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漂流軍艦  作者: 青葉 加古
3/19

交戦

「貨客船の船首に、砲らしきものッ! 砲口は『綾瀬』を向いてます!」


「なんだとッ!?」


 見張り員の絶叫に山下が、血相を変えて双眼鏡を構える。


 それは、確かだった。必死になって、貨客船の乗員が操作していたのは、貨客船にあるはずのない単砲身の速射砲だったのだ。


 砲身の仰附角(ぎょうふかく)を調整するハンドルが、グルグルと手早く回され、上下していた砲身がピタリと止まる。


 目標は、ただ一つしかない。この、軍艦『綾瀬』だ。


「アイツ、さては仮装巡洋艦だったのか!」


 炎上する貨客船を仮装巡洋艦だと判断して、驚きの声をあげる山下だった。


 全世界大戦争当時、山下は仮装巡洋艦相手の作戦にも参加したことがあったのだ。


 一般商船に海軍が武装を施し、敵国の民間船を素知らぬ顔で襲撃する。それで海上交通路を破壊してしまうのが仮装巡洋艦の役目である。


 仮装巡洋艦が大海原に出撃すれば、狡猾で神出鬼没。この覆面軍艦にかつて、山下も手を焼いた一人だった。


 その仮装巡洋艦が目の前にいる。しかも既に砲口が、『綾瀬』を向いているのだ。


 一刻の猶予もならない。山下は、大声をはりあげていた。


「 とっさ右砲戦!目標、炎上中の仮装巡洋艦!撃てる砲から、直ちに撃ち方はじめっ!」



 戦闘配備に付いてたお陰もあって、瞬時に『綾瀬』の右舷側、側砲(そくほう)群から仮装巡洋艦へ向けてドカドカと砲弾が撃ち込まれる。


 仮装巡洋艦の船首からも、『綾瀬』発砲と同時に発射炎が見えた。船体の各所に隠蔽していた、他の速射砲も同様に射撃を開始する。


 燃え盛る仮装巡洋艦が、激しく揺れた。『綾瀬』の砲弾が命中したのである。


 突然、『綾瀬』の左右両舷の海面からは、海坊主のような真っ白い水柱が立ち上がり甲板を濡らした。仮装巡洋艦の初弾が、外れたのだ。


 仮装巡洋艦が、修正のため速射砲の仰附角を調整している間にも、『綾瀬』の側砲は間段なく次々と連続発砲である。


 手負いの仮装巡洋艦に、容赦のない攻撃だ。船体に砲弾が突き刺さり炸裂するたび、空中に鉄の破片が飛散する。煙突には破孔だ。マストは折れ、船橋にも火柱が立ち上がった。


 機関も破壊されたか。仮装巡洋艦が、ガクンと停止する。


「所詮、装甲のない船です。もはや決着は着いたも同然ですな。艦長、今後の事もありますので、この辺りでどうでしょう?」


 暗に捕虜を求める伊東副長に、山下が、


「そうだな」


 と応じた。


「撃ち方止めい! 降伏せよと、信号を出せ!」


 ところが、『コウフクセヨ』の信号に対し、仮装巡洋艦からの返事は、速射砲の砲弾だった。


 山下のこめかみに血管が浮きあがる。


「右舷副砲、一斉射で仕止めろ!」


 主砲よりも、ひと回りこじんまりとした二基の副砲塔が、機械音をあげて旋回した。


「ドンッ!」


 副砲の砲身が一斉に咆哮して、たちまち砲煙が『綾瀬』艦体を包み込む。


 仮装巡洋艦から新たな爆炎が立ち上がった。鉄の破片が吹きあがる。船首の速射砲は乗員もろとも消し飛び、煙突がガラガラと倒壊だ。


 一直線に飛び出した『綾瀬』の砲弾が命中した瞬間だった。



 船体に大破口が生じたのであろう。


 今まで水平を保っていた仮装巡洋艦が、急激に左へと傾いた。船首から先に波間へ消え失せると、最後は艦尾を上に仮装巡洋艦は吸い込まれるようにして、スルスルと海中へ没していった。


「救助者がいれば、救助に当たる。カッター用意!」


 このとき既に夕陽は西の水平線に沈み、茜色だった空が藍色に染まっていた。闇は目前だ。


 その前に救助しようと『綾瀬』は、仮装巡洋艦の沈没地点へと急ぐ。


「捕虜を尋問すれば全てがハッキリするさ」


 清々しい表情で、自信たっぷりに吐き捨てる山下に、伊東副長は沈んだ声で言った。


「果してそうでしょうか?ハッキリするとすれば、彼らの正体ぐらいなのでは?」


「それが分かれば十分だよ。アイツらが、何しに我が帝国の海域に来たのか、調べあげなければな……。よし、通信長!」


「はい……」



 すっかり元気の失せてしまっている、伊集院通信長だ。


「打電だ。この戦闘結果を本隊、海軍中央に連絡してくれ。それと、本隊や『鈴鹿』、駆逐隊から連絡は?」


「今だ有りません。ただ、怪電波を引き続き傍受しております」


「そうか、ご苦労」


「お聞きにならないので?」


 あっさりと話しを切った山下に、伊集院通信長が驚いた表情で訊いた。


「どうせくだらん内容だろ」


「艦長、私は聞いておいたほうがいいと考えます」


 キッパリと言う伊東副長だ。 


 面倒くさそうに、「そうかなと」、ブツクサもらす山下だったが、伊東副長が読めと命令した。


「『本艦ハ国籍不明ノ、三本煙突ノ白イ戦艦カラ攻撃ヲ受ケ、艦長ハ戦死。本艦満身創痍トナリ間モナク最後ヲ迎エルモノナリ。愛スル祖国ヨ永遠ナレ……。宛先は、やはり一緒であります」


「リブル共和国かね?」


「はい」


 伊集院通信長が、伊東副長の問いに対し、即座に返事をした。


「思った通りだ……」


 合点がいった。伊東副長は、そんな面持ちである。


「艦長、三本煙突の白い戦艦とは、やはりこの『綾瀬』だと私は考えます。あの船は『エルシー』号、国籍はリブル共和国で間違いないでしょう」


「いや、それは拙速な判断だぞ。まず確実な証拠がない。艦名も、国名もハッタリの可能性が大だ」


「ですが、無電の内容とこの状況は大いに酷似しております。この際ですので、ズバリ言いますが、私はここがもはや帝国の海域だとは、思っておりません」


「何を藪から棒に……」


 山下が戸惑いの表情を浮かべる。


「どうかしてるぞ、君は。我々は演習に向かう途中で不意な低気圧に遭い、そしてリブル共和国を(かた)る仮装巡洋艦と遭遇しただけだ。なのに、それがどうして我が帝国の海域じゃないと言い切れるんだね?」


 山下が言うのも、もっともだ。


 確かに『綾瀬』は軍港を発して、演習海域へと向かっていただけだからだ。


 ただ、その途上は不可解な出来事の連続であった。


 急な暴風雨を伴う低気圧の遭遇、巨大波の襲来、異常な天象現象に、そして国籍不明の仮装巡洋艦との交戦である。


 神が与えた百難なのか?


 果して『綾瀬』はそのほとんどを無事に乗り切っていた。この再び太陽が沈まんとしている異常天象だけを残して。


「では、この天象をどうお考えで? 我々は、深夜に行動中でした。その証拠に、時刻は今だ○一○○(まるひとまるまる)ちょうどです。古今東西、人類の歴史をひもといても、再び西から夕陽が差すことなど、あり得ない現象です」


「ああ、そうだろうな。あってはならない現象だ。だが、俺達は実際、その海の上にいるんだ」


「そこなのです!」


 待ってましたと言わんばかりの、伊東副長の弾んだ声だ。


「ご覧のように、これは余程の天象であり、空はここだけではありません。当然ながら帝国の上空にも繋がってます。それなのに、この異常を知らせる通信が、まったく何処からもないなんて、まるで帝国が消え失せたかのようでは、ありませんか?」


「艦長、実は私も伊東副長と同じ考えです」


 深刻な表情を浮かべて、伊集院通信長も同調する。


 そこは山下も気になっているところだった。


 海軍中央、各海軍部隊、第十一特務艦隊に『鈴鹿』と第三十五駆逐隊、そして中央気象台、いずれの何処からも連絡がない。


 だが、山下はまだ楽観的希望を持っていた。


「連絡がないのは、異常天象による、電波自体の故障だろう?」


「いえ、怪電波が傍受出来てますから、電波は正常に発信されてます。それは、考えられません」


 思ってたことを即座に否定され、山下が押し黙ってしまった。


 もしや本当に、と脳裏を過る山下であったが、直ぐに打ち消した。


 指揮官たるもの、そんなお伽噺のような事など、軽々しく信じるわけにはいかないのだ。


 しかしすっかり通信が途絶してるのも事実なので、もはや余裕な表情がすっかり消えて、苦悩の色を浮かべ出した山下に、伊東副長は得意気な表情で、こう切り出した。


「ひとつ私に案があります。実行して戴ければ、全てが明らかになると思いますが」


「なんだね、それは?」


 山下の左眉がつり上がる。


「我々は演習発動地点へ向けて、南東諸島の遥か東の海域を南へ向け航行中でした。水偵を飛ばして下さい。西に行けば、南東諸島の島々に行き当たる筈です」


「なるほど、水偵か……」


 この提案に、山下の表情が瞬時に明るくなった。


 水偵、即ち水上偵察機を飛ばして、帝国領である南東諸島が、確かに存在するのか確認しようと、伊東副長は目論んだのである。


「善は急げだ。しかし、夜間偵察飛行は『綾瀬』でほとんど実行したことがないが、大丈夫か?」


「人選は飛行科に任せればよいかと」


「それも、そうだな……。よし、飛行科に出撃を命じてくれ」


「では……」


 伊東副長が受話器を取り、飛行科を呼び出した。


「はい、飛行科の栃内(とちない)です」


 重低音な声の主は、軍艦『綾瀬』の飛行長兼『綾瀬』飛行機隊隊長の栃内裕次少佐だった。


「副長の伊東だが、偵察をお願いしたい」


「偵察ですか?」


 予想外の命令だったのだろう。栃内は戸惑いの色を隠せなかった。






「あれ? あれ? まだ戦闘配備は解けてませんよ。こんな所に来て大丈夫なんですか、雨宮さん?」


 艦橋の上にある露天甲板は、防空指揮所とも呼ばれている通り、見渡しが効き空の見張りには最適である。


 そんな場所に、ひょっこりとレスティスが現れたので、紅顔の少年兵は思わず声を掛けていた。


「ドンパチは終わったんでしょ? 大丈夫よ! だけど、だいぶ暗くなってきたわね」


 サラリと言ってのけるレスティスに、少年兵が目を丸くする。


「まぁ、そうですが……。よく下の許可が降りましたね、艦長の」


 彼女の行動を阻止すべき、階下の艦橋幹部達は、何をしてるんだろうと、少年兵が不思議そうに訊いた。


「なに言ってんの。山下艦長の許可は、貰ってないわよ」



「ええっ!? 艦長の許可は降りてないんですかぁ?」


 仰天の声をあげる少年兵に、


「シッ!」


 と唇に人差し指を立てるレスティスだ。


「だって、艦長が伊東副長と真剣に話し込んでるのよ。話しの腰を折るのも、なんか悪いじゃない?」


「だから、そのまま上がって来ちゃった、という訳ですか?」


「ご名答、正解です」


 バチンッと、ウインクを飛ばすレスティスに、少年兵は困惑した。


 美人にウインクされて、狼狽えているのではない。


 あの『鬼』の山下から許可も得ずに、ここ防空指揮所へ来てるレスティスの取り扱いに困っているのだ。


 このお方――


 レスティスは、第十一特務艦隊司令長官の友人である、雨宮技師長のお嬢様だ。なので一介の水兵ごときが、ヘタな事は言えないものだと少年兵は思い込んでいた。


 助けを求めるようにして少年兵が士官に視線を移すと、こちらに背を向け、いつにもまして熱心に上空を警戒する士官の姿があった。


 その背中には、俺には訊くなと書いてあるようだ。


 さて、ホントに困ったもんだと、少年兵の顔が曇るのをヨソに、レスティスも士官と同じように空を見上げていた。


 もちろん、見張りの手伝いではない。彼女の視線の先、そこには艦橋の後ろにそびえ立つマストの先端にあった。


 大きな長方形の物体だ。鉄わくの中は格子のようになっている。


「あの嵐だったのに……。良かった、大丈夫そうじゃない」


 目を細めて、レスティスが呟く。


 彼女が熱心に見つめているのは試作十八号電波探信儀、レーダーであった。


 レスティスはあの暴風雨で、試作電探が損傷してはいないかと心配になって、防空指揮所に来たのである。


 ここから見たところ、試作電探は暴風雨にも耐えて、どこもひしゃげてはいないようだ。


 ホッと、胸をなでおろし、長居は無用とばかりに、踵を反してレスティスが、階下へ降りようとしたときだ。


 何かが、微かに聴こえる。それも、空からだ。


 思わず見上げるレスティスを、少年兵が不思議そうに訊いた。


「どうか、しましたか?」


「あなた、何も聞こえないの? 飛行機よ。飛行機の音がする」


「えっ!? 飛行機ですか?」


 なんという聴力だろうか。少年兵はおろか、防空指揮所にいる全員が気付いていないようで、レスティス以外変わった動きをする者はいない。


 注意を促され、全神経を耳に集中した少年兵の顔に緊張が走った。


「上空、飛行機音!」


 少年兵の叫び声に、「どこだどこだ」と防空指揮所が騒がしくなる。


 しかし空の断雲と暗さに阻まれ、飛行機の姿は見えない。だが、はっきりと確かにプロペラ音だけが響いてきた。


「クソッ! よく見えんな」


 水兵が舌打ちだ。


「落ち着いて目を見張れ!」



 右往左往する防空指揮所の様子に、いてもたってもいられなくなって、レスティスは電探室直通の電話機に飛びついていた。



「電探室、何をしている!」


 レスティスが大声をはりあげる。


 突然の叱責に、受話器を取った電探員が面食らった。


「なんだ、雨宮さんですか? 何って、こちらは戦闘配備中ですが、何か?」


 なんと間抜けな返事をする奴だと、レスティスが怒りの色を露にした。


「戦闘配備中ですって? それなら飛行機が飛んでるのに、なぜ報告をしない!」


「えっ……。しかし、電探は試作兵器なので、艦長の命令がなければ普段は可動してないんですよ。雨宮さん、知らなかったんですか?」


 思わず、すっかりと暗くなった天を仰ぐ、レスティスだ。


「それじゃあ、いますぐ可動して! 早く!」


「そんな無茶な……」


 電探員は明らかに困惑した声を漏らすが、レスティスはお構いなしに捲し立てた。


「早く動かしなさい、この頭でっかち! 規則が何よ? もしアレが敵だったら、どうするつもり? 責任は私が取る、動かせ!」


「わかりました、わかりました……。でも、本当に知りませんよ」


 とんだじゃじゃ馬ぷっりに根負けして、電探員が渋々と電源を入れた。


 途端に電探室にある、幾つかのブラウン管が、ブンッと音をあげた。徐々に画面が明かるくなると、そしてすぐに、


「アッ……」


 と電探員は、小さな声を漏らしていた。


「雨宮さん、反応ありです。艦の直上、飛行機!」


「飛行機は、真上よ!」


 レスティスが反射的に叫んだ瞬間、上空で何かが炸裂した。すると辺りがパーッと、昼間のように明るく照らし出されるではないか。


 それは五つの強烈な発光体だった。その光は、落下傘に吊られてフワフワと空中を漂いながら、ゆっくりと降下してくる。


「吊光弾だ!」


 少年兵が驚きの声をあげる。


 突然のことに、防空指揮所にいる全員が呆気に取られている中を、断雲を抜けてバラバラと上空から何かが堕ちて来るのが見えた。


「何、アレ!?」


 レスティスが驚きの声をあげた。少年兵の顔は、みるみる青ざめていく。


 堕ちてくるのは蚕の繭のような、白い卵型の物体だ。


 それらは、明らかに『綾瀬』を標的として投下されているように見えた。


「本艦の直上、爆弾多数!」


 猿のように伝声管へ飛びついて、少年兵が顔ひきつらせ叫んだ。


 『綾瀬』の煙突から、煙が勢いよく吐き出され、艦首で切り裂く波が大きくなる。増速だ。


 『綾瀬』の三本煙突が屹立する中央甲板では、素早く高角砲の砲身が九十度、真上に指向した。


 そして見えない敵へ向けてガンガンと、対空弾を打ち上げると同時に、『綾瀬』は海上に艦橋を突き出すほど傾き、海面に大きなカーブの航跡を描き出した。爆弾を回避すべく、取り舵いっぱいの命令がくだされたのだ。


 これで爆弾を回避できる。


 誰もがそう感じた矢先、防空指揮所にいる面々は、信じられない光景を目の当たりした。


「う、嘘でしょ?」


 レスティスの目が大きく見開いた。


 爆弾が変形しているではないか。


 繭から、まるで孵化したかのようにして、翼のような物が爆弾から突出したのだ。


 頭をもたげ、腕と足を伸ばし、立派な翼を広げて、爆弾と思われた物体は、たちまち、大きな鳥のような生物へと変態を完成させた。


 そして羽ばたきながら、群れを組んで『綾瀬』の追跡を始めたのである。


「大変です! 爆弾が鳥になって、本艦を追って来ます!」


「バカ野郎! 寝ぼけた事を言うな!」


 伝声管から激怒した山下の声が、少年兵に返ってくる。


「本当です! 艦橋から、後ろ見えませんか? 大きな鳥の大群が追って来てるんです!」


 しかも並の速さではない。すでにこの怪鳥の群れは、『綾瀬』艦尾上空に差しかかっていた。


「誰だ!? 爆弾を鳥などと言っとる奴は? この俺の前に出てこいッ!」


 雷を落としたかのような、大音声が防空指揮所に鳴り響く。思わず全員が声の方を振り向くと、指揮棒を引っさげ、伊東副長を従えた山下が、鬼の形相で立っていた。


 余りにもふざけた報告の内容に、頭へ血がのぼって瞬時に艦橋から駆けあがって来たものだ。


「それに雨宮君!君が何故ここにいる?現在本艦は、戦闘配備中だぞ!」


 居てはならない人物を見咎めて、山下が声を荒あげる。


「そんな事より、見てアレを! この子が言ってる鳥よ!」


 レスティスが指差す『綾瀬』艦尾の上空――


 山下が目にしたのは、ちょうど怪鳥の群れが獲物を狙う水鳥のようにして、一斉に『綾瀬』目掛けて急降下を開始する姿だった。


 『綾瀬』最後部、飛行甲板に沫や激突寸前、怪鳥は体を反らし、翼を広げてフワリと優雅に舞い降りてきた。


 そして翼を畳んで休むのかと思いきや、明らかに何かしらの意志を持って、怪鳥の群れは飛行甲板から、左右両舷に別れると素早く動き出した。


 防空指揮所の高みから、これを目撃した山下がギョッとなって後ろを振り向くと、無表情の顔をした伊東副長の顔が飛び込んできた。もはや何が起こったとしても驚かぬ、といった風だ。


「艦長、これはマズイことになりそうですな。白兵戦になりますぞ。あの生物の動き、殺意が見てとれます」



「アレを相手に白兵戦? 我々が!? いったいどうなっとるんだ、これは?」


 現実ではあり得ない事が起ころとしていた。それを今だに信じられない山下は、混乱の極みに達していた。


「それよりも……。一刻の猶予もなりません。ご命令を」


 まるで悟りを開いた釈迦のような、伊東副長である。彼に迷いはなかった。茹で蛸のように、山下の顔面が赤く染まる。


「各員、上甲板!武器庫開け、白兵戦ようーい!」


 山下が吼えた。その表情は覚悟を決めた、いつもの武人山下に戻っていた。





 怪鳥達は飛行甲板を抜け、第二番主砲の近くにある機関銃座へ、ヒタヒタと音を立てながら近づいて来た。そこは、砲塔のない、剥き出しの機関銃座だった。


 先頭を行く、怪鳥の黄色い足が止まった。


「なんだ、コイツらは!?」


 右舷八番機関銃座の一同全員がその姿を見て、瞬時に凍てついてしまったかのように、顔をひきつらせて固まった。


 間近で見ると怪鳥どころか、なんとも気色の悪い生物だったからだ。



 全身が蒲鉾のような色である。ヒョロリとした手足と胴体に黒いズボン姿だ。


 顔はのっぺらで、薄い皮膜の内に目玉らしき球体が見え、おちょぼ口の上で二つの穴が、盛んに開閉している。なんとも、化物と呼ぶに相応しい面構えではないか。


 突然、おちょぼ口が、笑うかのようにして開いた。開くと、なんともドでかい口である。


 その口腔内には、小粒ながらも鋭い牙がビッシリと埋め尽くされていた。


「バッ、化物じゃあ!」


 我に返った水兵が、叫びながら重たい弾薬箱を火事場のクソ力で化物にぶん投げていた。


 不意な思わぬ攻撃を、化物と呼ばれた怪鳥はまともに顔面で受けた。普通の人間ならば、鼻は折れ、顔が潰れるといったところだが、そうはならなかったようだ。


 これを合図に奇声をあげて、怪鳥達がドタバタと一斉に機関銃座目掛けて走り出してきた。


「うわ―!助けてくれ―!」


 機関銃座をほっぽり出して、指揮官も水兵も中央甲板目掛けて逃げ出した。


 恐怖に駈られて、他の砲塔のない機関銃座でも、怪鳥を見るや悲鳴をあげて一目散に逃亡だ。


 その後ろから、奇声を発し、牙をバリバリと鳴らしながら怪鳥が迫ってくる。


 左舷でも同じようなことが起きたのか、水兵達の情けない声があがった。


 そこへ懸命に逃れる水兵達の前に、直ぐさま入れ代わるようにして、小銃を手にした武装兵達が勇ましく駆けつけて来てれた。


「情けない奴らだ! それでも軍人か!?」


 逃走する水兵達に、すれ違いざまヤジが飛ぶ。


「うるせぃ! こちとら、武器がないんだ! 後は頼んだぜ!!」


「おお! 任せとけ!」


「いたぞ化物だ!止まれ、着剣!」


 号令と同時に、水兵達が停止だ。そして素早く小銃に着剣して、膝撃ちの姿勢をとると、指揮官の中尉が鞘から軍刀を抜いた。そして、その切っ先を化物の方へと向け叫んだ。



「目標、目の前の敵! もといっ! 化物。撃てぇ―!」


 艦上で、乾いた銃声音が鳴り響く。一斉に、小銃から銃弾が化物目掛けて放たれた。



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