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鉄壁メイド  作者: 三島 至
本編
1/6

鉄壁メイド

 

 私はインセント・パーカー。

 所謂いいとこの坊ちゃんだった。

 だった、というのは、早々に勝手をして、家を出たからだ。


 確かに実家は金持ちだが、自由がない。

 兄貴も二人いるし、そこまで私を厳しく躾る必要があるのか?

と不満がたまる日々であった。

 この先頑張ったとしても、どうせ、兄貴達の下で奴隷のようにこき使われるだけである。

 そして、政略的に、 いいとこの高飛車な女と結婚させられ、家庭にも縛られるだろう。

 恋愛など出来そうもない。


 やってられるか!


 己の未来を嘆いた私は、入念な準備をして、家を飛び出した。


 自分で言うのもなんだが、私は能力が高いのだ。

 父や兄貴達に抑圧されなければ、もっと日の目を浴びていたはずである。

 家を出た私は、遺憾なく才能を発揮した。


 結論から言おう。私は成功した。

 詳細は省くが、概ね順風満帆。

 もはや実家を凌ぐほどの勢いである。

 それを私は一代で築いて見せたのだ。自分の才能が怖い。

 しかも私は二十代。若い、まだまだ何でも出来る。

 もちろんここで終わるつもりもない!


 さしあたっては、切りもいいので、プライベートを充実させたいと思っている。

 これまで趣味も特になかった。

 強いて言えば、まあ体を鍛えるのは好きだが、私には昔から焦がれていることがある。


 そう、恋愛だ。


 もう私は政略結婚など考えない。

 自由恋愛、そして可愛らしい嫁をもらうのだ。


 そもそも、切っ掛けは、好きな人と結婚出来ないことが不満だったのだ。

 実家にいた頃、恋に落ちた少女がいた。既に婚約者がいた私は、彼女との未来は許されていなかったわけである。


 迷惑を掛けまいと、彼女には何も言わなかった。

 家を出てからすぐは日々精一杯で彼女へのコンタクトは取れなかったが、余裕ができた頃、こっそり連絡を試みた。

 どこの娘とも分からなかったので、外部に調査を依頼する。


 しかし、だ。


 なんと、彼女は、好きな男を見つけて、家を出たらしい。


 結婚したということか!?


 私は愕然とした。

 考えてもいなかったのだ。だが私と彼女は恋人でも何でもなかったのだから、こうなることは予想できたはずだ。


 なんということだ!

 私が何も言わなかったばかりに、彼女は別の愛をとってしまったのだ!


 私の片想い感は否めなかったが、少なからず、彼女も好意を向けてくれていると思っていた。


 ああ、私は失恋したのだ。





 人生で初めて味わう挫折感を、数年かけて何とか乗り切り、現在である。


 私は大きな屋敷の主人だ。

 立派な雇用者として、使用人に少なくない賃金を払っている。

 時々昔の失恋の痛みが胸を掠めるが……


 兎に角そう、最近気になる人が出来たのだ。

 まだ恋とは呼べないが、恋になりそうな気がする。


 一ヶ月前、新しく雇ったメイドだ。

 それとなくアプローチしているのだが、なかなかすげない。



「本日より勤めさせていただきます。ステイドと申します。宜しくお願い致します」


 気になる相手、ステイドは、長い黒髪を左右に分けて、みつあみにしている。

 おさげである。

 前髪も長く、片方に流している。

 大分顔が隠れてしまっているが、きっちりとめているので邪魔そうではない。


 私の初恋の君は栗毛でもっと短かった……いや、それはいい。忘れよう。


 何だかよくわからないが、一目見た瞬間から、妙に惹き付けられてしまうのだ。


 会話一。


「やあ、お早うステイド。いい朝だね」


「お早うございます」


 さっと会釈して居なくなる。


 会話二。


「ステイド、相変わらず頑張っているな。ご苦労様」


「有り難うございます」


 目も見ない。


 会話三。


「ステイド、街に買いにいきたい物があるんだが、一緒に」


「その様なことは私ども使用人に任せ、旦那様はお仕事をなさってください。」


 最後まで言わせてくれない。

 声音も低いし、音程が一定過ぎる。



 これがステイドの普通なのか?

 ちょっと愛想が無さすぎないか?


 そういう人もいるか、と納得しかけたところで、ステイドが、執事のレドリーと一緒にいるところを見掛けた。

 私は時計を見る。

 どうやら休憩場所に向かっているようだ。

 私は視力もすこぶる良いので、見えてしまう。

 ステイドは楽しそうに談笑していた。レドリーと。


 笑えるではないか!!


 あんな可憐な笑顔をレドリーには見せて、なぜ私の前だと無表情なのだ!

 まさか、レドリーだから特別なのか……?


 と思っていると、別のメイドのハームルも合流した。

 ハームルは半月ほど、ステイドの後輩である。

 ハームルと顔を合わせると、ハームルが何か言ったようで、ステイドはころころと笑っている。


 可愛らしい……いやそうじゃなくて。


 まあ、その……あれだ。


 ……もしかして、私が嫌われている?




 ちょっと直球でいってみようと思う。


 会話四。


「ステイド! 気になる人はいる? 若しくは好みの異性とか……」


「目の前に立ち塞がれたら目障りですね」


 あれ? 言葉に棘があるような気がする。

 気のせいかな?


 会話五。


「ステイドは綺麗な黒髪だね」


「それコンプレックスなので」


「え、」


「二度と言わないで下さい。不愉快です」


「えっと……ごめんね……」


 髪を誉めるのは駄目なのか……


 会話六。


「ステイド、私のことどう思う?」


「……うっわ面倒くさい……すみませんつい本音が」


 やっぱり気のせいではない!


 何故だ!

 私は彼女に嫌われるようなことをした覚えがない。

 雇ったばかりで、本当に心当たりがないのだか。


 じっとステイドを見つめていたら、ステイドがあからさまに嫌そうな顔をした。


「何ですか? その目は」


 ステイドこそ蔑むような目だ。

 話しかける度に辛辣になっていく。容赦ない。

 大丈夫かステイド、他所ならクビになっているぞ。

 いや、他の人とは仲がいいから、社交性はあるのか……。

 私だけか。そうか……。


 彼女は難攻不落である。

 まるで鉄壁の城塞のようだ。

 駄目だ、隙がないぞ、つらい……つらすぎる。


 私のアプローチもエスカレートして、もう毎日告白しているのと変わらないのだが、ステイドは相変わらずつれない。

 そして日増しに態度も冷たくなっていく。

 ああ、もう!!


「何でそんなに鉄壁なんだ!!」



 一人叫ぶ私の声は、自室に虚しく響いた。




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