Episode:1
全員が報われればいいのに_____そんな願いは冬の白い吐息と一緒に夜に溶けていった。
「あぁーーーあ」そういいながら、ぐしゃりとイチゴミルクのパックを潰す慎。
屋上の柵から前のめりになっていた彼はくるりと俺のほうをむいた。
端正な眉の片方を上にあげて、「どうすんの?」と聞いてくる。
「だってさー」言い訳を始めようとする俺を遮って、慎はまくしたてた。
「だって、も何も要するにへたれなだけだよね、紺は」…いつになく厳しい。
それもそのはず・・・かな。慎には絶賛ラブラブ中の彼女さんがいる。
本来なら今頃は暖かい教室で、彼女の手作り弁当をイチャコラしながら食べていたはずなのだ。
それが初冬の風が吹き抜ける屋上で、他人の告白を覗くことになったら誰でも怒るというもの。
「さみー」といいながら身体をさする慎は、恨みがましいといった目でこちらを睨みつけている。
「ごめんって。…で、どんな感じだった…?」
はあぁー。聞こえよがしな慎のため息は聞き流した。
「どんなも何も、ばっさりだよ。てかこれで2年になってからだけでも32人だぞ。いい加減にしてほしいってんだよ、ったく。…てか自分の目で見ろよ。そこからならバッチリ見えんだろ?」
「そうなんだけど…意識して見ない様にしてるんだ。」
思考がごちゃごちゃ渦をまいて、しゃがみこんだ。
呆れた慎の顔が目に浮かぶ。
【慎】
昼休み。寒くて誰も外に出たがらないというのに、今までどおり中庭に出て、お弁当をたべ、それも早々に切り上げて、本を読み出した彼女。
シャープな印象の一部でもある眼鏡をかけて、周りの音など気温など気付きもしないかのように、黙々とページをめくる。
彼女は博学で、聡明で、さらには言い表せないほどの美女。
成績優秀、容姿端麗、運動神経も抜群と絵に描いたようなやつ。
美人なので当然モテるわけで、彼女に好意を抱いている男子は少なくない。
というわけで紺のライバルは多く、大して取り柄のない彼が弱腰になるのも無理はないのだが。
クラスも違うし、他に接点があるわけでもなく、告白しても彼女の前に散った有象無象に仲間入りするだけだろうし。
・・・というのが紺の親友である俺の見解だ。
【紺】
10分前。D組の男子が彼女に告白しに行くという知らせを聞いて心臓が跳ね上がった。
最近は、振られた男子の数にみんな怖気づいて、告白の頻度が下がっていたので油断していた。
その知らせに男子は中庭が見える窓を探しに、女子は妬みからか不機嫌になって3・4人でかたまりだした。(愚痴るんだろう、どうせ。)
俺はA組の教室隅で騒ぎには気付かず談笑する慎の腕を掴み、
「ごめんね、香奈ちゃんっ!!」彼女さんにも謝って、
階段を駆け上がり、屋上の南京錠を合鍵を使って開け、柵から身を乗り出すようにして、中庭をみた。
ちょうどその男子が中庭に入っていくところだった。
ここから見ると234階の窓に張り付くシルエットが見える。
1年も3年も野次馬になっているようだ。
素晴らしいくらいの衆人看視の中で、何故告白しなければならないかというと、彼女は連絡先を聞かれてもことごとく断ってきたからだ。つまり内緒での呼び出しができない。
本当は連絡先を知っているやつもいるのだが、それは_____。
とにかく相当の勇気がなきゃ告白できないわけで、俺には不可能な訳。
男子のシルエットが話しかけたようで、本から顔を上げる彼女。
その男子と彼女が向かい合っているだけなのに、それだけで見たくなくなり視線をそらした。
たいして慎はというと、野次馬ぶるでもなく、ただただ観察している。
気になるけど、みたくなくて。
唇を強くかみ締めて、鉄の味がした。