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第1話『アイドルは新入生』 Part1

 春。始まりの季節。新しいことを始める季節。日本においては進級・進学の季節。新しい小学生。中学生。大学生。そして高校生を祝うがごとく桜が咲き乱れていた。

 それはここ。私立・無限塾においても同じであった。しかし学校その物は少し他と一線を隔する。歴史としては明治からと言う古い学校である。そのころより一芸入学を認めていた。

 つまり何か一つ『認められるもの』があれば形だけの試験で入学が出来るのである。それ故にか不良生徒なども多数擁していた。不良生徒の最後の拠り所と言えた。ただし卒業の時点で更生を果たすか退学するかのどちらである。

 また歴史の古さから名門としても名をはせいわゆるエリート階級も多数入学していた。


『人間の可能性は無限。やる気のあるものは来れ』をモットーにして『無限塾』と命名されたくらいである。やる気さえあれば誰でも受け入れていた。

 高校でありながら大学のキャンパスなみに広大な学び舎の後門の前に圧倒されるがごとく何人かの新入生が立ちすくんでいた。その中に真新しい青いブレザーに身を包んだ二人の少女がいた。


「いよいよだな。七瀬」

 小柄な方の少女が独白するように語りかける。七瀬と呼ばれた少女が

「そうね。これから始まるのよ。みずき」と答えた。

 みずきと呼ばれた小柄な少女は身長154センチと比較的に小柄と言える。顔もそれに見合ったやや幼い印象。

 ちょっと前まで中学生だったのだから中学生に間違われるのはまだしも下手すると小学生の高学年に間違えそうな童顔…言い方を変えれば愛らしい顔つきをしていた。だがその「愛らしい顔つき」に似合わない物が二つあった。

 一つは身長に比較してやや立派過ぎる印象の胸と腰。いわゆるトランジスタグラマーと言うタイプだ。童顔で巨乳とくれば特殊な趣味の者達が喜ぶパターンだが。

 もう一つはその表情。せっかく愛らしい顔立ちながら表情がきつくて台無しにしていた。もっと愛想良くすれば男が放っては置かないだろうがまるで全てを突っぱねるようにキツイ表情をしていた。

 短い髪だが襟足を束ねている。それがただの輪ゴムと言うあたり色気も何もない。それを七瀬と呼ばれた少女がたしなめる。

「みずき。あんたせっかくだからもっと女の子らしくしたらどうなの。せめて髪を束ねるのにリボンくらい使ったら」

「うるせえ。そんなちゃらちゃらした真似できるかよ」

「また。言葉遣いを気をつけなさい。女の子なんだから」

 まるで母親のようにおせっかいを焼く彼女の名前は及川七瀬。セミロングの髪の毛は栗色をしていたがこれは染めたわけではなく天然の物である。ウェーブが掛かった髪のその毛先が内側に丸まっているので柔らかいイメージとなる。

 身長は164。全員整列ではたいてい最後尾に立っていることが多い。

 本人は「太っている」と気にしていたが健康的な十代らしい体型。全体的にふくよかな割にはCカップなので胸も目立つ。そのせいか母性的な印象を受けるがそれは見た目の問題だけではない。

 彼女の両親は父が会社員。母が病院の看護婦と不在勝ち。そして彼女が十歳のときと十一歳のときにそれぞれ弟が生まれた。その面倒を見ることが多く自然と母親じみた家庭的な女の子になってしまった。  もっとももともとお節介なほどの世話焼きなのも一因だが。

「まだお前だけだから良いんだよ。さっさと入学式の会場に行こうぜ」

 言うや否やみずきはすたすたと歩き出して…何もない平地で転んだ。

「もう。あんたあれだけ運動神経が良いのにどうやったらこんな場所で転ぶのよ」

 呆れて、そして妙に馴染んだ調子で七瀬が近寄る。自分の背中で視線をさえぎりみずきのスカートを捲り上げる。膝に傷を作っていた。

「今に始まった事じゃないけど…先が思いやられるわね」

「慣れっこ」のように消毒スプレーを吹き付けそして傷に触れていたら不思議なことに傷が消滅した。そしてこれまた準備の良いことに濡れティッシュを持っていてそれで膝の血をふき取る。

「はい。これでよしと」

「サンキュッ。七瀬。ところで講堂ってどっちだ?」

「そう言えば入試のときはこっちの校舎だったし。どこかしら? あっ。ちょうど良いわ。あの人に聞いてみましょう」

「あのメガネの男に? まぁ確かに上級生ムードだけど2年3年は対面式で顔を合わせるんじゃないか」

「この学校って変な人が多いって言うもの。一人くらい校庭にいても不思議はないわよ」

 言うと七瀬は早足で近寄っていった。しばらく呆然としていたが七瀬との距離が大きく離れて

「お、おい。待てよ。七瀬」

 可愛らしい声に似つかわしくない男言葉でみずきが追いかける。


「すいません。あの…講堂にはどうやっていけばいいんですか?」

 七瀬に尋ねられた男はきょとんとしている。そして意外そうに口を開く。

「それは、僕に尋ねているんですか」

「ええ。教えてください。先輩」

「………先輩ねぇ」

 メガネの男はますます怪訝な表情をする。七瀬は愛想良くにこにこしているが内心では何かが引っかかっていた。その間にみずきがやってきた。

「七瀬。わかった?」

 メガネの男は生唾を呑みこむ。無理もない。みずきの駆けて来る際にその巨大な胸が存在を誇示するように揺れていたからだ。健全な男子を誰が責められよう(笑)

「ううん。まだよ。先輩。どっちですか」

「教えてくださいよ。先輩」

 七瀬が落ち着いた声で、みずきが高めの可愛らしい声で尋ねる。それに対してどっちかと言う渋い声で男が答える。あまりに意外な言葉を。

「講堂はあちらがわですでよ。さっき案内を見た感じではね」

「案内を?」「見た?」

 文字通りきつねにつままれたような表情の二人の少女。それに対して妙に大人びた…悪く言えば老けた高校生はにっこりとやや『営業スマイル』風に笑って言う。

「ええ。何しろ僕も新入生なもので」

「えええーっっっっ?????」「うっそぉーっっっっっっ」

 思わず二人は叫んでしまう。

「ま、仕方ないか。顔がふけててね。昔から年上に見られるし」

 悟り切ったように『新入生の少年』は言う。

「あ、あのごめんなさい。私てっきり」

 失言を悟った七瀬が口元を抑えながら謝る。

「ああ。そんなオールバックなんてしてるから3年とばっかり思っていたぜ」

「はは。これも何かの縁ですね。僕は榊原和彦。よろしく」

 榊原は右手を差し出す。七瀬はためらうがみずきはさっと握る。

「赤星みずき。よろしくな」

「あの、及川七瀬です。ごめんなさい」

「いいっていいって」

「じゃいきますから。いこう。みずき」

「ああ。じゃあな。同じクラスだと良いな」

 言葉を残して二人は立ち去る。七瀬がかばんを持ってない方の手で朱が散る頬を押さえる。

「ああ恥ずかしかった。まさか同じ新入生だったなんて」

「見た目で判断していけない例だな。もっともオレなんか誰も正確にわかるわけないけど」

 まだ時間はあったがふたりの少女は講堂へと急ぐ。


 一方残された榊原和彦は佇んでいた。ただし表情はみずきと七瀬がいたときとは大きく異なりしまりがなかった。そう。例えるなら中年のスケベオヤジがヌードを見たときのようにだ。銀のふちなしめがねとオールバックがいかにもエリートな印象を与えるが実はかなり親しみのもてるキャラクターだ。ただし男にはだが。

(参ったな。まさか同じ新入生にあんな大胆な女がいたなんて。赤星みずきと名乗っていたっけ? あいつカンペキにノーブラだぞ。 あの揺れは間違いない。一応Tシャツくらいは着ているようだがな。それでもブラジャーを着けてあんなに揺れるはずがない。脚の肉付きを見る限り脚力はありそうだがそれが走るのに時間がかかったのも証拠。ノーブラなら揺れると痛いと言うことか。ま…女じゃないからそのあたりの神経はわからんがな。それといっしょだった「ナナセ」とか言う女もポイントは高かったな。家庭的な雰囲気でまた良い感じだ。いつかチャンスが有ったら一発…うぷぷぷぷっ。ん?)

 スケベ面が一変する。あたりを見まわす。塀に目が止まり続いて校舎に目が行く。その前で知り合いとしゃべっている新入生の女子。

(あそこにか)

 榊原はさりげなく歩を進める。そして腕時計を見るふりをして立ち止まる。

 その途端! 塀の向こうから何かが飛んできた。それは校舎を目指して飛んでいた。そのままだと女子生徒に当たる。だがそれは外野に飛んだ打球が外野手のグローブに納まるように空中で止まる。女子たちは何もなかったように会話を続ける。榊原は取ったものを見てみる。

(石ころか。踏みつけて撥ねたと言う感じじゃない飛び方とコースだ。不良生徒も多いから抗争かな。あるいは過激な悪戯か。どちらにせよ女の子に何もなくて良かったが…む!)

 榊原は鋭い視線を塀のほうに向ける。だが何も見つけられない。

(気のせいか)

 それっきり興味を失い彼もまた講堂へと出向く。


 だが榊原の視線の先には確かに人がいたのである。木の中にである。細い枝の上に腕を組み直立している。

(拙者の気配に気づくとは只者ではござらんな。それにあやつ。まるで石つぶてが飛んでくるのがわかっていたようだが、悟りの術を得ているのか)

 時代がかった物の言い方をする細身の男は鋭い目つきをしていた。

(気にはなるが害成す者ではなさそうだ。捨て置くか。さてそろそろ姫がおつきになるころ)

 彼は人間ばなれしたジャンプで一気に校舎の塀を飛び越える。その彼を表現するのに一番適した言葉はやはり『忍者』だろう。

 彼の名は風間かざま十郎太じゅうろうた。れっきとした風魔の末裔だ。


 名家の子息・令嬢も多数入学するだけにロールスロイスの送迎も珍しくはない。北条姫子も例外ではなかった。

「いよいよでございますね。姫」

 側近が恭しく言う。この場合の「姫」は「姫君」の意味である。別に主人の娘を軽々しく呼んでいるわけではない。ただし本人はそんなことはまったく気にしていなかった。側近とは言えど年上。呼び捨てられて当然だし自分が敬語を使うのも当然と思っていた。

「九郎さん。わたくし上手に出来るでしょうか。何だかとても不安です」

 名前だけではなく姫子は本当にお姫様であった。

 小田原の陣で滅んだはずの北条家だが生き残りは人質として秀吉。そして家康の手の中にあった。細々と血筋だけは残りそして迎えた明治維新。徳川の世も滅び皮肉なことに平等の世に復活なった。それは武力でなく経済力。財をなし多大な力を得た。完全なるお家再興には血筋だけでなく「育ち」もあると考えた姫子の祖父は自分の子供。そして孫には徹底的な教育を施した。おかげで品位はかなりのものだが世間知らずもかなりのものとなった。世間を知るために敢えて無限塾へと進学させられた。

 姫子の姫たる所以は血筋だけではない。かもし出す雰囲気。上品な声で紡ぐ柔らかい言葉遣い。背中までのつややかな髪は前髪も含めきれいに切りそろえられて日本人形のようであった。華奢な体躯。木目細かな肌と美少女としてのレベルも高い。

 育ちの良さゆえか性格も穏やか。まさしく現代の姫君なのだ。

「姫ならきっと大丈夫です。自信をお持ちください。塾での安全は愚弟が姫を守りますゆえ」

「…十郎太様」

彼女はそっと幼なじみのお庭番の名前を呼んだ。車が止まった。そこには十郎太がかしずいて臣下の礼を取っていた。まず九郎が降りる。

「どうだ」

「ザコの小競り合いはあるもよう。その程度なら拙者一人で充分でござる」

「そうか」

「しかし兄者。ここには橘殿がいらっしゃる。拙者はむしろそちらの方が心配でござる」

「心配いりませんわ。十郎太様。だって千鶴さんはお友達ですもの」

「姫。いきなり出ては危険です。まず我ら護衛がお守りしてから」

「九郎さん。心配してくださってありがとうございます。でも十郎太様もいらっしゃるから大丈夫ですわ。ここは戦国の合戦場ではありませんもの。それにわたくしもいざと言うときは身を守る術くらい心得ていますのよ。ねぇ『姫神』」

 誰もいないはずの後ろに向かってにこっと笑いかけるといきなりその手に弓と矢が出現した。うろたえる九郎と十郎太。

「姫。その『力』はあまり人前では」

「心得ていますわ」

 まるで邪気のない笑顔を返されてはふたりは沈黙しかなかった。

「あら? あの方。何をなさるつもりでしょう」

 姫子の言葉にふたりが視線の先を追うと学生が校門の柱の上に乗っていた。


「ここから、ここから始まるんだな。僕の『怒りと栄光の記録』が」

 校門の上に乗った少年は聞こえるようにつぶやく。既に新入生たちの奇異の目を集めていた。行動も奇怪だが学生服の前をはだけて時代遅れのマフラーをしているスタイルはかなり奇抜である。

 髪はぼさぼさ。顔立ち自体は美少年ではない物の普通かやや端正な部類に入る。まるで舞台俳優のように少年は続ける。

「父さん。母さん。輝。僕はやるぜ。とおっ」

 彼は校門の上でジャンプする。『後転しながら』『前方へ』ジャンプする。

「ば、馬鹿な。物理的に無理なはず」

 新入生の一人か。いかにも理系の黒淵メガネに七三分けの華奢な少年がおののく。マフラーの少年がにっこりと笑って語る。

「何を言ってる。テレビではいくらであるだろう。(仮面)ライダーやウルトラマン。戦隊ものもね」

「き、君はいくつだ。あんな子供向けの特撮を真に受けるなんて」

「上条明。15歳。無限塾の新入生さ。ところで!」

 その途端にマフラーの少年…上条明ははずいと接近した。にこやかなようで目が据わっている。

「子供向けってなんだい? たしかに夢のある話で現実離れはしているとは認めよう。だけどね、想像の産物だった高速道路があっちこっちにあることを考えてみなよ。子供向けなんて馬鹿にした言いかたじゃなくって未来を先取りしたと言って欲しい物だな」

 自分の考えを言うと上条は講堂に向かって歩き始めた。その一部始終を見ていた姫子達。十郎太がつぶやく。

「あやつ、飄々としておりますが出来ると思われます」

「面白そうな方ですわ。学園生活が楽しくなりそうですわね」

 微笑みながら言う姫子を九郎はいささか案じてしまった。


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