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第1話 始まりの夜

《聖歴826年12月17日 アルガデシア王国 王都》

「ルノス、急げ!」

「承知しております、ロアノス様っ!」

 長い髪を一つに束ねた騎士のあとを従者は追いかける。それぞれの武器を片手に二人の人影は石畳の坂を駆け上っていった。

 目指すのは王都の中心にそびえたつ王城。

 夜の闇に沈んだ王都には冷たく白い雪が舞い始めていた。

(一体、何が……)

 ほんの数刻前。

 王都郊外で魔物の討伐をしていたロアノスのもとに王都で戦闘が起こっている、という知らせが入った。伝えに来た伝令兵も飛び出してきたのか詳細は掴めておらず、より身軽に動けるようにと指揮する部隊を置いて従者と二人王都への道を急いだ。

 戻ってきたロアノス達を待っていたのは街に押し寄せる魔物の群だった。

 王都に待機していた王国騎士団と教会騎士団総出で対応にあたっていたが、まるでどこからともなく沸いてくるように次々と押し寄せる魔物に段々と押されていた。

 そんな中、もう一つの知らせが届く。

 魔物の襲来に便乗してか、偶然か、王都内で暴動が起こったという。既に王城付近まで拡大している。しかし、魔物の対応で鎮圧に回せる部隊は少なく、比較的被害の少ないロアノスの部隊が先陣をきることとなった。

 部隊に自分たちが王城にたどり着くまでの陽動と、出来るのならば鎮圧を命じ、今こうして二人は走っていた。

 細いわき道から正門へ続く大通りに出ると目に飛び込んできたのは道を遮るように並ぶ兵たち。王国騎士と似ているが、赤っぽい制服からカナン公の指揮する公国の騎士団なのだと判断する。

「そこを通せ!」

「お前は……ロアノス……!」

 教会の騎士団長に向かって呼び捨てとは! と、言い出すであろうルノスを制するとロアノスは騎士たちに向かって呼びかけた。

「私を知っているのならば話は早いな。ここを通してくれ、同志よ!」

 教会騎士と領主の指揮下とはいえ同じ騎士、所属は違えども同じ国のもとに集った同志。この防衛陣もこの王都で起こっている戦いから国王を守るためのもの。そう考えていたロアノスは返答に目を見開く。

「カナンは……もはや王国の同胞ではない! ここを通すわけにはいかないのだ、ロアノス!」

「……!? 何を、言って……」

 刹那抜かれた剣を無意識に槍で弾く。

 この騒動は敵対する隣国のジェエラか、反教会派の反乱が運悪く拡大しているのかと思っていた。しかし、この状況から考えると。

「……まさか、カナン公が?」

 グッと槍を握りしめると道を塞ぐカナン兵達の中へ突っ込む。こうなれば、もはや躊躇しているわけにはいかない。

(しかし、なぜカナンが……! カナン公といえば王国一の忠臣と言われている人物。一体、何が起こっているというのだ!)

 様々な可能性が頭の中を駆け巡る。その中でも一番考えたくもなく、しかし最も当てはまる条件。

それが思い浮かんだ瞬間から焦りは募っていく一方だった。

 そして今、カナン公は王城で国王と教皇の二人と会って話しているはず。

 と、なると。

「まずい! ルノス、ここを突破するぞ!」

「え?」

「説明している暇はない! ついて来られないと言うのならば、置いてゆく!」

 これは国王を、王国を守っているのではない。事が終わるまで騎士団を王城へ向かわせないための防衛陣。

 場合によっては、国王だけでなくその場に居合わせた教皇でさえ危険にさらされている可能性がある。教会騎士の筆頭であるロアノスにとって教皇を守ることは何にかえても絶対の義務である。そして同じくこのアルガデシア王国の国王を守ることも。

 二つの灯火を守ることを。

「押し通らせてもらうっ!」



「ロアノス様!」

「ロアノス団長!」

「お前たちは……」

 何とかカナン兵の防衛陣を突破し王城の正門まで駆け上がった時、背後からかけられた声にロアノスは振り返る。

「エリスにゼヘルか! 一体どうしたというのだ? お前たちは魔物の迎撃に出ていたはずでは……?」

「はい。しかし、カナン兵の行動に違和を感じ指揮を任せ王城へ駆けつけてみたところ……道中、あのような……」

 不安そうにエリスは俯く。

「そして魔物の勢いも半端ではありません! まるで軍のように統率がとれています」

 その隣でゼヘルは状況を淡々と報告する。ロアノスも信頼する、よい部下である。

「現在、王国騎士団二部隊と教会騎士団四部隊が魔物の討伐、王国騎士団一部隊と教会騎士団一部隊が『反乱』の鎮圧にあたっていますが、押され気味です。……!」

 低いうなり声が聞こえ振り返ってみると黒い狼のような魔物の群が城の正門から入ってくるところだった。

「なんだと!? こんなところにまで、魔物が!?」

 王都は三重の城壁と王国騎士団と教会騎士団、二つの騎士団によって守られており街中は国中で一番安全だと言われている。たとえ、押されているとしても王城まで魔物が侵入するなどあり得ない。あってはならないことなのだ。

「……何かが、おかしい」

 そう、絶対的に何かがおかしいのだ。

 だからといって、魔物になどかまっている暇はない。しかし、行く手を阻むからには倒して進まねばならない。

「私は、急いでいるのだ!」

 こちらを敵と認識し飛びかかってきた魔物の心臓を突き抜くと、そのまま薙ぎ払い敵を一掃する。

「はあぁぁ!」

 エリスの気合のこもった掛け声とともに槍が突き出される。振り返りこちらを見たその目が大きく見開かれた。

「ロアノス様、後ろです!」

「なにっ!?」

 とっさの判断で横に転がると、何かが今まで立っていた場所に振り下ろされ石畳が砕け、飛び散る。

 見上げた視界に映ったのは巨大な黒い犬。普通の犬というわけではなく鋭いカギ爪に竜のように硬質な皮膚、そして三つの頭を持つ生物。

 思わず声が震える。

「……オル……トロス? ……だが」

「え?」

 ロアノスのつぶやきに、何か言いたそうにルノスがみてくるがそれどころではなかった。

 伝承上の生き物が目の前に実在するということをすぐに受け入れることが出来なかった。

 ロアノスも教会騎士として様々な魔物と戦ってきたが、それでも伝説上の生き物と戦ったことはおろか、ソレが実在すると思ったことさえない。それがこの世界の常識なのだ。


――グルアアアァァァァァッ!


 ふと、闇に、まるで狼の様な雄叫び声が響く。

「この声は……? 王城から……?」

「……! そうだ、陛下たちが!」

 オルトロスという存在に気をとられていたが、本来の目的はそちらだ。何としてでもここを突破し王と教皇のもとへたどり着かねばならない。

「陛下には私の兄ヨハンが警護についていたはずです。そう簡単にやられはしないでしょうが……。団長、コヤツは私どもで抑えます。あなたは早く陛下たちの元へ!」

「礼を言う、ゼヘル、エリス! ……ルノス、お前もここに残れ!」

「了解しました、ロアノス様。片付き次第、すぐに追いかけます!」

「皆に、……神のご加護を!」

 三人がオルトロスの気を引いている間に脇をすり抜け王城内へ走り込む。ゼヘルもエリスも騎士の中では抜き出ている。強敵とはいえ問題ないだろう。

それに大分時間を無駄にしてしまった。ここからは何があってももう立ち止まるわけにはいかない。

 途中、何度かカナン兵と戦闘になるがロアノスとて名前のみで教会騎士団長となったわけではない。無傷とはいかなくとも難なく切り抜けると最後のらせん階段を駆け上がり、王座の間へと続く廊下へ走り込む。

「……!」

 一層、血の匂いが濃くなり、むっとした空気に顔をしかめる。

 廊下に倒れているのは見間違えようもない。国王の近衛兵である王国騎士の一団だ。誰一人として動くものはいなかった。

 それでも一縷の希望を胸に王座の間に駆け込む。

「陛下! 聖下! ……っ!」

 王や教皇がいるはずの王座の間に灯りはなく、外からの月明かりが唯一の光源だった。それでも夜目がきくロアノスには、はっきりと見えていた。

 その暗闇に沈む人影が。

 あの、王座にぐったりと項垂れる男は。

「陛下……うそだ……そんな……」

 なら。それならば。

「……聖下?」

 自らの主である教皇は。

 一歩踏み込むと王座の間を見渡す。

「……!」

 王座のすぐそばにある血だまりに倒れ伏す白ローブの男は。あれは。

「……教皇。……聖下っ!」

 駆け寄ると抱え起こす。手袋や服が血に染まってゆくことなど気づきもしなかった。

「教皇……フェルトトゥムナ教皇……!」

「……っ」

「教皇……?」

 薄らと開いた緑色の瞳がロアノスを捉える。

 微かに動いた唇に必死に呼びかけた。

「フェルトトゥムナ教皇!」

「……ロア、ノス……?」

「ええ、私です。ロアノスです!」

 その声に安堵が胸を満たす。

「……こ、れ……を」

「……これは?」

 必死に持ち上げようとしているのは一冊の書物だった。血の海の中にあったというのに染み一つついていない白い書物は暗い室内でも光を放っているようにさえ見える。

 歴代の教皇が伝え、常に持ち歩いていた書物で、この世の全てが記されているさえ言われている。聖書と呼ばれ、本来教皇にしか触れることを許されぬ書物なのだ。

 例外は次代の教皇であり、実際この聖書の受け渡しが教皇への就任と同義になっている。その資格を持つ者以外が触れると火傷をしてしまうと伝えられている。

 そうでなくとも触れること自体重罪であり、理由如何で極刑すらあり得るのだ。

「……これに触れることは、できません。教皇はあなたです、フェルトトゥムナ教皇。それよりも怪我の治癒をしませんと」

 傷口にかざした右手を血に染まった白の手袋が抑える。

「……何故、拒むのですか?」

「……手遅れ、だ。……それ、よりも……」

「手遅れではありません! やってみないことにはわからないでしょう! 奇跡の力――魔法とは言え、万能ではないことは私とて……」

 それでも手を押し戻そうとする教皇にロアノスは軽く息を吐くと、教皇の瞳をまっすぐ見て言う。

「……俺だってわかってるんだよ! なのに、どうして、お前は拒むんだ!? イルネル!」

「……!」

「確かにアンタは教皇だ。だが、その前に俺の親友だろう? ダメだと分かっていても、何もしないなんてことはできない。少なくとも俺には無理だ」

 かざした右手から淡い緑色の光が漏れ始める。

「……例え時間稼ぎでも構わない。……それに俺は、この術が苦手だからな。俺が一番……分かってるんだよ」

「……ロアノス……聞いて、くれ。……受け取って、ほしい。……『アトミアの力』……。……止めてやって、くれ」

「……しゃべるな。体力を使わないでくれ。……その内、エリスとゼヘルが来てくれるはずだ」

 彼らならばロアノスよりはマシな治癒魔法を使えるだろう。そうすれば教皇を助けることができる。いつまでも魔物相手に手こずっていることはないだろう。

 そこまで考えてふと、ゼヘルの顔が浮かぶ。

「……そういえば、ヨハン公は?」

 ここにはゼヘルの兄であるヨハン公が護衛としていたはず。その彼はどこにいるのだろう、と。

 生気を失いつつある緑の瞳が部屋の反対側へと動く。

 たくさんの兵士の遺体の上に重なるように倒れている長身の男。ゼヘルとよく似た顔立ちと、その装備品から一目でヨハン公本人であると確認できる。

「……ヨハン公は、最後まで?」

「……ああ。……ヤツ……から」

「ヤツ……? ヤツとは……?」

「……こう……とめて……」

 朦朧としているのか受け答えがはっきりしない。

「おい、イルネル! しっかりしろ!」

 それでもなお何かを伝えようとする教皇の口元に顔を近づける。

「……さき、に、……まっ、てる」

「イルネル……? おい! ……嘘だ、……喋っていたじゃないか。私とお前は……さっきまで……。うそだ……」

 治癒術のためにかざしていた右手で彼の肩を掴む。

「……冗談だと、……冗談だと! 言ってくれ! ……言ってくれよ」

 否定したい。

 目の前で起こっていることを。今この目で見ていることを。感じていることを。

 全て夢だったら。よいのに。

「……イルネル。……う……うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


こっちはあまり書き溜められてないので不定期投稿です

一応ストックがある限り土曜日更新予定

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