第3話 三ツ首のオルトロス
《聖歴826年12月17日 アルガデシア王国 王城正門》
「はぁっ……はぁっ……」
荒い息を吐きながらルノスは剣をむき出しになった地面に突き刺し体を支える。
あたりは元がきれいに整備された王城の正門だとは思えないほど荒れ果てていた。無残にひび割れ飛び散った白い石畳は土や血にまみれもはや原型さえとどめていない。街灯も、正門も城壁も傷がついていないものは一つもない。
そんな中、動くのは三つの人影のみだった。
教会騎士団長ロアノスの従者であり同じく教会騎士であるルノス・バイアー。その横で同じようにして剣を地面に刺し体を支えているのは教会騎士の隊長であるゼヘル・アルバード。少し離れた場所では瓦礫に身を預けながら息をつく王国騎士団副長のエリス・リーリエ。
三人とも満身創痍だったが生きてはいた。
その三人の中心には黒い獣が倒れていた。
オルトロス。
とても手ごわい相手だったが、倒せない相手ではなかった。とはいえ王国でもバケモノと呼ばれるほどの腕を持つ人間三人が共に挑んでやっと、ではあったが。
「……なんとか、なりましたね」
「ええ、手ごわい相手でした」
「ルノス殿、エリス殿、無事でよかった……」
互いの無事を確認しあって安堵したのも、つかの間。
王城の最上階から閃光が走り、遠吠えが空気を震わせる。
「な!?」
「一体、何が!?」
ルノスは痛む体で無理やり立ち上がると王城の中へ走り込む。
「待たれよ、ルノス殿!」
「待っている暇などありません、ゼヘル隊長。王座の間には、ロアノス様が」
「分かっている! 私も共に行く!」
「私も連れて行ってください。王国騎士として、国王をお守りせねば……!」
頷くと今出せる全速力で王座の間へ続く道を駆け上る。
途中所々でカナン兵の遺体を見たが、ほぼ全員一撃で葬られていた。
間が近づくほど王国騎士の遺体も多くなり、空気が籠っているのか血の匂いが濃くなってゆく。
(大丈夫だ。ロアノス様なら……)
ロアノスは最年少で教会騎士団長の座についた若手でも有望視されている人物の一人。次期総長の候補者の一人でもあるのだ。《不敗の双閃》と呼ばれ、両手に異なる武器を携え自在に操ることができる天才。彼が負けるはずはない。
そう自分に言い聞かせながら走る。
最後の階段を駆け上ると間まで、あとは直線の廊下のみ。
多くの同胞の遺体の間をすり抜けながら走りぬけると王座の間の扉を押し開ける。
静まり返った間は暗く、何も見ることができない。
「灯りを……!」
間の構造を知り尽くしているエリスが先に入り奇跡的に無事だった照明の魔法具をひねる。
「……!」
灯りが灯った瞬間、目に飛び込んできたのはたくさんの死体。
白いはずの床にはおびただしいほどの血が流れ赤く染まっている。
「……兄さん……嘘だ」
背後でポツリと呟かれた言葉に振り返るとゼヘルが間に飛び込んでいった。
向かった先に倒れていたのは、緑の制服の男。王国騎士団長であるヨハン・アルバード公その人だ。
「……ヨハン公」
「……兄さん、ごめんなさい……いや、ありがとう」
「いやああぁぁぁぁっ!」
奥で上がった悲鳴に柱の影から出て王座の方へ走る。
「陛下……聖下……っ!」
「……な!」
王座で項垂れているのはシェムロ国王。そして王座のすぐ近くに横たえられているのはフェルトトゥムナ教皇。その身体には、教会騎士団の紋章が入った青いマントがかけられている。
「……これは、ロアノス様の……マント?」
国王と教皇、その二人が亡くなっている。そのことに衝撃を感じながらもルノスはマントの持ち主である主を探す。
マントがあるということは、ここに来たということ、そして来た時には二人は亡くなっていた。そういうことなのだろう。
なら、主はどこへ……?
「……っ!」
振り返った瞬間、目に飛び込んできたのは血だまりに沈む一人の長髪の男。服は血に染まり、胸には大きな傷。
そして、左腕はなくなっている。
そのそばには白い槍と細身の剣が落ちている。
「……ロア……ノス、様……うっ」
必死に嗚咽を堪え主のもとに駆け寄る。
「ロアノス様っ! ……ロアノス、様……っ」
固く閉じられた目は開く気配はない。触れた体は冷たかった。
「……うそっ!」
後ろでエリスが息をのむ。
ゼヘルも来たのか、聞こえていた足音が止まる。
「……嘘だ……ロアノス様に、限って……こんな」
「兄さんも……ロアノス団長も……くそっ! こんなことがあってたまるか、くそがぁぁぁぁっ!」
ドン、と床を打ち付ける音が響く。
「やめてください! ゼヘル隊長! 傷が、血が……」
「認められるかっ! 兄も、団長も! お前もそうだろう!? エリス!」
「……っ!!」
「……っすまん、……近衛兵たちは……王国騎士は、あなたの同僚や部下でしたね」
全員言葉を発さず、すすり泣きが聞こえていた。
やがて、誰かが言った。
「彼らを休ませてあげないと」
その声を合図にしたかのように、動き始めたのだった。
聖歴826年、12月17日。
アルガデシア国王シェムロ・リ・アルガデシア、及びアルガデシア聖教教皇イルネル=アル・フェルトトゥムナ、そして王国騎士団団長ヨハン・アルバード。
一度に王国の要たる人物たちを失ったアルガデシア王国は混迷への道を歩み始めていた。
そして。
教会騎士団長ロアノス=アインルム・メルクシス。
『さあ、時は満ちた。私たちの物語はここから始まったのだ』
――破滅への序曲は




