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漂流軍艦  作者: 青葉 加古
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プロローグ

 閲覧有難うございます。長年の妄想をこの度、表現してみようと思い、投稿してみました。素人なので、見苦しい点も満載が予想されますが、どうかご指摘とご容赦の程、宜しくお願い致します。


「ぜんし~ん、原速!」


 艇長の号令に続いて、


「リンリンリンッ!」


 と機関兵へ知らせる合図のベルが鳴る。


 微速前進でゆっくりと軍港の桟橋を離れていった小さな内火艇は、機関兵がエンジンクラッチを切り替えたこともあって、グッと速力を増し、力強く波を切って沖合へと進んで行く。向かうは、特務艦『綾瀬』である。 


 内火艇の後部キャビンには、純白の軍服をピシッと着こなした年の頃二十一、二歳の青年士官が、ひとり静かに備えられたベンチシートに腰を下ろしていた。


「申し訳ございません、清水少尉」



 突然、艇長は清水と呼んだ青年士官に歩み寄ると、正面から深々と頭を下げた。


「ちょっと、待って下さい艇長。急にどうしたんです?」


 清水惣太郎海軍少尉は、何事だと面食らった。


 内火艇の艇長といえば新米の少尉か、下士官が勤めるものだ。その頭を下げた艇長は、惣太郎よりも階級が下になる下士官の兵曹長だった。


 バツが悪そうに、艇長が顔を上げた。


「ハイッ! この暑さです。いつもなら天幕を張るべきなのですが……」


 内火艇のキャビンには、日除けの為の天幕を張ることができた。


 特に将校クラスを迎えに行くのなら、必ずと言っていいほど天幕を張ることが常なのだが、この日それがない。


 だから、初夏の陽光が直上から降り注いで、早くも惣太郎の額には汗が滲んでいた。


「実は本日、『綾瀬』は演習に向かうため出航の時間が迫っておりまして……。それで艦長から、そのままで良いから早く迎えに行くように、と強く言うものですから……」


「なんだ、そんなことですか。全然気にしてませんよ。それに団扇も持参してますから、ご安心を」


 ニコリと人懐っこい笑みを浮かべながら、惣太郎は軍帽を脱いで、やおら扇ぎだした。


 爽やかに刈り上げられた短髪だ。色白で大人しそうな顔立ちと、女形の役者を想わせる華奢な体つきから、惣太郎は軍人として、どこか頼りなさそうにも見える。


 どちらかと言えば軍服よりも、医師の着る白衣が似合いそうだ。

 ところが、人は見かけによらないもので、これでも惣太郎は海軍の水上偵察機を操縦する、新米パイロットなのである。


 惣太郎は昨日まで、海軍練習航空総隊に所属し、水上偵察機の専門訓練に日々明け暮れていたのだが、突然予想もしていなかった辞令を受け、船上の人となっていた。


「艇長、艇の指揮に戻って下さい。ご覧の通り私は大丈夫なので」


 惣太郎は、体よく艇長を追い払うと、直ぐに軍帽を深々と被りなおし、腕を組んで目を閉じた。


 やはり新しい配属先に赴くとあって、少し緊張しているのであろう。その表情は強ばっている。


 第十一特務艦隊軍艦『綾瀬』飛行機隊――


 これが、惣太郎の配属先である。


 誰もが羨む艦隊勤務とあって、惣太郎は小躍りしたい気分になったが、直ぐにはたと思い当たった。


 聞き覚えのない艦隊である。それに、艦隊は常備で三個艦隊しかないはずだ。


 しかし長引く事変で海軍にも、全世界大戦以来の動員令が下るようなご時世でもある。


 だから何かしら重大な任務を企図する艦隊なのであろうと推測する惣太郎に、物知りな古参の教官が事実を突きつけてくれた。      


「清水、貴様の行くところは実験艦隊だよ。だから、第一線に出ることは暫くないな」


 つまりだ、第十一特務艦隊とは海軍中央から独立して、独自に海軍の新兵器と成りうる試作兵器を研究開発し、実験を行う艦隊だと教官は言うのである。


 その試作兵器を搭載して実地実験を行うのが、かつての主力戦艦『綾瀬』だった。


 艦首水面下には、魚雷発射口と敵艦へ突撃して穴を開ける衝角を有し、二本のマストに三本の煙突が屹立する、石炭食いの古い戦艦が惣太郎の母艦であり、彼はそこで、実験支援の飛行を行うことになるのだ。


 ただ何を実験しているかは、行ってみないとわからないらしい。


 なんとも奇特な艦隊だなと、惣太郎が物思いにふけっていたところ、


「清水少尉、見てください!あれが『綾瀬』です」


 不意に艇長の声が飛んできた。


 艇長の指差す舳先の方向の海原には、艦尾をこちらへ向け、煙突から煤煙をたゆらせ停泊する『綾瀬』の姿があった。


 とてつもなく、大きなタライを浮かべたような船体は、白亜の色である。


 艦尾両舷には、水上偵察機を射出するためのカタパルトが海に突き出し、そこからすぐ後ろの甲板上に、主砲のニ連装砲塔が重々しく鎮座していた。


「白い軍艦なんですね、『綾瀬』は!」


 思わず立ち上がって、しばらく『綾瀬』に見とれていた惣太郎は、我に返ると驚嘆の声をあげていた。


「海軍で白いフネなんて、病院船とアイツぐらいですよ。まぁ古い戦艦ではありますが、かつては艦隊旗艦や女帝陛下の御召艦を務め、これでも二年前まで北方警備の任務に就いてたんです。今では、戦艦の役目を終えて特務艦になってしまいましたが、なかなか良いフネですよ『綾瀬』は」


 だいぶ長らく『綾瀬』に乗っているのであろう。目を細める艇長の言葉の隅々に、『綾瀬』に対する愛着が読みとれる。


 やがて内火艇は舵を切り、微速前進に速力を落として『綾瀬』の右舷に進んだ。すると『綾瀬』はタライのような船体から、長さ百七十メートルの全貌を露にした。


 その先端はしゃくれたアゴの様だ。


 右舷甲板には、主砲よりも小柄な二基の二連装副砲塔を備え、それらを挟んで中央に空を睨む高角砲と機銃群が確認できる。


 そして甲板上では将校や下士官らの号令下、白いセーラー服の水兵達が忙しそうに立ち回り、いかにも出航直前の様子だ。


 『綾瀬』の中央にある舷梯へと近づいた内火艇は、機関を停止にすると艇長の的確な指揮の元、惰性でゆっくりと接近しそして静かに停止した。


 間近で見ると、流石は元戦艦ではないか。


 基準排水量二万二千トンからくる威圧感や力強さに、惣太郎が圧倒される。


 飛行服に風よけのゴーグル、それから私物の詰まったトランクを手に、惣太郎は艇長と艇員らの敬礼に見送られながら内火艇を後にした。


 ここまで来たら、もう迷いはない。


惣太郎が小走りで一段ずつ『綾瀬』の舷梯を駆け上がり、頂上の舷門にたどり着くと、そこには、直立不動の姿勢で小銃を手に捧げ銃をしている番兵と、艦内外の出入りを監察し風紀を取り締まる当直将校が、渋い顔つきで待っていた。


「本日付で『綾瀬』飛行機隊に配属になりました、清水惣太郎少尉です」


「ご苦労。話しは聞いている。『綾瀬』は君を収容しだい、演習海域に向け出航の予定だ。飛行科は第二番主砲の後方、飛行甲板にある。急ぎたまえ」


「ハイッ!了解しました」


 形通りの申告を終え、惣太郎が飛行甲板へと歩きだした時だ。


「あーっ!来た、来たぁ!」


 惣太郎の後ろから、黄色い声がする。


 しかも、若い女の声だ。ここは、女は乗せない戦船のはずである。例外的に日曜祭日だけは、老若男女問わず民間人も軍艦を訪れることができるのだが、今日は平日だ。それに演習海域へ出航直前である。


 惣太郎は、思わず声のする方、後ろを振り返って目を見張った。


 歳は惣太郎と同じぐらいであろうか。ウェーブがかった長い黒髪をかきあげながら、鼻筋高く彫り深い西洋人の顔立ちをした女性が微笑みを浮かべて、惣太郎に近づいてくるではないか。



 その美貌さは銀幕のヒロインのようだが、何故だろう。彼女は整備兵と同じ、つなぎの作業着を着用している。


 戸惑いの表情を隠せないまま惣太郎の前に西洋人の女は立ち止まり、青い瞳で好奇心たっぷりに見つめてきた。


「うん、ウイングマーク付きだから間違いなし! 新しいパイロットさんね。私は、ここで主に電探の実験技師を担当している、雨宮レスティス。ようこそ『綾瀬』へ」


 電探とは電波探信儀、いわゆるレーダーの事で、レスティスが作業着姿なのは、それの技師だからだった。


 これで合点がいった惣太郎だったが、まだ困惑の表情は消えないまま、レスティスの差し出しだした手を軽く握りしめた。


「し、清水惣太郎少尉です。宜しく雨宮さん……。ハーフさん、なんですね、少し驚きました」


「ふふ、初めて会う人は、口を揃えて同じことを言うの」


 肩をすくめて、レスティスがいたずらっぽく笑った。大人びて見える顔立ちからは想像出来ないような可愛らしい笑顔である。


「それに……」


「それに?」


 口ごもる惣太郎の顔を、レスティスは黒い瞳で見つめた。


 やはりべっぴんさんには弱いのが男の性なのだろう。惣太郎の心臓は高鳴り、顔から火が出るのではないかと思う程、赤面した。


「ぐ、軍艦に乗り込む女性の技師を、初めて見ました」


「やっぱり、そうよね」


 苦笑いをするレスティスだった。


「まあ、この国で軍艦に乗って試作電探をいじっくりまくってるのは、私ぐらいだから物珍しくてしょうがないと思うけど、これも父のお陰なの」


「雨宮さんのお父さん?」


 惣太郎が眉をひそめるとレスティスの後ろから、何か意味ありげな咳払いが聞こえる。


 それは、当直将校からで、眼光鋭くこちらを睨んでいる。声にこそ出して言わないが、早く行けと無言の圧力だ。


 惣太郎は慌てて、まだ握りしめていたレスティスの手を放した。


「みんな久しぶりの演習で殺気だってるのよね。清水少尉は、飛行科に行くんでしょ? 私もそこに用があるから案内するわ。一緒に行きましょう」


 レスティスは、負けじと当直将校を睨み付けてから、付いてきなさいと言わんばかりに颯爽と歩きだした。


 そのレスティスの態度に惣太郎は呆気にとられながらも、当直将校に敬礼すると、足早にレスティスの後を追い、歩きながら質問を浴びせた。


「雨宮さん、『綾瀬』に居られるのは、お父さんのお陰だと言ってましたが、もしかしてお父さんは、海軍の軍人ですか?」


「いいえ、違うわ。私の父は工学博士よ。それで、旧友でもある特務艦隊司令長官に乞われて、ここ『綾瀬』の技師長と、特務艦隊司令部のD計画開発実験室の室長を兼任してるの」    


「へぇ~、そうなんですか……。凄い人なんですね雨宮さんのお父さん」


 惣太郎は感心した面持ちで、当直将校の様子を思い出していた。


 あのレスティスの不遜な態度に大尉の当直将校が何も出来ないのである。普通なら、半殺しにあってもしょうがないところだ。

 しかし、特務艦隊司令長官の旧友でもある技師長の娘とあっては、どうやら鬼の当直将校も手が出せなかったのであろう。


「ところで、雨宮さん。D計画とは今行なっている実験か何かですか?」      

 素朴な疑問だった。惣太郎はパイロットであるがゆえに実験支援の飛行にはやはり興味があり、D計画とは何かを知りたかった。     


「そうなの。今ここではD計画を中心に実験を行なってるんだけど、D計画が何だと簡単に言ってしまえば、個艦防御システムと言えばいいのかしら。つまり電探によって捕捉した敵を、人の手を借りずに自動化された大砲で攻撃したり、防御しようと試みてるわけ。これをDシステムと呼んでるんだけど、清水少尉にはこの実験に参加してもらうことになるわね」 


「人の手を借りずに攻撃と防御!? そんなこと、可能なんですか?」


 信じられない。惣太郎の顔には、そう書かれていた。


 だってそうだろう。そんなの、少年軍事科学雑誌に書かれている、未来の兵器に出てくるような話しだからだ。


 確かに八年にも及んだ全世界大戦は、軍事科学技術力を大いに発達させる機会となり、飛行機もその恩恵に預かっていた。


 大戦で初の実戦に投入された飛行機は、着実に進化を遂げて、各国の海軍は軍用機による空からの新たな脅威に曝された挙句、甚大な被害を被った。


 だから、レスティスの言う、Dシステムとやらが実用化すれば、それはそれで素晴らしいことなのだが、果たして現在の科学技術力でそれが実現するかは、甚だ疑問だった。


「可能ね!科学技術は日々進歩してるのよ!」


 自信たっぷりに言い切ったレスティスだ。そして不意に立ち止まり、惣太郎の方を振り向いた。その表情は真剣そのものだ。


「清水少尉も知ってのとおり、全世界大戦は新型兵器がいくつも登場したでしょう? それらは、打出の小槌で出すようにポンポンと簡単に出てきたんじゃないの。全て発達した科学技術の賜物なのよ。D計画はまだまだ道半ばだけど見てなさい、私達の努力できっと必ず陽の目をみるわ。そうだ!こっちに来て」


 レスティスが嬉しそうに手招きする。惣太郎はレスティスに導かれて、副砲塔の側を通り、第二番主砲のある後部甲板へ足を踏み入れた。


「あれを、見て」


 惣太郎がレスティスの言われた通りに見上げると、第二番主砲の後ろ、後部艦橋両側に長身砲が確認できる。それらはシールドで覆われ、オレンジ色に塗装されていた。


「あれが、Dシステムの自動砲ですか……?」


「そうよ。正しく言うと試作四号半自動両用砲って名前。もう一対前部艦橋側にもあるわ。対水上射撃実験は概ね良好で、後は対空射撃実験を待つのみなの。この子達がスペック通りに作動してくれたら、空から攻撃してくる飛行機の編隊なんか、バッサバッサ撃ち落としてくれるはずよ。それが成功すれば、いずれ特務艦隊初の正式兵器になるはずだし、海軍中央だって私達のことを――」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 惣太郎は得意気に話すレスティスを、慌てて制止した。


「今、特務艦隊初と言いましたよね?」


         

 惣太郎の狼狽ぶりにレスティスは、とても不思議そうな顔をしている。一瞬だけ間を置いて、レスティスが口を開いた。        

「……そうね。それが何か?」


「海軍造兵本部と双璧をなす第十一特務艦隊が、今まで一度も試作兵器を海軍中央に採用されてないなんて、やっぱり驚きじゃないですか」


 どうやら確信をついているのであろう。レスティスは困った表情を浮かべ、ため息をついた。


「だけど、しょうがないのよね……。何故だか長官は海軍中央から胡散臭く睨まれてるし、それに、海軍造兵本部でボツになったような企画を優先的に研究開発するんだもの。実際、D計画も中央では異端扱いで審査すらしてくれなかったのに、長官の鶴の一声でここでやることになったの。だから『綾瀬』にはそういった中央から見れば、あり得ない兵器がワンさとあるわけ」


 レスティスから現実を聞かされて、なんともいいようのない表情で惣太郎は呟いた。


「そうですか……。なんだか凄いところに来ちゃったかな……」



 己れのツキのなさを惣太郎は恨んだ。


 実を言えば、惣太郎は空母に搭載されている艦上戦闘機のパイロットに憧れて海軍を選んでいる。


 しかし、戦闘機志望は叶わずに水上偵察機の搭乗員となり、羨望の艦隊勤務もどうやらいよいよ怪しい雰囲気のようだ。

 その実感は、直ぐに我が身でもって改めて知ることになる。


 それは突然だった。


「ハッ!?」


 レスティスが驚いた顔つきで息を呑んだ。その視線は、惣太郎の後ろを凝視している。


 何だろうと呆気に取られている惣太郎の背中へと、いきなり怒声が浴びせられた。


「清水少尉! 貴様という奴は、まだ女と油を売っとるのか! 軍務をなんだと心得ておる!」


        

 驚いて振り向いた惣太郎の顔面に衝撃が走った。


 それは当直将校からの鋭い鉄拳制裁を惣太郎が食らった瞬間だった。


 リング上で崩れるボクサーのように、惣太郎は卒倒した。完全にノックアウトだ。こうして、惣太郎のほろ苦い初の艦隊勤務が始まったのである。



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