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第1話『アイドルは新入生』Part4

「へっへっへっへ」

 春日の配下は下卑た笑いを浮かべる。『長ラン』『リーゼント』『モヒカン』そんな時代遅れの突っ張りスタイル。それに怯えて新入生達は帰途につけない。

 新入生の中には『突っ張り』もいたのだがいきなり20人を相手にケンカを売る度胸はさすがになかったらしく様子を見ている。下駄箱の前で佇む羽目になっていたがけたたましい足音が上から降りてきた。

「どけどけどけどけぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 甲高い少女の声は人の群れをモーゼの『十戒』で海が割れるシーンのように掻き分けた。言うまでもなくみずきだ。そのまま勢いをゆるめずに春日の前に飛び出す。止まった瞬間ブルんと巨大な胸が揺れた。

「つっ」

 一瞬みずきは顔をしかめる。一方の春日は意表をつかれて表情を崩す。

「ほう?」

 一人二人は突っかかってくるかとは読んでいた。あるいは旧知の2年3年かと。それが見たこともない相手。確率としては新入生か。それも小柄な少女。ちょっと意外な展開に思わず声が漏れる。

 そのみずきは目標である『棒を持った男』を見つけると怒鳴りつける。

「そこの『サル』野郎。テメーのはた迷惑なデモで七瀬の奴が怪我をしたぞ。きっちり謝ってもらうからな」

「なんだと……」

 もちろんケンカを売るためにやったことだ。このくらいの突っかかりは予想の内。だからむしろほくそえむところだが春日を怒らせたのは『サル』の一言だった。にやついていた表情が歪む。

「きさま……誰がサルだと」

「テメーだ。テメー。棒を持ってぴをんぴょん跳んで、おまけに金のわっかまでつけてまるっきり孫悟空じゃねーか」

 問われたみずきは間髪いれずに指差して言う(もちろん挑発の意味合いだが)。身軽さを身上とする春日は身につける防具もとにかく軽くしていた。みずきの言う「金のわっか」は実はヘッドギアの一種。棒にしても武器であると同時に跳躍を助ける道具だ。ただ揃ってしまうと確かに『孫悟空』である。ご丁寧に金メッキを施してあるのでなおさらである。

 本人も豊臣秀吉ではないがサルと言われるのを心底嫌っていた。

「きさまっ。オレさまをサルと呼んでいいのは総番ただ一人。許さん。ぶちのめしてやる」

 逆上した春日は駆けて来る。みずきは両手を突き出す。

「シューティングスター」

 掌から「気」の塊が飛ぶ。だが春日は跳んだ。

「え?」

 技を使った直後で次の動作に移るまで若干の「硬直時間」があった。春日は見てから跳んだわけではない。たまたま攻撃に移るタイミングがよくてみずきの攻撃を跳んでかわした格好だ。そして頭上からみずきの脳天に棒による一撃を加える。

「モンキーライトニング」

「うっ」

 まともに食らったみずきは倒れる。そこに追い討ちで春日が棒を振り下ろす。だがみずきは逆立ちでたち上がりその反動で上昇しつつキックを見舞う。

「コロナフレア」

 燃えあがる太陽のプロミネンスのごとく上昇することから名づけたのだろう。回転しながらのつま先が春日の顎にヒットする。

「グっ」

 今度は春日がもんどりうって倒れる。着地したみずきはそのまま再び逆立ちになり今度はそのまま倒れこむ。地面に近づくと速度が増してしゃがんでのガードも出来なくなる技。それがこの

「メテオフォール」

 決まるはずの追撃だった。だが春日は自らの脳天目掛けて落ちてきた踵をガードせず受け流した。

(ブロッキング!? まずい)

「遅いな」

 にやりと笑いながら春日は跳んでいた。攻撃を受け流され体制を整えるのが遅れたみずき。対して春日は受け流しがそのまま攻撃準備になっていたのだ。それだけに防御体制にも移行できないままにみずきはその春日の空中での後ろ回し蹴りをまともに食らった。

「モンキーキック」

「ぐっ」

 誇張ではなく胸が一瞬つぶれた。みずきは激痛にうずくまる。

 

 その戦いを見守る影がある。

(ふっ。一対一なら手出しは野暮と言うもの。あの程度の相手。自力でどうにかせねばこの先どうしようもあるまい)

 マントをはためかして男は見守りつづける。

 

「くくく。小娘と思っていたらなかなかやるな。気孔を使いオレさまのスピードについてこれるとは。だがしょせんは女。ちょっと胸元をつついてやれば簡単に崩れる。こう言う具合にな」

 春日は蹲るみずきに棒を振り下ろす。みずきはとっさに後方へとダッシュしてかわす。しかしそれは春日の読みのウチ。ジャンプしていた。みずきは空中からの棒による一撃を受け流そうとしたがタイミングがずれた。春日は棒では攻撃してこなかった。いつのまにか琴で使う「つめ」を指先にはめてその手を降下の勢いのまま振り下ろす。

「モンキーネイル」

 みずきのTシャツが裂け豊満な胸があらわになる。春日の兵隊達から下卑た口笛が跳ぶ。視線がみずきの胸元をなめるように浴びせられる。

「う」

 みずきは破れた個所を両手で覆いながらも戦いは止めない。ダッシュする。さすがに意外すぎて春日は接近を許してしまった。みずきは左足一本で立ち右足による連続の蹴りを見舞う。

「スタークラッシュ」

(ぐ…これだけの連撃ではさすがに捌き切れん)

 ブロッキングもスゥエーも諦めて春日は素直にガードに徹した。

「くっ」

 みずきは突然に攻撃を止めて胸を抑えて蹲る。顔も赤い。春日はガードを解いてゆっくりと近寄る。

「くっくっく。そうだろそうだろ。デカパイちゃんよ。それだけでかい胸を揺らしまくれば痛いそうじゃないか。女は」

(く、くそっ。だから女の体は……)

 呼吸の荒いままみずきは春日を見上げる。勝利を確信した春日はいたぶるようにゆっくりと近寄る。だが

「そこまでよ」

 凛とした声が響く。全員の注目が声のほう。昇降口に集中する。

「これ以上みずきに手は出させないわ」

 声の主は七瀬。あとからみずきを追っていたのだ。春日は嘲る様に笑みを浮かべる。

「くくく。さしずめ『Here comes New Challenger』と言う所か。かまわんさ。女相手だ。二対一でもハンディにもなるまい」

「ば、バカ。七瀬。来るな」

 しかし七瀬は委細かまわず歩み寄る。みずきを助け起こして

「あんたこそ下がってなさい。女の子が人前で胸を晒していいわけないでしょ」

みずきを引き下がらせると春日と対峙した。

「けけけ。こっちの姉ちゃんはちゃんと上着まで来ているから簡単には剥けそうにないな。まぁぶちのめしてゆっくりはがしてやるがな。きれいなお顔を歪めて……まて。確かさっき砕いてやった窓ガラスの破片で顔を切ったはずだが?」

「行くわよ」

 挑発なのか地なのか。下卑た春日の戯言を無視して七瀬が突っ込む。見た目ふくよかで女性的。言いかえればあんまり運動神経がよくは見えない七瀬が意外なスピードで詰め寄る。猛烈な勢いで平手打ちを見舞う。

「スタッカート」

 右。左。右と続けて3発。最後のモーションが大きすぎたが春日ものけぞって攻撃に移行するのが遅れた。跳ぶ。だが

「アレグロ」

 七瀬の高々と蹴り上げた右足が春日をふっとばす。七瀬はさらに追い討ちをかけるべく駆ける。一方吹っ飛ばされた春日は地面に叩きつけられるかと思いきやバレーボールの回転レシーブか。あるいは柔道の前方への受身のように転がりダウンは回避した。

 たちあがる所に七瀬が今度はストンピングのような踏み付けを見舞う。

「ダウンピッキング」

 「エスケープモンキー」

 ダウンピッキングを食らう前に春日は後方へと大きくジャンプ。回避した。そのまま七瀬に向かってダッシュ。取り合えず七瀬は棒による攻撃に備えてブロッキングの心構えをしていた。だが春日はスライディングをした。七瀬は転倒させられた。春日が跳ぶ。再びあの爪の攻撃だ。しかし

「シューティングスター」

「ぐはあっ」

 クレー射撃の皿のように頂点の止まる所を狙い打たれた。不様に墜落する。七瀬はその『狙撃手』を見る。荒い呼吸をしたみずきが両手を突き出したまま立っていた。

「みずき!」

「これはオレのケンカだ。七瀬。引っ込んでろ」

「何よ。心配してあげてんのに」

「痴話げんかはそのくらいにしな。ふざけやがってよぉぉぉぉ」

 春日が立ってきた。みずきは七瀬を後ろへと下がらせる。

「来いよ。ケリをつけようぜ」

 みずきは空手のように構える。そのとき春日の取り巻きが気がついた。

「おい。あいつのシャツ。破けてなかったか」

「そういえば」

「けっ。大方ブラウスの替えをあの女(七瀬)が持ってきてたんだろ」

 そんな雑音と無関係に春日が構える。みずきほどではないもののこちらもかなりずたずただ。

「バカが。そのまま逃げてりゃ公開レイプなんざされなかった物をよ。てめえら」

 壁役の配下に向けて怒鳴る。

「今からあのメスどもを俺がぶちのめしてやるからどちらでも好きなほうを姦ってやんな」

「ひゃっほー」

 モヒカンたちが邪な期待を込めて雄叫びを上げる。

「いいさ。お前が勝ったらどうにでもして良いぜ。その代わり俺が勝ったら引き上げてもらうぜ。それと忘れるなよ。負けたらそのときはお前は『ただの小娘に負けた』ってことになるんだぜ」

「負けたら…な。だがどこに負ける要素がある? おれも確かに体力は減ったがテメーはガードすればガードごと吹っ飛んで気絶しそうじゃないか」

「ふっ。削れるもんなら……削って見やがれ」

 今度はみずきが高々と飛んだ。春日はにやりと笑う。

「付き合う必要はねえ。降りてきた所に一発で終わりよ。バカめ」

 言葉どおりだ。みずきが降りてきた所に棒を突き出す。だがそれをみずきは受け流した。

「な、なにぃ? 空中ブロッキングだとォ?」

 突き出したため次の動作に移行するのが遅れた春日。それだけ隙があればみずきには充分だった。着地と同じに逆立ちしてその反動で蹴り上げる。見物していた無限塾の生徒や春日の兵隊から声が上がる。

 「あ、あれは」「コロナフレアとか言う対空技」「い、いや違う」「もっと強烈なスピンをしている」

 そう。この技は「コロナフレア」の強化版。その名は

「プロミネンス」

 回転しながら蹴り上げて行く。春日は宙へと舞った。そして地面に叩きつけられる。

「う、ぐうっ」

 一言うめいてたち上がりかけて気絶する。青ざめる悪漢高校の不良たち。

「ま、負けた。春日さんが」「四季隊最強の男が」「あんな小娘に」

 その「小娘」みずきは精魂尽き果て膝をついていた。

「みずきッ。大丈夫ッ?」

 七瀬が慌てて介抱に向かう。兵隊達は気を取り直した。

「うろたえるな。相手は小娘二人」「おう。このまま帰れるか」「やっちまえ」

 まさにいっせいに二人に迫ろうとしたときだ。

「龍気炎」

「ぐわあっ」「だ、だれだっ」

 昇降口の方からみずきでない誰かが『気』を放ち迫ろうとした一人を倒す。やったのは上条だ。

「一対一のバトルだから手は出さなかったけどね。戦闘員が来るならやるよ」

 キザに片目をつむって見せる。そして

「えいやあっ」

 校門脇になぜか置いてあった古い空きドラム缶を蹴破って十郎太が突進して七瀬に迫る男の腹部に拳を見舞う。

「ぐえ…」

男はうめいて倒れふす。十郎太はその場で印を結び解説する。

「これは疾風拳と言う。まさに風の如き疾さ。その濁った目で見切ることなどかなわぬ。これぞ、風間流」

 もちろんこれは威嚇の意味で敢えて無意味ともとれる解説やドラム缶の破壊をしてのけたのだ。さらに

「ブツダンガエシ」

 榊原がモヒカン頭の左頬を右手で叩き右足を自身の左足で刈るように蹴っていた。正反対の力が掛かりモヒカン頭は反時計回りに回転しながら吹っ飛んで行く。

「まったく信じられない奴だ。女性に対して乱暴なことをするなど。甘いムードを作りその気にさせる所に醍醐味があるというのに」

 別な点で軽蔑をしていた。

「さて、どうする。戦闘員の皆さん。怪人は倒されたしさっさと逃げた方が良いんじゃ」

 あくまで軽い乗りでワケのわからない表現で上条が撤退を勧める。こう言うときに逆に意固地になる人種もいる。

「か…かまわねえ。それでも17対5だ。やっちまえ」

 だが今度は頭上からボールが降ってきた。まさしく野球のノックだ。

「うぎゃアーッ」

「こ、硬球? 硬式野球用のボールが」

「誰だ。姿を見せろ。卑怯者」

 自分たちを棚に上げてザコが叫ぶ。その声に答えて男は姿を見せる。

「ふっ。数にものを言わせるザコに卑怯者呼ばわりされるとは片腹痛い。そんなやつらに名乗るほど安っぽい名も持ち合わせていないが特別に教えてやろう」

 赤い裏地の黒いマント。ストライプの野球のユニホーム。口元は時代錯誤のマフラーで覆われ窺い知れず。仮面舞踏会に用いるようなマスクで目元もわからず。もちろん頭は野球帽。ほとんど素肌は出ていない。

「私は正義を愛するもの。地獄から来た愛の使者。野球忍者。ビッグワン」

 食らった悪漢高校の連中も、助けられた七瀬たちも全員目が点になる。

「な、なんだとぉ? やきゅうにんじゃあ?」「くっ、ひ、ひるむな」

 それでも逃げ帰れないのでなんとか鼓舞するが

「お前等。一対一ならウチの方針で大目に見たがその人数で来るならこの無限塾生活指導。藤宮博の百人組み手の相手としてやろう。とおっ」

 柔道着の男が跳ぶ。回転して見事に着地する。

「か、かっこいい。本郷ライダーみたいだ」

 目を輝かせて上条が喜ぶ。一方の悪漢高校の兵隊達はたじろいでいた。

「ふ、藤宮まで、コイツには去年もウチの兵隊が何人病院送りにされたか」

 ちらりと倒れている面々を見る。その中には春日がだらしなく延びている。兵隊達はパニックに陥る。

「お、おれたちは将を誤った」

「今は飛翔の時代ではない」

「強力の時代なんだ」

 くもの子を散らすように逃げて行った。敗走を深追いすることもなく見届ける。新入生たちから歓声が上がる。藤宮はちらりとビッグワンに視線をよこすが相手の敗走を見届けたかすでに姿はなかった。

(あいつらしい。さて)

 苦笑混じりにため息をつくと表情を引き締めみずき達に視線を向ける。

「他愛もない奴らだ。ところで君。そっちの女の子は大丈夫かね?」

「は、はい。先生。こんなけがしょっちゅうですから」

 七瀬はちょっとうろたえ気味に藤宮に答える。そして戦闘の後でほとんど意識が朦朧としているみずきに肩を貸したまま助けてくれた面々に例をする。

「助けてくれてありがとうございました。みずき。帰るわよ」

「はにゃ?」

 若干寝ぼけながらもみずきは手渡された自分のかばんと上着を持ちながらたどたどしい足取りで七瀬と二人帰途につく。

「十郎太様。お二人は?」

 文字通りのおっとり刀で姫子がやってきた。不良が撃退されたので他の生徒も帰途についている。余裕があるのでかしずいて臣下の礼を取り報告する。

「はっ。今しがた帰りました」

「あら。そうですか。助けていただいたお礼もまだなのに。それに七瀬さんは頬に傷を負ってましたわ。手当てが必要なのに」

 そこで3人は顔を見合わせる。

「そう言えば」「顔はきれいだったな」「赤星くんのシャツやブラウスも破けたはずなのにいつのまにか」

 沈黙する四人。姫子がそれを破る。

「もしや七瀬さんも……十郎太さま。これから七瀬さんのお家へ行きませんか。助けていただいたお礼をしたいと思います」

「御意」

「お二人もよろしかったら一緒にきていただけません。自分で言うのもなんですけどわたくしたちは世間知らずな物で」

「案内役ですか」

「面白そうだね。いいよ」



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