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第1話『アイドルは新入生』Part3

 波乱万丈の入学式が終わり、新入生達はそれぞれの教室へと集まっていた。

 1年2組の教室にはみずきと七瀬が揃っていた。 2人は口論……意味は同じでももっと低レベルな印象の言葉で言えば口げんかをしていた。

「ったく。あんな人前で蹴り飛ばすことないだろ」

 愛らしい少女声に似つかわしくない男言葉でみずきがいえば

「あんたがいつまでもやってるから悪いんでしょ」

七瀬もそうきりかえす。

「だからって蹴るかよ。この狂暴女」

「何よ。ドジ」

 放っておくとどんどんとヒートアップして行くはずだったが

「まぁ、お二人とも仲がよろしいんですのね」

 いきなり「ほえほえ」な空気でその場の殺気が浄化されてしまった。毒気を抜かれた2人が声の主を見るとそこには日本人形のような美少女が微笑んでいた。

 背中までの艶やかなロングヘアはきれいに切りそろえられていた。きめの細かい肌が白く輝く。もともとが白い肌のようだ。恐らく触れれば吸い付くような感触があるだろう。

 目鼻立ちもはっきりとしているがキツイ印象はまったくない。

 みずきも小柄だがこの和風の美少女もかなり華奢な部類に入る。いささか古い表現をすれば『箸より重いものを持ったことがない』のではないかと疑いたくなるほど腕が細い。

「あ、あの……」

 あっけに取られたみずきがようやく少女に言葉を投げかける。しかし用件を問うより先に『和風の美少女』が頭を下げた。

「申し遅れました。わたくし北条姫子と申します」

「えっ? 「北条」ってあの『北条グループ』の」

 驚く七瀬。それに対して気負いのない口調で姫子が

「はい。『北条グループ』は父の会社ですが」とこたえる。

「すっげぇ。じゃあお嬢様なんだ」

 みずきにして見れば何の気無しの言葉だが取りようにとっては嫌味にもなる。だが姫子はそうは取らない。

「娘のわたくしが言うのもなんですけどお父様は確かに立派な方ですわ。でも『北条グループ』はお父様たちががんばっているのであってわたくしなどはただの娘ですわ」

「なるほど。たまたますごい家に生まれただけと言うわけか。そうだよな。生まれや性別は選べないからな」

 何か思うところがあるのかみずきがしきりに頷く。

「それで、何かしら?」

 七瀬が声をかけてきた目的を尋ねると姫子はにっこりと笑う。

「はい。突然でぶしつけですけどお二人にぜひお友達になっていただきたくて」

 確かに突然の申し出である。みずき達がきょとんとするのも無理はない。とは言えど姫子の無邪気な笑顔に打算など感じるはずもない。つまり断る理由もないがそれでも気になったみずきは尋ねた。

「それは望む所だけどなんでおれ……あたしたちなの?」

「もちろん先ほどの講堂でのことですわ。なんて楽しい人たちなんでしょうと思いましたもの」

 言われたみずきと七瀬は真っ赤になって俯いてしまう。

「それでぜひともお友達になりたいと思っていたらお二方とも同じクラスなのでもう嬉しくて嬉しくて」

 無邪気な笑顔で語る姫子。やっぱり他意はないことが判る。みずきが手を差し出す。

「わかったわ。北条さん。お友達になりましょう」

「ありがとうございます。ですがわたくしのことは姫子と呼び捨てでかまいませんわ」

「だったらあたしはみずきと呼んで」

「はい。みずきさんですね」

「いや。こっちが呼び捨てでそっちがさん付けも」

「気になさらないでください。さん付けはわたくしなりの親愛の証なのですから」

「じゃ私達もさん付けで通すわ。ね。みずき」

 割って入った七瀬がみずきに同意を求める。みずきは黙って頷く。それを見た七瀬は今度は姫子に手を差し出す。

「北条さん。私は及川七瀬。よろしくね」

 3人の少女が新しく芽生えた友情を確かめ合うように手を重ねていたら突然に扉が開く。スポーツマンタイプの、だがやや細身の神経質なイメージの男が入ってきた。

 短く刈った髪。入学式だからかスーツ姿。それが着痩せするタイプであることを物語る。長身に見合った大きなストライドで男は教壇の前にまで歩み寄る。席を離れていた新入生達もそれぞれの席へと戻る。それを見届けて男は低いバリトンで語り始める。

「入学おめでとう。私が君達の担任の中尾勝だ。担当教科は物理。これから3年間よろしく頼む」

 中尾はそこで間を置くと続けてしゃべり出す。

「それではみんなまずは自己紹介と行きたい。私から見て左の列。君等にしたら右か。出席番号順に男子の1番からやって行く。それではまずは出席番号一番の秋山」

「はい」

 こうして自己紹介が進んで行く。座席は暫定的に一番前列の右から男子。

 そのとなりが女子。それが交互になっている。出席番号順なので秋山。池山。上田。大島と続き五番目の十郎太の所に来た。

「拙者は…」

「拙者?」

 日本語で男の自己代名詞は数多い。『オレ』『僕』『私』もそうだし『わし』も入る。しかしさすがにこれは珍しい。十郎太は続ける。

「風間十郎太でござる」

「ござる?」

「い、いつの生まれだよ」

 あまりに場違いな言葉に失笑がもれかかったが射抜くような鋭い眼光と学生服越しにもわかる引き締まった体躯。それがむしろその言葉遣いを自然に思わせるゆえに笑いは起きなかった。一呼吸おいて続ける。

「拙者はそこにおわす姫君の護衛としてここにまいった。お庭番故に皆様方とはいささかズレがあるやも知れぬがご容赦願いたい」

 本来は影の存在だが同じ年と言うこともありクラスでの護衛を任された十郎太は姫子の手前もあり打ち解けようとしていた。 しかしその眼光が鋭さを増す。

「これからはクラッスメートーとしてよろしくお願いいたすが一言だけ申しておく。姫に害なすものは地の果てまでも追い詰めて討つ。その一点だけはゆめゆめ忘れないでいただきたい」

 それだけ言うと十郎太は音もなく椅子に座る。とんでもない自己紹介に一同は声もない。とりなすように中尾が促す。

「次。上条」

「はい」

 十郎太の後ろに位置している長身の少年が立つ。これと言って特徴のある顔ではない。しかし自己紹介は強烈だった。そう。あの『赤いマフラーの少年』である。まるで70年代のアニメから抜け出してきたような格好だ。

上条明かみじょうあきらです。趣味はアニメ鑑賞と同人誌作り。高校生になったことだしサークルも作りたいと思っているので興味のある方はいっしょにやりましょう」

 十郎太とは別の意味でみんな声が出ない。特定の地域(笑)でならいざ知らずこの場で堂々と「オタク宣言」してのけるとは。さらに上条は続ける。

 「ところで「上」と書いて「じょう」とも読む。つまりじょうじょう。僕のことは「ジョジョ」って呼んでくれ」

 後半部分で『芝居』してのける。大半がこけた。気を取りなおして次へと行く。

 

「悪漢高校」を出た春日達の軍勢はもうすぐ無限塾に到着する。

 

 列が移り女子の一番手が自己紹介をする。出席番号三十一番。みずきだ。

「赤星みずきです。趣味は……」

 自分の席で立って自己紹介をするが妙に歯切れが悪い。全校生徒を前に啖呵を切ったくらいの少女がたかだか四十人に臆する筈もない。何か言うべきか言わざるべきか逡巡していたが意を決して口にする。

「えっと…趣味は…ぬいぐるみ集めです」

 講堂での猛々しさはどこへやら。頬に朱を散らしながら俯き加減に照れる辺りは15歳の少女らしい可愛らしさがあった。演技にしては恥ずかしがり方が並ではない。ただ声はなんとなく作った『可愛らしさ』だったが。どうも頬が火照ってしょうがないのか二つの小さな手のひらで頬を押さえると男子から声が上がる。

「可愛いーっ」

「良いじゃん。ぬいぐるみ集め」

「オレがプレゼントしてあげようか」

「女の子だからフツーだぜ」

 一同は子供っぽい趣味を言うのに照れたと解釈した。実際「ぬいぐるみ集め」を白状するのに照れたのは確かだが。とにかくこれで男子はみずきにまいってしまった。愛らしい顔。小柄な体躯。反面これでもかと女であることを主張するバストとヒップ。そのままアニメに使えそうなハイトーンの可愛い声。問題は人前でケンカできるほどの猛々しさだったがそれも今の照れた可愛らしさでクリアされた。

 この瞬間にみずきは1年2組のアイドルになったのだ。


 続いて七瀬の番が来る。

「及川七瀬です。趣味はお料理とお菓子作りです」

「はーい。しつもーん。赤星さんとはどういう関係なんですかぁ」

 男子の一人からからかうように声が飛ぶ。そのときに七瀬が見せた反応はあまりにも意外だった。

「え?」

 絶句して頬を染めたのだ。おまけに俯きつつもちらちらと前方のみずきに視線を送る。みずきはみずきでたじろいで赤面する。

(あやしい)

 大半がそう思った。なるほど。「そう言う関係」ならあの場面で止めに出て行くのも納得は行く。

(ちょっと大柄だけど家庭的で良い感じだったけどなぁ)

(まさかレズ?)

 この瞬間に二人の評価は固まってしまったといっても過言ではない。

 

 春日達の軍勢は無限塾の正門の前に到着した。軍勢と言っても春日を含めて21人。しかしそれぞれが武器を手にしていた。

「ついたか。さて。まずは新一年生に教えてやるか。四季隊の恐怖をな」

 にやりと笑うと春日は手にした棒をひと撫でする。

 

 ホームルーム終了。この日はもう終わりである。四階である1年2組の窓際。そこに姫子はいた。歩み寄るみずきと七瀬。みずきは頬を押さえている。

「ああ恥ずかしかった。なんで『ぬいぐるみ集め』であんな反応が来るんだ?」

「馬鹿正直に言うからよ」

 すっかり2人とも気の強さが戻っていた。フォローと言うつもりもなく姫子が笑顔で言う。

「あら。女の子らしくて可愛いと思いますわ」

「まぁ、うそはついてないけど」

「当たり前だぜ。これ以上ウソを重ねたらボロが出る。だからまともに言ったんだ」

「はい? 何か隠し事でも?」

 きょとんとした顔で小首をかしげて姫子が尋ねる。

「ああいや。なんでもない。こっちの話」

 慌ててみずきが打ち消す。そこに榊原が歩み寄る。

「やあ。お二人さん。クラスメートとは奇遇だな」

「あら。えーと榊原くん。そうね。自己紹介ではビックしちゃった」

「いやいや。それは僕もですよ。まずは失礼。北条姫子さん」

「はい」

「榊原和彦です。どうかおみしり置きを」

 取り敢えずこの場で初めての顔合わせとなった姫子に自己紹介を優先させる。

(豆な奴だなァ)

 思わずみずきが感心するほどだ。しかも滑らかな動きで右手を撫でまわし手の甲に口付けをしようとした。ことそこにいたって3人は榊原の行動に気がつくほどあまりに自然な動きだった。だが榊原はいきなり跳んだ。

「な、なに?」

 驚く七瀬。だがさらに驚いたのは天井から音もなく十郎太が降りてきたことだ。

 「えっ?」「いつのまに」

 みずきと七瀬はひたすら驚くが姫子は慣れているらしく平然としている。降り立った当の十郎太は鋭い眼光を飛びのいた榊原に向ける。どう言うわけか二人の動きの大きさの割には新しいクラスメイトは注意していない。帰り支度に夢中と言うのを差し引いてもおかしい。二人がいかに無駄なく、そして音もなく気配もなく動いたか証明している。

「危ないですね。ニードロップなどを天井の高さから繰り出されたら首が折れますよ」

「言ったはずだ。姫に狼藉を働けば容赦はせぬと」

「榊原さん。紹介しますわ。お庭番を務めてくださってる十郎太様ですわ」

 緊張した空気がその「ほえほえ」した物言いに一気に弛緩する。例えるなら斬りあった侍が刀を鞘に納めるように二人はとんがった部分を消した。

「お主、もしや悟りの術を使うのか? 気配を完全に消したのだ。気取られるはずもない」

「他の相手ならそれでいいけどねぇ。僕には逆効果でした。むしろ殺気を囮にすればよかったかも」

「ふ。怪しげな術を使う。だが」

「もうやめにしませんか。お二人とも」

 当の姫子が仲裁に入る。窓をあける。さわやかな春風が入ってきてそれだけでとげとげしい気持ちが消えて行く。

「こんな春の日にケンカなんてしない方がいいですわ。ほら。桜がこんなに」

 そのときだ。その桜の木を突っ切って何かが跳んできた。人だ。それが棒高跳びのように棒を手に身軽に跳んでなんと四階の窓である1年2組の窓にその棒を叩きつける。

「危ない!!」

 そばにいた七瀬がとっさにかばう。棒は一撃で窓ガラスを砕く。ワイヤー入りだから四散はしなかったが欠片が少し跳んだ。攻撃を加えた男はサルも顔負けの身軽さでバウンドを繰り返して見事に着地した。

「姫!?」

「十郎太さま。わたくしは平気です。ですが及川さんが」

「七瀬!」

 みずきが血相を変える。七瀬が頬を抑えている手の指から血が漏れている。

「平気よ。かすり傷だから」

 それでも出血は派手でまるでざっくり斬れたように見える。みずきが歯噛みする。その神経を逆なでするがごとく校門で哄笑が響く。

「わはははははは。入学おめでとう。新入生諸君。悪漢高校から入学祝を持ってきたぞ。喜べ。悪漢高校四季隊最強を誇るこの春日マサル様がじきじきに戦ってやる。どうした。さっきのジャンプなどはほんの挨拶がわり。ジェットコースターなどより刺激的な時間をくれてやるぞ。その後は病院で昼寝が出来る。どうだ。いい話だろう」

 無論出て行く命知らずは新入生にはいない。それどころか帰るに帰れない。塀に隠れていた春日の兵隊が校門をふさいだからだ。

「………あの野郎か………あの野郎が七瀬を………」

「みずき。私は大丈夫よ。知ってるでしょ。だから」

「野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

「あっ。みずき。待ちなさいっ」

 七瀬の制止もむなしく。みずきはブレザーとベストを脱ぎ捨て校門へとかけていった。

 

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