場所である、と。


 白亜の塔の入り口で二人の人物が向き合っていた。どちらも白色のゆったりとした衣服に身を包んでいる。

 神子と教皇は同等の存在。

 実際の系統としては教皇の方が上だが、位としては同じである。

 教皇が選出で選ばれるのならば、神子はそうなるべくして育てられた存在。そして、塔から出られぬ存在であるということ以外は、同等なのだ。

 信者達から見れば、ただそれだけの違いだ。

「私はロアノス=アインルム・メルクシス。……こうしてお会いするのは、初めてですね。神子ラース」

「私はラース・ディエゴ。……あなたが、教皇となられたのか、ロアノス。いえ、失礼。メルクシス教皇。よろしく頼む」

 左手を出しかけたラースは、失礼、と謝ると右手を差し出す。

「……気になどしてませんよ。わざとでないのも、分かっています」

「到着早々、すまない。それとあなたも教皇となられたのなら互いに敬語は不要。でしょう?」

「……そうですね。……ああ、そう、だな。……つい、騎士時代の癖で」

 ロアノスがここを訪れるのは初めてではなかった。

 前にも前教皇のフェルトトゥムナの護衛として共に訪れたことがあるのだ。その際、神子とも言葉を交わしている。互いに面識はあるのだ。

 だが、教皇として会うのは今日が初めてである。

 カナンの反乱から二ヶ月はまともに動くことも出来ず、動くことができるようになってからは教皇としての職務に追われていたからだ。

 未だに教会騎士団長の地位から退いていないのは、忙しすぎてそちらまで手が回っていないからというのもある。次期騎士団長に指名しようとしていたゼヘルは何の手違いか、総長が意図的にそうしたのか、教会騎士団副団長に任命されてしまっており、それについても考え直さねばならない。

 白亜の塔を訪れ神子と会うことが出来ているということは、そろそろその忙しい日々も終わるだろう。これからは定期的にここを訪れ神子と教会の方針を話し合うことができる。うまくいけば教会のもとに組み込まれたアルガデシア王国を再び国として立て直すことも出来るだろう。

 これはその一歩なのだ。

 差し出された右手をしっかりと握り直す。


――ドクン


「……っ!」

 一瞬高鳴った異様な鼓動と共に激痛が胸に走る。

「教皇?」

「聖下……?」

 抑えたつもりだったが、顔にでも出たのか。手を握っていたラースにはもろに伝わっていたのか。ラースと背後に控えていたルノスが不安そうな顔をする。

(……なんだ?)

 痛みなどは既にない。

「……メルクシス教皇、顔色が悪いようだが。……いや、アルガデシアからここまでは長旅。疲れているのも当然か。今日はゆっくり休んでほしい。明日改めて会うとしようか」

「……では、お言葉に甘えて」

「教皇、言葉……」

「あ、ああ……」

「ではまた明日。ハイル、メルクシス教皇を部屋へ案内してくれ」

「はい、神子様。……ご案内いたします聖下。どうぞこちらへ」

 ラースの背後に控えていた従者の一人がロアノスの前に進み出て一礼する。長い紫色の髪が特徴的な長身の男性だった。片眼には長めの前髪がかかっており、従者の制服を着ていなければ遊び人のようにも見える風貌だ。

 所かまわず女性に声をかけていそうな。

 ロアノス達は知る由もないがその印象は当たっていた。

 ハイル・メーケン。神子の従者にして白亜の塔の守護隊長でもある彼はまじめでもあり、同時に『不真面目』でもあるのだった。


「こちらです。どうぞ」

 ハイルは部屋の扉を開き手で軽く抑える。

「……」

 ロアノスの目は彼の腰に下げられた細剣にくぎ付けになっていた。

 細く華奢な見た目だが、その見た目以上に剣士としてのカンに訴えてくるものがある。

 この白亜の塔の守護隊長は教会騎士の中でも大聖堂所属でいう騎士団長とほぼ同等の地位にある。恐らく、あの細剣は教会から下賜された神器の一つだろう。

 教会騎士の総長、団長は実力が認められると教会から神器を与えられる。

 神器とは神によって創られた人智を超えた力を宿すとされる武器である。そのような力を操れたという報告はないが、様式、質ともに現代の技術では再現できないものが多い。

 初代教皇が振るった聖杖や古代の王の剣、気配を完全に遮断する杖、中には時空を操るという剣まで存在するという。

 ロアノスの愛槍も神器の一つであり、アルトリウスの聖槍と呼ばれている。伝承ではアルガデシア王国も生まれてもいない古い時代の王が使用していた槍。強靭な意志により民を導いた王の槍。

 今は手元にないが、ロアノスはその伝承を思い浮かべ心の中で皮肉な笑みを浮かべた。

 案内されたのは白亜の塔でも上の方にある部屋だった。とはいっても階段で登ったのではなく、魔法を用いた昇降機であがってきた。

 部屋も塔と同じく白を基調とした内装で、しかし適度にクリーム色など優しい色も使われている。

 入ってすぐ正面にある大きな窓からはハーウィンの街の灯りと月明かりに照らされる海が見渡せる。地平線まで遮るものはなく目を凝らしても島影一つ見えない。

「……」

「メルクシス教皇……んん、ロアノス団長! ……お召し物を。って、聞こえていませんね。まあ、いいです」

 ルノスはロアノスの正面にまわると衣服の留め具に手をかける。

 慣れた手つきで幾重にも着ている衣服を脱がせると丁寧に畳み重ねてゆく。教皇の正装では一番下に着る長いくるぶし丈の衣服のみにするともう一度呼びかける。

「メルクシス教皇!」

「……?」

「お疲れのようですし、休んでいてください。私は、マリスを呼んでまいりますので」

「……ああ、分かった」


「……やっぱり、まだ早かったかな?」

 ベッドに腰掛けたロアノスの傷口を見ながら銀髪の医師は独り言ちる。

「もう少し安静にしているべきでしたよ? 教皇?」

「……傷はもう痛まなかったのだが。……ただ、少し胸のあたりが」

「今のところ問題はありませんが……とにかく! あの傷で生きていたのがあり得ないくらいなのですから、大事には大事をとってください! いいですね!?」

 マリスは不思議に思っていた。右肩から左脇腹に走る傷は確実に心臓、そこまでいかなくとも太い血管を切り裂いていた。それに加えて、左腕をなくした痕からの出血量と合わせて生きていたことは、どう説明がつくのだろう。

「……分かってるよ、マリス」

 苦笑しつつ右手でシャツをとると羽織る。

「まったく……。ゼヘルが飛び込んできた時には驚きましたよ。……私にも死亡報告は届いていましたからね」

「……そう、なのか」

「ええ。最初は半信半疑でしたが、駆けつけてみれば。あれはまるでアトミアのお伽噺の一つみたいでしたよ。まあ、人が生き返るなんてことはあり得ませんから、死亡確認した人間が間違った判断をしていただけでしょうけれどね」

 そう言ってマリスはパタンと鞄を閉める。その中に詰まっているのは本職である医師の医療道具と彼の趣味であるアトミアのお伽噺を集めた本である。

 昔からアルガデシア王国に伝わるお伽噺を総称して『アトミアのお伽噺』と呼ぶ。王子と姫の淡い恋物語から血にまみれた戦記まで。幅広いジャンルの物語があるが、共通しているのは、その中で必ず、奇跡の力――魔法――が登場するということである。

 魔法と言っても実在するものはなく、全て空想上の実際にはあり得ないものばかり。故に、アトミアのお伽噺は全て神の御業とも言われている。

 そこに教会が絡んでくることは言わずもがな。

 中には奇跡が聖書によって起こされたものだとする一派もいる。代々の教皇はそれを否定しているが、その声が消えることはない。

「……ところでマリス、今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」

 ロアノスもこの医師がきかせてくれるアトミアのお伽噺が好きだった。大方は知っているつもりだが、出会ったころから聞くたびにロアノスの知らない物語を語ってくれる。

「そうですねぇ、……ご存知かもしれませんが『王子と機械騎士』の話はどうでしょう?」

「……王子?」

「ええ、はるか昔、とても栄えていた王国に聡明な一人の王子がいたそうです。魔物の襲撃により王子の王国は一夜にして滅びてしまう。……一人生き延びた王子が逃げ込んだのは朽ち果てた遺跡。しかし、背後には魔物たちが迫っていたのです」

「……」

「最奥まで逃げ込んだ王子がみたのは滅びた古代文明の機械兵士でした。迫る魔物の群に彼は死を覚悟し、亡くなった民たちのために祈りを捧げました。……すると驚いたことに動力が切れてしまっていた機械兵士が動き出し魔物を一掃したのです。……王子はその後、その機械兵士を己の騎士として国を再建し、再び繁栄へと導きました」

 そこでマリスは一息つくとロアノスを見つめる。

「一部……手を入れられてはいますが、古い話の一つです。言い伝えによると機械騎士は今も当時の城の地下深くにとどまり国と王子の末裔を守護し続けているそうです」

「……一夜で国を亡ぼすほどの魔物、か。まるで、魔獣だな」

 そっと左腕を右手で包んだロアノスの背にマリスは手を当てると言った。

「あくまでお伽噺ですよ。ヤツらとは関係ありません。さ、もう遅い時間です。……おやすみなさい」

「……ああ、おやすみ。マリス」



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